中学生の限界ってどの辺りだろ、わからんとか思いながら最近書いてます。
生徒会の空気感が元に戻った。なんてことにはならないが、改善されたのは間違いなかった。
阿天坊のアホ毛センサーも安心したようにへたれ、アホ毛なのに他の髪と混ざってしまった。しばらくアホ毛は有給休暇を使うようだ。3日ほど。
「会長。はい、コーヒー」
「ありがとう白銀さん」
「どういたしまして」
「え、これ何を見せつけられてんの?」
改善というか魔改造じゃないだろうか。距離を取り合うような状態ではなくなったが、距離がおかしくなった気がする。昨日の今日でどうなっているのか。ちっぱい主義である阿天坊的には、圭が明るくなったことは喜ばしい。だが、前より近くなっている気もするのだ。
いやしかし、光景的にはこれまでと同じ。圭が陽にコーヒーを飲ませるのもいつものこと。まだ陽の口から「美味しい」の一言が出ないのもいつものことだ。ちなみに、かぐやのコーヒーは飲めなかった。コーヒー限定だが、圭は陽の胃袋を掴んでいる。
「会長の表情が柔らかくなったね」
「会長の? いつも柔らかいと思いますけど」
「そうだけど、圭ちゃんと話す時の表情が前より柔らかい」
「ほぇー。よく見てますね」
「副会長だから。私は観察力とか買われて選ばれてるし」
「初耳です。この人何で選ばれたんだろとか思ってましたけど、そういう理由なんですね」
「ナチュラルに失礼だね!」
阿天坊の頬を両側から挟んで引っ張る。痛くないように気をつけながら。
「阿天坊くんが書記で選ばれてるのも不思議だけどね~!」
「ほふはほれれもしふぁふぃれいなのれ」
「日本語話してくれない?」
「いや手を放してやれよ……」
「あはは! こうしてる方が面白いな~って。楽しんだからもういいけど」
「自由人……」
解放された頬を自分で擦る。痕はついていないのだが、引っ張られていたために違和感があるのだ。引っ張られながら「女子のお手手が頬に!!」とか思っていたらしいが、同時に「どうせなら白銀先輩の手がいい」とも思っていたようだ。
「僕ってこれでも字が綺麗なんですよね」
「ちゃんと言い直した」
「阿天坊くん偉いね」
「白銀先輩の優しさが染みる!」
「ふふっ、大袈裟」
元には戻らない空気。願わくば内部分裂しないような決着のつき方をしてほしい。考えれば考えるほど阿天坊は胃がおかしくなりそうだった。考えることをやめた。自分の立ち位置が外野だということを自覚しているから。必要があれば少しだけ関わろう。阿天坊はそう決めた。
「そういや、昨日って白銀さんのお兄さんの誕生日なんだってな。おめでとうございますって伝えといて」
「え。んー……えぇ……」
「そんな渋る!?」
「でも、会長の頼みならそれくらいいいかな」
「ディスコミュ過ぎない? 好き避けなのに」
「なっ!? 違う! だって兄さんはグチグチ煩くて! この前も──」
圭の愚痴という名の兄語りが始まる。萌葉と阿天坊はまたかと思いながらコーヒーを飲んで退避。対処を陽に押し付けた。
面倒に思ってるわけじゃない。話の聞き手が1人いたら十分だろうと思っているだけだ。あと、この時の圭は離れてみてる方が楽しい。
「そういえば、阿天坊くんの誕生日はまだだよね?」
「そうですね。今年は文化祭の日と被ってます」
「ロマンチック~。パイ投げしてあげる!」
「台無しにする気満々でしょさては!」
「祝ってあげる気満々だよ~」
どこまでが本気なのかわからない。いやこの人ならやりかねない。阿天坊は警戒し、当日は着替えを持っていこうとスマホのカレンダーにメモを打ち込んだ。
そうやって誕生日の話をしていると、圭の話も終わったようで、陽からアイコンタクトが送られてくる。阿天坊はまだ習得していないが、萌葉はそれでのやり取りが可能だ。というか、萌葉と陽の2人ならアイコンタクトだけで1日過ごせるほどに意思疎通ができる。圭を揶揄うがために習得した能力である。
「会長と萌葉ってまだ私がそれできないって思ってるよね」
「「できるの?」」
「……できないけど、読み取るぐらいはできるから」
「会長のならって付くやつだ」
「萌葉のもわかるよ。当たり前じゃん」
「えへへ。さっすが圭ちゃ~ん!」
萌葉が圭に飛びつき、圭も微笑みを浮かべてそれを受け止める。警戒するほど関係が悪くなってるわけじゃない。そうだと分かると阿天坊はドッと肩の荷が下りた気分だった。
圭の好意が無自覚だから。萌葉も明確なものではなく、気になる程度のものだから。2人ともが明確なものではないから。今はまだ恋敵ではなく、親友という関係を保てているのだ。それはつまり、両者の意識が変わればどうしようもなく変わらないといけないことなのだが、それはまだもう少し先のことだ。
阿天坊は2人の気持ちがどの程度か理解していない。だから安心してしまっている。
「話を戻すんだが」
「会長なんか話してたっけ?」
「前振りで遮られたからなぁ!」
圭をじーっと見つめると、それでようやく自分が話を遮ったのだと気づいた圭が視線をそらす。
「それで会長の話はなんですか?」
「藤原さんと白銀さんの誕生日を祝ってない」
「? 祝ってもらったけど?」
「私も誕生日メッセージとプレゼントが贈られてきたよ?」
「誕生日ケーキを食べてないでしょ!」
「「あ~」」
萌葉の誕生日は週末で、圭の誕生日は夏休み中。去年は萌葉の誕生日が平日だったが、その頃はクラスメイト程度の関係だった。つまり、誕生日っぽいことをできていないのである。
萌葉は家でケーキを食べているのだが、圭の手前その事を黙っておく。白銀家はその家計から、誕生日ケーキを食べる習慣が消え失せているのだ。
「会長。私は別に気にしてないからいいよ」
同情なんていらない。そんな気持ちをぶつけられたくなんてない。
「俺が祝いたいから駄目」
「あはは! 会長がそう言うなら仕方ないね~」
「ほんと、会長のばか」
「……あれ? もしかしてこれ今から僕が買いに行く流れ?」
祝われる側が2名。祝う側が2名。陽はそれぞれにちゃんと誕生日メッセージとプレゼントを贈っている。生徒会のラインのグループ内でメッセージは送られているため、阿天坊ももちろん送っているのだが、プレゼントは贈っていない。
そして今日、陽が誕生日ケーキを提案した。今のところ貢献度の低い阿天坊が、買い出しに行く流れは自然と予想がつく。
「いや、ケーキなら届けられるから」
「はぁ。……は? 届けられるって何ですか。ウーバーですか」
「それはケーキが潰れるだろ」
崩れやすいものを崩れないように運ぶ。それができるのは、それだけレベルの高い人間。陽の知り合いの中でそれができる集団といえばどこか。
「お邪魔しま~す」
「タイミングが完璧過ぎて怖いっすわ愛さん」
「あはっ! まぁそこはウチだし?」
四宮家の人間が改造ドローンを飛ばし、生徒会室の様子を覗いていたのは内緒である。小型マイクが部屋の隅に置かれているのも内緒である。早坂愛。中等部への訪問ということで、後輩たちにできる女感を出しにきたのだ。四宮家の力を遠慮なく使ってるあたり、大人気などどこにもなかった。
ケーキが入っている箱を片手に乗せながら入ってきた早坂を、会長席から立った陽が迎える。年上女子の登場に、他の3人は戦慄した。
(なんで会長ってレベル高い女子とばかり知り合うんだろ。呪っていいかな。いいよな。男の醜い嫉妬をぶつけてもいいよな!)
阿天坊だけは理由が違ったが。
「会長……その方は?」
「高等部の早坂愛さん。夏休みの間に宿提供してくれた人」
「へ~? 会長はこの人と同棲してたんだ~? へー?」
「藤原さん?」
「え、同棲ってなんすか? 会長1回そこから飛び降りてくれません?」
陽を窓から投げようとする阿天坊を、陽が片手で抑え込む。残念かな。物理でそう簡単に勝てる相手ではないのだ。
世の中の童貞に謝れと叫ぶ阿天坊をよそに、陽はちらりと圭の様子を見た。無言でいられるとすごい怖い。
「夏休みの間は
「いや~、
萌葉と早坂の間で火花が散り合う。陽に組み伏せられた阿天坊が、「修羅場やで~」と現実逃避を始めた。
もっとも、この2人は修羅場感を出して楽しんでいるだけだが。素でサイコじみている萌葉と、性格がかぐや並みに悪い早坂。演技による修羅場演出は無駄にクオリティが高かった。
早坂は、下の名前で呼ばれた時の反応を見ていた。圭と萌葉がピクリと反応したのを見逃さず、揶揄うのを楽しんでいる。
「会長」
「なんでしょう」
早坂と萌葉が遊んでいるのを放置し、圭が静かに陽に声をかけた。その声色は穏やかなのに、どこか重く聞こえてくる。陽はもちろんのことながら、すぐ側にいる阿天坊まで息を呑む。
「早坂先輩のこと、名前で呼ぶんだね」
「なんか、そういう仲になった」
「そういう仲って何?」
「えっと……」
言葉に困り、阿天坊に視線で助けを求めるも、阿天坊は頑なに陽の方を見ようとしなかった。
「会長」
「はい」
それを良しとしなかったのか、先程より声が少しだけ強くなった。向けられるその目から逃れられなくなり、ゴルゴンに見られているように石化する。
「白銀さんのことも名前で呼べばいい?」
「そういう話をしてるんじゃない」
「えっ……」
どうやら違うらしい。これには阿天坊もビクリと体を震わせた。てっきり嫉妬してるのかと思ったのに、そんな事はどうでもいいと言わんばかりに淡々と言葉が発せられる。
「……はぁ。会長のばか」
「難しい子だね」
「圭ちゃんですから」
頭を振った圭を見て、いつの間にか遊びをやめていた早坂と萌葉が会話に混ざってくる。難しい子と言われた圭が早坂を見る。心の内で身構えてみるも、その必要はなかった。
「会長に宿を提供していただいてありがとうございます。会長のことですから、ご迷惑をかけたことだと思います」
「信頼されてますね会長」
「不名誉な方でな」
保護者のように圭が早坂に挨拶をする。この生徒会の人間関係ってこういうものなのかと早坂は萌葉に聞き、こういうものだと返された。高等部のそれとは違う。けれど、これはこれで良い形に思えた。
「んー、迷惑って程でもなかったけどね。陽がいた時はそれはそれで楽しかったし」
「そうですか。先程からずっと持たせたままで申し訳ございません。そこのテーブルに置いてください。それと、せっかくですから早坂先輩もお茶しましょう」
「さすがにそこまではちょっと……」
「ね?」
「じゃあお言葉に甘えてそうしよかなー」
にこりと微笑みながらこてんと小首を傾げる。その仕草こそ可愛らしいのだが、なんとも言い難い圧を感じて早坂はソファに座った。四宮家の圧とは違い、高圧的じゃないのに有無を言わさないもの。
(会長の妹が化けそう)
きっと陽が絡まなければ見せることがない一面。他にも何個かの条件を満たすことでこうなるのだろう。
圭は陽を連れて全員分の飲み物を淹れ直す。その手際を見た早坂は感嘆した。早坂のように仕事で身に付けたわけでもなく、かぐやのように家柄による下地の上に身に付いたわけでもない。それにも拘わらず、圭の淹れ方は一流の領域に入り込んでいる。
それは紛れもなく圭の努力の証。誰の為かは聞かずともわかる。
(青春してるなぁ)
その気持ちが先にあったわけじゃない。圭のコーヒー布教の結果である。その結果が「圭のコーヒーじゃないと飲めない」になったのだが。
「どうぞ」
「ありがと」
淹れてもらったコーヒーを受け取る。早坂の隣には萌葉が座っており、斜め前に阿天坊が。圭は早坂の正面に座り、陽をその隣に座らせた。
箱に入ったケーキを取り出し、その大きさに早坂以外がドン引く。
「会長デカイの頼みましたね」
「俺もびっくりしてる」
「これ見たらそうなるよねー」
かぐやが御行を祝うために用意させた
「あはは! すっごい大っきいね~。切り分けよっか!」
「じゃ、藤原先輩にお任せします」
「いいの? 適当にやるよ?」
「そこはちゃんと切りましょうよ……」
「藤原さんならちゃんと均等にするから」
「プレッシャーかけないでよ会長」
そんな事を言いながら、萌葉はちゃんと切り分けた。それが全員に行き届いたところで、圭が早坂に話しかける。それで早坂は気づいた。自分の失敗は、この部屋に来たことである。
「早坂先輩。夏休みの間のこと、教えてくださいね?」