2度目の人生の目的はパパ活です   作:粗茶Returnees

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白銀圭は乗りたい

 

 秀知院学園高等部の校長は、生徒会に時々無茶ぶりをする。そんな話が中等部の生徒会にも聞こえてくることもあり、それに比べれば中等部の校長は良い人なのだろうと思える。無茶ぶりとかはなく、提案がある程度だ。たまに手伝いを頼まれることもある。

 それらは基本的に生徒会長が1人で片付ける。遊びたがりな性格で浪費癖があったり、他にもいくつか残念な点があるものの、仕事はきっちりと片付けるしその速度は他の追随を許さない。だから、自分の仕事を片付けた上で、他の役員の仕事が増えないように1人で校長からの頼まれ事を引き受けるのだ。

 

「会長ってほんとお人好しだよね~」

「そうかもね」

「圭ちゃんこういうのは止めないんだね。分担しようって言いそうなのに」

「会長が早く仕事を終わらせるから。待たせることになるし、時間の無駄で効率悪いし」

「ふーん?」

「なに?」

 

 隣に並んで仕事を片付けている萌葉がニヤニヤと見つめてくる。圭は半眼でチラッと見返した。言いたいことがあるなら言えと。

 

「拗ねてるなーって」

「は? 誰が?」

「圭ちゃんが。今回も置いて行かれたもんね」

「そんなんじゃないから。仕事を早く片付けられるようになってるはずなのに、全然会長に追いつけない自分が悔しいだけ」

「それは一緒に仕事したいからじゃないの?」

「違う! なんでそういうふうにしたがるかな……」

「そのほうが面白いから」

 

 それ以外に理由はないと輝いた目にはっきりと刻まれていた。圭は額を押さえてやれやれと首を振る。この手の相手は何を言っても無駄だと知っているのだ。それと、友人で遊ぼうとするな。

 

「萌葉の方が会長に置いて行かれて残念そうにしてたじゃん。言葉に出してたじゃん」

「だってどんなことしてるか気になるじゃん? 教師たちの裏事情話してたりするかもしれないし」

「何期待してんの……。私は陰口はもちろん、それみたいなのも好きじゃないんだけど」

「うん知ってる。だから、圭ちゃんが聞かないでいいように、私が聞いておけばいいかなって」

「そういうことじゃなくて」

 

 萌葉はにぱぁと楽しそうに笑い、圭が反比例するように肩をすくめる。そういう面があると知っているから嫌いになることがない。萌葉は陰口が好きなわけではなく、スキャンダルとかゴシップとかが好きなだけ。ただそれらは、良い方面の話だけじゃない。生徒間で回らないような話なんて基本的に誰かの陰口だ。

 圭は気にしないように振る舞っているが、内心では毛嫌いしている。萌葉も好きではないが、圭ほど嫌いではない。相手を知れるという点で楽しいらしい。その情報と、それを話す人間の性根を知れるから。そして知った情報を整理し、極力圭に届かないようにフィルターをかけるのだ。わざわざそうしてくれる萌葉に、圭はいつも感謝している。知り合ってからずっと隣りに居てくれる彼女に。

 

「会長が1人で行っちゃうのも、そういうことなんですかね」

「どうだろね~。会長って単純に見えていろいろ考える人だから、違う理由かもよ。校長先生からの案件だって、私たち内容知らないし」

「……暗い話とかじゃないとは思う」

「なんで?」

「だって会長。帰ってくる時毎回機嫌いいから」

「え、会長って機嫌悪い時あるんですか?」

「そこはさすがにあるよ~」

 

 あの人って機嫌悪い時あるのかと阿天坊が唖然とする。そんな様子に萌葉と圭はくすりと笑った。彼がそう思うのも無理はない。いつも明るく振る舞っていて、いつも学校生活を楽しそうに過ごしている。生徒たちが見る彼の姿はそれだ。

 だが彼だって人間。機嫌が悪くなることはあるし、嫌いなものだって存在する。苦手なタイプとかもある。それを知る機会が、ほとんどないだけ。中等部の中では、圭や萌葉を始めとしたごく一部の生徒しか知らないだろう。

 

「会長ってピーマン嫌いだし」

「あれ……そういう話?」

 

 思っていた方向性と全く違った。動物園から動物が脱走したと聞いてライオンを想望してたらひよこが逃げ出したという報道ぐらいにほっこりする。

 

「コーヒー飲めないし」

「圭ちゃんが淹れるやつだけ頑張って飲むよね~。苦そうにしながらチビチビ飲むの可愛いよ~。椅子に縛り付けてブラック飲ませたくなるくらいに」

「萌葉それ会長泣くから」

「泣き顔も見たいね」

「やめたげて」

 

 中2男子の突貫工事メンタルがジェンガみたく崩壊してしまいそうだ。それやられたら立ち直れなくなるかもしれない。今が絶賛ガラスの少年時代なのだから。

 陽で遊べないか画策する萌葉。それをやめさせる圭。こんなガールズトークは聞いてても面白くないというか、いつそれが自分に矛先が向けられるかわからなくて阿天坊はヒヤヒヤしていた。陽ならともかく、自分の時に圭は止めてくれるだろうか。ゴーサインを出されたらどうしよう。

 

(会長帰ってこないかなぁ……)

 

 そんな不安を一手に吹き飛ばしてくれるのが、生徒会長という存在。この場合だとどう考えても的にされるというだけなのだが。阿天坊書記。先輩を盾にしようと考えていた。

 そんな思いも時間が経てば叶うもので、それから20分ほどすると話題にされていた陽が帰ってくる。ガチャリと生徒会室のドアが開かれ、今日も楽しげな様子の陽が入ってきた。圭曰く、いつもより2割増しで楽しそうなのだとか。

 

「会長おかえり~」

「ただいま~」

 

 萌葉が声をかけ、1オクターブ高くなった声で返事が来る。なるほど圭に言われたように意識してみると、いつもより楽しそうなことが萌葉にもわかった。

 

「校長と何してたの?」

「それは秘密~。内密にって校長に言われてるからな。いつもそう言ってるじゃん」

「そのうち根負けしないかなって」

「しません」

「男同士の秘密ですね」

「そういうこと。さすが阿天坊だな」

 

 忙しなく生徒会室の中をあっちへこっちへと移動する陽を、萌葉と阿天坊は意にも介さず会話を続ける。その光景をおかしいと思う自分がおかしいのかと圭は疑ったが、そんなことはないと信じてツッコんだ。

 

「会長さっきから何乗ってんの」

「セグウェイ」

「なんでそれで生徒会室に来たの?」

「貰ったから」

「なんで今も乗ってんの!」

「楽しいからに決まってるだろ!?」

「いいなー。私も乗りたーい」

「萌葉!」

 

 さっきからセグウェイで生徒会室の中を動き回っている陽を注意しようとしているのに、親友萌葉が拍車をかけようとしている。名前を呼んでも、ちょっとだけと言って言うことを聞きそうにない。阿天坊も興味津々で、目が軽くイッテた。阿天坊の場合、セグウェイに乗りたいのではなくセグウェイのシステムを知りたいのだろう。

 

「会長。解体(バラ)したいです」

「自分で買え」

「いくらするか知ってて言ってるんですか? 90万強ですよ!」

「えっ!?」

「阿天坊ならそれぐらい買えるだろ」

「僕の財布事情知ってて言ってます? お年玉で買えますけど」

「……会長。何かあってからでは遅いですし、高いものですから今すぐ降りてください」

「これブレーキないんだわ」

「不良品!?」

「いえそういうものです」

 

 圭からすれば高額商品。こんなものを貰ってくるとか意味がわからない。校長室で何があったらそうなるのか。なんでそんな高いのにブレーキという安全性を捨てているのだろう。圭には一切理解できない世界だった。だが安心してほしい。陽も萌葉も阿天坊も、ブレーキがない点については設計者の正気を疑っている。

 

「まぁしかし、せっかくの貰い物をすぐに壊してもあれだからな。ぶつけないように外で試乗するか」

「やった! さすが会長わかってるー!」

「データ収集しますかね~」

 

 セグウェイから降り、それを萌葉に渡す。おもちゃを受け取った萌葉はウキウキと外に出ていき、阿天坊も自前のノートパソコンを抱えて後を追う。久しぶりについていけない世界を見て呆然とする圭に、陽は笑いかけながら手を差し出した。

 

「白銀さんも行こ」

「……ぁ、うん。でも手はいい」

「知ってた」

 

 伸ばした手をあっさりと戻し、生徒会室を出ていく。その隣を圭が歩き、廊下の窓から見える外に視線を向けた。そこは下駄箱がある昇降口の前。もう外に出ている萌葉が、さっそくセグウェイに挑戦していた。1人で挑戦するのは危ないようで、阿天坊がサポートしている。

 

「気が早い奴らめ」

「会長がそれ言う? 一緒に楽しみたいだけでしょ」

「まぁな」

 

 見破られてるならいいかと、陽は足を早めた。はやる気持ちを抑えられないのだと言外に語り、圭は苦笑しながらそれを追いかける。相変わらず子どもっぽいなと。

 2人が外に出た頃には、萌葉が1人でセグウェイを乗り回していた。阿天坊がハラハラした様子で見守っているのを見る限り、安定して乗れるようになっているかは怪しい。早めた足も緩やかなものへと変えると、陽に気づいた萌葉が向かってくる。陽は念の為圭に離れるように伝えておいた。

 

「会長やっほ~!」

「楽しんでるなー」

「思ってた以上に楽しいからね! こういうのもできるし!」

「それは危ないやつだが?」

 

 その場で小さな円を描き続ける萌葉に注意してやめさせるが、時すでに遅し。操縦者である萌葉は目を回して陽の方へと突っ込んだ。

 

「会長!」

「だいじょーぶ」

 

 スレスレのところで避け、セグウェイにある棒部分と萌葉の体の間に腕を滑り込ませて萌葉を抱きとめた。それで萌葉を引き剥がし、操縦者を失ったセグウェイを体を捻って反対の手で掴む。

 

「頭がフラフラする……」

「遊び過ぎたな藤原さん。安全第一だぞ」

「ごめんなさい」

「わかればよし」

 

 会長としてそう言っているが、内心はそれどころではなかった。ちょっとした緊急時ということもあり、好きな人の体を触っているのだ。しかも触れるどころじゃない。がっつり抱きとめている。腕で感じる腰の細さ、肌の柔らかさ。中学生らしからぬその胸もがっつり当たっており、自分の体温が熱くなっていくのを感じる。

 これはやばいと思ってすぐに萌葉から手を離して一歩下がるも、目を回した萌葉は今支えがほしい。一番近くにいる陽を支えにするのも自然な話で、彼の腕を掴んで休憩。

 

(手も柔らかい……!!)

 

 男子だと筋肉質な感触だが、女子は柔和な感触。マシュマロとはよく言ったものだ。

 今は落ち着かねばと萌葉から視線を逸らし、助けを求めるように阿天坊に目を向ける。彼は何を思ったのか、ベンチに座りノートパソコンを開きながらサムズアップを返してきた。違うそうじゃない。

 陽は生徒会長として過ごす時、圭の言う模範となる者としての立ち振る舞いを心がけている。放課後でこの場所となれば、他の生徒の目にも止まりやすい。冷静でないといけないのだ。

 

「白銀さん乗ってみる?」

 

 彼に残されたのは、圭へのヘルプだけだった。萌葉に手を離してほしいなんて言えるわけもなく、阿天坊は助けてくれない。圭に動いてもらうしかない。視界の端で阿天坊が肩を落とすのが見える。意思疎通は今もできていない。

 

「えぇ、今のを見た後に勧める?」

「藤原さんの乗り方に問題があるだけだから」

「私は別に……」

「体験してみるのはいい刺激だと思うんだが」

 

 圭が楽しそうに見ていたのは知っている。しかし彼女はプライドが高い。珍しいものですぐ遊ぶのは子どもっぽい、そういう理由で素直に首を縦に振れないだけ。だから、陽がすべきなのは言い分を用意すること。「それなら」と圭が言えるようにさせることだ。

 

「一応使った感想を校長に言うことになっててな。調査ってわけでもないから気楽なものだし、声が多いにこしたことはない」

「……会長がそう言うなら」

 

 回復した萌葉が陽から離れ、阿天坊が座っているベンチへと腰掛ける。この人わざとなんじゃないかなと阿天坊は疑ったが、真相は定かではない。遊ぶことはあっても、友人をハメるようなことはしないのが藤原萌葉なのだから。

 

「これってたしか体重の掛け方で動くんだっけ」

「そうだな。今は電源切ってるから安心して乗ればいい」

 

 セグウェイの棒は、少しでも体を安定させるための手すりだ。姿勢の補助にもなる。圭が手すり部分を持ちながらセグウェイに乗り、陽は棒部分を持って安定させる。バランス感覚は悪くなく、これなら問題なさそうだ。

 

「んじゃ、電源入れるぞ」

「待って。電源入ったら急に動き出したりする? 大丈夫なの?」

「歩く速さぐらいに速度を制限させるから、危ないと思ったらすぐに降りたらいい」

「……そうじゃなくて」

「うん?」

「…………はぁ。会長のばか」

「なんで?」

 

 理由は絶対に口にできない。圭のプライドがそれを許さない。それを口にすることは恥ずかしいことだから。ディスコミュ状態の兄に急に馴れ馴れしく話しかけるぐらいに恥ずかしい。

 電源が入れられ、圭の体重移動に合わせてセグウェイが進んでいく。それに付き添って移動しながら、圭がしっかり動かせていることを素直に褒める。そっぽを向かれ、陽は圭が馬鹿にされたと感じたのかと思って口を閉じた。安定した運転に安心し、その場に止まってしばらく見守る。

 

「かーいちょっ!」

「うわっ!? 藤原さん!?」

「あはは! びっくりし過ぎ~」

「そりゃびっくりするわ。耳元でいきなり大声出されたんだし」

 

 しかも萌葉は背後に立っていて、彼女の小さな両手が両肩に乗せられている。わざとなのか、背中にも彼女の兵器が軽く当たっており、陽は気が気じゃない。

 

「さっきは鼻の下伸ばしてたよね~。今もかな?」

「伸ばしてない。……と思いたい」

「あはっ! 正直だよね会長」

「自信がないことだから」

「そういうとこは見栄を張らないよね~。ねっ、会長」

「なに?」

 

 後ろを振り向くこともない。首だけでも動かして萌葉を見ようとする、なんてこともしない。今の精神状態的に、それは自滅行為に等しいと理解しているから。そして、萌葉が()()()()両肩に手を置いているのは、振り返ってほしくないからだと汲み取っているから。萌葉もまた、良い意味で今は顔を合わせたくない。

 

「さっきはありがとう」

「……どういたしまして」

「……」

 

 背中にコツンと感じる。頭を押し当てられているようだ。何を見ることもできず、西の空へと傾いている太陽を見やる。残り少ない日照時間を、残り少ない生徒会任期と重ねた。2学期が始まってすぐに解散だから、実質的に活動はこの1学期で終わり。

 

「ところで会長」

「んー?」

「圭ちゃんってカーブできるの?」

「……できなさそうだな! 行ってくる!」

「よろしくね~。圭ちゃんを傷物にしないでねー」

「言い方!!」

 

 危うく道路に出かけた圭を後ろから抱きしめる形で引き止めた。なりふり構っていられない状況だったのだから仕方ない。これには圭も何も言えなかった。そしてもう二度とセグウェイには乗らないと心に宣言するのだった。

 セグウェイは阿天坊が持って帰り、週明けにはブレーキが搭載されて生徒会室に置かれた。ブレーキ機能が搭載されたなら、と揺らぎかけたのは圭だけの秘密である。

 

 

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