閉ざされた部屋にてガシャリと響くは鎖の音。手を動かそうにも全く動かない。ガチャガチャと鉄の音が響くのみ。ガチャポンみたくポンと解放されることはなく、くっころの状態である。ゴブリンはいないが。
「外してほしいんだが?」
「どーしよっかな~」
病院のベッドにて拘束されているのは、絶賛入院中の小野寺陽会長。選挙に勝った日に入院し、不名誉な伝説を築き上げてしまった生徒会長である。この事件により、翌年の会長戦では立候補者が立候補しづらいという状況が生まれてしまったのだが、それは先の話である。
両手を手錠によって拘束され、それぞれ左右の柵に繋げられてしまっている。そのせいで寝返りもできず、体を起こすことも叶わない。
陽はそれを行った張本人を冷ややかな目で見つめるも、犯人はにこやかに愉しそうに笑顔を浮かべるだけだった。こんなことをするのは1人しかいない。手錠なんてものを持ってるのも、彼女くらいのものだろう。
「俺何かやっちゃいました?」
「やっちゃいましたね~。怪我人のくせにリングフィットアドベンチャーなんてするし」
「室内でできる運動だし」
「傷口塞がってないでしょ!」
「手術で縫い合わせてもらってるが!?」
「開いたらどうするの!」
「それはたしかに」
陽を拘束した少女は藤原萌葉。引き続き生徒会の副会長になった少女だ。陽が階段から落とされた日は、生徒会室にて陽を待っていた。阿天坊から連絡が来た時には心底肝が冷えたものだ。
陽のことを心配し、お見舞いに来てみたのだが、この男がリングフィットで遊んでいるところを目撃。中断させ、ベッドに押し倒し、手錠で拘束したのである。
「リングフィットはやらないから、手錠外してくれない?」
「信用できないなー」
「じっとしてる方が性に合わないというか、精神的にいかれそう」
「じゃあ片手は外すね」
「片手だけ!? いや外れるならまだありがたいか」
寝返りも打てない状況から解放されるのだ。片手だけでも外されるのは大変ありがたいこと。そもそも手錠を持ってることに疑問を持ちたいが、相手が萌葉だとおかしくはないのかと思ってしまう。頭がやられたか。いや元から彼はバカだったか。
萌葉がポケットを探り、次に鞄の中を漁る。ごそごそと漁り終えると、太陽のような笑顔で振り返った。
「あはっ! 鍵ないや」
「いい笑顔でなんてこと言いやがる!」
「いい笑顔だなんてもう~。本当の事でも照れちゃうよ」
「図太い神経だなー。いやそれよりこれどうするんだよ!?」
「じょーだんじょーだん。ちゃんと鍵はあるから」
「はぁー。焦るわー」
手錠の鍵穴に鍵が突っ込まれ、ガチャリと音が鳴るとともに右手の手錠が外れる。解放されたことにひとまずは安堵した。まだ左手は繋がったままだが。
「学校の方はどう?」
「話題にはなってるかな。どうしてもそこは防げないし。会長がアホ顔で学校来られたら収まるんだろうけど」
「アホ顔とは失礼だな。俺がやるのは頭のネジを抜いた行動だけだ」
自覚あったのかと揶揄う萌葉に陽は噛み付こうとするも、手錠によってそれが遮られる。萌葉がいつもより揶揄うのも、これがあるせいだ。
「そんなに歯をガチガチさせられてもね。そんなに私食べたい?」
「わりと」
「……あはっ。会長のえっち」
「思春期だし」
「ぇ、冗談とかじゃないの?」
「藤原さんは冗談だと思ってるんだ?」
「……えっと……」
目を泳がせて言葉を探す萌葉に、陽はケラケラと笑った。仕返しが成功したと顔にはっきりと表れ、萌葉もやられたと気づいて肩の力が抜けた。
ほっと安堵の息を吐きつつ、同時に寂しさも感じる。萌葉だって自分の体つきが他の人より発達してることを理解している。学年で一番大人の体に近づいているとも思っている。口にこそしないが、1つの長所と捉えていた。男子からの視線も感じるから、客観的な視点としてもそうなのだと思っている。
だから、陽が他の男子とは違うという点には安堵して、長所が通じない相手もいると実感して寂しくも思う。
「会長は──」
萌葉が話しかけるのを遮るようにドアがノックされる。陽は萌葉のことを気にしつつ、部屋の外にいる人に返事して中に入ってもらった。部屋の中に入ってきたのは圭だった。萌葉と一緒に来なかったから、てっきり今日は来ないものと思っていただけに少し意外である。
「圭ちゃん何買ってきたの?」
「消化しやすいやつ」
「りんごは?」
「買ってきたよ。萌葉が欲しいって言うから」
「お見舞いのりんごは定番だからね~」
「そうだっけ?」
そのお約束があるのは二次元の作品の世界だけだと陽は思ったが、それを言うとなんだかお見舞いの品にケチをつけてるような気がして口にしないでおいた。しかも、単純にりんごは好きな果物の1つだから。青森産か長野産ならベストである。前世の記憶的に長野にはそこまでいい印象がないから、気分的には青森産がいい。
そんな陽の個人的な事情は心に伏せたまま、萌葉が小型ナイフを使ってりんごの皮を剥いていく。どこから取り出したのかは突っ込まない。普段から持ち歩いてはいないだろうし。そう信じることにしよう。
「会長は皮とか気にしない派? それとも皮ごと食べたい派?」
「別に気にしないかな。皮を食べて腹を壊すわけでもないし」
「じゃあ全部剥くね」
「なにがじゃあなんだそれ」
「細かいことはいいの」
とことん自由人だ。陽も人のことは言えないが、萌葉もかなりの自由人である。鼻唄を交えながら手際よくりんごを剥いていく姿は、むしろ圭の方がらしく見えるのだが、萌葉もこれぐらいならできるらしい。
「薄く細くやっていくと楽しいよね~」
「怖く聞こえるが?」
「人にはやらないよ。やだなー」
そうだろうなと思いつつ、その姿を想像できてしまうから困る。圭は静かに苦笑し、体を起こしている陽の肩を押した。
「元気なんですが」
「体にわざわざ負担かける理由もないでしょ?」
「そうだけどさ……」
「このベッドは操作できるやつだし、せめて動かしてベッドに凭れるようにしよ?」
「……わかったよ」
言葉も表情も優しいものだというのに、断れない何かを圭から感じた。諭すようでありながら意見を押し通してきたからだろうか。
そんな事を考えつつ、言われたとおりにリモコンで操作してベッドを起こす。斜めに凭れられるように角度を調整し、そこに体を預けた。そうすれば圭も満足のようで、こくりと小さく頷く。
「そいや阿天坊は?」
「仕事してる」
「押し付けてくるなよ……」
「会長の分の仕事だけどね」
「ごめんな阿天坊!!」
窓の外に向かって思いっきり謝った。そちらの方向に中等部はない。
会長職の仕事とはいえ、会長がサインやら判子やらを押さないといけないやつはできない。阿天坊がやっているのは、陽が復帰した時に
「会長を襲った人のことなんだけど」
「退学の方向って聞いてるけど、証拠を残すほど計画性なくやったわけじゃないだろうし、時間かかるんじゃねぇの?」
「ううん。今日退学措置が取られた」
「早いな!? 自首でもしたか?」
「そうみたい。様子がおかしかったって聞いてるけど、私も萌葉も直接は見てないから」
「様子がおかしかった、か」
衝動的なものも何割かあっただろうが、計画されてるものという印象が強かった。時間も場所も、目撃者を減らすために調整された。証拠が残るようなことはしてないはず。
そんな相手に自首させた。そんな事ができるような人は中等部にいない。そういう生徒がいるのなら、会長である身として把握している自信がある。
僅かながらに萌葉を疑ったが、萌葉は発言がズレて時折怖いだけであって、本質的にはそちら側ではない。自分の知っている人間で、そういうことができる人は誰か。それだけの力を持つ者は。
(……でも動くとは思えないんだよなぁ)
1人だけ心当たりはあるのだが、わざわざ中等部の方に出向くとも思えない。早坂に電話してみようかと思ったが、それはやめておいた。何も連絡なくそうなったのなら、知らなくていいものとして扱えということなのだろう。
「その件はもういいとして、今年の体育祭のことを考えないとな」
「……会長がそう言うなら触れないけど、今は仕事の事考えなくていいよ」
早く治すことだけ考えたらいい。生徒会のことは心配しなくても大丈夫。暗にそう言う圭の隣で、萌葉も頷きながらりんごの皮を剥いていく。今まだ半分程度だ。細く切っていっているために、やたらと時間がかかっている。ギネスでも狙う気か。
「そう言われてもな。復帰したら即仕事なんだし、把握しときたい」
「職業病」
「これはあれだね。仕事と私のどっちが大事なのーってやつだね」
「そんなんじゃないから!」
「仕事と白銀さんならそりゃ白銀さんが大事だけども」
「~っ! 会長のばか!」
去年の選挙期間での出来事。それを受けて女子の制服の生地を変更して、濡れても下着が見えないようにしたぐらいには、圭のことも意識している。
「圭ちゃんは仕事と会長ならどっちが大事?」
「萌葉!?」
こんな面白いネタを萌葉が流すわけがない。攻撃される起点を作ってしまった圭が悪い……わけでもない。多少強引にねじ込んだ萌葉が原因というだけ。強いて言うなら、それを察しながら乗った陽が悪いということになるだろうか。
「俺は言ったし、白銀さんの意見も聞きたいかな~」
「い、言えるわけないじゃん!」
「え~?」
「会長みたいな恥知らずじゃないし!」
「俺恥知らずだったのか」
「それって言ってるようなものだけどね~」
「そう言う萌葉はどうなの!」
ただでやられるわけにはいかない。こうなったら巻き添えだ。人を揶揄うなら、カウンターをやられる覚悟を持たねばならない。そちらも言わねば無作法というものだ。
「私? 私も会長の方が大事だよ」
「なんでさらっと言えちゃうの……」
「あははっ、だって本当の事だもん。比較対象が悪いよ」
「ちなみに俺と白銀さんなら?」
「圭ちゃん」
「即答だー」
そうだろうなと思っていた。だから特に驚かない。むしろ自分のことを言われた方が驚く。
「りんご剥くの飽きてきちゃった」
「そんなに遅くするから」
「圭ちゃん代わって~」
萌葉からりんごと小型ナイフを受け取ると、それまでの細切りを無視して一旦ぶつ切りにする。萌葉が口を尖らせるのもお構いなしに切り分け、残っている皮を利用してうさぎに見立てた切り方にした。
りんごは皮を剝いたら極力早めに食べたほうがいい。そちらの方が新鮮だから。そこを考慮すると、萌葉のやり方では時間がかかり過ぎなのだ。
「はい、会長」
「2人ともありがとう」
「どういたしまして。喉に詰まらせないでね」
「藤原さんは俺をなんだと思ってるんだか」
「え? バカ」
「合ってるけども!」
りんごの一切れを口に運ぶ。うさぎに見立てた切り方だと皮も残るが、そこは宣言通り気にしない。顔色を変えることなく咀嚼していく。
「2人も食べなよ。さすがに俺1人じゃしんどい」
「そうだろうね~。いただきまーす」
「いただきます」
「ん~! 甘くて美味しい~」
3人で談笑しながらりんごを食べ、いつもの放課後と変わらないような時間を過ごす。場所が学校じゃないというだけ。3人でいれば、どこでも同じように楽しめる。
──その関係が変わりさえしなければ
「そろそろ帰宅時間なんじゃない?」
「わっ、ほんとだ。会長と話してると時間足りなくなるな~」
「脱線の半分は藤原さんだけどな」
「いやいや」
「どっちもどっちだよ。会長、早くよくなってね」
「じゃないと圭ちゃん寂しくて泣いちゃうから」
「泣かないし寂しくもないから!」
寂しいのではなく、日常にぽっかり穴が空いてる気がして物足りなく感じるのである。似たようなものだとも思えるが、圭が言うには違うらしい。
荷物を纏め、圭と萌葉が部屋を出ていく。手を振ってそれを見送り、静かになった病室になんだか落ち着かなくなる。テレビをつけ、適当なバラエティ番組を流した。
そうしていると萌葉が1人で戻ってきた。圭は部屋の外にいる。
「ねぇ会長」
「忘れ物?」
「忘れ物みたいなものかな。確認しときたくて」
「ちなみに俺の左手の解放を思い出してほしい」
「あ、ごめん」
すっかり忘れていた。なんなら圭だって何も言わなかった。気づきながらも流していた節があるが、部屋を出る時に何も指摘しなかったのは、萌葉と陽のように忘れていたからだろう。
萌葉は陽の左手を解放し、手錠を鞄の中にしまう。手錠を持ち歩く女子中学生など、世界を見渡してもここにしかいないのではなかろうか。
「会長は当事者だし、事件の全容理解してるんでしょ?」
「全容かは知らないけど、当日のことはそりゃもちろん知ってる」
「……あれは、
本当の目的は別の人にあって、それを止めに入った陽が襲われたのではないか。萌葉はそう見ている。
だって、犯人は萌葉に何度もラブレターを送り、諦めずに告白してくるような人だったのだから。つまり、狙われていたのは自分で、陽が間に割り込んだのではないか。萌葉はその可能性が高いと見ていた。
「本当は私を庇って……私のせいで会長は──」
「藤原さん。この件はもう過ぎて終わったことだ。それに、あの目は確実に俺だけを見てた」
「そう誘導したんじゃないの?」
「それができるほど、話術に長けてるわけじゃない」
疑いは晴れない。けれど、こういうふうに言われては、陽の言ってることが事実という可能性も濃くなってくる。そう思わされる。
疑おうと思えば何もかも疑わしくなってしまう。真相を求めていても、それが
陽が言ってることを真実とするしかない。どこか腑に落ちない気もするが、終わったことであるのも事実。それで納得する他ない。
「会長」
「ん?」
「会長がいないと面白くないから。早く帰ってきてね」
「……ははっ。それができるように頑張るわ」
陽がいなくて物足りないと思うのは、何も1人だけじゃないのだった。