今回は短めです。
東京某所にあるお屋敷。その規模のお屋敷というだけでも確かな財力の証。けれどもその場所はあくまでも別邸。本家は京都にあり、ここは東京に備えた仮住まい。それが四宮家の別邸であり、現在秀知院学園に通う四宮かぐやが住んでいる場所だ。
門は内部から開閉するオートロック機能が付き、別邸内に置かれている車も複数台。四宮かぐやの外出の際には、必ずと言っていいほど使用されている。門を潜ればそこには庭があり、いつでも輝いて見えるその華やかさは超上流階級の証。汚れ1つ決してない。
建築から何年も建てば綻びも出そうなものの、この四宮家の別邸は新築同然の綺麗さを保っている。藤原家や小野寺家も、一般層からすれば綺麗なものなのだが、そんな富裕層からしてもこの屋敷は別格。四大財閥の力が余すことなく発揮されている。汚れもなければ無駄なものも一切ない。それが四宮家というもの。
そんな場所にポツリと余計な者が1人。
中等部生徒会長の小野寺陽が訪れていた。
「おはようございます」
「おはようございます早坂さん。なんだか学校の時と雰囲気が違いますね」
「仕事中ですから」
「メリハリって大事ですよね~」
どの口がそれを言うか。圭が聞いたらさぞ呆れたことだろう。
旅行みたくキャリーケースと軽めのカバンを1つずつ。それを持ちながら、陽は早坂と玄関の前で話していた。この男。夏休み期間中四宮家の別邸に住むのである。正気とは思えない。今更か。
「一応形式的には住み込みでのバイト扱いになります。他の使用人への説明が面倒なので」
「なるほど」
「そのため面接をすることになります」
「一応真面目に答えたほうがいいですよね」
「どんな発言されてもこちらの都合がいいように捻じ曲げるのでお気になさらず」
「面接も形だけかー」
それなら面接の時でも真面目さを捨てて良さそうだ。陽は余計なことを考えた。
「では中へどうぞ」
「お邪魔しまーす」
早坂の後に続くように屋敷の中へ。家族への説明は「知り合いの家に住み込みで働く」ということになっている。誰の家かは伏せておいたし、伏せた意味を母と姉は汲み取って追求しなかった。妹には追求された。主に連れてけと。
かわいい妹の頼み。毎年夏休みは一緒にどこかへと遊びに行っていたが、今年はそれができないかもしれない。陽は断腸の思いで頼みを断り、涙の別れをしてここに来たのである。
外も外なら中も中。富裕層の生活をしている陽は驚くこともないが感心する。それもすぐに慣れ、視線だけを動かして内装の確認。廊下や階段の位置を見て大まかに屋敷の作りを想像する。それをしている間に一室に通された。応接室のようだ。生徒会のソファより座り心地がいい。感動した。
「形だけですし、ありふれたものを聞きますね。志望動機とか」
「住める場所を探してました」
「事実ですけどディープなものを出してきますね」
「提案してくれたのは早坂さんですけどね~。俺はキャンプの話を出しただけですし」
「こちらとしても良い機会でしたから」
「良い機会とは?」
「それは後ほど」
当然ながら裏がある。陽もそれがわかってて話に乗った。どのみち仮宿を探してはいたのだ。特に接点もないはずの四宮家。目をつけられるようなことはしていない。
「できることできないこと。アレルギーの有無を教えてください」
「どんな仕事をするかはわからないですけど、難しくないことなら望まれたレベルでできます。アレルギーはないです」
「大きく出ましたね。まぁ仕事の割り振りは私が決めるのでいいんですけど。覚えてもらっても1ヶ月ほどの間だけですし。基本的には私の手伝いをしてもらいます」
「シンプルでいいですね」
シンプルイズベスト。普通が素敵ってボンバーマンでも言ってた。
「朝早いですけど起きてもらいます」
「5時とかなら問題なく起きれるので」
「え、正直助かる。やった」
住み込みで働いているのは早坂ぐらいだ。他の使用人達は通っている。つまり、毎朝の最初に行われることは早坂1人でやっていた。それの負担が減るのはありがたい。
「あ、四宮家は労基無視してるんで」
「ブラックぅぅ。これは世間から叩かれた某企業も笑いますよ」
「メディアを揺さぶれないのが敗因ですよ」
「怖い世界だなー」
社会の闇を見た気分である。
「今回のことは本家の人間は知りません。かぐや様と私の独断です。他の使用人達にも本家には黙ってもらうことにしてます」
「予想はついてましたけど、やっぱり四宮さんと知り合いだったんですね」
「知られる場面は無かったかと思うのですが」
「電話の時に少し。日本人にしては目と耳がいいので」
「なるほど。私とかぐや様のことも他言無用でお願いします」
「わかってます」
もし情報が漏れたら、あの手この手で陽を抹消しないといけない。そうなった場合、日本にはいられなくなるだろう。父親も結託しかねない。いやする。
あくまで仮の話。そんな事にはならないのだが。
「給料も出しますので」
「え、住まわせてもらうんですし、別になくてもいいのに」
「体裁に関わりますから。この期間で30万くらいが妥当ですかね」
「妥当なんですかね。わかんねっす」
新社会人が聞いたら発狂しそうな条件である。天引きされることなく手取りが30万なのだから。もちろんその分職務は激務ではあるわけで、妥当と言えば妥当かもしれない。
「休みの日っていりますか?」
「その質問が出る時点でどす黒い環境なのがよくわかりますね。早坂さんと同じでいいですよ」
「その方がやりやすいので助かります」
早坂の手伝いが仕事なのだから、早坂が休みの日に陽も休みを取ればいい。いったい何日休みが取れるかは知らないが、陽はそのあたり気にしていない。
働くことに関してはだいたいこの程度だろうか。早坂は書類をでっち上げながらそんな事をぼんやり考える。これはあくまでも建前で、本題は別にあるのだから。何も同情して陽に助け舟を出したわけじゃない。
「今回のこれは、あなたの父親が日本に滞在することが関係してますね?」
「調べたんですか。それで合ってますよ」
「あなたと父親の不仲は、跡継ぎの件が始まりだとか。継ぐことを拒んだそうで?」
「そうですよ。跡を継ぎたいとは思えなかったので」
なまじ前世の記憶があるせいでそうなった。戦国の世の侍たち。陽の前世も名のある家だった。家名を継ぐということ。その時の父親の背中は大きく、憧れるものがあった。
時代が太平の世になったのだから当たり前なのだが、今の父にその偉大さを感じることができない。憧れるものがなく、子供心にそれを比べて小さな器だと思った。そんな男の跡を継いで何になるのかと。才能のある人が引き継げばいい。そう思ったし、父親から受ける視線の印象が、子に向ける
だから拒んで喧嘩した。宝石がその時に何個か割れたのもいけなかったんだろう。それからは口を聞かない仲になったのだから。
「そんな話を出してきて、いったい何を知りたいんですか? そこまで調べられる四宮家を相手に、うちは隠せるようなものもないと思いますよ」
「あなたの家ではなく、小野寺陽くん個人を知りたいだけです。どれだけ探っても測りかねるあなたを」
「買いかぶり過ぎですよ。僕は馬鹿な中2男子です。強いて言うなら、本当の自分って何だろうとか考えちゃう中2病男子です。特別でもなんでもない」
早坂が知りたいのは危険度だ。跡を継ぐことがない陽なら、四宮家と対立する可能性など無いに等しい。ただの一般人に成り下がっていくのが陽なのだから。けれど、もし衝突することがあるとすれば。どの程度影響があるのか。正しく把握しないといけない。
けれど陽はけろっとしている。そんなふうに疑われてもなと困り顔ですらある。なんでそんなに疑われるのか。陽はまったく自覚していなかった。
「以前に言ってましたよね。演じるなら演じ切った方がいいと」
「あー。そのせいか。いやだってそう思いません? 役者と同じですよ。演じるのなら、その役としての気持ちだけあればいい。そこに自分自身の感情なんて邪魔なだけです」
「概ね同意できますね」
「けど、早坂さんは切り替えが多いせいか、それともずっとそうしてるからか。素が出る瞬間があるんでしょ? 勘のいい人は引っかかりを覚えますよ」
「ご高説どうも。やけに鮮明に語りますね」
「ええまぁ。だって、
「? ……っ!!」
言われた瞬間は意味がわからなかった。脳がその言葉を理解した時、背筋がゾッと寒くなり目を見開いた。
それが演技だというのか。小野寺陽はこういう人間だと。誰しもが共通で認識しているその姿が。それが演技だとすれば、早坂にもかぐやにも見抜けないほどの技量。詐欺師よりも詐欺師をしている。
「冗談ですけどね」
「……」
舌を出してケロッと白状するも、早坂にはそれが本当の事なのか判断しかねた。一度生まれた強い疑いは、簡単には消えない。まだ会うのも2回目なのだ。信じられるほど陽のことを知らないし、信じるという行為は早坂にとって苦手分野だ。
疑いが晴れないことに陽は苦笑し、それも仕方ないかと納得する。揺さぶりのかけ方。前世のやり方を参考にするとそれは強過ぎるものとなるらしい。
「冗談ですけどね!」
「そういうことにしときます。四宮家に対してどうこうというのもないでしょうし」
「興味ないですから。それに、恩がある人に仇で返すのは好きじゃない」
ひとまずはその言葉を頭に置いておくとしよう。信じるには値しないけれど、その言葉を本心で言っているのは伝わってくる。飄々としているようで、芯が強く自身に真っ直ぐな少年だ。
陽が恩を感じているのは、話を持ちかけてくれた早坂に対して。次点で許可を出したかぐや。その次に別邸にいる使用人達。四宮家に対してではない。
「話はこれで終わりです。あなたの部屋に案内します」
「ありがとうございます」
応接室から移動する。廊下を出て階段を上がる。道中でどの部屋がどういう部屋なのかを聞きつつ、1部屋ごとの間取りの大きさに笑った。かぐやの部屋も両扉だ。どんな部屋か若干の興味は湧いたが、中を見ることはできない。
「この部屋を使ってもらいます。家具は一式揃ってますので」
早坂に通された部屋。この仮宿で寝る場所。ベッドと机。本棚とタンス。テレビも置かれている。揃い過ぎではなかろうか。そう思ったが四宮家の感覚からすれば当然のことらしい。むしろ即席だから多少の質の低さに眉をひそめたとか。十分過ぎるというのに。
「ベッドの上に仕事着を置いてますので、それに着替えてもらいます」
「了解です」
「ちょっ! なんで今脱いでんの!」
「え? だって今から仕事ですよね?」
「私が出てから脱いでよ!」
「男の半裸ぐらいで何を……。さては初心ですね」
「うっさいし!」
素早く陽が使う仕事着を回収した早坂が、それを丸めて陽の顔へと投げつけるのだった。