同じことの繰り返しに思える学校生活というのは、多くの生徒たちにとって退屈なものになる。代わり映えのない日々なのだから当然の感想で、学校という場所に好きなものがなければ億劫にもなろう。部活とか青春とか、刺激がないと面白くないのだ。部活も、人によっては捉え方が変わるだろうが。
そんな生活において、学校行事というのは大きなスパイスだ。これを楽しみにするものは非常に多い。
生徒全体で一番人気なのは文化祭だろう。修学旅行は決まった学年しか行かないために除外する。そうなると、体育祭よりも文化祭の方が盛り上がる。
なにせ文化祭の目的は「盛り上げること」だ。文化祭の成功は盛り上がるかどうか、客となる人間が楽しめるかどうかで決まる。
それに対して体育祭は「勝つこと」が目的となる。その内容上勝敗が確実に決まり、勝敗がある以上勝ちたくなるのが人の心理。競争意識は誰にもある。けれど、体育祭である以上、運動が苦手な人間はこの行事に消極的だ。
体育祭で活躍するのは運動好きや運動能力の高いもの。長所がそこで発揮されない人間は、活躍ではなく恥を晒すような心境になる。もちろんそこへの配慮で工夫された競技もあるが、それではフォローしきれない。
「参加型のイベントは参加者の意識で決まる」
誰も望まないものは成功しない。そして体育祭のように、明確な線引きがされてしまう行事は、参加者の意識が乱れやすい。文化祭は皆が同じ方向に向きやすい。誰しもが普段あまりやらないようなことをするから。
それはつまり、体育祭でもそれができれば、体育祭だって文化祭に引けを取らないイベントになる。陽が目をつけるのはそういうところだ。
「なにやってんの会長」
「あー白銀さんおつかれ。今モデル頼まれててポーズ取ってる」
「……モデルにする相手間違えてない?」
「そんなことないよ~。会長顔はいいし、体がブレないから描きやすいんだよ」
「そうそう。会長並みの被写体ができる人とか見つけにくいし」
「予想外なとこで才能見せるよね」
「人の役に立てるなら素敵な才能だと思うぞ」
「そうだね」
決して変な才能じゃない。写真のモデルとかなら素人なりに調整ができるかもしれないが、デッサンのモデルとなると長時間それを保たないといけない。それだけの集中力と体勢を維持できるのは、これも立派な才能だ。
「で、そのポーズは?」
「走ってるポーズだけど?」
「いや会長それは非常口の絵の真似でしょ~」
「藤原さんもおつかれ。あの絵って走ってる感じ伝わるじゃん」
「会長だとふざけてる感じになるのなんでだろうね~。膝カックンしていい?」
「いいわけあるか!」
教室にあるスクリーンを下ろすための引っ掛け棒。黒板の横に掛けられているそれを取った萌葉が、片足でバランスを取っている陽の膝に棒を当てる。押すのではなく、触れるか触れないか程度で擦る。
「汚いぞこの女郎!」
「メロメロ~?」
「いい方に転がすな! ところで他のクラスの様子は?」
「それは圭ちゃんと阿天坊くんに任せたから」
「働け?」
「どこのクラスも似た感じだし、クラスで手伝えることないかなーって思って来たんだよね」
「邪魔しかしてないが?」
動じることなくポーズを維持している陽は、顔を動かすこともしない。萌葉の方に振り返ることもなく、背中越しの会話をしている。そのシュールさに誰もツッコまず、圭は絵を書いている2人に視線を移した。美術部に所属しているこの2人が描く絵は本格的。ふざけているように見える陽のポーズを忠実に再現しながら、躍動感をそこに表している。
それぞれモデルを使っているが、その絵から受ける印象は違ってくる。片や躍動感。片や焦燥感。どちらも体育祭に相応しいと感じるものだが、これは下書き、明日にはクラスで公表し、どちらの絵を使うか決める。
「白銀さんも描いてみる?」
「私はいいよ。2人ほどは描けないし」
「んー、今回は絵の綺麗さとか関係ないんだけどね」
「そうそう。体育祭に相応しいかだから」
「実際、モデルがいなくてもいいし」
「モデルなしの絵も描くしね~」
「俺の意味消えてね!?」
「私たちの糧になってくれてるから意味あるって」
「それならいいや」
「いいんだ……」
経験というのは貴重だ。練習だっておろそかにしなければ身になる。2人が真剣に取り組んでいることは分かるため、陽はたとえ自分がモデルの絵が採用されなくても、無駄な時間を過ごしただなんて思わない。
「生徒会ってほんと仲が良いよね~」
「そこが自慢だったりする」
「遊びに行ったりとかするの?」
「ほんのたまになら。学校外の交流ってあんまなかったりするんだなこれが」
「私と圭ちゃんはよく遊ぶけどね」
「会長ハブられてんじゃん」
「そんな言い方するなよ?!」
女子たちがわいわいと盛り上がり、陽はポーズを保ったまま無心になっていく。悟りを開けば何も恐れることはない。一は全。全は一。社会の歯車が崩れようと世界は回るのだ。
「白銀さんと藤原さんって何して遊ぶの?」
「お泊まり会が多いかな。圭ちゃんがうちに来るの」
「パジャマパーティー? 恋話? それとも百合展開?!」
「3つ目おかしくなーい?」
「会長。百合展開って何?」
「雑に言うと男女のお付き合いを女子同士に変換した感じ」
レズビアンをオブラートに包んだ言い方とも言っていいかもしれないが、百合とレズは違うのだと主張する派閥もいるためやめておいた。賢い選択である。
陽に言われたことを一拍置いてから咀嚼していき、圭は萌葉を見てからもう一度陽を見る。
「ごめん萌葉。私百合はちょっと」
「さらっと私が同性愛者みたいになってない?」
女子は女子でまぁそれで、みたいな思考はするものの、同性と結婚したいかと言われたらNOである。結婚まで考えたら異性だ。萌葉の思考はあくまで遊びの範囲。圭を徹底的に汚したいなと思ったりするのも、萌葉の性格がそうさせるだけなのだ。
「それでコイバナはするの?」
「コイバナはあんましないね」
「うん。たまに会長の話はするけど」
「俺の悪口かな?」
「直してほしいのに直してくれないことへの愚痴」
「ごめんなさい」
「でも圭ちゃんイキイキするよね~」
「は? してないけど?」
萌葉の発言に美術部が食いつく。
(これもうポーズ取らなくていいんじゃね? というかやっぱり藤原さん妨害しかしてなくね?)
いろいろ思うことはあるが、女子トークを中断させることはできない。ライオンがじゃれ合っているところに割って入るようなものだ。
「だって会長の話切り出すのたいてい圭ちゃんだし」
「それは萌葉も振り回す側だからでしょ!」
「圭ちゃんも便乗すればいいのに~」
「これは白銀さんあるんじゃない?」
「あっちゃうんじゃない?」
「ないから!」
「何がないの? 圭ちゃん」
「だから! ……えっと……」
にやにやと笑う3人に追い詰められ、圭は陽に助けを求めようとしたところで硬直する。今陽に助けを求めたら、萌葉たちの思う壺である。それは何としても避けないといけない。
「そういや俺白銀さんの家行ったことないな」
「そうだね。来ないでね」
「即答か……」
「「キマシタワーー!!」」
陽は盛り上がり踊り出す美術部の2人を見て、その2人が描いていたイラストを見る。進捗度からして、もうポーズを取る必要がなかった。
「会長女の子の家に興味あるの? やらしー」
「なんか誤解が生まれてる気がする。単純に、誰の家にも行ったことないなってだけ」
「かぐやちゃんのとこには行ってるくせに。同棲したくせに」
「言い方間違えた。遊びに行ったことがないって話だ」
四宮家の別邸に行ったのはあくまでも仕事ため。一時的に衣食住を揃えられる場所を作るためだ。
「まぁ私も圭ちゃんの家に行ったことはないんだけどね」
「絶対来ないで」
「こんな感じで断られるから」
「異常なまでの気迫出してるなー」
1LDKのアパートで、自分の部屋だって仕切りを使って強引に確保しているだけ。兄と部屋が一緒と言っても過言ではないのだ。そして、あの兄の狂気的な部屋を見られると思うだけで圭には耐えられない。あと父親に会われるのも嫌である。
「ま、会長の家だって私たち行ったことないんだけどね」
「そう言われるとそうな。まぁ、タイミングが難しいってのもあるんだけど」
父親が海外にでも出ていれば可能だろうが、仕事の予定など陽が知るところではない。仮に生徒会メンバーが泊まりに来たとして、家の女性陣がどう動くかわからない。陽は想像だけで嫌な予感がした。主に自分が被害を受ける気がして。
横目に陽を見る。家庭環境が複雑だという陽の家。どんな家に住み、どんな生活をしているのか。興味がないわけじゃないが、陽に迷惑をかけたくない。圭は自分の好奇心を押さえ込んだ。
「ああそうだ。せっかく残って準備してもらってるし、何か欲しいものあったら言ってくれ」
そんな圭をよそに、陽は思い出したように美術部に話を振った。クラスのための準備をやってもらっているのだ。何かしらで報いたい。
「ピザで」
「ピザパしよ!」
「あいよ」
どこのピザ屋にするか。どのピザにするか。それを話し合いながら陽はスマホで注文を入力していく。学校に配達に来させるなと圭も言いたいのだが、教師陣がやっちゃってることも知ってる。特に校長は完全に私用の配達を頼みまくっちゃってる。そのせいで止められない。
「これくらいはね?」
「うん。わかってる」
ウィンクする萌葉に頷いて返す。これぐらいなら注意することじゃない。
「30分で来るってさ」
「会長の奢り?」
「もちろん」
「「イェーイ!」」
「会長!?」
「大丈夫だって白銀さん」
圭にとってピザは贅沢品である。白銀家ではまず食すことがない。頼もうという発想すらない。けれど、学校の打ち上げだったり藤原家だったりで食べることはある。そんな経験からか、圭が抱くピザの印象は贅沢品。圭の中ではピザは高いもので、彼女の中では実際の値段の倍近い印象があるのだ。
そんなものを奢るなんて小遣いが無くなるんじゃないか。心配する圭に陽は大丈夫だといつも通り笑って返し、不安を取り除いていく。
圭は自覚した。彼が笑うだけで大丈夫だと信じられる自分の理由を。薄っすらと頬を染めながら、ならいいと呟いて視線を逸らす。
「会長太っ腹だね~」
「これぐらいはやるって。……ふっ、財布ねぇわ」
「台無しじゃん。生徒会室戻らないとね~。ついでに、会長に見てほしい案件もあったからそれも片付けちゃお」
「仕事あったのかよ。先に言ってくれよ!」
用事が生まれた2人は教室を出ていき、残された圭は美術部の2人の話に巻き込まれるのだった。
「ねぇねぇ」
「ん?」
生徒会室に入り、鞄から財布を取り出した陽に萌葉が話しかける。いつもの何を考えているのか読ませない笑顔で。人によっては恐怖を感じる笑顔で。
「
藤原萌葉が副会長に選ばれた表向きの理由は、「誰よりも本質を見抜ける」ことである。