息抜き程度に脳死で書いてる作品ですが、モチベーションに繋がっております。まじ感謝。
腕を組んで立つ少女。彼女はにっこりと美しい笑みを浮かべているのに、誰も見惚れることなく、むしろ恐怖心を抱いて視線を逸らす。そんな彼女の目の前には、ぽりぽりと頬を掻く迷子少年がいた。
「なんで怒ってるかわかる?」
「館内放送で名前を呼ばれたからかなー」
「そうだよ。別に他の誰に気づかれるわけでもないけど、すっごい恥ずかしかったんだから! 係のお姉さんの生暖かい目もキツかったんだから!」
「本当にごめん。流れでそうなっちゃったからさ……」
「電話くれたらよかったじゃん! わざわざ館内放送じゃなくていいじゃん!」
「その手があったか」
「バカなんだからー!」
萌葉が纏う気配は最悪なのに、その怒る仕草は可愛らしい。それで和んでいてはさらに怒られるだろうし、火は早めに消すに限る。陽は油を注がないように気をつけながら消火に努めた。
「はぁ。会長らしいと言えば会長らしいんだけどね~」
萌葉もそんな引きずるタイプじゃないというか、比較的早くに切り替えられる人間だ。言いたいことを言ってスッキリすれば終わり。サバサバしてるところは彼女の美点でもあり、場合によっては欠点にもなる部分。陽も「ならばどうするか」とすぐに次のことを考える性格のため、結構馬が合う部分だったりする。
それに、一部始終を見ていたのだから怒るようなことでもない。文句を言いたくはなったから言っただけだ。
「会長ってすごい視野が広いよね。他の誰も気づいてなかったのに」
「
「頭もズレてるもんね!」
「ハゲみたいに言うな!」
ツッコミも少しズレていた。
「とりあえず、圭ちゃんには連絡してるし、さっきのところに戻ろ。私よりご機嫌斜めだと思うよ~」
「白銀さんの名前は余計だったよな……失敗した」
「ちなみに阿天坊くんがハブられたのは後輩だから?」
「正解」
「館内放送聞かれてる時点で意味ないね!」
「……ほんまやん」
思わず関西弁が飛び出してしまった。関西に住んだことはないし、前世も関西人ではなかったのに。ちょっとした関西弁の飛び出しやすさはなんだろうか。「せやかて工藤」とか代表格やで。
「ねっ、かーいちょ」
「どした?」
後ろで手を組みながら隣を歩く萌葉をチラッと見る。さっきの表情を忘れさせるほどに機嫌がいい。学校で見るよりも綺麗さが増しているのは、メイクをしているからだろう。その事も言及しないとなと頭の片隅で準備した。
「いつもありがとう」
「急にどうした。
「うん。だからだよ。圭ちゃんも阿天坊くんもいない今だから言っとこうって」
何かを企んでいるような笑みでもなく、愉しんでいるような笑みでもない。そこにあるのは純粋な感謝からくる笑み。萌葉がなかなか見せない表情だ。人によってはよく見ているだろうが、陽はあまり見ていない。
「私たちって、こーいうのじゃないじゃん? 2人とも好き勝手する担当というか」
「……まぁ。演じてる気はないけど」
「あはっ! 私もそのつもりはないよ。道化なんて私たちには無理だし」
自分の立ち位置と役回りを認識するとしたら、それに当てはまるというだけ。
「私たちの関係は2人の前だとコンビって感じだから。こういうこと言うのは、2人だけの時じゃないと」
「藤原さんがそこに拘るならの話だけど」
「……拘ってるわけじゃないけどね」
「え?」
「ううん」
エレベーターで上がればすぐなのに、少し話す時間を作りたかったからエスカレーターを選ぶ。陽を無言で手招きして、それに合わせてくれるから結構楽だ。先にエスカレーターに乗り、振り返って陽を見下ろす。いつもとは逆だ。律儀に一段開けていて少し距離を感じる。萌葉は一段降りてその距離を無くした。
「会長のおかげで、圭ちゃんすごく楽しそうなんだ」
「いやいや藤原さんが側にいるからだろ」
「ううん。会長が生徒会って場所を作ってくれたから」
上の階に着き、エスカレーターから降りる。もう1つ上の階上がらないといけない。くるっと回って次のエスカレーターに乗り込む。今度もまた一段開けられて、萌葉がその距離を無くす。開けなくていいのにと萌葉は思うが、陽からすればこの距離は心臓に悪いのだ。煩くなる鼓動に気づかれないか不安になる。
「歴代会長って、なんでかみんな男子でさ。古臭いよね~」
そういう決まりこそないものの、秀知院学園の生徒会長は中等部も高等部も代々男子生徒が務めている。過去には決まりがあったかもしれないが、今は校則どれだけ見てもそんな記述がない。しかし、未だにそんな空気が残っていた。不要な空気だけが。
「だから、会長が会長してくれて本当に感謝してるんだ~」
「俺もやりたかったから。うまいこと噛み合っただけだ」
「それでも、指名してくれたのは会長だから。ありがとう」
「……どういたしまして?」
お礼を言われるほど綺麗なものじゃない。陽には陽の目的があってやったことだから。利害の一致で出来上がったのが今の生徒会。だから、陽は素直にそのお礼を受け取れず、疑問形にして誤魔化すしかなかった。
「俺はさ……」
「うん?」
「……俺は藤原さんにも笑っていてほしい」
「っ。あはは、私はたぶん1番楽しめてるよ」
「それもそうか。ならよかった。それと……その、いつももだけど、今日は一段と綺麗だな」
「っ!! ……かいちょー。言いながら照れてる。かわいい」
「ふ、藤原さんだって」
「かいちょーのせいだよ。でも、ありがとう」
ちょっぴり勇気を出して言ってみた。圭とか阿天坊相手ならさらりと言えるのに。好きな子が相手だと言いにくい。
けれども萌葉は萌葉で日頃から楽しそうにしている。陽と同じように好きに動いている。誰よりも笑顔を見せているのは間違いないだろう。種類も豊富だけど。今だって、これまで見たことないほど眩しい笑顔だ。
萌葉は陽に背を向けて、1つ上の段に移動する。陽と萌葉の間ではこういうやり取りは「らしくない」ものだ。それはつまり耐性がないということ。萌葉は妙に気恥ずかしくなっていた。
圭たちがいる階へとたどり着き、別れた場所に移動する。2人はそこにいて、恨めしそうに陽を見る阿天坊と、機嫌を損ねている圭が待っていた。言わずもがな。館内放送のせいである。
「会長。何があったかを教えてもらおうかな」
「迷子です」
「……その子はご両親と会えた?」
「会えてたよ」
「うーん、ならいいや。館内放送のことは萌葉が先に言ってるだろうし」
「え、迷子の子って言葉出てきてませんでしたよね?」
「圭ちゃんさすが~」
誰かのために動いたという前提で、迷子というワードが出た。それなら、迷子の子を助けたということだろう。圭の中ではそういう推測が出来上がり、それを踏まえての会話。それが見事に成立したというわけだ。
(合っててよかったぁ~)
内心では合ってたことにほっとしている。外れてたらこれほど恥ずかしいこともないのだから。
そんな事情を悟られないように、圭はこれぐらい当然だと言わんばかりに堂々とする。築き上げられている白銀圭という像を保つためにも。
「お詫びにご飯を奢らせていただきます」
「やった~。会長の奢り~」
「ただし阿天坊テメェは例外だ!」
「でしょうねぇ! 別に構いませんけど」
「会長」
「いや冗談だから。みんなの分奢るから」
「……そういうことじゃなくて」
別にお詫びとかいらない。普段から言ってることで、今回も迷惑をかけられたとは思っていないのだから、そんな事はしなくていいと圭は思っている。ただまぁ、陽が決めてしまったのなら引き下がるしかないことも知っている。いつもは提案で、だから断ったら何もなし。けれど今回は宣言だ。こうなったらどう言っても聞いてくれない。パパ活の達成もあるから尚更に。
眉をひそめる圭に、ごめんねと一言謝る。2回も待たせたことと、奢ることになったことを。その意味合いを読み取り、圭は困ったように笑った。仕方のない人だと。
「お昼どこにするか決めてくれた?」
「うん。こことかでいいかな? いろいろあるし」
「ビュッフェか~。圭ちゃんこういうの好きそうだよね。いろいろ食べられるから」
「萌葉は一言余計」
「ごめんごめ~ん。いやー、人の金で食べるビュッフェは格段に美味しいだろうね!」
「いい性格してるよほんと」
「会長ゴチになります!」
「阿天坊も潔いなぁ」
昼食代を全員分払うとなれば、当然そのビュッフェでの料金を払うということに。その事を今ようやく結びつけた圭は、違う店にしようかとパンフレットを見直した。
「これぐらい別にいいよ」
「でも……」
「それに、ほらあれ」
「「ビュッフェ! ビュッフェ!」」
指差した先には、周囲の視線を集めるほどにはしゃいでいる2人が。
「盛り上がってるし」
「遠慮を知らないのかなあの2人」
「別にいいんじゃない? ビュッフェなら好きなものを食べられるし、人の好みで店を悩む必要もないし。待ち時間はあるだろうけど、この4人なら気にならない」
「……会長がいいならそれで」
圭もなんとか納得させられたところで、盛り上がっている2人を放置して映画館へ向かう。それに気づき、ドタドタと賑やかな足音を立てながら萌葉と阿天坊が追いかける。
「チケット発券は私がいないとできないんだけど」
「それはたしかに」
「2人ともせっかちなんだから~」
「いやあの場に残り続けたくはなかった。というか同じグループとか思われたくなかった」
「え、それ会長が言うんですか?」
あまりもの「おまいう?」案件に阿天坊もびっくり。姉がTSさせようとしてきた時と同じくらいにびっくりだ。思わず口からスルスルと言葉が滑り出してしまった。
「はぁ。なんでこの生徒会ってまともな人いないんだろ」
「ブラコンに言われてもなぁ」
「萌葉何か言った?」
「なんでも~」
なるほどたしかにまともな人間がいなかった。これは後輩の自分がしっかりせねばと阿天坊は気を引き締める。
「今さらだけど、どんな映画観るの?」
「うーん、サバイバルアトラクションかなぁ」
「それ白銀さん楽しめる?」
「話が面白ければそういうのでも大丈夫」
「会長って圭ちゃんに過保護だよね~」
「藤原さんがブレーキ踏まないから」
「夫婦漫才してないで飲み物とかポップコーンとか買いに行きません?」
「「そだね~」」
「ツッコまないの!?」
ツッコミどころがあっただろと圭は言及するも、陽と萌葉はいちいち反応しない。むしろ、当人たちの感覚では流した方が面白いと判断されたようだ。なぜか反応した圭がおかしいという雰囲気が出来上がり、納得できないと言いたげだ。
「会長ご機嫌直してきてください」
「人をなんだと思ってる?」
故障を直せぐらいの感覚で言うのは、圭に失礼だろうと注意する。会長という立場上、何かしらが起きたらその責任を取ることに異論はない。それぐらいやってのけるつもりだ。
「白銀さん怒ってる?」
「別にこれくらいじゃ怒らない。2人がよくやることだし」
「だよな」
4人で並ぶのは邪魔だろうということで、買うのは萌葉と阿天坊に任せる。ポップコーンの味はおまかせにして、飲み物だけは指定した。列から離れ、わかりやすい場所で待機。新作映画が出たこともあってか、相当な人の多さだ。チケットを先に抑えていた萌葉には頭が上がらない。
「白銀さん。いつも以上に綺麗だな」
「……まぁ。萌葉とメイクして行こって話になったから。失敗してなくて安心した」
「普段してないしな」
「うん。興味はあるけど、あまりお金かけたくはないし。男子ってあんまメイクに印象良くないじゃん。夢見過ぎって思うけど」
辛辣だなぁと思いつつ、女子からの貴重な意見をありがたく受け止める。精神的な成熟は女子のほうが早いと言われており、それは考え方の違いも出てくる。いわゆる大人の考え方というやつだ。同年代女子の視点や価値観の参考として、圭の意見を聞くのは十二分に価値がある。
それを記憶に留め、列に並んでいる萌葉と阿天坊に視線を向ける。合流しやすくするように、せめてこちらからは把握しておくべきだから。そうしておきながら、少し気になったことを圭に聞いた。
「そうなー。人によるだろうけど……、白銀さんでも男子の目気にするんだ?」
「ぇ……。一応ほら……プライベートだし」
「2人はどうであれ映える気がするんだがな」
「ありがと」
お礼を言いながら視線を逸らした。こういうところが、周囲からの人気がある要因なのだろう。相手を褒めることや感謝の気持ちなど、相手が聞いていて心地よくなることを臆することなく伝える。それが陽の人気の理由で、陽が会長になれた一番大きな要因。
むず痒い気持ちを落ち着かせるためにそんな事を考える。今2年生で生徒会長ということは、就任時は1年生。高等部なら珍しくもないが、中等部では事例が少ない。高等部への進学は、普段の成績で決まるために受験勉強などいらないのだ。せいぜいが、3学期にある進学テストに向けてのテスト勉強ぐらい。その備えは、要領が良ければ任期終了後で間に合う。そして、生徒会長になれる人はそれぐらいできる人だ。
だから、認知度的にも本来なら陽は不利なはずだった。会長になるのは難しいという通説があった。それを覆したのは、彼の人柄と普段の様子と熱心な選挙活動のおかげだろう。
そういうふうに圭は捉えているわけだが、陽だって人間だ。圭に言ったときのように、さらっと同じことを萌葉に言えるかと言うと無理だ。恥ずかしさに悶える。
「買い終えたみたいだな。合流しよう」
「そうだね」
萌葉と阿天坊との合流を済まし、チケットも発券していざスクリーンへ移動を開始。オンラインの強みとしては、先に席を指定できるから見やすい位置を確保できることが挙げられる。今回もそうで、スクリーンのほぼ真正面。高さも程よく、首が疲れる心配もない。
席順は奥から阿天坊、陽、圭、萌葉の順番に。萌葉の露骨な行動に圭は一瞬だけ渋い顔をした。圭は別に、陽のことが異性として好きなわけではないのだから。
そんなことも言ってられず、大人しくそこに座って上映開始を待った。他の映画の予告やら注意事項が流れ、いよいよ本番。萌葉が見たがっていた映画が始まる。
(……これ……ホラーじゃねぇか!!)
サバイバルアクション。なるほど嘘は言ってない。生き残りをかけた物語だ。戦いもする。ただ、一番言っておくべき「ホラー」の要素が欠けていた。
ちらっと横を見る。萌葉の目が明らかに輝いていた。もう既に映画の世界にトリップしている。率先して計画を立てて準備していたのだから、当然といえば当然のこと。ちらっと反対側を見ると、阿天坊も目を輝かせて見ていた。萌葉と違って、こちらは構成や映像の分析を嬉々としてやっている。
さて、残りの1人である圭なのだが。
(萌葉の嘘つき……!! これただのホラーじゃん! 先に言ってよもう!!)
完全に嵌められていた。ホラーは好きというわけじゃない。どちらかと言えば苦手な部類だ。萌葉の影響である程度の耐性があるのだが、今回はそれを超えている。気を紛らわせるためにポップコーンへと伸びる手も、心なしか震えていた。
ホラーシーンではビクビクと反応する。陽はそんな様子を見て気を紛らわせていた。この男、ホラーが苦手な人間である。
プルプルと震える手を手すりに伸ばす。そこには圭の手があり、自ずと重ねられた。陽も圭の手があるとは思っておらず、映画には関係ないところでビクッと2人が反応する。
(会長驚かさないでよ……!)
(マジビビった……)
ただの事故である。
どちらも相手の手が震えていることに気づき、暗がりの中で目を合わせる。小さくこくりと頷き合い、手の位置はそのままに。圭が手の向きを変え、手のひら同士が重ねられるようにして映画を乗り切るのだった。
陽は最終的には面白かったと笑顔で言うタイプであるため、上映後に圭は裏切られた気持ちになって陽の足を踏んだとか。