圭ちゃんかわいい。
体育祭なんてものは、最後に祭の文字があるのだから祭りだ。熱血キャラが大興奮し、気になるあの子にアピールしたり、部活対抗リレーで「あの部には勝つ」とかやったりと、個々人の目標に誤差が生じるものの、だいたい同じ方向を向いて盛り上がる祭りなのだ。
「暑苦しいわー」と引き目に傍観に入る生徒もいなくはないが、どのみち何かしらには出るのだからその熱意に呑まれて浮かれる。哀れなり。冷血キャラは遺伝子レベルで組み替えられてしまうのだ。
「そういえば会長」
「なにかね藤原さん。俺次の競技の招集かけられてるんだけど」
「それはまだ時間あるから大丈夫でしょ~」
その旋風、嵐、大渦、言い方は何でもいいが、全員を楽しませる場を作り出すのが、小野寺陽を始めとした生徒会だ。会長たる彼が、それを第一に掲げている。
もちろん彼自身楽しみたい。だからウズウズした様子で集合場所に向かいたがっているのだが、萌葉が話しかけて逃さない。
にぱぁと悪意なき笑顔で、しかし確実に邪魔してやろうとその目で語る彼女に、それでも陽は紳士に対応する。それほど時間を取られないというのも分かっているから。信頼を前提とした駆け引きである。
「絶対領域ってあるじゃん?」
「それどれのこと言ってる?」
「男子たちが好きなやつ」
「あ、はい」
見えそうで見えないギリギリのアレのことである。
「風のイタズラで崩れそうだよね」
「そんな事にならないから絶対領域なんだけど?」
「知ってる知ってる。それで最近思ったんだけど、スカートめくりしたら終わりだよね」
「女子がそれ言う?」
「これこそ流行りの領域展開じゃない?」
「天才かよ」
その発想はなかった。脱帽である。同じ部活に所属する彼らの口からもついぞ出なかった言葉だ。それをまさか女子本人、しかも秀知院の中等部で高い人気を誇る藤原萌葉の口から出ようとは。
「藤原さんって言動で損してるよね」
「いやいや。それはお姉様の専売特許であって、私はそういうの求めてないと言いますか」
無自覚なのかもしれない。
「ところで会長」
「え、まだ何か?」
「会長は会長のままですか? それとも別ですか?」
それは先日聞かれたことの続きだ。「お前は誰だ」と聞かれ、陽はそれをついぞ答えることができなかった。だから萌葉は日を改めることにし、思いついたように聞いた。いや、そう見えるのは陽の視点からか。萌葉には萌葉なりの考えがあって動くのだから。
「……どう思うかは藤原さんたち次第だよ。俺は自分ではいつも通りだと思ってる」
「そっか。うん、ならいいけど、1つだけ教えてあげる」
「なにを?」
「私も圭ちゃんも阿天坊くんも、みんな会長のこと好きなんだけど」
慕われていないとか、嫌われてるとかは思っていなかったが、面と向かってそう言われると照れくさいものがあった。
「私は、誰かのために努力できる会長が好き。で、圭ちゃんは
「……新手の辱めかなにか?」
「照れちゃって~。ま、とにかく。この違いのことはちゃんと把握しといてほしかったんだ」
本題が片付いたからか、萌葉は陽から視線を外して競技へと向ける。ちょうど圭が走っており、最後の関門であるパン食いに挑戦しようとしていた。それにつられて陽もそちらに目を向け、特訓の成果が出るように陰ながら祈る。
「会長、圭ちゃんが跳ねてるの見るのが眼福なのはわかるけど、招集かかってるんでしょ?」
「今それを言うか!?」
止めたのは誰だよと言外に文句を滲ませつつ、無事に圭がパンを取ったのを見届ける。クールビューティーというイメージがあるため、圭はそつなくこなした様に振る舞うが、萌葉と陽はしっかりと見ていた。圭が一瞬だけ、僅かにだがその頬を緩ませたのを。
「それじゃまた後で」
「うん。行ってらっしゃ~い」
足早にその場を去っていく陽を見送り、入れ替わるように圭たちがトラックから退場していく。真面目に駆け足で戻ってきた圭に、萌葉はいつもと変わらぬ笑顔で迎える。さっきまでの真面目な雰囲気など地球外へ投げ捨てたのだ。
「おっかえり~!」
「ただいま。会長はちゃんと行った?」
「うん。ギリギリだったけど」
「まったく……」
誰のせいでそうなったのか。萌葉は真実を闇へと葬ろうとし、しかし親友が見抜いてくることを思い出して少しだけ笑顔を固まらせた。
「会長と何話してたの?」
「絶対領域について」
「何言ってんの?」
じっとりとした目で見られ、でも本当のことだからと萌葉が笑って流す。圭は萌葉の言う絶対領域が何なのかイマイチわかっていないが。
「圭ちゃん会長のこと気になる?」
「……別に」
「あれあれ~?」
「もう! はいこれ萌葉にあげる!」
勘ぐり始めた親友をパンで強引に遮った。萌葉は顔に押し付けられたパンを受け取り、何パンなのか確かめた。そこに書いてある文字を見やり、ニマァと笑みを浮かべる。これは受け取れない。
「会長にあげたらいいじゃん。これ、会長が好きなやつだよね?」
「会長今いないじゃん」
「お昼休みなら渡せるでしょ~。1回こっちに寄るだろうし?」
「萌葉がいらないならそうする」
「じゃあこれは会長に。圭ちゃんがそのために取ったやつだもんね~」
「違うから! 一番取りやすい場所にあったから取っただけ!」
そこまで必死にならなくてもいいのに。そう思いながらその言葉をしまっておく。圭が言ったことを形だでも信じることにし、絶えずニヤける顔をそのままにするのだった。
昼休みとなれば競技も当然一旦止まる。昼食の取り方は生徒によってバラバラ。家族で食べる者もいれば、友人同士で食べる者もいる。藤原家は家族仲が良好なため、家族で食べる。次女は学校があるためいないが、両親と長女が来ている。そこにどういう経緯があったのか、陽の母と姉妹が同席。
「陽が迷惑かけてるだろうからご挨拶しないとね?」
「その信頼はどうなんだ」
「いやいや、うちの娘こそ迷惑をかけていないか心配ですよ。聞けば陽くんは生徒からの信頼も厚いようですし」
「お母様?」
互いの母親の評価に食いつく子供たち。それを眺めながら圭はどうするか考えていた。母がいるわけがなく、兄も当然学校だ。学校がなくとも「来んな」と噛み付いていた。気になるのは父の動向だが、職業不定で行動が読めないから探すほうが面倒である。
かと言って、この状況は気まずい。圭は藤原家と親交があるとはいえ、せっかくの行事の日なのだ。しかも同席してる小野寺家も父親以外がいる状況。明らかに浮いている。
「いやいや絶対うちの弟が振り回してますから。圭さんは会計なんですよね? 苦労してるはずですよ」
「かもしれないけど、うちの娘もまだ青いからなー。実務以外で頼ってる部分があると思うんだ」
「なんでいんの!?」
面子を見渡していたらさらっと父親を発見。しかも馴染んでいる。明らかに溶け込んでいる。圭は愕然とした。なにせ父を気にしていた最大の理由が、
「おつかれだな圭。障害物競争見てたぞー。もっとパン食いで藻掻いてくれてもよかったのに」
「絶対イヤ。仕事は?」
「
「くっ……!」
見事に生徒会の上級生全員が自身の親によって黙殺された。阿天坊も自分の姉の襲来によって絶叫しているが、救いの手は伸びない。哀れなり。
「ってか、姉さん学校は?」
「自主休校」
「それサボりって言うんじゃ……」
「大丈夫。昼休みが終わったら行くから」
「それほとんど授業終わってるやつ」
「おっ、君が会長をしている陽くんだね。初めまして圭の父です。娘が迷惑をかけているだろう?」
姉弟なだけあって似てるとこあるなーとか思っていたら、圭のスキをついて父親が陽にアプローチ。それを許してしまった圭は愕然とし、その間に小野寺姉妹に捕まる。そこに親トークから逃れてきた萌葉が合流した。
「ガールズトーク?」
「少し真面目なやつかな」
「えー」
「……お2人はお兄様のこと好きですか?」
「「!?」」
真面目なのは嫌だなぁと思った萌葉に、小野寺家の次女にして末子の舞が本題をぶち込む。姉妹でその辺りを探ろうと決めて今日という日を迎えたのだが、姉と妹で少し狙いがズレていたりする。
姉の麗は単純に弟の好感度を探りたいだけ。学校を楽しめているのかを知りたいというのがメイン。弟に恋愛話があるならそれにも食いつくが優先順位は落としている。
妹の舞は逆だ。兄の陽を恋愛の意味で好いている人がいるのかを探りたい。特に仲がいいだろう2人に焦点を絞り、トマホークをぶつけたのである。
「その好きってどういう意味のやつかな~?」
「ガールズトークで出したんだからもちろんラブに決まってるじゃないですか~」
「え、私はライクの方で探り入れたかったんだけど」
「お姉様はお兄様の恋愛事情知りたくないんですか!?」
((目的を一致させてきてほしかった))
姉妹での作戦会議が始まり、それを見て項垂れてから圭と萌葉は昼食を食べ始める。チラリと陽を確認すると、圭の父と意気投合してワイワイ盛り上がっていた。
ちなみに、外での体裁ということで舞からの姉と兄の呼び方が変わっている。本人は大人の事情など気にせず、単に楽しんでいるようだが。
「どっちの意味でもいいや。私も妹も、陽が学校を楽しめてるかちゃんと把握したいってのが大きな目的だし」
「せめて絞ってください……。会長は、私の見る限りでは楽しんでいると思いますよ。生徒からの人気も高いですし、こういう行事もすごい力を入れますから」
「ふーん?」
「?」
意味ありげに相槌を打つ麗に首を傾げるも、それを聞き出すことはできなさそうだ。圭は萌葉へと視線を向け、萌葉の意見を言うように促す。口の中に入っているものをもぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから萌葉が口を開く。
「会長はいつでも全力ですからね~。底なしの体力かなって思うぐらい頑張る人。楽しんでるとは思いますよ」
「……なるほどね」
「それで、お2人はお兄様のこと愛してますか?」
「ん゛んっ!?」
「あはは……さっきより重くなってないかなそれ」
「お2人ともお兄様のことよく見ていらしてるようなので。ライクは間違いなさそうですし」
「聞けるなら私も聞いてから学校行こうかな」
「止めてくださいよ!」
圭のお願いを麗が一蹴し、どうなんだと姉妹で2人に詰める。どう答えるのが正解なのだろうかと珍しく萌葉まで悩んでいると、姉妹の頭が同時に軽く叩かれた。
「お兄様~」
「女子の頭は叩くものじゃないぞー」
叩かれたことに対する反応が対極だ。それを見て圭と萌葉は納得する。あの妹は間違いなくブラコンだと。
「2人を困らせるのが悪い。どんな話してたのか知らないけど」
「ガールズトークよ。交ざりたいなら去勢ね」
「簡単に恐ろしいこと言わないでくれるかな!?」
冗談を織り交ぜた姉弟トークをしながら、陽も食事の輪に加わる。大人と子どもで分かれた形だ。藤原家長女の豊実も、服装と容姿の関係で大人組である。中学生には刺激が強過ぎるのだ。
「陽両手に花どころかハーレムじゃん。もっと喜んだら?」
「そうですよお兄様。姉属性妹属性、巨乳貧乳でパーフェクトですよ!」
「半数が肉親なんだけど? あと妹属性3人いるけど?」
「会長が胸の話をスルーした……!?」
「ツッコミが追いつかないんだよ! 拾ってこないで藤原さん! あと舞それどこで覚えてきたんだよ!」
「お姉様のご友人から」
「おっと姉上?」
弟の視線から逃れる姉。心当たりしかないということが明らかである。萌葉もこれは流れに乗るかと判断し、小野寺姉妹に接近。どんな友人でどういう流れでそんな話になるのか聞き始めた。ノリノリできたことに麗すら困惑し、混沌が形成された瞬間だった。
「……会長」
「どしたの?」
小声で呼ばれ、圭に耳を傾ける。場が盛り上がってるため、気づかれる心配がないと判断したようだ。
「やっぱり……む、むね……気にする?」
「…………いや、だから前に言った通りだって。それより白銀さん、そのパン貰っていい?」
「ぁ、うん。私食べないし」
「ありがとう。障害物競争見てたよ。練習の成果出ててよかったよ。おめでとう」
「うん……。会長のおかげ」
圭が取ってきたパンは、陽の好みのパンだ。それを頬張り、幸せそうに食べる陽を見て、圭も小さく微笑む。これが見れるだけでも、狙ってみた甲斐があったなと。
「萌葉さんは、気づいてますよね?」
「何のことかな?」
「……お兄様のことです。とぼけないでください」
「ごめんごめん。やっぱり家族だと分かるんだね~」
「お姉様が最初に気づいて、お兄様と話をされているのを聞いて知ったんです」
自分の力では気づけなかった。その事が悔しくて、舞はスカートに皺を作っていく。
「会長も隠すのが上手いからね。学校だと、私以外気づいてないと思う」
「……お兄様のこと、お願いします」
正直、重たいなと思った。何をどう頼まれたのかも詳細が不明だ。まだ小学6年生の少女に、そこを求めるのも酷というもの。萌葉は陽と並んで微笑む親友を見て、仕方ないかと1つ深呼吸を置いた。
「任されました」
着陸はさせる。
たとえそれが、姉妹の願いからズレたとしても。
前回の更新が夏ってことにめっちゃビビってます。
時間に余裕が生まれそうなので、ゆっくりと更新をしていきたいと思います。