夏休み話は今回を入れてあと3回を予定してます。
四宮家に滞在してから日も経ち、陽は必要な仕事をすべて覚えた。こうなってくると早坂にも余裕が生まれ、肩の荷が降りるというもの。夏休みということもあり、仕事着でいる時間は長くなるものの、実際の労働時間は変わらない。
それは余暇ができるということなのだが、早坂も陽も夏休みの課題がある。その時間を使って課題を片付けるしかない。
「何も私の部屋に来なくても」
「分からないところは教わろうかなって」
「成績優秀じゃなかったっけ?」
「優秀=何でも知ってるってわけじゃないですから」
「あー、たしかに」
超箱入り娘である主人のことを思い浮かべて納得する。白銀御行に匹敵する頭脳を持ち、知りさえすれば何でもできる万能の天才。けれど、世俗的な事にはとことん無知だ。映画館も1人では満足に行けない。ディズニーに放り込んだら一巻の終わりだ。
そんなわけで、分からないことがあれば聞こうとする彼の姿勢も間違ってない。早坂は自身の先輩にあたるのだから。使用人という立場を考え、かぐやに聞きに行かないという選択にも好感が持てる。
「あ、でも早坂さんが頭いいかは話が別でしたね」
「失礼なこと言うね」
さすがに中等部の範囲なら教えられる。早坂の成績はそこまで高くないが、真面目に取り組んだ結果かと言われると疑わしい。実際の実力が数値以上のものであることは事実だろう。
「じゃあこの問題は?」
陽が取り組んでる問題集を向けられ、シャーペンで1つの問題文が指される。数学の問題だ。早坂は手を止めてその問題を読んだ。メモ用紙を1枚取り出し、そこに数式を書き込んでいって答えを導き出す。
「はいできた」
ドヤ顔である。
「答えがあってるかは分かりませんけどね!」
「合ってるし! これぐらいなら間違えないから!」
他の学校なら夏休み中に登校日があったり、最初から解答が貰えてたりするだろう。しかし秀知院の場合は郵送である。盆明けに解答たちが自宅に届けられる。つまり、現時点で早坂の答えが正しいのかは不明だ。
だが早坂は絶対の自信がある。中等部の問題を間違えるようなことなんてしない。それを証明する手段としては、かぐやに解かせるのがいいだろうか。
「でもかぐや様にやらせるのはちょっと」
「これで持っていったら、早坂さんの実力が疑われますからね」
「本当にね」
残念なものを見る目で見てくることだろう。説明しても取り合ってくれないだろう。早坂は自分のプライドを守るためにも、何がなんでもかぐやを巻き込みたくはなかった。
「白銀さんに聞けばいいか。あの人数学は3日で終わらせる人だし」
「会長もそんな感じなのかな」
「俺はなうですが?」
「そっちじゃない! わかってて言ってるでしょ」
「もちろん」
じとっと湿り気のある視線をぶつけられるも、陽は変わらず軽快な表情でスマホを操作する。早坂はやるだけ無駄かと判断し、自分の課題を片付け始める。
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即返信が来ていたのに何も反応が来なくなった。さすがに女子の部屋に上がってるのは駄目だったのだろうか。圭の癇に障ることだったのだろうと見当をつけてスマホをスリープモードに。その瞬間に電話がかかってきてビビった。相手は圭だ。
「もしもし白銀さん?」
陽が電話に出ながら部屋を出ていこうとする。その気遣いは嬉しいものの、早坂は好奇心が勝った。陽に出ていかなくていいとジェスチャーで伝えて残らせる。上げた腰を下ろした陽の隣に移動し、スマホに耳を近づけて話を堂々と盗み聞きする。
「──んでそんな事になってるんですか?」
これは圭の機嫌が悪くなっている。彼女と接点のない早坂にはわからなかったが、生徒会で時を共にした陽には簡単に気づけることだ。
聞き分け方は簡単。
「えーっと、住み込みでバイトしてて……。先輩に見てもらいながら課題に取り組んでたんだけど」
「その方の答えが合っているかを私で確かめようと?」
「その通りでございます。白銀さんって課題をすぐに終わらせるタイプだし、数学の成績は学年トップだから。けど、ごめん。解答代わりにしようとして」
「別にそこに怒ってるわけじゃないので」
「……となると、先輩の部屋にいることかな」
「っ、会長のバカ!!」
突然の大音量に耳が痛くなる。早坂も反射的に弾かれるように離れた。
「勉強くらい私が見るのに」
「あ、ごめん。今耳がキーンってしてて聞き取れなかった」
「何も言ってないです」
「いや何か言って──」
「言ってないです」
「あ、はい。……2学期でまた勉強会しような。阿天坊のこともあるけど、白銀さんの説明ってわかりやすいし」
「っ! ほんと、会長のばーか」
声が一気に丸くなった。優しく包み込むような声色。途端にそう変わるなんて、女子ってわからないものだなと頭を悩ませる。その間に通話が切られ、陽はスマホを机の上に置いて早坂に目を向ける。
「答えは迷宮入りです」
「いや出てる答えもあったけどね?」
「暗号か何か?」
「はぁ。恋愛で苦労するんだろうね」
「絶賛してますよ。早坂さんは結婚できなさそうな雰囲気出てますけどね」
「婚姻届に血印押させようか?」
「もう持ってるとか焦りすぎゃっ!!」
「うっさいし! 焦ってなんかないし!」
消しゴムが眉間直撃。陽の額にはくっきりと消しゴムの跡が付いた。百豪の印である。これは百豪の術を使える。しわくちゃ婆さんになる資格を得たな。
わいわい言い合うのもそこそこに、2人は真面目に課題の処理を進める。空き時間だからと言って、無駄にするような時間でもないのだ。さっきまでのは必要経費。決して無駄な時間ではない。
早坂のスマホの方でアラームが設定されており、それが鳴ったら課題を進める手を止める。片付けをして、陽は自分の部屋に課題を持って行ってから早坂と合流する。
今からはかぐやの夕飯の準備だ。テーブルセットは他の使用人がやっており、早坂はそれの確認。陽は厨房に行き、料理を運ぶのを手伝う。
「来たか坊主!」
「坊主頭ではないですよ」
「そりゃ見りゃわかるぜ」
豪快なシェフと陽は初日から気が合っていた。時間が合えば料理や他のことを教えてもらうぐらいに、2人はすぐに仲良くなった。その性格で四宮家のシェフをしてていいのかと思わなくもないが、腕は紛うことなき超一流。仕事に一切の手を抜かないためポカもやらかさない。オンオフが激しいだけなのだ。
シェフは陽の肩に腕を置き、ニヤニヤと愉快げに嗤っている。その表情が誰に近いかと言えば、萌葉に近いだろうか。
「どうだ。早坂の嬢ちゃんとしっぽりやったか」
「2人で勉強してましたね。時偶教わったりって感じです」
「ほほう。年上としての意地ってとこか」
「たまにムキになってましたし、そうなんでしょうね」
「ムキになるのはまだまだ子どもだなァ。慣れてなきゃしゃーねェか」
「男友達いないって言ってましたし」
「ってことは、坊主が初めての相手ってわけだ。どうなんだ? 早坂の嬢ちゃんは有りか?」
「向こうがいいならって感じです。俺はそうなりたいって言ってます」
「おっ、良いじゃねェか! そこで止まるな。男ならガツガツ行け!」
誰もツッコまなかった。
見事に話が噛み合っていないのに、それを聞いていた厨房の人間も、そこに足を踏み入れた使用人の誰も指摘しなかった。その方が平和に収まるだろうし、早坂のためになるだろうと思ったから。
「かぐや様のために赤飯を炊くのが先か。嬢ちゃんのために炊くのが先か」
「そこはかぐや様でしょう。相手がいるかは知らないですけど」
「……まァ、主人を差し置いてとはいかんか。嬢ちゃんも気難しいとこあるからな」
高等部だと誰が男友達になれるだろうか。圭の兄である御行なら可能性があるか。陽はそう思っているが、前回高等部に行った時には御行と会えていない。実際に会うまでは、どういう人間か判断しない陽にとって、御行もまた正体不明の存在と同義なのだ。たとえ圭の兄だとしても。
「そういや秘技は習得したか?」
「それはまだですね。結構難しいっす」
「ハハハッ! 秘技だからな。ま、夏休み中に習得できりゃ大したもんだぞ」
「してみせます」
「オウ! やってみろ!」
料理を渡され、それをかぐやの座る席へと持っていく。かれこれ10日は経過しているのだが、未だにかぐやは違和感が強いらしい。陽が使用人の中に混ざっているのを見ると、つい咽せてしまいそうになるのだとか。これは名誉毀損になるだろうか。
運び終えたら早坂の隣に移動する。それに合わせて使用人達の視線がチラチラと早坂に向けられた。早坂は陽がなんか変なことを言ったのだろうと判断し、黙って陽の足を踏んでおいた。
かぐやの夕食が終わればかぐやは部屋に戻る。専属の早坂もそれに同行し、陽も連れられて行く。基本的に外で待機なのだが、今日は中に通された。
「わぉ沈んでらっしゃる」
「小野寺くんの口が硬いと信じ、少年の意見も取り入れるために通しました。かぐや様は白銀会長のことがお好きなのです」
「好きじゃないわよ! 何回も言ってるでしょ!」
「なるほどこれがツンデレ」
「誰がツンデレよ!」
天蓋付きベッドで死体のように倒れているかぐやだが、口だけは達者なようだ。ゾンビになっても、この様子が再現されるんだろうなとぼんやりと思った。
「白銀先輩は今日家にいたらしいですけどね」
「家の周辺いたらワンチャン会えたかもしれませんね」
「ストーカーじゃない!? え、待って。なんであなた達そんな事知ってるの?」
「会長がツイッターで呟いてますから」
「白銀さんとラインしてたら愚痴が来たので」
「情報量が多いわね! まずは早坂の方から行きましょ」
ツイッターとライン。現代っ子ならすぐにハイハイと処理できそうな話なのだが、未だにガラケーを使っているかぐやはそうもいかない。聞いたことがあるなぐらいの認識だ。具体的にどういうことができるのかまでは把握しきれていない。
「ツイッターって藤原さんとかがたまに言ってたやつよね」
「やってる人は結構多いですよ。あれは自分のことを投稿するものですし、会長のアカウントだから間違いなく家にいましたね」
「そんな! 個人情報ダダ漏れじゃない!」
「いえそれは本人がどこまで晒すかによりますので。会長はその辺ガードが強い人ですから心配いりませんよ」
「使い手次第というわけね」
特定行為なるものもあるのだが、変なことばかりしていなければそれをやられることもない。御行のような人格者であれば、秀知院学園の生徒会長程度しか情報が出ていないのだ。プライベートに関しても全くツイートがない。もはや秀知院学園高等部の公式アカウント代わりに思われているのが現状だ。
さて、次は陽の話だ。かぐやにとってこちらも重要な話。特大のネタである。本マグロがなんだというのだ。かぐや曰く、圭に勝るものはない。
「妹さんとラインしてるの?」
「そりゃ同じ生徒会ですから。連絡ぐらい取りますよ」
「明らかに連絡事項以外の話もしてる口ぶりだったわよね?」
「連絡事項はグループの方でやりますから」
「グループ?」
「そこからか」
陽はスマホを操作してラインアプリを起動させる。その画面をかぐやに見せながらラインの主だった仕様を説明した。
「ラインってそうなってるのね……。え、便利ね」
「利便性がないとアプリ大流行時代を生き抜くのは難しいですから。ゲームとかはまた別の話になりますけど」
「そう……。それで、会長の妹さんと個人でお話してるのよね?」
「毎日ではないですけど。白銀さんが言うには、会長さんは今のとこ毎日家にいるらしいですよ。暇してるって事でしょうし、誘ったら遊べるのでは?」
「何を言ってるの!? 私からそんなことしたら、まるで私が会長のことを好きみたいじゃない!」
「あっ、そういう……」
陽は察した目で早坂の方を見た。早坂はこくりと静かに頷き、彼女の気苦労はとんでもないだろうなと静かに合掌する。どう勘違いしたのかは不明だが、合掌する陽にかぐやから枕のプレゼント。見事に顔で受け止めた。
「まったく。やはり中学生には早すぎるのね」
「かもしれないですね。それよりツイッターはパソコンでも使えますし、アカウントを作られてはどうですか?」
「へ?」
かぐやは機械にもめっぽう弱い。この中で1番その手のことに詳しいのは早坂だ。早坂が横から説明しながら、かぐやは言われた通りに動かしていく。
「これで、あとはツイッターのアカウントを作れば完成です。例えばですけど、これが書記ちゃんのアカウント」
「食べ物ばかりね」
「名前とか、画像とかは好きなものにできますし、ここのプロフィール欄は書いても書かなくてもいいです。で、こちらが会計くんの」
「どうでもいいわ」
「ま、アカウント作るのは簡単ですし、それぐらいはかぐや様でもできますから」
「少し棘がないかしら?」
そんな事はないと言い切り、早坂は陽を連れて部屋を出る。早坂がこれから向かうのは大浴場。本家の人間もおらず、主人は姉妹同然のかぐや。咎める者などいない。
「私が出るまでここで待機しててください。誰が来ても通さないように」
「四宮さんが来たら?」
「要件次第で。対処できないと思ったらかぐや様だけを中に通して。絶対に小野寺くんは中に来ないで」
「そのへんは弁えてますよ。紳士ですから」
「うわ信用ゼロ」
「ぴえん超えてぱおん」
「ぱおん超えてぼかん。では行ってきます」
「ごゆるりと~」
早坂が中に入っていき、扉に持たれる形で立つ。上司が完全リラックス状態に突入していくのだ。自分も気楽でいたっていいじゃない。立つだけなのだから。
他の使用人たちは陽を見て察し、早坂がまた大浴場でバカンス気分を味わっているのだと理解する。そこで立つだけの仕事を与えられた陽に同情しつつ、自分の仕事があるために会釈して消えていく。
中にいる早坂はというと、服を脱いで大浴場に突入。ビーチチェアを浴槽の中に投げ込み、入浴剤をドバドバと決めていく。やっぱこれを決めないとやってけないらしい。
「ふぅー。かぐや様はもう少し私を労ってくれたらいいのに……」
どれだけの心労があることか。凝り固まった肩を揉みほぐしながら湯船に使っているビーチチェアに腰掛ける。マッサージ機とか欲しいな。浴槽に突っ込んでみるのもありかもしれない。
「小野寺くんは……思ってたよりは有能。でもバカ」
彼が来てから変わったことはある。仕事量は減った。それで少しは余裕ができて、前よりも視野が広まった気もする。常に気を張る仕事であることに変わりはないのに、なんだか前よりは肩の力を抜いて取り組めている。
「……かぐや様はあんなに夢中になって……。会長の妹さんは可能性があって。……私もああいう恋してみた──」
そこまで呟いたところで、脳内で陽が「男友達すらいないのに?」と煽ってくる。喧しいわと早坂は1人湯船に拳を叩きつけ、跳ね上がったお湯が顔にかかる。
「小野寺くん…………ない。うん、絶対ない」
男友達と言ってもいいかな、ぐらいの相手を想定してみる。陽を恋人に想定してみて、そんなのないわと切り捨てた。
熱くなるのは湯船に浸かっているせい。恋をしてみたいなんて、らしくないことを考えたせい。自分らしくない。そういうことをしていい資格なんてない。
『頼れる相手見つかりました?』
あぁうるさい。出てくるな。
目を閉じてその声を脳から消していく。合間合間で調べてわかっているんだ。陽はこれ以上他の場所に手を伸ばす余裕なんてないことぐらい。
「早坂来て!」
「……小野寺くん何してんのかな」
主人がドアを開けて叫んでくる。なぜ止めなかったと陽に苛つくも、かぐやはそれを無視して声を張って要件を伝えてくる。
「ネットが壊れてしまったの!」
「世紀の大事件じゃないですか」
なるほどこれは仕方ない。たしかに陽には対処できないことだ。早坂にも対処できないが。
急かされるままに濡れた体を拭き、タオルを巻いた状態で廊下に出る。当然ながら陽がそこにいるわけだが。
「痴女ですか?」
「違うし!」
かぐやのせいだということは分かってる。陽は執事服の上着を脱いで早坂の肩にかけた。気休め程度にはなるが、ないよりはマシだろう。一種の大人からすればむしろ逆効果な気もするが、健全な少年少女にはこれが今できる最適解である。
陽も部屋までついていき、かぐやの言っていることを早坂と確認。ネットが壊れたという意味を理解し、早坂に風呂に戻っていいと伝えるのだった。