四宮かぐやは休みの日に遊べる機会がほとんどない。1年の間でも数えられる程度。外に行ったとしても、基本的に早坂を始めとした使用人たちが警護のために離れた位置から見守る。行き帰りも必ず車だ。
そんな生活を送るかぐやにとって、友人との遊びは何にも代えがたいほどの楽しみになる。遠足前の子供なんて比じゃない。ママを与えられた人たち。おぎゃりたい時にコッコロママやらサレンママやらを与えられたビッグベイビーすら凌ぐ。
「なんでこんな急に……」
そんなかぐやに届いたのは、本家に顔を出しに来いという指示。指定された日は、まさに千花たちと遊びに行く日だった。藤原家の
そうだというのに、無慈悲にもその楽しみは奪われる。無神経に、強引に。それをやられたかぐやの心境たるや。マスターボールなのにポケモンが逃げた時並のショックだ。ゲームバグ。一番ひどいバグゲーオブクソゲーはメジャーとか言っちゃ駄目。首が180度回ったノゴローくんは貞子すら逃げる。
「拒否権がないってのは辛いですね」
「親の言うことを拒否した人間が言うと嫌味に聞こえますね」
「そんなつもりもないですが」
「お父様の指示を拒否なんて無理なのよ」
一般層はもちろん。富裕層であったとしても四宮家とは大きく異なる。四大財閥の1つである四宮家は、黒を黒で塗りつぶしたような漆黒さ。その家族関係は壊滅的で、家族愛なんて感じられない。家族の絆も感じられないような場所。
ただわかっているのは、四宮家の当主である雁庵の力は絶大。雁庵が来いと言えば行かなくてはならない。雁庵が右と言ったらそれは左であっても右だと言わないといけない。左だけど。
陽にとってわからないのは、その家族関係ではない。戦国時代でのお家騒動など珍しくもない。かぐやが当主に対して無抵抗という点だ。
「私は後継者の権利を持ってないのよ。立場は1番不安定。下手なことをすれば今の生活すら怪しい。私はこれでも今の生活を気に入ってるのよ」
失いたくないのは現環境。秀知院学園に通い、友と過ごし、後輩と過ごし、御行と過ごせる生徒会のある今の生活。姉同然の早坂に支えられ、多くの使用人に支えられ、普通に近いことができる今の日常は掛け替えのないもの。何がなんでも守りたい生活なのだ。
だから、下手なことをせずに従順にやり過ごす。大したものでもないと思わせれば、排除する労力すら無駄だと思わせれば、今の生活を続けられるから。
「そうですか」
「なんだか納得してなさそうね」
「……いえ。四宮さんがそう判断されたのなら、それが最適解なのでしょう」
いてもいなくても変わらないような人間なら、
四宮家での立場が不安定で、当主が変わったとしたら、今の生活はもっと危うくなる。陽の考えとしては、抗える力をつけるべきというもの。
けれど、他の兄弟にも雁庵にも会ったことはない。かぐやのやり方のほうが適しているのだろうと陽は考えた。
「何かあるなら言ってもいいのよ。聞くだけ聞くわ」
かぐやにそう言われ、早坂の方をチラリと見る。早坂は無言のまま頷き、陽は思ったことを口にした。
「当主のことを無敵みたいに言ってますけど、弱点は当然ながらありますよ」
「弱点? そんなものを持ち合わせてるような人じゃないわよ」
「いやいや四宮さん。いいですか? 弱点がない人間はこの世に存在しません」
「……つまり?」
「首が胴から離れたら死にます」
「当たり前でしょ!?」
「あっ、その手があったか」
「早坂!?」
手をぽんと叩き、見落としていたと反応する早坂にかぐやは焦る。雁庵のことをクソジジイと呼んで毛嫌いする早坂が、何かの間違いで暗殺をするのではと心配になったから。かぐやは雁庵が嫌いなわけでもないし、早坂にそんな事をしてほしくない。
「人が死ぬようなことは駄目に決まってるでしょ!」
「わかってますよかぐや様。しませんて。私だって前科持ちにはなりたくないですし」
「婚期が遠のきますからね」
「変なことを言うのはこの口かな?」
「痛いっす」
ぐにっと陽の頬を引っ張る。結構柔らかい頬で触り心地がいい。ぷにぷにと遊びたい気分になったが、早坂はそれをまた今度の楽しみにすることにした。
「あなた達だいぶ仲良くなってるわね」
「友達ですから。早坂さんがどう思ってるかは知らないですけど」
2人の視線が早坂に集まり、早坂は困ったように視線を逸らした。まだ友達認定はしてないらしい。
「まぁともあれ、いくら当主でも金的には負けると思いますから、参考程度に」
「金的ってなに?」
「四宮さんが知らなくても、早坂さんが知ってたら大丈夫です」
「早坂は知ってるの?」
「ええまぁ。やったことはないですけど」
「白銀会長にでも教わってください」
さらりと爆弾をかぐやの手に渡した。かぐやにとってそれは、話の口実という認識。しかしそれは無知故のもの。恥をかくことになるのは目に見えているが、早坂は止めないでいいやと判断した。その方が傍から見てて面白いから。
夏休み明け。生徒会にて思い出すようにかぐやが御行に聞き、ひと騒動が起きるのは別の話。陽の預かり知らぬ話である。
「小野寺くん」
「なんでしょう?」
「言い忘れてましたが、あなたを本家に連れて行くことはできません。秘密にしてますし。なので、私と早坂が帰ってくるまでは休みです」
「了解であります」
そうして言い渡された休日なのだが、どこかに出かけようとも思わなかった。課題も9割は終わっている。最後までやり切ってしまおう。そう思っていたのだが、萌葉からの呼び出しがかかったために予定変更である。
新宿駅にて集合。そう言われても迷宮で簡単に巡り会えるわけもなく、ちゃんと集合場所を決める必要がある。かと言って、渋谷のハチ公みたくわかりやすい場所があるかと言われたら難しい。あの有名なワンチャンは優秀過ぎた。
結局、一番最初に着いた人が場所を指定するというやり方になった。そして萌葉が一番早かった。というか陽を呼び出した時点で萌葉は新宿にいた。
「会長おそーい」
「無茶言うな。これでも急いでもらったんだぞ」
「車で来たんだ? 珍しいね」
「暑いし」
それだけの理由じゃない気がしたが、詮索する気にもならなかったので萌葉は流すことにした。萌葉の服装は袖の短いシャツに短パン。淡いピンクのサコッシュを肩にかけている。いつもは制服で隠れている脚が露出しており、陽は反応に困った。神秘を覗いてしまっている気分だった。
「後は圭ちゃんが来たら揃うね」
「阿天坊は?」
「昼夜逆転生活してるみたい。銀の弾丸撃ち込んで来ていい?」
「吸血鬼じゃなくても死ぬからやめなさい」
「は~い」
少し残念そうにする萌葉は通常運転だった。旅行でエジプトも行ってきたようだが、変な刺激を受けることなく帰ってきたらしい。後のミイラ騒動まで陽はそう思っていた。
圭は電車で来るようだが、萌葉の連絡が急だったために準備に時間を取られているらしい。圭が乗る電車の時間を聞いておき、待っている間にスタバまで移動して飲み物を購入。集合場所へと戻って飲みながら待機する。
「それにしても急に呼び出すなんて珍しいな」
「予定が無くなったからね~。会長が寂しい思いしてるかなーって思って呼んだんだよ」
「子供か」
「寂しくなかったの?」
「……会いたいなとは思ってたよ」
「ぇ……?」
視線を逸らしながら言ったことを、今度は萌葉を見て言う。
「藤原さんから連絡が来て、本当に嬉しかった」
顔から火が出そうになりながら伝える。自分の本心を。恥ずかしさに悶えそうだ。
この夏休み期間の内に会えてよかった。
萌葉は夏休みのほとんどに予定がある。陽はそもそも実家にいないし、四宮家でのバイトはいつ休みが取れるかわからない。だから、会えないものだと思っていた。
そんな中での萌葉からの呼び出し。スマホを見ながらニヤけてしまったのは、無理もないことだろう。
「……あはっ。会長、らしくないよ」
「らしさなんて、わかんないから」
「そっかー」
ストローに口を加え、飲みながら陽から顔を逸らす。
「圭ちゃんそろそろかな」
萌葉はそう言いながら、自分の中の陽のイメージとのギャップに
「あ、白銀さん見っけ」
陽が指差す方向に、たしかに圭がいた。ノースリーブの服で下はジーンズ。萌葉とは対象的で、圭は脚を見せるような服装にはしないらしい。学校にいる時と同じようにリボンを髪につけている。少しだけ普段より小奇麗なのを見て、メイクしてから来たなと萌葉は見抜いた。
圭はメイクの小道具を持っているものの、倹約家であることからかあまり使わない。生徒総会だったり、始業式だったり。全校生徒の前に生徒会が立つ日に限っているのだ。
それなのに今日はメイクをしてきた。イジれることにニヤリと笑い、同時にモヤっと陰りを感じた。
「おはよう白銀さん」
「おはよ。節操なし」
「語弊があるにも程があるんだが!?」
「え、なんの話?」
「会長が女の先輩と同じ屋根の下で夏休みを過ごしてる話」
「なにそれ詳しく!」
「なんで愉しそうに食いつくかな……」
簡潔に話す事は可能なのだが、艶々な表情で食いついた萌葉を見るにグイグイ聞かれるのは確定だ。長くなるのなら、どこかで座りながら話したい。
「今日はどこ行くんだっけ。聞いてなかったと思うんだが」
「話は電車の中で聞こうかな」
目的地は秘密らしい。先導する萌葉について行き、目的の電車に乗り込む。夏休みだからだろうか。高速道路は毎年必ずエゲツない渋滞をするのに。
圭と萌葉が座り、陽がその前に立つ。という形に持って行きたかったのに、2人に腕を引っ張られて間に座らされる。外野からすれば両手に花。陽からすれば尋問を受けるに等しかった。
「さっきの話なんだけど。圭ちゃんが言ってたやつどゆこと?」
「キャンプ探してるって夏休み前に言ったじゃん?」
「うん。それがなんで同棲になってるのかな?」
「飛躍するな。その人がバイトしてるとこに、住み込みでバイトさせてもらえることになって」
「キャンプからバイトに変わってるとこが不思議なんだけどなー」
そもそもなんでキャンプの話も出たのか。まずはそこを話さないと萌葉と圭を納得させることもできない。周りの乗客も、修羅場っぽいと判断して露骨に視線を逸らす。耳だけは傾けていた。これがジャパン製野次馬根性か。
話すとなると家庭の話にもなる。あまり話したいとは思わない内容だが、軽くだけ話すことにした。
「諸事情で夏休み期間は家を出とかないといけなくてな。それでキャンプを考えたりしてたんだよ」
「さらっとヘビーっぽいことを。言ってくれたらよかったのに」
「藤原さんとこは旅行の予定が多かったから。迷惑かけることになるし」
「そうだけど~」
「白銀さんも同じ理由。迷惑かけたくないから」
「迷惑とは思わないよ」
ただ、白銀家の間取り的に寝るところに困るだけだ。一部屋を兄とブラインドカーテンで仕切り、強引にそれぞれの部屋を作っているのが現状。父は部屋がなくリビングで寝る。来客自体はできなくはないが、寝泊まりは難しい。
「阿天坊には、前に絶対にうちには来ないほうがいいとか言われてたしな」
「呪われるのかな?」
「さぁな」
陽の事情が2人に伝わった。それなら仕方ないのかと頭では納得できる。感情ではいまいち首を縦に触れない部分もあるが。
「さてと、電車に乗ってることだし山手線ゲームでもしよっか!」
「乗ってるのは山手線じゃないけどな」
「お題は?」
「世界各国歴代首相の禿げてる人」
「失礼が過ぎるお題だな!」
そう言いながらも、萌葉が始めたので陽もそれに合わせて答える。呆れながらも圭が乗っかった。これがこの3人のいつもの形。萌葉か陽のどちらかが始めて、どちらかがそれに便乗する。内容次第では圭が止めることもあるが、だいたいは今回のように合わせるのだ。
こんなお題でも秀知院生の優秀な生徒としての実力が発揮される。意外なことにこのお題のまま勝負がもつれ込み、開始してから30分が経過した。
「あ、乗り過ごした」
「まじか」
「乗り換えて戻る?」
そろそろ引き出しのハゲも枯渇し、萌葉は自分の順番が回ってきたところで窓の外をチラッと見た。目的の駅を通り過ぎていることがそれでわかり、圭は引き返そうと提案した。現実的な選択肢だ。
けれど萌葉はそれを汲み取らなかった。絶対にそこに行きたかったわけでもないから。
「せっかくだし海に行こうよ。夏だし」
「俺は構わないけど、白銀さんは?」
「私もそこでいいけど、水着持ってきてないよ?」
「泳ぐのが目的ってわけでもないからいいの」
海で泳ぐことが目的なら、初めから水着を持ってくるように言っている。というか、海で遊ぶのはもう十分楽しんできた。別腹感覚で楽しめなくもないが、違うアプローチで楽しみたいところ。
それに、姉2人とは違って可愛らしい水着を持っているわけじゃない。陽に見られると思うと恥ずかしさがあるし、別の水着ならいいかと言われたらそうでもない。今の服装の布面積が限界範囲なのだ。
「私達の水着が見れなくて残念だったね会長」
「俺をどうしたいんだ……」
「会長はどんな水着好き?」
「萌葉!?」
「んー、日焼けしないやつ」
「そっち!?」
「あはは! それもうダイビングスーツじゃん! あ、ダイビングしよっか」
思いつきでコロコロ変わるなと思いつつ、日本でダイビングができる海は限られているのではと思い返す。そもそも中学生だけでできることでもないことを忘れてはいけない。シュノーケリングも同様だ。
「このまま葉山まで行けばたしかできるんだよね~」
「いやライセンスいるでしょ」
「体験型も一応あるけど……あれは申込みしないと駄目か。んー、とりあえず葉山の海行こ」
行き当たりばったりの日帰り旅行になりつつある。それはそれでいいかと思い、萌葉の旅行話に圭と2人で耳を傾けた。
そうして話を聞いていると葉山に到着し、海に向かう道中でお昼を済ませる。
「んー?」
「どうしたの? 萌葉」
「ちょっとあっち行ってみよ」
「引っ張らなくてもついていくって」
萌葉に手を引かれながら足を早める。握られている手首には、萌葉の柔らかな手の感触とそこから伝わる体温を感じる。決して熱くないのに、そこから熱を流し込まれているようで火傷しそうだ。
「やっぱり屋台だ! 結構あるね~」
「祭りでもあるのか?」
萌葉の嗅覚が屋台を発見した。ほとんど直感のようにも思えるが、確かな足取りだったのだから確信があったのだろう。笑顔で綿菓子を買う萌葉に感嘆する。
「花火大会やるんだって~。7月にもやったみたいだけど、今年は2回やるんだとか」
「派手だな」
「そうだね。はい、会長も一口あーん」
「いいのか? ありがとう」
「ほんとに食べちゃった」
揶揄いたいのにそれがうまくいかない。このシチュエーションなら、それはそれでいいのだが、自分の狙い通りにもしたいなと欲が出る。何かないかと辺りを見渡し、夏に合うものを見つけた。
「ねっ、3人でかき氷買おうよ」
「味をバラバラにしたいんでしょ?」
「そういうこと。さすが圭ちゃん」
「クソ暑いし、私もかき氷なら食べようかな」
「決まりだね!」
陽が並び、3人分のかき氷を買って戻る。流れるように奢ることになったが、この程度の出費は気にしない。むしろ圭の節約に一役買えたことが喜ばしいくらいだ。
いちご味、ブルーハワイ味、ぱちぱち葡萄味。
「なんでぱちぱち買うかな……」
「珍しいと買っちゃうよね~。はい会長お先にどうぞ」
「それが目的だったな!?」
陽にぱちぱちを強制的に食べさせる。萌葉の目的はそれがすべてだった。けれど遊び盛りの少年小野寺陽。彼はむしろこういうおふざけ系のものが好物だったりするのだ。萌葉の計略破れたり──とはならなかった。
「ほら会長口開けて。あーんして~」
「……」
味には困っていないのに。萌葉にこれをやられることに困っていた。さっきは綿菓子が大きくて、萌葉の顔が隠れていたために問題なく食べれた。けれど今回はそうもいかない。ストローで作られたスプーンでは、萌葉が小顔だからといってそのすべてを隠せるわけがない。
好きな笑顔を向けられ、妄想ぐらいしたことあるシチュエーションを今まさに起ころうとしている。その喜びだってもちろんある。天元突破しそうだ。けれど緊張のほうが先に天元突破してしまっている。
夢のシチュエーション。それに今一歩踏み出せない自分。
(セーブポイントからやり直してぇぇ!!)
そんな自分がなんと情けないことか。
「会長こっち向いて」
「なに? 白銀さ……ん?」
「どう? 美味しい?」
「美味しい……です」
緊張の糸を断ち切ったのは圭の声。それに油断した陽は、開いた口にかき氷を入れられた。口の中に広がるブルーハワイの味。混乱もあって、その味を半分ほどしか認識できていなかった。
「むー。圭ちゃんずるい!」
「私の作戦勝ちってだけ」
「はい、白銀さんも一口」
「ぅぇっ!? 私は……別に……」
「いやいや、一口くれたんだしさ」
「ぅぅ……あーん」
「どう?」
「……んっ……わかんない」
圭もまた、混乱して味がわかっていなかった。頬はほんのりといちごシロップに色が近づいていたが。
「ほら会長食べて。……それとも、私のはいや?」
「食べます。あむっ……。っ!? ぱちぱちが強い……!!」
「あはは! 会長リアクションおっきい~。はむ……っにゃ!? すっごいぱちぱちする!!」
「だから言ったろ!? でも美味いなこれ」
「……ほんとだ。後味がいい」
「えぇ……」
こいつら何言ってんだという視線が圭から発せられ、それを受けながら萌葉と陽はぱちぱちかき氷を二分して食べるのだった。さすがにこれ1人は罰ゲームの域らしい。
それが終われば目的の海へ。萌葉が砂浜へと駆け出し、陽もはしゃぐ。圭はやれやれと大人対応を見せるも、うきうきしているのは顔に出ていた。
「海~! ただいま~!」
「おかえりー」
「ちょっと会長~。……ぷっ、あははっ!」
海は世界全土に繋がっている。名前で分けられているが、1つの海という見方が可能だ。だから、萌葉がただいまというのもおかしくはないのだ。それをすぐに汲み取り、陽は代弁しておかえりと言った。ちょっと茶化す気持ちも込みで。
陽が靴と靴下を脱ぎ、波の届かない場所にそれを置く。
「ははっ! やっぱ冷てえ~!」
「いいなー。私もやろっと!」
「2人とも! タオルないんだよ!?」
「後で買えばいいじゃん! 圭ちゃんもおいでよ! 足だけでも気持ちいいよ!」
渋った圭だが、周りの人たちはそれぞれの遊びに夢中。いちいちこちらに意識を割かない。それならはしゃいじゃってもいいかなと判断して、ジーンズが濡れないように可能な限り捲ってから圭も2人の下へ。
「圭ちゃんそれ~!」
「きゃっ! もうー! タオルがないって言ってるのに! それっ!」
「あはは! 圭ちゃんもやる気になったね! 2人で会長倒すよ!」
「結託すな!」
足首までが波に浸かる範囲で、2人からの水掛けを極力避けながらたまに反撃。この状態の何が辛いかと言えば、女子に水をかけて服を透けさせたら、変態の烙印を押されかねないことである。そして2人が恥ずかしがるような状況にはさせたくなかった。
「私は左から。圭ちゃんは右ね!」
「了解」
「挟み撃ちとか容赦ないな!?」
2人が水をかけようとするタイミングに合わせて逃げる。狙いをずらさせる作戦だ。
「甘い!」
けれど萌葉はその上を行く。手ですくった海水が駄目なら、足で蹴りだせばいい。押し寄せる波がサポートし、陽の背中に海水が直撃する。
「器用だな!」
背中に感じる水気と冷たさ。驚きと共に振り返ると、バランスを崩しそうになっている萌葉が目に映った。
「んーっ! とーっ! ぁっ、だめっぽい」
「藤原さん!」
振り返って見た時に、転けるだろうなと見抜けた。体はすぐさま反応し、萌葉の態勢が完全に崩れる前から動いていた。
それでも支えるのは間に合わない。できることは、萌葉が海水に倒れ込まないように、萌葉と海水の間に体を割り込ませることぐらいだった。
「っ……」
「ぁ……」
眼前に映るのは近くなり過ぎた互いの顔だけ。正確には顔のほとんども見えていない。目と目が重なり、細い呼吸を感じ取れるほどに近い。1cmにも満たない僅かな距離。ほんの少しズレたら唇が触れ合う。
「2人とも大丈夫!?」
「ぅ、うん」
「背中全体冷たい」
「タオル買ってくるね! たぶん近くに売ってるとこあるだろうし!」
圭が駆け出し、それを見送りながら萌葉は陽の上から離れた。陽も体を起こし、体についた砂を払いながら気まずそうに海を眺める。
「その……怪我はない?」
「だい、じょうぶ。会長こそ……どこか痛いとかはない?」
「うん。砂浜だったからな」
「そっか。……よかった。ごめんね」
「いいよ。今のは……えっと、事故だから」
「そう、だよね。事故だよね! だから、その……お互い忘れよ? キスはしてないわけだし」
「それがいいよな。うん」
ぎこちない会話だが、忘れようという話で収まった。もちろん、どちらも忘れられるわけがないのだが。あれだけ距離が近ければ、体は密着状態。お互いに、異性の体つきを文字通り全身で知ったのだ。脳に焼き付いてしまっている。
「タオルあるといいな」
「圭ちゃん1人で行っちゃったけど、大丈夫かな? ナンパとか」
「白銀さん探してくる」
「待って!」
走り出そうとした陽の服の裾を掴んだ。咄嗟の行動に萌葉自身戸惑う。
「藤原さん?」
「……ミイラ取りがミイラになるってこともあるし、会長が行っちゃったら私が1人になるから。だから……、一緒にいて」
タオルを探しに出た圭だが、彼女の目的はそれだけじゃない。あの場にいたくなかったことの方が理由として大きい。
あの状態。陽の上に萌葉が乗ったように見えるあの状態。あれを傍から見ていたらどう映るのか。答えなど明白である。ドラマのワンシーンと同じ原理だ。たとえそうなっていなくとも、見ている側からすればそう映る。
──
震える体を走ることで誤魔化す。脳裏に焼き付いた光景から逃げるように全力で走る。
どこにタオルを売っている場所があるかわからない。冷静に考えてポイントを絞るなんてことはできない。なんとなく、それっぽいという理由でそこに向かうだけ。
けれど全力疾走もいつまでも続けられるわけがなくて、呼吸を荒げながら足が少しずつ止まっていく。感情に突き動かされるままに走ってきたから、裸足なのを忘れていた。アスファルトが熱いことを思い出し、木でできた海岸沿いの柵に腰掛ける。
「ちがうっ……。わたしは……べつに、会長のことなんて……! だからっ、2人がキスしたって関係な……。かんけぃ……っ、ぁっ……!」
フラッシュバックするあの光景。胸にぐさりと棘が突き刺さる。
胸が苦しいのは、息が苦しいのは、全力疾走してきたからなのか。それともあの光景のせいなのか。
圭にはそれがわからない。
阿天坊「起きたらSNSに先輩らの楽しそうな写真が投げられてた件」