執筆に割ける時間がこの先減っていきそうですが、ちょこちょこ書いていきます。
人生を彩るものは何か。恋人、家族、友人、夢。漠然としたものもあれば、他人事のように思う人もいるだろう。
けれど、これはそんな難しい話じゃない。人生を彩るもの。それは趣味だ。
趣味とは、その時にハマっているもの、ずっと好きなもの。2パターンあるだろう。そのどちらでもいい。趣味があり、それに時間を費やしている時、まさしく人は人生バラ色パラダイスだろう。
「3日とも最高でしたよ会長!」
その
「アーティストの順番とかもヤバかったっす!」
「語彙力崩壊してるぞ」
「いやヤバイんですよ。まじヤバヤバなんすよ!」
「エモエモみたいに言うなよ……。楽しめたなら何よりだが」
「来年は会長も行きましょうよ!」
「成績維持できてたらな」
オタクあるあるの語彙力崩壊。好きやら凄いやら、その場に脳みそを置いて感情だけ持ち帰ってきてしまう現象。その感動を伝えたいのに、ちゃんとした言葉には変換できない。阿天坊は見事にオタクだった。
そうなるほどに楽しめた場所であるなら、行ってみるのもいいかもしれない。陽は前向きに検討した。ライブに行った経験もない。絶大の人気があるものなら、行ってみて悪い経験になるなんてこともないだろう。
陽の前向きな反応に、阿天坊はガッツポーズしてから気になっていたことを聞いた。
「会長さっきから何やってるんですか?」
「フェネクス作ってる」
「いやそれアカツキのシラヌイの方。合ってるの色だけじゃないですか」
「……オオワシでもないのか」
「間違え方が酷え」
学校にあるとある部屋の中でせっせと組み立てているガンプラ。陽はフェネクスを作っていると思っていたようだが、全く違うものを作っていた。作品すら違う。阿天坊が過激派じゃなかったのが救いだ。
作っている手際はいい。工具を使って1つ1つ丁寧に組み合わせて行っている。それ自体はいいのだが、陽の意識は散漫だ。その状態でもしっかりと作っていくあたり、陽の才覚が無駄に発揮されていた。阿天坊はため息をついて本題に入る。
「先輩ら何があったんですか?」
「うーん、なんだろうな」
「3人で遊んでた日に何かあったんですよね? 僕が寝てる間に出かけちゃって!」
「そこは阿天坊の自業自得だろ……」
やっぱり1人だけ遊べなかったことに噛みつかれた。予想通りの反応に少しだけ和み、どう話したものか考える。原因は1つしかないとわかっているのだが、さすがにあれは言うのも躊躇う内容だ。ぼかし方も思いつかない。
「花火の日も、ギスギスとかはしてなかったですけど、なんか距離を感じるというか。お互いに気まずそうにして手探り状態だったですし」
「諸事情があってだな」
「今回ばかりは聞き出しますんで、ガンプラ作る手を止めてください」
「俺はこれでガンプラバトルを勝ちたいんだ!」
「ビームサーベル鼻に突っ込むぞこの野郎!」
「怖いなぁ」
キリのいいところで作業を止め、そのままの状態で放置する。下手に動かしてパーツが消えては大惨事だ。
陽は観念して腹を括り、あの日に起きた出来事を阿天坊に打ち明けた。あまり他人に話すことでもないが、阿天坊ならば信頼できる。同じ生徒会役員でもある阿天坊には、知る権利があると判断したのだ。
「藤原さんとキスしかけた」
「こいつは生かしておけぬ!」
「今日は沸点低いな!」
「エクス──!」
「
「おぅふ!」
アカツキの腕を射出。見事に右ストレートが当たった。特に威力もないはずだが、そこはリアクション芸。ちゃんと反応をしたところでエアーちゃぶ台返し。
「遊んでる場合じゃないんすよ!」
「今のはお前のせいだからな?」
「おっほん。それで、どういう状況でそんな事に? 白銀先輩だっていたんでしょ?」
「事故があってだな」
陽は海に行ったことを話し、萌葉が転けかけたところを助けたことで、原因たるキス未遂事件が起きたことを説明。それを聞いた阿天坊はわかりやすく顔を顰めて歯ぎしりしていた。
「ラッキースケベ死すべし!」
「この話題とことん向いてないな……」
「何を女子と密着してるんですか! しかも意中の子と! 運命でも味方につけましたか!? ふざけんな馬鹿野郎! 僕もいい思いしたい!」
「そのせいで今の空気なんだが!?」
「は? ぶっちゃけ幸せな悩みの方向ですよそれ。遠回しの自慢に思えてきた。会長を夜道で刺したい」
「犯罪に手を染めるなよ」
ゴム製のクナイでジャグリングを始める阿天坊に引きつつ、後輩が前科持ちにならないように言っておく。わかってますよと言いながらクナイを投擲。陽がそれを1つずつ回収してそのまま没収する。
「まったく……その状態密じゃないですか。何を密になってるんですか。ソーシャルディスタンス!」
「テンション高いな」
「こうしてないとやってけないからですけど?」
「それはごめん」
状況を把握しきれていない阿天坊が、あの空気の中で一番神経を使うのである。それを先輩である2年生組がさらに気を使い、微妙な空気の永久機関が完成する。可能ならばすぐにでも解決してほしい。
もちろん、根本的解決は難しい。というか無理だと阿天坊は思っている。陽の話を聞き、だいたいを察したから。
「会長は問題ないでしょうけど、僕らは生徒会が1番の居場所なんですよ。ここが壊れるとだいぶキツイんですよね」
「……」
「そんなわけで、会長は白銀先輩とちゃんと話をしてください」
「白銀さんと?」
「そうです。会長が話さないといけないのは白銀先輩です。僕的には小白派ですし」
「カップリング論を混ぜるな」
ハーレム論こそ陽たちの耳に届いているが、それに並んで議論されているのがカップリング論である。小白が正しいのか、小藤が正しいのか。秀知院学園中等部は密かにこれらで論争が起きている。真実はどれも不正解なのだが、生徒たちからすれば不明のまま。だからこそ議論を楽しめているらしい。
そういう論争があるのかと頭の隅に入れておきながら、阿天坊に言われたことを考える。振り返ってみても、たしかに圭とはまともにあの事を話せていない。萌葉とはすぐに話して落とし所を見つけたが、圭はそうじゃない。
圭に会って何を話すか。それは考えるまでもない。むしろ、夏休みが明けるまで先延ばしにしていた方がおかしなものだ。
「白銀さんに会ってくる」
「それがいいと思います。ところで会長」
「どした?」
「この部屋って何なんですか?」
「娯楽部の部室だが?」
「そんな部があったとは……」
「知らないのもしゃーねぇよ。入ってるのは俺と玉袋とジャーキーだから」
「知らん2人出てきた!」
どちらも陽の友人である。これと言った部に入る気もなく、廃部寸前だった娯楽部に入部したのだ。この部屋にある物の大半が、当時3年生だった先輩の置き土産だ。
「この部屋残るか?」
「いえ今日は帰ります」
「ん。付き合わせて悪かったな」
「いえいえ。僕も我儘を言ってますから」
「あれぐらいは我儘には入らん。俺の責任だからな」
「いやほんとにね」
「ははっ。また明日な」
「はい。お疲れ様です」
部室の鍵を閉めて阿天坊と別れる。鍵は教室に残っていたジャーキーに渡し、圭を見なかったかを聞く。見かけたわけではないようで、陽は適当に当たりをつけて教室を後にした。
まずは下駄箱の確認。圭が帰っていないかのチェックだ。靴が残っており、校舎内にいることが判明。スマホを使わないのは、あの日以降圭とのやり取りが途切れているからである。校舎内にいると分かれば、一応生徒会室を確認。中には誰もおらず、萌葉もどこに行ったのか気になったがそれは保留にした。今優先すべきは圭だから。
生徒会室にいないのなら、次の候補地に移動だ。
(居場所……か)
阿天坊の言葉を思い返しながら階段を上っていく。言われた通り、陽の性格と人望上、生徒会が無くても居場所は消えない。娯楽部も居場所の1つであり、クラスでも存在感のある人間として過ごせているのだから。
けれど、他の3人がそうとは限らない。萌葉もどちらかと言えば陽側だろう。その人当たりのいい性格から、世渡りに困ることはない。発言が時々怖いだけで、それも萌葉の特徴として受け入れられる程度。けれど、阿天坊は生徒会以外の居場所が危うい。オタク仲間を見つけられれば、と言ったところか。
そして圭もまた、居場所が危うい側だ。学校にいる時の圭は
生徒会を失えば、入る前の時期に戻りかねない。それは陽としても好ましくないことだ。
「白銀さん。やっぱりここにいた」
「……会長」
屋上のドアを開け、日陰になる箇所を覗くと圭が壁に寄りかかって立っていた。空を見上げていた圭の目が、話しかけた陽に向けられる。その瞳を見て、陽は距離を感じた。
「白銀さんと話したいことがあって」
「私は別にないから」
「あの時から避けられてるし」
「……調整してるだけ。2人の邪魔にならないように」
「いやあれは──」
「いいの! これで、いいんだから……。事故だとしても、私は気にしてないから」
「気にしてないってそんなわけないだろ。それならなんで避けるんだよ」
「わかんないよ!!」
近寄るなと言わんばかりに腕を振るわれる。陽はその場に立ち尽くし、言葉を失いながら圭をただ見つめた。空よりも澄んだ瞳から、静かに雨が落ちたから。
「気にしないようにしようって……! 事故だからって考えてるのに……。それなのに頭から離れないの! 忘れたいのに! 胸がギュって苦しくなって忘れさせてくれないの! わかんないよ……なんで……なんでわたし……。かいちょう、おしえてよ。これなんなの……? どうしたらわたし、らくになれるの?」
胸を抑えながら見上げてくる圭を見て、自然と動きそうになった手をすぐに止める。
陽はこの時に理解した。これまでのやり方を間違えたことを。圭の見方、接し方を変えないといけないことを。
頭ごなしに突き放すなんて選択肢は取れない。自身の責任だ。これまでとの見方を変え、それを前提として圭と向き合い、圭のことを今よりも知らないといけない。陽はそう判断した。時代が時代なら、違う選択も取れたのに。
「……白銀さん。まず、俺と藤原さんはキスしてないから。未遂だから」
「嘘! だって私すぐ側で見た!」
「ドラマのキスシーンと同じで、そう見えただけだから。信じてほしい」
「……なんで……」
ほぼ1年間近くにいたから。陽が嘘を言ってないことは圭にも伝わる。自分の勘違いだった。それはまだ半信半疑だ。
嘘であってほしいと無意識に願ったこと。それが叶ったことへの安堵と。都合が良すぎることへの困惑。
圭の頭が混濁するのも当然のことだった。
「なんで……すぐに、言ってくれなかったの?」
「ごめん。なんだか言い出しづらくて……。本当にごめん」
圭が避けていたからなんて言い訳は通用しない。勘違いされているとすぐに分かったはずだ。それを言わなかったのは陽のエゴだ。いっそ虚偽での既成事実ができたら、萌葉を落とすのに有効な効果が出るのではと、心のどこかで思っていた。
そんな手は取るべきじゃない。陽は阿天坊と話してる中でそれを自覚し、心を律してそう決断したのだ。
何よりも、阿天坊や圭の居場所を無くしたくない。
「かいちょうの……ばか。……かいちょ、ばかぁ……」
「ごめんね、白銀さん」
覚束ない足取りで、圭は陽へと歩み寄ってその胸に顔を押し付ける。胸元をぎゅっと掴み、肩を震わせて嗚咽を漏らす。
そんな圭に、陽はそっと肩に手を置くことしかできなかった。圭を泣かせていること。その事への自責の念に奥歯を噛み締めながら。
「圭ちゃんはやっぱそうなんだね……」
哀しそうに笑いながら、萌葉は屋上のドアを静かに閉めた。