白銀御行という人間は、中等部にもその名が届くほどに有名人だ。高等部のただの生徒会長ではなく、外部生である彼がその座についたからこそ話題にもなったのだ。天才と称される四宮かぐやを抑えての学年一位。これもまた、彼の名が通るようになった要因の一つである。
打って変わって中等部の生徒会長である小野寺陽は、別に高等部にその名が届くことはない。せいぜいが、姉の麗の周りで少しだけ話題になった程度。中等部でこそ名が知られているといった具合だ。
中等部での評価は様々なもの。共通していることは、学校生活という日常に新たな風を吹き込んだという話。耳にするものはプラス評価のものだらけだ。マイナスとして受け取れるものは、彼がバカだという話。それも愛嬌として受け入れられているため、マイナスと言えるかは怪しいが。
「緊張するなー」
「緊張とは無縁みたいな印象あるんだけど」
「それぐらいしますよ。それを抑え込んで挑めるってだけで」
「これだから陽キャは」
「石上先輩だって、やると決めたことはやり抜くタイプでしょ?」
「……まぁ」
「同じですよ」
決めたことは曲げない。マイナス思考になりやすい石上だが、そこは強固な芯として自分の中にある。それを美点として指摘されると悪い気はしない。石上はその経験が少ないから、痒そうにして視線を逸したが。
陽が訪れているのは高等部。信じられないほどの方向音痴であることは、以前の訪問時に知られており、石上が正門まで迎えに来たのだ。前回の場合だと圭の付き添いであり、陽自身も人を探していたために逸れた。今回は目的が御行に会うことで、石上はその案内人。目的が重なるために逸れる心配はない。
「俺は周りの目を気にしてないように思われますが、それは周囲の誤解ですね」
「俄には信じにくいんだけど」
「だって周りを気にしない人が会長職に就けるわけないじゃないですか」
「……周りの目を理解してそれに合わせてるってことか」
「違います。石上さんも現代ジャパニーズですね」
敷地内を歩き、見えてきた別棟を見上げながら話す。戦後の社会。学生運動が起きた昭和から残る「生きる遺産」。長く残るものは、過去を保存しながら現代に溶け込み未来に繋ぐ。陽はこういうものが好きだ。
「周囲を気にしてそれに合わせる。そんなことしたら個性なんて消えるじゃないですか」
「たしかに君は個性の塊だな」
「言葉にすれば簡単です。周囲の目に合わせるんじゃない。周囲の目を合わさせるんです」
「ミスディレクションみたいな?」
「それに近いですかね」
相手の意識を誘導する。それを自分の長所に向けさせてしまえば、あとは自然と人気になる。
「カッコイイ人間はカッコイイからカッコイイと思われる」。ならば、そう思わせるようにする。自己を消さずに。もっとも、それをやってる時は会長として皆の前に立つ時ぐらいだが。それ以外の時はただのバカとして過ごしている。
「意外と怖いことしてるなぁ」
「目的を優先した結果ですね」
それができて、人気もあるということは、カルト教団すら作れてしまうということ。理論上ではそうなる。本人にその気がないのだとしても、先は分からないのだから。
「会長になるためにそうしたんだろうけどさ」
「いえ、目的はそこじゃなくて……」
「違うの?」
「そこじゃないんですけど……。
石上はそれを聞いてゾクっと背筋を震わせた。気味が悪いとかじゃない。先の事件のことを知らなければそう思っただろうが、知っているからこそ違う理由で怖く感じるのだ。
陽は記憶が欠如している。それも、本人の今の行動指針の根幹に関わるはずのものを。
そんなピンポイントなことがあり得るのかと疑いたくなる。しかし現実はそうなっている。本人は今自覚した。しかし、本人が気づかず、それでいて普段通りに過ごせていたのなら、周囲が気付けるわけもない。生徒会に支障が出るのではと懸念した。
「それについては落ち着いた時に考えるのがいいんじゃねぇの?」
「……そうします」
別棟に入り、生徒会室を前に一旦思考を中断する。それを考えるのは早いほうがいいかもしれないが、今はまだ大丈夫だから。中等部の人間は他におらず、この後に会う予定もない。会ったところで、ボロを出すようなこともしないが。
「会長。連れてきました」
「ご苦労。すまんな石上」
「いえ。それでは僕は席を外しておきますんで」
「ああ」
陽の案内が終わると、石上は気を利かせて生徒会を出ていく。他の役員の姿も見えず、この状況を御行が望んだのだと陽は察した。かぐやあたりは盗聴してそうだなと思いつつ。
「初めましてだな。高等部の生徒会長、白銀御行だ」
「話はいろいろと聞いてますよ。中等部の生徒会長の小野寺陽です。お会い出来て光栄です」
「俺も一度会っておきたいと思ってな。そちらにかけてくれ」
「失礼します」
御行に促されてソファに座る。御行も会長席から移動し、陽の正面に座った。かぐやが用意しておいた紅茶を2人分持ちながら。
「妹が世話になっているようだな。礼を言う」
「いやいや。お世話になってるのは俺の方ですよ。マジで」
生徒会の運営は陽がいれば問題ないが、経営は圭がいないと成り立たない。非常に重要な人物であり欠かせない存在だ。
「白銀さんにはいつも助けられてます。他の2人もそうですが、彼らがいないと乗り越えられなかったものが多いですから」
「妹が力になれているのなら何よりだが。謙遜するんだな。聞けば君が会長になってから、学校生活に充実感を覚えた生徒も多いそうじゃないか」
「そういう風に言われてますが、その人の実感が変わるのは、その人の意識が変わるからです。俺はただ、学校生活を楽しめるように動いて、周りが同調した結果に過ぎません」
起爆剤の役割を担っただけ。それの爆発の範囲が、導火線の方から近づいたことで広いものになったに過ぎない。そうなればいいとは思った。そのほうが自分も、楽しんでほしい相手も楽しめるだろうから。けれどそれを強く意識したわけじゃない。だから、決して自分の功績とは思わない。棚ぼたでしかないから。
「ところでお兄さん」
「その呼び方はやめてくれ」
「わかりました。お義兄たま」
「何も変わってないが!?」
「では無難に白銀先輩と」
「絶対わざとだろ」
「当たり前じゃないですか!」
「威張るな!」
話しながら、御行は陽のことを推し量っていく。その人物像を。
「俺が呼ばれた理由って、ただの交流会ではないですよね?」
「察しの通りだ。少し聞きたいことがあってな」
「中等部のことで? ……いや、妹さんのことですね。このシスコンめ」
「シスコンじゃない」
「好きな人いますもんね」
「い、いないが?」
「隠すの下手過ぎでしょ。よくそれで周りを誤魔化せますね」
「自然な流れで言われたから驚いただけだ」
隠し通せると思ってるのもどうかと思うが、掘り下げて遊ぶのは後の楽しみとしておこう。
「白銀さんは結構学校を楽しんでくれていると思いますよ」
「そうか。学校のこととか全然話してくれないから少し気がかりではあったんだが、ひとまずは安心だな」
主題はそこではないらしい。陽は予測が外れ、それではなぜ呼ばれたのだろうと悩んだ。思い当たる節があっただろうか。圭が不調だったとも思えない。いつも通りだった。
「その……あまり妹のことを詮索するのも忍びないんだが」
「秘密は守ります。それでも気づかれたらドンマイです」
「ああ。それで、俺が聞きたいのは、うちの妹の異性関係でな……」
「まぁ、白銀さんはモテますからね。容姿端麗で成績優秀。プライドの高さも魅力に見える立ち振る舞い、それでいて周囲を気にかける優しさがある。競争率高いらしいですよ。まだ誰も告白してないのが信じられないですけど」
「そうなのか」
妹の良い話を聞いて気分を良くしない兄はいないだろう。安心したようで、嬉しさも表情に出ている。半分ほどは、変な虫がつかないかという警戒心もあるようだが。やはりシスコンである。
「誰も告白していない……。つまり密かにもう交際を……!」
「否定し切れませんが、彼女が好きでもない人と交際するとは思えませんよ」
「いやしかし、仮交際をしてから判断する。そういうやり方もあると聞くぞ」
「それをあなたの妹がする姿を想像できますか?」
「……できないな。すまない、浅慮が過ぎた」
「いえいえ」
仮に自分の姉がそういう事をしたとしても、姉はしっかりしてるし大丈夫だろうと思える。しかし妹はどうか。陽は目の前の御行以上に動揺する自信がある。この男もまたシスコンだった。
何はともあれ、御行の目的は理解した。探りを入れているということは、圭に変化があったということ。圭に好きな人ないし気になる異性ができたということだ。
「あの白銀さんに好きな人ができたんですか~」
「まだ確定したわけじゃないが、俺はそう見ている。生徒会という場所もあり、同じクラスでもある小野寺なら、それの特定ができるんじゃないかと思ってな」
「できなくはないでしょうけど。それをやろうとすると障害がいてですね」
「障害?」
「藤原萌葉っていう藤原千花さんの妹がいるんですけど」
「……なるほどな」
藤原千花の妹というだけでこの説得力。陽は千花のことをそこまで知ってるわけじゃないし、御行は萌葉に会ったこともない。それでも、あの千花の妹で障害となると言われてしまえば、そうなり得るのだろうと納得できてしまうのだ。萌葉は姉と陽を恨んでいい。
「ですからまぁ、バレないようにってなると時間がかかると思います」
「それでも構わない。いや、報告とかも真面目に考えなくてもいい」
「おろ?」
「小野寺の判断に任せるよ。その相手が妹に害をなす人物かどうか。必要なら連絡してくれ。それぐらいならやりやすいだろ?」
「承知しました」
報告もしなくていいのなら、ますます調査という意識は薄れる。なんとなく気にかければいいだけなら、普段と大差なく接することができる。それが最も隠密性を高められるやり方だ。御行のその采配に陽もまた、白銀御行という人物の評価をしていく。この学園の高等部の生徒会長というのは伊達ではないのだと。
「ちなみに、現時点で思い当たるような人は?」
「現時点ですか? そもそも白銀さんは藤原さんと一緒に行動してることが多いですし、男子と接する機会も限られますからね」
生徒会とは別に、クラスで係もある。その時に男子と接することはあれど、現実味が薄い。放課後なら生徒会があるが、阿天坊は後輩として受け止められているし、阿天坊にもその気はない。
(……あれ?)
陽はふと思い出した。生徒会の任期が終える日。ウィスキーボンボン事件の時を。
(……もしやこれ、俺じゃね?)
酔っていた。圭の記憶はない。けれど、陽は
「なんか、聞く限りで条件を絞ると小野寺じゃないかと疑いたくなるんだが」
「えっ……、いやいやまさかー。俺は白銀さんのような人に好かれるほど真っ当な人間じゃないですよ」
「どの辺りが? それに、人の評価は下す側の裁量に任されるものだろ」
「そうですけども。先輩はいいんですか? 仮にそうだとして」
「ふむ……そうだな。少し聞かせてもらおうか。君の生徒会作りの基準を」
人選の基準。何を重視して選んだのか。思惑があるにしろないにしろ、それはその人の考え、価値観が出るもの。
御行はそれを聞いて判断することにした。仮に圭が惚れた相手がそうだとして、圭に害を及ぼさない人物かを。
「実力主義。そういう風に言って選びました」
「成績で選んだと?」
「正確には、その役職に相応しいかどうかです。会計職だと数学を基準にしましたが」
「他の役職は?」
「副会長なら人を見る目。決して表面だけを見ず、周囲に惑わされないかどうか。書記は新一年生から選ぶと決めていたので、入学を待った形になりましたが、字の丁寧さと文章構成力です」
「合理的だな。では、現メンバーは君個人の私情を抜きに選んだのか?」
「いいえ」
陽は首を振った。私情なら大いにある。個人の気持ちを合理的に見せるために作っただけ。萌葉の長所を言語化し、それに当てはまりやすい役職の条件として作ったに過ぎない。
「私情なら挟みましたよ。白銀さんより成績の良かった人もいましたしね」
「実力主義を唱っておきながら選ばなかったのか」
「はい。俺はその人とは一緒に生徒会をやりたくないと思ったので」
性格に難あり。そういう理由で選ばなかったとすれば、周囲も納得する。その女子は秀知院から追い出されもしたのだから。
「……我儘でありながら目的の達成のために手を尽くす、か」
その目的がなんだったのか、陽は思い出せないのだが。
「最後に1つだけ、生徒会長としての小野寺陽は何を目指す?」
「質問に反するとは思いますが、俺は会長としての仮面を被るのはみんなの前でスピーチするぐらいにしか留めてません。その上で言わせてもらいますと、
「なるほど。よくわかった。……妹は俺ほど不器用でもないが、それでも心配にはなるんだ」
「鶏になり切れないひよこって感じしますからね」
「だから、これからも妹のことをよろしく頼む」
「任せてください。俺はあの人の笑顔がわりと好きですから」
最後には握手を交して2人は話を終えた。
その時妙に御行の手に力が入っていたのは、2人しか知らないことである。
バカなことやらせてぇなぁ。
一応補足説明しておきますと、萌葉エンドとの大きな違いは、「会長戦の後に告白できたか否か」です。
萌葉が語ったように「圭ちゃんは小学生の頃から陽を意識している」「萌葉はこの2人がくっつくのもいいなと思ってる」です。