2度目の人生の目的はパパ活です   作:粗茶Returnees

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小野寺陽は論じたい

 

 小野寺陽は自分が転生したことを自覚している。しかしここで言う転生は、前世の記憶が全てあるという転生ではない。彼が持つ前世の記憶は、彼の年齢分のものしかない。例えば、10歳の7月10日であれば、前世の記憶も10歳の7月10日の分まで。翌日になれば、またその一日分の記憶が更新される。もはや、前世の記憶というよりは、平行世界の自分の記憶を見ているような気分だ。

 しかし、陽はそれが前世の記憶だという確信がなんでかあるのだ。彼の確信を支えているものの1つは、「女子は金があればなびく」という偏見のせいだろう。その一念が物心ついた頃から、道路に張り付いたガムのようにしつこく残っている。その一念に突き動かされ、ならばどうしたらいいのかと悩んでいた頃に出会った言葉。それが「パパ活」であった。

 

 そんなわけで、藤原萌葉を落とすための前段階として、彼女の親友である白銀圭と仲良くなるために、彼女に「パパ活」して好感度を稼ごうという作戦だ。同級生の時点でパパ活とは言えないし、それもう貢いでるだけだということは気づいていない。

 

「白銀さん欲しいものない?」

「別に。というか出費しないで」

「自分のポケットマネーで出すけど」

「私が物乞いしてるみたいだから嫌」

 

 そして一向に成果が出ていない。

 当たり前だった。白銀圭はプライドが高い。中等部の中でも指折りなまでにプライドの高い人物であり、多感な時期でもある。手伝ってもらう程度ならまだしも、一方的に施されることは嫌なのだ。白銀家が決して裕福とは言えないのも、彼女が支援を拒む理由だろう。惨めに感じてしまうから。

 ちょっとジュースを奢ってもらうとかなら許容もできよう。テストの勝敗でとか、苦労した仕事を片付けたとか。そういう理由でなら彼女も受け取るし、お金も微々たるものだからあまり気にやまない。それなのに、陽が奢ろうとするのは高い食事だったり、そこそこお金のかかる物だったりするのだ。

 

「会長って頭いいけどバカですよね」

「褒められてるのか貶されてるのか」

「褒めながら貶してます」

「正直ものの後輩だなー。そこに直れ」

 

 作業していた手を止めるも、その後輩は言われたことを流して淡々と作業を続ける。本気ではなくノリで言っているだけなため、陽も作業を再開。それを横目に確認してから、後輩は話の続きを口にした。

 

「買ってきてるやつって基本的に白銀先輩のためじゃないですか」

「そんなことはないが?」

「……そうですね。それはいいとして、貢がれるのって普通怖いですからね」

「話聞いてたかお前?」

 

 じろりと視線を向けるも、後輩はまたもや受け流すだけ。再度止まった作業をもう一度始めた。ミスがあったようなのでやり直し。1からやり直しじゃないだけまだマシだ。

 

「ライブとかで出演者にプレゼントってあったりするんですけど」

「花とかじゃなくて?」

「それとは別で。プレゼントは飲食物は禁止なんですよ。食べきれないから」

「当たったら怖いしな」

「生物送り込む人はいないと思いますけどね。代わりに何あげるかって言うと、メッセージカードだったり、絵師だとイラストですね」

 

 色紙にコメントを寄せたりとか。多いのはメッセージカードだろうか。お互い気楽にできるから。

 

「へ~。それで?」

「怖いのがここからで、それが異常な人って、女性の出演者に化粧用品とかアクセサリーとか贈ることがあるらしいんですよ」

「キモち悪いな。潰れたナマコよりキモい」

「会長のやり方ってそれかなって」

「んなわけないだろ!?」

 

 そんな気持ち悪いことをしたことなどない。大型テレビを買ったのも、高等部の生徒会室にはあると聞いたから買ったのだ。こたつを買ったのは、萌葉が「冬はこたつが恋しいし、こたつあったら作業が捗るんだよね~」と言ったからだ。圭のことを考えて貢ぎ感覚でやったわけじゃない。勘違いしないでほしかった。

 

「でもそう見えてしまうところもあるので、気をつけたほうがいいと思いますよ」

「たしかに。パパ活って難しいな」

「やっぱ会長バカですよね」

 

 言われたことに納得したのにバカ扱いとはこれいかに。上下関係に厳しい人からすれば問題発言とも取れるが、陽はそこまで厳しく捉えない。

 

「これでよしっと。やり方は覚えたか?」

「はい。会長のおかげで手順を理解できました」

「んじゃ、()()()()()

「おぉ……! 思ってたより広く感じる……!」

「初めて入ると感動するよなぁ」

 

 感動して目をキラキラ輝かせる後輩の姿に、陽はしみじみと頷いた。自分も初めて体験した時はそうだったと。テンション上がってテントの中をゴロゴロ転がったものだ。

 テントは寝る場所として使用するわけで、寝転んだ時の体感も確認した。2人で並んで寝転んでも問題ない広さ。3人で寝ることも可能だろうし、寝方次第では4人目もいけるだろうか。そうやって大きさを把握しながら、枕代わりに頭の後ろで手を組んだ。見上げて見えるのは布の天井。平面でもない天井を見上げるのは初めてで、なんだかそれがおかしくて笑ってしまう。

 

「そういえば会長」

「どしたー?」

 

 ふと思って話しかける。気の抜けた声が返ってきて、隣りを見ると同じように頭の後ろで手を組んで寝転んでいる。その横顔から見て取れるほどに弛んでいる顔。横になってるだけで結構気が緩む人のようだ。

 

「会長って巨乳派じゃないですか」

「まぁな」

「でも白銀先輩のことが好きですよね?」

「は? なんでそうなる?」

「? 貢ぎたくなってるぐらいに好きなのでは?」

「違うわ」

 

 弛んでいた思考が一発で引き締まる。スイッチが入ったようで、横顔もキリッとしたものに。真面目な顔するとただのイケメンだから腹立つなぁと思いつつ、でも寝込んでる状態のままだから台無しだなと思って口には出さなかった。

 ともあれ、中等部でわりと噂されている説は本人の口から否定された。噂を信じる気もないが、そういう噂が立つのも仕方ないと思っていた。わりと2人でいる姿は目撃されるからだ。

 

「なんでそんな話?」

「噂が立っているので。本人に聞くのが早いなって」

「信じないタイプだと思ってたんだがな」

「信じませんよ。だからこうして確かめてるわけです。実際、会長って副会長の藤原先輩より白銀先輩と一緒にいること多いですし」

 

 少し機嫌の悪くなった陽を見て、早口になりながら噂が出ている理由も話す。他学年は知らないが、1年生の間ではこれを理由に2人が「付き合っている」もしくは「好き合っている」はたまた「会長の片思い」という説が出ているのだ。「白銀圭の片思い」説が存在しないのは、2人の様子からお察しである。

 1年生の中ではそういうふうになっているのかと把握し、平和だなぁと一安心。2年生や3年生の邪推に比べればとても可愛らしいものである。

 

「他言しないことを信用して話すがな」

「他言しませんとも。恩知らずなことはしたくないですし、善良なオタクを心掛けてますから」

「良い人だってことはもちろん知ってる。だからスカウトしたし」

 

 そういうところはこの人のズルいところだなと思う。

 自分の目で見て、自分の頭で判断して相手を評価することを心がけている小野寺陽。自分が高い評価をした相手のことをとことん信じる人間だ。その真っ直ぐな目が、生徒会メンバーから親しまれる所以となっている。

 

「俺は白銀さんと仲良くなりたいと思っているが、白銀さんと付き合いたいわけじゃない。男女間の友情を作りたいんだ」

「オタクの身としてはそれはリア充の考えなので爆ぜてほしいです」

「待て話の腰を折るな。これには訳がある」

「聞きましょう。非リアを納得させられる理由があるんでしょうね」

「なんで圧かけてきてんの?」

 

 すごまれたことに首を傾げた。

 

「俺が好きなのは藤原さんだ」

「ちょっと耳鼻科行ってきていいですか? なんだか耳の調子が悪いみたいです」

「そうなのか? 一応もう一回言うが、俺が好きな人は藤原萌葉だ。彼女の好みを知るために、白銀さんと仲良くなろうという算段なんだよ」

「あ、聞き間違いじゃなかった。会長。脳検査受けましょう」

「なんでだよ!」

 

 あまりもの言い草に陽は飛び起き、後輩もムクリと体を起こした。

 

「だってあの藤原先輩ですよ! どこを好きになるって言うんですか!」

「なんでそんな否定的なんだよ! カミングアウトしただけなのに!」

「だってあの人()()()()()()()!」

「この()()()()……!!」

 

 後輩こと阿天坊書記は貧乳派だった。

 これより始まるは世界をも分けるおっぱい論争。きのこたけのこ論争に並ぶ決着なき論争であり、しかし衝突せずにはいられない運命である。性癖(カルマ)性癖(カルマ)のぶつかり合い。人類史上何度目かもわからない聖戦(ジハード)。それが今まさに、テントの中で行われようとしていた。

 

「百歩譲って会長の巨乳好きには目を瞑っています。男はおっぱいには遺伝子レベルでは逆らえませんし、巨大ロボを好きになるのと同じように大きなおっぱいを好きになっても仕方ないのでしょう。全く理解はできませんが

「巨乳と巨大ロボを同列に扱うな。ガンダムに謝れ。俺はロボットにも煩いぞ」

「僕もガンダム好きですが今は置いときましょう」

 

 ガンダム論争などさらに地獄絵図を広げるだけである。スピンオフが多すぎるんじゃ。しかもあとから出てくる宇宙世紀作品の数たるや。ミノフスキー粒子とかもわけわかめである。νガンダムは伊達じゃないことだけみんな認めて手を繋いでいたらいいじゃないか。

 

「巨乳と巨大ロボの同列視はナンセンスだということをまず覚えておけ。これはさらなる炎上案件になるだけだぞ。ルナツー落とされるぞ」

「そこは素直に謝罪しますよ。愚言でした」

「巨乳の良さは何か。まずおっぱいは女性の身体的特徴だ。大人の女性になるにあたって大きくなる」

「まさかデカイ=大人の女性の魅力とか愚かなこと言わないですよね?」

「甘いな。それは真の巨乳好きとは言えない」

 

 女性の魅力はそれだけじゃない。ということは伏せた。ロリ巨乳という概念も好きではある。

 

「巨乳とは何か。それは(ロマン)だ! そこに詰まってるのは男の夢! 命を育む母性がそこにはあり、人は母性には逆らえん! そして時にそれは扇情的に映るもの! セクシーさもたまらん! 願わくば公約に『裸エプロン月間制定』を掲げたかったくらいだ! ちっぱいなどもはや無いに等しい虚乳で虚しいだけだがな!

「ちっぱいは虚乳なんかじゃない!!!!」

 

 煽りはするものの、いざ煽られたら簡単に起爆した。その単純さわりと好きな部分なのだが、今の陽にとってはそうでもない。今の阿天坊はただの敵だ。

 

「ならば聞かせてもらおう。ちっぱいの魅力とやらを」

「綺麗、美しいかわいいえっち好き、性癖」

「……」

「綺麗、美しい、かわいい、えっち、性癖、好き」

「いや聞こえてるから」

「綺麗、美しい、かわ──」

「聞こえてるって言ってるだろ!! 壊れた人形みたいにループしやがって!」

 

 ニヤニヤしたまま同じことを繰り返す阿天坊にさすがに戦慄したが、これは勝利したと確信した。もはや勝負にならない。土俵に立った時点で勝ちが決まっていたようだ。

 

「全然魅力を語れていないじゃないか。それはつまりその程度でしかなかったということ。巨乳の勝ちだな」

「否。断じて否!」

「見苦しいぞ!」

「うれせぇこれがちっぱいの魅力なんだよ! そもそも人間好きなものは言葉にできなくなる生き物でしょ! 語彙力は消し飛ぶんです! 恋人に好きっていうよりキスしたほうが気持ちが伝わるように! あいつら死なねぇかな……」

 

 思考が逸れたがそれをすぐさま阿天坊は戻した。ここで畳み掛けるしかないと見切ったのだ。

 

「逆説的に! 多くを語った会長の方が巨乳への気持ちが弱いんです!」

「なん……だと……ッ!?」

「会長だってわかるでしょ。ちっぱいの魅力。その理想の体現者たる人が、我らが白銀圭先輩なんですよ」

「白銀さんをそんな目で見るな。殺すぞ」

「この人めんどくさっ!? 藤原先輩は胸で見てるくせに!」

「いやあの人の顔とかサイコじみてるとこが好きなわけで、巨乳だから好きなんじゃない」

「えぇ……」

 

 なんだか一気に疲れが体に押し寄せてくる。いったいなんでおっぱい論争をしていたのかもわからなくなってきた。とりあえず、やっぱり会長には病院に行ってもらって脳検査を受けてもらいたい。きっとどこかおかしいから。

 

「もちろん性癖な話をしたら巨乳が好きなわけで、藤原さんとかもっと大きくなるだろうなぁとか思ってる」

「やっぱり胸見てるじゃないですか」

「性癖はまた少し違うだろ?」

「わからなくもないですけど。でもちっぱいこそ至高という点は譲れませんね」

「懲りてないようだな」

 

 第二ラウンド開幕か。

 

「なんで生徒会室でテント張ってるの?」

 

 そうなりかけた時、テントの出入り口が開けられて光が差し込んだ。そちらにいるのは、約束された巨乳こと藤原萌葉。彼女と出入り口の隙間から、圭の姿も確認できた。

 

「今度うちの部でキャンプやるらしいんで、テントの張り方教えてもらってたんです」

「会長は多芸だもんね~。ところでオタクなのにキャンプやるんだね」

「アニメの影響っす」

「うっわ単純」

 

 そんな軽い気持ちで始めるもんでもないだろと思った萌葉だが、面白おかしい失敗談を期待して注意することはなかった。とりあえず生きて帰ってくるようにだけ伝えた。

 

「ところでなんかやらしい話してたよね? 男子ってそういうの好きだよね~」

「藤原さんならマリー・アントワネットぐらい行くかなって」

「私はパワー・アントワネット目指すかな」

「目指すなよ」

 

 下手に否定せず、ちょっと避けながら話を有耶無耶にする。そうやってなんとか許しをもらい、テントから出たところで軽く伸びをする。時間を忘れて熱く語ってしまっていたようだ。

 冷蔵庫からジュースを取り出し、それを飲んでいると圭が隣にやってきた。萌葉が許しても彼女が許すとも思えない。願わくば話を何一つ聞かれてなかったという展開になってほしい。そんなものは淡い期待でしかないのだが。

 

「会長は……その……おっきぃほうがすきなんだ」

「ぶふっ! ガハッ、ゲホッ!」

 

 ジュースが気管に入って咽る。これは完全に聞かれていたパターンだ。あれだけ声を張っていたのだし、聞かれてしまっていても無理はない。問題はどこからどこまでという話だが、それを聞くのも憚られる。

 息を整えてジュースを冷蔵庫に入れる。恐る恐る圭の顔を見ると、なんとも言えないような顔をしていた。怒っているようでもあって、残念そうでもあって、少し悲しそうで。その理由までは察せられず、おっぱい論争をしたせいだと解釈する。

 

「性癖の話はそうで。人を好きになる条件がそれとは限らない」

「……どうだか」

「白銀さんは…………なんというか、素敵な女の子だと思うし」

 

 そう言われて会長のお腹を小突く。当たりどころが良くて陽はよろけ、その間に背を向けた。

 

「会長のばーか」

「なんでさ……」

 

 褒めたのにバカって言われた。きっと彼女の表情を見られたら、何かわかったかもしれない。なにせ照れくさそうに笑っているから。

 

「よくわかんないけど、お詫びにジュースでも」

「明日貰おうかな」

 

 見えないから陽も勘違いして。でもそのおかげでパパ活はできそうだ。

 パパ活ではないが。

 

 

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