成人式。それは日本人が20歳になると行われる式。大人になる節目と捉える人も多いだろう。電車の大人料金を払えば大人の仲間入りと言ったり、義務教育が終われば大人の仲間入りと言ったり。いったい大人ってなんなんだと思わなくもないが、成人式が大きめな節目らしい。
それのちょうど半分。10歳になった年にあるのが、2分の1成人式。何でもかんでも祝いたがる日本人らしい。4分の1にまで小分けしなかっただけまだいいか。
この年は、日本に住む者なら小学校4年生の時に訪れる。特に何もなく過ごす人もいれば、祝われる人もいるだろう。学校によっては、何かしら行事を入れるかもしれない。
秀知院学園では特に何があるわけでもないのだが、当時4年生を受け持っていた教員は、他のクラスの担任と打ち合わせを重ね、ちょっとした企画を立てた。
隣の席の人にプレゼントを贈ろうというものだ。人数が各クラスちょうど偶数たったため、比較的スムーズに行われることが予想された。実際には、男子からのブーイングが多かったが。
小恥ずかしいのである。背伸びしてる子や密かに好きな人がいる子など、事情は様々であれ、男子の一定数は反対した。陽は特になんとも思わなかった。前世の記憶に引っ張られているのもあり、むしろ意欲的にその企画に賛同した。
「はい。白銀さん。おめでとう」
「え……ぁ、うん。ありがとう?」
「あはは! なんで疑問形なんだよ」
「……いや、だって。なんで貰ってるかわからないし」
「なんでって。ほら、2分の1のやつ」
「…………もしかして、あれ無くなってたの知らない?」
「まじか」
視界が狭まっていたのが原因なんだろう。当時席が隣だった圭に、何を贈れば喜んでもらえるのか。何だったら圭に似合うのかを必死に考えていた。姉と妹にも相談し、買い物に付き合ってもらい、悩み抜いてから決めた贈り物。それに夢中になり過ぎたせいで、企画が飛んだことをちゃんと聞いていなかった。
けれど、買ってしまったものは買ったのだし。圭に渡そうと思って決めたのだから、圭に渡すのもおかしなことではない。返品は受け付けるつもりがない。
「白銀さんってたしか8月が誕生日だったよな?」
「うん」
「2分の1兼誕生日ってことで受け取ってくれない?」
「そういう事なら……。開けてもいい?」
「いいよ。白銀さんなら似合うと思うんだよな~」
丁寧に梱包された箱を開ける。中に入っていたのは黒と白のラインが入ったリボンで、可愛らしくも気品の感じられる一品となっていた。これを買った時、見つけ出してくれた姉にめちゃくちゃ感謝したのも最近の話である。
リボンを見た圭は、僅かに口を開けて驚いた後、柔らかく微笑んでそれを手に取る。
「えっと、どう……かな?」
「嬉しいよ。家族以外で男の子からプレゼント貰ったことないし。ありがとう」
「そうなんだ。なんか、初めての相手でごめん」
「私は貰えて嬉しいって言ってるのに……」
初めてのものは好きな人から、という価値観があるということを陽は友人やクラスの女子から聞いていた。だから、圭に好きな人がいるかはさておき、そういう考えを圭も持っているのなら、ただのクラスメイトで初めてのことが消えるのは申し訳なかった。
圭にその考えはないのだが。キスなら好きな人が初めてがいいと思っているが、プレゼントぐらいなら気にしない。妙なところで謝る陽を横目に、圭は貰って嬉しいことを示す意味も込めて早速それをつける。それまでつけていたカチューシャを外して、慣れないことに手間取りながら。
「どう、かな?」
ついさっき陽が言ったこと。それを今度は圭が言う。
手間取りはしたものの、圭は万能型の人間だ。要領を掴んでからは早く、初めてつけるのにバッチリと決まっていた。鏡も見ていないのに。
月明かりより綺麗な月白の髪。それに溶け込むように、目立つわけでもなく、埋もれるわけでもなく互いを引き立て合っている。照れくさそうに笑いながら、リボンの端を指に絡めて圭が陽を見る。
「すごい似合ってる。綺麗」
「綺麗は言い過ぎだよ」
「いやほんと綺麗だと思うんだよ。鏡見てきたら?」
「うーん、そうしてみる」
自分のことはどうしても見えない。始業まではもう少しだけ時間がある。圭は席を立ち、小走り気味に足早に教室を出ていった。それを見送った陽に、クラスメイトたちが邪推して絡むのも当たり前だった。
教室でそうなっていることは知らずに、圭はトイレに寄って鏡に映る自分を見る。見ずにつけたわりにちゃんとつけられていることに安堵し、貰ったリボンをつけている自分を見て陽の言葉を思い出す。
(綺麗、かな)
陽の性格からして、その言葉は本心なんだろう。そこまで絡んだことはなくても、同じクラスになれば目につく人物だ。クラスの中心にはいるような人物。話さなくてもある程度知れるタイプ。
可愛いと言われるより、綺麗だと言われた方が嬉しかった。圭だって大人な女性には憧れの気持ちがある。綺麗という褒め言葉は、そこに一歩近づいてる気分になれた。
「あれ? 圭ちゃんどしたのそれ~」
「萌葉。おはよう」
「おはよ! で、それどしたの? イメチェン? 失恋?」
「失恋してないし、そもそも好きな人いないし」
「えぇ!? 私は圭ちゃん好きなのに!」
「友達としてだよね!?」
「…………………うん」
「今の間なに!?」
ニパァと笑ったまま間を作られると、何かあるのかと勘ぐってしまいたくなる。特に深い意味もないのに。
萌葉が遊んでるだけだと気づいた圭は、ため息をついてからリボンを貰った経緯を萌葉に説明した。
「あははっ! 小野寺くん相変わらず面白いね~!」
「萌葉は仲いいんだっけ?」
「それなりにね。小野寺くんは飽きないから」
「おもちゃみたいに……」
「それにしても、そっかー。リボンか~」
「リボンがどうしたの?」
「……んー、何でもない」
絶対何かある。含みのある言い方にそれだけは見抜いたのだが、その内容まではこの時の圭にはわからなかった。
「圭ちゃんすごい似合ってるよ! これからそれで来てもいいんじゃない?」
「……萌葉がそう言うなら」
それ以降、圭はそれをつけて学校に来るようになった。しばらくは周りから変に煽てられたりもしたが、陽も圭も適当に流していたことで段々と鳴りを潜めるようになり、やがてそれが陽からの贈り物だということ自体忘れる人も出るようになった。
それを覚えている人もいるわけで、それが火種となってしまったことに気づいたのは、中学1年生のこの日だった。
「離して」
ちょっかいをかけてくる3人組。圭からすればどうでもいい相手。一応名前こそ覚えているが、口に出そうとも思わない人たち。
その内の2人に両腕を抑えられる。この2人は主犯格に協力してるだけ。主犯格がいなければ、圭に近づくことすらしないような間柄。だから、圭にとって1番面倒なのは、目の前にいる1人だけだ。
「なんであなたみたいな薄汚い混院なのよ……!」
「? なんの話?」
「それすらどうでもいいことか。あなたにとっては、
「だからなんの話?」
「忌々しいわ。本当に。白銀さんを見ると絶対見せつけられるだから」
主犯格がポケットから道具を取り出す。それを見た圭は目を見開き、話に聞いていなかったのか圭を抑えている2人もギョッとする。
「それは流石にヤバイって。退学になるよ」
「それぐらいわかってるわよ」
取り出されたのはハサミ。傷害事件は洒落にならない。咎める仲間に、それはしないと言い返した。
圭の前髪を掴んで引き寄せる。髪を引っ張られる痛みに圭は顔を歪めたが、目の強さだけは変わらない。圭の心の強さはこれでは揺らがない。
「本当に、ずっと忌々しいと思ってた。あなたがこれをつけて学校に来るようになってから!」
「……いっ!」
「偶然だったのは仕方ないわ。妬ましく思っても我慢してた。けれど、これは耐えられないわ! なんで白銀なのよ!
白銀圭は学年トップの成績を取る。しかしそれは、彼女がいなければの話。圭たちが中学1年生の時、成績トップを取っていたのは彼女だ。
そして彼女は先程知ってしまった。陽が生徒会に誘うと決めているのが、藤原萌葉と白銀圭の2人だということを。実力主義という話はどこに行ったのか。実力主義なら、自分が選ばれないのはおかしい。
彼女にとってこれは屈辱以外の何物でもない。
「寺島さんが直接聞けばいいじゃん」
「薄汚い女は黙ってなさい!」
「ぐっ……」
「昨日あの後彼と保健室に行ったようじゃない。彼の性格なら、着替え中に外に出るわよね? でも出なかった。そういう事なんでしょ? 彼を誘惑して、弱みを作って。どこまでも汚い女ね」
圭の髪を掴む手を離し、リボンだけを引っ張る。リボンと髪の間に寺島はハサミを差し込んだ。
「ぇ……」
「これがなければ彼とあなたを繋ぐものも消えるわよね」
「やめて……それだけはやめて!」
「あはっ! いい気味だわ! そんなにこれが大事? そんなに繋がりがほしいの?」
寺島は履き違えているが、それに気づける筈もない。嫉妬は全てを歪ませる。
圭にとってのリボンは、思い出が詰まっているものだ。ただの贈り物じゃない。陽と時折話すきっかけにもなった。家族にも良いものを貰ったなと喜ばれた。父と兄が少しだけ頬を引きつらせてはいたが、それも含めて思い出がある。
断たれたくない。綺麗だと言ってもらえたから。これがあれば、少し大人になれるから。圭にとってこれはスイッチだ。早坂が朝のシャワー等でスイッチを入れるように、圭もこのリボンをつけることで、学校で過ごすためのスイッチを入れる。決してこれは、ただのリボンなんかじゃない。
陽との繋がりの意味なんてあると思ってない。
ただ、圭はこれが他に変えられないほどに大切なものだと思っている。
「切らないで……。お願いだから……」
「なら必ず彼の誘いを断りなさい。私が生徒会に入れるように仕向けること。それができるまで、これは私が預かっておくわ」
「ぁっ……」
絹が髪を擦る感覚。それを感じたと思った時には、リボンが寺島の手の中に収まっていた。
圭は力が抜けたように膝から崩れ、呆然と目の前にある自分の
陽が萌葉を勧誘した日に裏で起きたことである。
その翌日、圭がリボンをつけずに登校してきたことが1年生の間で少し話題になった。圭の言い分としては、汚してしまったから洗っているというもの。これまでにそうなったことはなかったが、圭ほどの人間でもうっかりすることはあるんだな程度で話は収まっていた。
そこを勘ぐったのは、一部の生徒くらいだろう。
放課後になり、一昨日の話の通り圭は屋上に来た。少し遅れて陽が屋上に到着し、陽は忘れないうちに生徒会への勧誘を始めた。
「白銀さんに生徒会に入ってほしい。藤原さんも誘ってるんだけど、白銀さんが入るなら入るって言ってくれてる」
「……ごめん。嬉しいけど入れない」
「一応理由を聞いてもいい?」
「私の家そんなに余裕ないから、放課後も新聞配達のバイトしたいし」
「そっか。うん、じゃあ
「……え?」
何をもって「じゃあ」なのか。なぜ今の理由で断ることを断られるのか。圭は陽の正気を失った。そもそも役員は強制じゃない。会長の指名にその人が同意しないと成立しない。ひょっとしてそれを理解していないのだろうか。陽はバカだし可能性がありそう。圭は失礼なことを考えた。
「新聞配達より好条件を出すよ。生徒会で給料発生させる」
「そんな予算組めるわけ──」
「ポケットマネーで出す」
「何言ってるの!? 受け取れないよ!」
「白銀さんわかってないなー。俺はみんなが思ってるほど良い人じゃないんだよ」
「けど……」
断らないとリボンが返ってこない。寺島を生徒会に加入させないと、宝物が返ってこない。圭はそれが耐えられない。
「俺はわがままな人間だから、白銀さんと藤原さんを生徒会に入れる。だから、白銀さんの憂いを全て俺が払う」
「そんなことされなくても、自分でできるから」
「人を頼れない人って、たいてい碌なことにならない」
「っ!」
「直接は知らない。又聞き程度で詳細もまだわからない。けれど、今日の白銀さんを見たら推察はつく。これは俺でも看過できない」
「何もしないで! 私が生徒会に入らなかったらそれで解決するから!」
陽の目的は圭を生徒会に入れること。
圭の目的はリボンを取り戻すために生徒会に入らないこと。
食い違いは当然のように発生した。
「何が解決するのさ」
「なにって」
「本当にリボンが返ってくる保証がどこにあるの?」
「っ!!」
「握った弱みを簡単に手放す人間かもわからない。返ってこなかったらどうするの? ずっと言いなりにでもなる? 無視するとして、その生活をいつまで続ける気?」
「それは……」
「選んで。俺に賭けるか。それとも寺島に賭けるか」