トレーディングカードゲーム。略してTCG。トランプやUNOのようなカードゲームとは異なり、カードの種類が圧倒的に多い。1つの作品の中でもカードの変遷があり、初代と現代では本当に同じカードゲームなのかと思ってしまいたくなるものもある。効果の説明がやたらと長いとか。
「速攻魔法サイクロン! 俺から見て右から2つ目のカードを破壊する!」
「馬鹿め! これもサイクロンだ! チェーンして発動! お前のサイクロンを破壊する!」
「意味ないだろそれ!?」
仕方ない。陽の魔法・罠ゾーンには今発動されたサイクロンしかないのだから。いやそも破壊できるのだろうか。なんにせよ意味ないからその辺りは流すようだ。
「会長。んで、結局どうなったんですか?」
「俺はもう会長じゃないぞ阿天坊」
「んじゃよっちゃん」
「イカ食いてぇ~。しばき倒すぞ馬鹿野郎」
ここは陽が所属する娯楽部の部室。あまりにもアバウトな名前の部活だからこそ、何を持ってきてもこの中での遊びなら許されるという風紀委員殺しの部室だ。去年3年生だったちびっ子風紀委員とは何度も交流した仲である。
陽と今対戦しているのはジャーキー。去年の部長があだ名を考えている時にビーフジャーキーを食べたことから付いたあだ名だ。ちなみにビーフジャーキーは口に合わないらしい。以降一切食べてない。
「3体のモンスターをリリース!」
「まさか!」
「いでよ! オシリスの天空竜!」
「おい待てそのイラスト鼻毛の方のやつだろ!!」
カードの捏造はよくないのでやめられたし。それが許されるのは身内だけで対戦する時である。
「効果は同じな」
「セコいやつだなぁ」
「よっちゃん話の続きは?」
「なんの話だっけ?」
「白銀先輩の話ですよ」
「あーはいはい」
せっかく出てきた鼻毛版オシリスだが、ジャーキーの手札が2枚しかないために攻撃力が悲しいことに。これでは陽のフィールドにいる
「あの後藤原さんが来て白銀さん連れて帰ったよ。あの人絶対酔ってなかっただろ」
「いや酔ってましたよ。顔赤かったですし」
「まじで? 冷めるのが早いのか? というか阿天坊はどこにいたわけ?」
「気づいたらうさぎ小屋にいました。目を覚ましたらうさぎに囲まれてて、あいつらカリカリ歯を鳴らしながら見てたんすよ。くっそ怖かった」
「死にかけじゃん」
次のターン。
モンスターゾーンがガラ空きになったジャーキーにダイレクトアタック。矢印樽トラップにより陽の自滅。敗北が決まった。あの矢印樽ってドンキーコングに出てたように思われるのだが、ゴリラからの移植だろうか。
「よっちでも負けるんすね」
「よっちって誰だよ。いやま、こういう遊びなら普通に負けるぞ」
「陽は案外弱いからなー」
「ジャーキーはそう言ってるけどな。こいつふざける癖に駆け引きが上手いから勝つんだよ」
「玉袋はジャーキーに勝てねぇしな」
「誰が玉袋だ!」
玉袋も名前ではなくあだ名である。これも前部長がつけた。この名前の経緯は、陽が部室にあったハイパーボールで遊んでいたら玉袋の股間に直撃したからである。
「陽お前いつ告白すんだよ。ジャーキーに負けたんだけど!」
「お前らなんで賭けしてるんだよ……」
陽がいつ告白するかで玉袋とジャーキーは賭けをしていた。敗者は勝者にご飯を奢るという健全な内容だ。玉袋は半年後と予想し、ジャーキーは任期中に告白できずに終わると予想した。結果、陽は告白できずに生徒会の任期が終わり、見事にジャーキーの勝利である。玉袋の財布から諭吉が消えた。
「実際問題、よっちっちって恋愛になると途端にヘタレですよね」
「あだ名が定着しねぇなー」
「名前で呼べばいいんじゃね?」
あだ名の話の方が進みそうになるが、玉袋とジャーキーが陽を逃さない。陽が会長になれるように、前部長といろいろとサポートしたのだから。お膳立てして結果がこれでは文句の1つや2つ言っても許される。
「阿天坊後輩の言う通りだぞ実際。お前は時折妙に大人びてるとか言われるのに、恋愛は5歳児だ。おっぱいしか見てねぇ」
「それはジャーキーだろ。俺は藤原さんの人格に惚れてんの」
「それはそれで病院に行ってくれって話だが」
「藤原ってむしろあの胸以外に何があるんだよ」
「ちょっと待ってください。もしかしてここには巨乳派しかいないんですか?」
阿天坊の言葉に3人が頷く。何ということか。分かり合えそうだった人が実は敵側だったなんて。アニメの世界のような経験に喜びを感じつつ、四面楚歌の状況に身を震わせる。これは怯えではない。武者震いだ。孤軍奮闘するしかない。今この場でちっぱいを布教できるのは阿天坊だけだ。
「ちっぱいとか胸がないに等しいだろ」
「あまりもの暴言!! ドストレートの暴言にびっくりしますわ!」
「玉袋は脳筋だからな。思考が硬いんだよ」
「なんだ陽。味方のくせにディスるなよ。てか藤原のおっぱいでか過ぎない? 中2であれだぞ? 長女が爆乳ってことを考えりゃまだ成長するんだぜあれ。ロマンしかないだろ」
「お前の脳は股間にしか結びつかないのか」
「これぞ前立腺思考!」
うわ馬鹿だと阿天坊の口から漏れ出る。それを聞き取った玉袋が阿天坊を捕まえ、ヘッドロックを仕掛ける。レッドロックなら美味い。
「玉袋の股間思考は俺らにも理解できんから同じ仲間とは思われたくないが」
「おいジャーキーてめぇ!!」
「お前みたいな低能と同じ括りは屈辱だと言っている」
「お前俺より成績悪いだろ! メガネくいくいすんな腹立つ!!」
メガネをくいくいと上げ下げして遊んだ結果、ジャーキーは気分を悪くした。三馬鹿の底辺なだけはある。しかし彼のポリシーは固く、それを主張できる今の場を逃すはずもない。
「胸の大きいやつがカバンを斜め掛けしてる時堪らんよな。片側ずつが強調してる感じスコ。帯が胸と胸の間に埋まってる時とかいろいろ困る」
「連行されちまえ! この歩く発情マシーンが!」
「馬鹿め! 巨乳でなければときめかん!」
「そういえば巨乳派の人に聞きたかったんですけど」
ヘッドロックをかけられた状態のまま阿天坊は手を伸ばして質問する。手を上げているのだが、態勢のせいで前方に伸ばしてるようにしか見えない。
「太っちょ巨乳はどうなんですか?」
「それはただのデブ」
「痩せてから出直してくれ」
「相撲でもしてろ」
「3人とも辛辣~」
許容範囲の話なら別かもしれないが、今この場では好みや理想の話をしているのだ。そこに含まれないものは議題にするだけでもありがたく思えという話である。
「阿天坊にわかりやすく紹介するとだな。玉袋がオープンスケベ」
「オープンカーみたいな響きだな!」
「見ての通りバカだ」
「そうですね」
「ジャーキーがムッツリスケベ」
「脳内なら犯罪にならんだろ」
「まともそうに見えるバカだ」
「がっかり感強いですね。で、YOへんぼくは?」
「唐変木みたいな言うな。俺は健全だ」
「こんのぉ! 裏切り者がァァ!!」
阿天坊が解放され、今度は陽が襲いかかられる。陽がそれを迎え撃ち、拮抗しているところをジャーキーが横槍を入れた。陽にスキが生まれ、それを玉袋が逃さずにネックロックへと繋げる。素人は決して真似しないように。
「娯楽部っていつもこんな感じなんですか?」
「3人揃うとこうなるか、なんか遊んでるかだな」
「陽が生徒会に勤しんでからは暇だけどな。この前までカップ診断してた」
「これがそのリストだ」
「風紀委員にバレずによくやりましたね……」
「ミニ先輩が消えてからはカモだからな。ちなみにあの人の成長記録は最後のページだ」
「高等部にまで足運んでる!?」
一番後ろのページには
「脅威な記録はやっぱり藤原なんだけどな」
「3年にも侮れん成長の人がいるのだよ」
「なぁなぁ。仮にも生徒会長と同じ部活なんだしさ。これ明らかに次の会長戦に響くんだが!」
「案ずるな。バレるようなヘマはしてない」
「女子の胸を見る男子は山ほどいるからな! 木を隠すなら森ってわけよ!」
理屈としてはそうだし、実際に女子の胸を見る男子はいる。山ほどではないが、そこに目が言ってしまうのが男子だという認識が、女子の中で定着している。だから、胸を見ること自体は問題ではない。このリストさえ守り抜けばいいのである。
「シュレッダー行き~」
「「ああァァァァ!!」」
玉袋がドヤった瞬間に抜け出した陽が、リストを阿天坊から回収して中身をパラ読み。速攻でシュレッダーにかけた。それにより男子2人の叫びが部室内に響いた。1年かけて作ったリストである。それが消えたとなっては叫びたくもなる。
「なんでだ陽! なんでなんだYO!」
「名前で遊ぶな。消すのは当たり前だろ」
「お前ならわかってくれると思ったのに!!」
男子2人が打ちひしがれ、拳を床に何度も叩きつける。溢れる悔し涙は、これまでの熱意と時間を物語っていた。
会長戦に影響が出るというのはそうなのだが、ここまでバレずにやり抜いたこの2人なら、隠し通すことも可能なはず。阿天坊は陽の行動の原因を考え、該当するものを思い出し手納得した。
萌葉と圭の記録があったからだ。
「はぁーーーー。なくなったもんはしゃーねぇけど、お前はいつ告るんだ」
「話を戻された」
「そりゃ戻すさ。友達だから手伝いはするが、それが徒労に終わるのはゴメンだから。あぁ、徒労って言っても、絶対に成功させろって話じゃない。告れって話だ。回りくどいやり方の結果これだ。真っ直ぐ行ってみろよ」
ジャーキーの言いたいことはそれだけだ。今年も、
「わかってる」
「ならいい」
「今年は今年で気をつけろよー。対抗場のやつ、寺島の件で相当お前を嫌ってるからな」
「だろうな。でも、関係ない。出方次第だが、もし看過できない場合は、同じ道を辿ってもらう」
「おぉーこっわ。また消えなきゃいいな」
玉袋はわりと淡泊な人間だ。大抵のことに執着を見せない。自分が楽しめるのならそれでいい。だから、陽のことも手伝う。他人の恋路は見ていて楽しいから。そして、秀知院学園の裏の名物である他校への転校も、楽しいと思ってしまう性格だ。寺島を追い出したことにも一役買っている。
不穏な空気を感じ取った阿天坊だったが、声を発する前に部室のドアがノックされる。入っていいと陽が声をかけると、中に入ってきたのは元副会長の萌葉だった。
「やっぱりよっぴーここにいた~」
「その変なあだ名シリーズ流行ってんの?」
「何のこと? それよりヒカリン選挙活動するよ。公約も張り出さないとだし」
「とうとう原型が消えたな」
萌葉が陽の手首を掴み、グイグイと引っ張って部室から連れ出す。萌葉が関われば陽が拒むわけもなく、娯楽部プラスワンは手を振って見送った。
「阿天坊は行かなくていいのか?」
「近くで野次馬する気はないですよ」
「ははっ! たしかに、馬に蹴られかねないしな!」
「そういうことです」
「ようし気に入った! さぁここに名前を書け!」
陽の知らないところで、阿天坊の勧誘が行われていた。
萌葉に連れ出された陽は、どこに向かっているのか見当をつけられずにいた。生徒会の任期が終わり、生徒会室に入ることもできない。公約を張り出すにしても、まだ印刷を事務員に頼んでいる段階だ。
「藤原さん。白銀さんは?」
「……気になる?」
「まぁ、2人はいつも一緒にいるイメージがあるから」
「だよね」
陽はしくじったと思ったが、気づくのが遅かった。今は男女で2人きりなのに、そこで他の女子の名前を出すのはタブーだ。姉が知れば無言で蹴られることだろう。
「圭ちゃんは今日買い物だって。夕飯作らないといけないみたいだから」
「なるほど」
白銀家は父子家庭だ。父親の職業は不定。何時に帰ってるくのかもバラバラ。兄の御行は陽と同じく連続での会長戦に挑むらしい。比較的時間の取れる圭が買い物に行くのも珍しくない。
ウィスキーボンボン事件以降、圭とはまともに話していない。元より教室内で話すことも少なく、生徒会という場所がなくなれば会話が極端に減るのも必至。そのために陽は、圭があの時のことを覚えているのかを把握できていない。どういう意味で言ったのかも。
「生徒会が無くなるといろいろ困るからね。会長になってもらわないと困るんだ」
「前にもそう言ってたな。覚えてるし、手放す気はないよ」
「ひとまずは安心かな。あとは勝ってもらわないと」
勝たなければ何も達成できない。居場所作りも。たとえそこに混沌が生まれるのだとしても、全てのツケは自分で払わないといけない。手放したくないものは何か。考え直さないといけない。
「藤原さん」
「ん? なに?」
あの日に生徒会室に戻ってきたのは萌葉だけ。寝ている圭にホールドされてる陽を見たのは萌葉だけ。それを見た直後の萌葉の様子は、死角だったために見えていない。圭が起きていたら、見えていたかもしれないが。
萌葉は揶揄うような口調で話しかけ、寝ている圭を引き取って生徒会室を後にした。その時の萌葉の心情だって読み取れなかった。萌葉に勘違いされたのではと焦っていたから。
タイミングとしては最悪かもしれない。酷いやり方かもしれない。
「会長戦に勝ったら、話したいことがある」
「……いいよ」
ズルズルと引きずり続けてはいけないと思ったのか。陽は真っ直ぐと前に足を進めることにした。
それが愚かな選択だったのか。この時にはまだわからない。