本当に嬉しいのです。
梅雨の時期というのは、どうにも雨が降る日が続いてしまう。日本ほどの降雨量は世界全体を見渡しても稀というか、日本以外にはない。自然環境にとても恵まれた土地だ。
しかしまぁそこで生まれ育ち、何年もそこにいると慣れてくる。贅沢の悩みというやつで、連日の雨を嫌う人も少なくはない。それでも、雨に喜ぶ人もいるわけで、生徒会役員にもそんな人物がいた。
「雨はエロスを引き立てますよね」
「いきなり何言ってんだこいつ」
生徒会室にある大型テレビとノートパソコンを接続。ツイッターを開いて大画面でTLを眺め始める。女性陣がいないからこそできること。映し出されている映像には、雨をテーマにしたイラストの数々。その多くが下着の透けている少女イラスト。このアカウントの持ち主がどういう人をフォローしているのかよくわかる有様だった。
「ほら。雨で制服が濡れるんですよ。いろんな人がこれ描いてる!」
「けど阿天坊。これみんな巨乳じゃん」
「ちっぱいで描いてくれる人がいないんですよ!! 僕は求めているのに……! どれだけ探しても全然見つけられない! ちっぱい描いてる人も、雨ってシチュの途端巨乳にするんだ! どうして……!!」
「ないなら自分でやるってのがオタクじゃなかった?」
「僕は! 人が描いたものを見たいんです! 供給する側ではなくされる側がいいんです!」
「わがままだなぁ」
タイムラインがスクロールされていっても、阿天坊の言うとおり全然ちっぱいイラストがない。不思議なものだ。
「秀知院中等部の制服があるじゃないですか」
「白銀さんを変な目で見たら殺す」
「3次元での供給は求めてないです。っていうか、会長ってほんと白銀先輩のことになると過敏ですよね。好きなのは藤原先輩なんですよね?」
「そうなんだがな」
エアコンのスイッチを入れて除湿を始める。湿気がなかなかに鬱陶しい。
「まぁ、白銀さんとはちょっとあってな」
「へー」
面倒そうな気配を察知してその話題から離れる。前々から気になっていたことだし、それのせいで面倒な人間関係を構築されてほしくはない。けれど、知り過ぎると身の振り方に困ってしまいそうだ。
陽もそれを話す気はなかった。知られたくない話というわけでもないが、圭がどう思うかはわからなかったから。机の引き出しからスーパーボールを取り出し、壁打ちを始める。
スーパーボールを投げ、壁に当たって跳ね返ってくるボールを掴んでは投げる。それを3球でやる。これが長篠の勝敗を分けた三段撃ちだ。
「会長の過敏な反応のせいで逸れましたけど、秀知院の制服って白じゃないですか。高等部は黒ですけど」
「暑そうだよな」
「僕らは黒ですけどね!」
「女子だけ白だもんな。で、それが?」
「会長は疑問に思わないんですか?」
「なにを?」
三段撃ちを止めてモニターを見る。相変わらずさっきから制服女子のイラスト画像だらけだ。
「秀知院の制服はこんな風には透けないんですよ!!」
机から鈍い音が響く。そこには阿天坊の手が悔しそうに打ち付けられていた。
「そんな悔しがる?」
「他校の制服では透けて見えるそうです。雨に濡れた日にはこんなイラストのようになるらしいんです!! それなのに! 秀知院の制服は透けないし雨に濡れたところでそのガードが崩れない!! 不公平です!」
「振り切った変態だな!」
「変態と一緒にしないでください!」
「何が違うんだよ!?」
TLのイラストを眺めてみても、今の話を思い返してみても、どう考えたって変態としか言いようがなかった。
「いいですか? 変態というのは、例えば下着を盗んだり、下着を見て性的興奮を覚えるような人のことを言うんです。僕は、下着が透けて見えるというシチュエーションを欲しているだけなんです!」
「お前さっき3次元での供給は求めてないって……」
「1回ぐらい下着が透けて見えるというシチュエーションを体験したいって思ってもいいじゃないですか……! 1回だけでいいんです! そんなわけで生徒総会では新制服を提案しましょう」
「しねぇよ?」
「なんで!? すでにそれに向けた資料を作成してるのに!!」
「最近目にクマを作ってたのはそれか! 寝ろ!!」
目にクマを作っていると「うちの兄を連想するから嫌」と圭に言われる。阿天坊はまだ直接は言われてないが、陽はどうにかならないかと圭に相談されていた。
下手に探りを入れてもなと困っていたのだが、原因がたった今はっきりした。無駄な努力をしていたようだ。悲しいかな。制服への不満の声など上がっていない。せめて女子の意見を集めてこいという話である。
「ぐっ! かいちょっ! 殺す気ですか……!」
「殺さん。ちょっと意識を飛ばすだけだ」
「わぁ~。会長と阿天坊くんがくんずほぐれつしてる」
「言い方に悪意しかないな!」
「テレビ点けてるなんてめずらし……。これどっちの?」
「状況から見てわかるだろ」
「男の子だね~」
犯人である阿天坊だけでなく、陽にまで萌葉の言葉が刺さる。決して望んでこれを点けさせたわけではない。あらぬ誤解を急いで解かねば。
「隙あり!」
「うおっ!?」
萌葉の言葉に動揺した陽を一本背負い。オタクといえど身体能力は無駄に持っているのだ。
「藤原先輩のその誤解は不名誉です!」
「ほほう? では被告の弁を聞きましょう!」
「これはたしかに僕のTLではありますが、下着が透けてる巨乳の子が見たいという願望はありません! 僕は巨乳じゃなくてちっぱい派です!」
「何を不名誉に感じてんだよ……」
「そういえば、胸の小さい人が好きって話だけど、それは成長中の子も含まれるの?」
「すべてのちっぱいを愛する所存です」
堂々たる宣言。恥ずべき発言。それでも引き下げない言い分。
「くっ、なんて決意なの……!」
なぜか萌葉には効いていた。
「いいですか? 成長中のちっぱいはそこに希望が詰まってるんです。可能性という名の希望が」
「それ成長止まった途端絶望になってない?」
阿天坊の話を聞き流しながら、陽は起き上がって生徒会室のドアへと向かう。
「いいえ。ちっぱいこそ至上! 胸の成長が止まった時、その人は美を完成させるのです! 白銀先輩のように!」
「あ、圭ちゃんが代表例なんだ」
「もちろんですよ。あの人ほど完璧なちっぱいの持ち主はいません。あ、別に異性として好きになるとかはないですよ。ちっぱい同盟の一員としての意見なだけですから」
ちっぱい同盟とは。正式名称「この世の至上にして絶対たるちっぱいを愛する同盟」。略してちっぱい同盟であり、俗称を貧乳同盟という。これに対を成すのが巨乳連盟である。秀知院学園中等部だけでなく、高等部までにその勢力は拡大し、密かに中高の男子を二分している。ちっぱい同盟名誉会長は白銀御行である。なお本人は知らない。
「あの人はたしかに容姿端麗です。人に手を差し伸べる優しさ、自分に厳しく努力を惜しまないカッコよさもあります。ですが、それらの魅力を纏め上げているものこそ! あの慎ましやかなちっぱいなのです!」
「別に圭ちゃんの魅力を語るぐらいならいいんだけど、私の圭ちゃんに変な影響が出るなら見過ごせないよ」
「もちろんそんなことは──」
「圭ちゃんを汚していいのは私だけだから」
「藤原先輩のほうが悪では!?」
いったい萌葉は何を言っているのか。陽はツッコミたい気持ちを抑えて無視する。
「あの、会長。なんで私の耳を塞いでるの?」
「聞かないほうが良さそうな話してたから」
過保護かもしれない。けれど、圭は聞かないほうがいい話だと陽は判断した。だから圭の耳を塞いでいたのだが、萌葉の気持ちも少し分かってしまう。秀知院学園という場所にいながら、汚れることなく純粋さを保つ彼女を汚してみたくなるというのは。言い方を変えれば、独占したくなるという気持ちが。
圭に変な人が寄り付かないように気をつけようと決めつつ、むくれる圭から手を離す。気を遣ってくれるのは嬉しいが、仲間外れみたいで嫌だった。
「このイラストだけどさー。制服着る時にこんな派手なブラ使わないと思うんだけど」
「そこは作者の願望とか夢がですね」
いつの間にか品評会に変わってる。萌葉と阿天坊が意見を交して50点ずつの判定を出してた。合わせて100点満点。今のイラストはエントリーナンバー3番だった。
「会長。なんで私の目を塞ぐの?」
「白銀さんは見ないほうがいいかなって」
「なんか変な会話が聞こえてきたんだけど」
「気のせいだよ」
萌葉と阿天坊を睨みつけると、やれやれといった調子で品評会が中止に。テレビの電源が落ちたところで圭の目から手を離す。
「もう、会長のバカ。それで、2人は何してたの?」
「阿天坊くんのTLに流れてくるエッチなイラストの品評会」
「「おい!!」」
隠した意味がなかったし、誤魔化すはずが裏切られた。しかも今の言い方からして、標的になるのは阿天坊のみ。被害を最小限に抑えることはできたが、なかなかに酷いムーブである。
「……阿天坊くん」
「……はい」
「男の子だし、仕方ないのかもしれないけど。ここでそれを大画面で見てたことには見損ないました」
「ガハッ……! 会長……辛いです」
「今日は早めに帰──」
「ひゃぁっ!?」
阿天坊に帰るように言おうとしたが、外では雷が落ち始めた。大雨どころか雷雨らしい。雷の轟音に萌葉が悲鳴を上げてお腹を抑える。
「藤原さん大丈夫?」
「うぅっ……。雷は苦手なのぉ……」
「かわいい」
反射的にぽろっと本音が出てしまった。
「なんでお腹抑えてるんですか?」
「雷に取られるでしょ! 馬鹿なの!?」
「えぇ……」
「きゃぁぁ! また鳴ったー! やだぁかいちょー助けてぇ」
ここまで弱気な萌葉を初めて見た。いつもとのギャップ。さらに助けを求められたことで陽はグラついた。
「雷切ってきてぇ」
「死ぬがな」
持ち直した。
「会長ならできるから! 自分を信じて!」
「黒焦げになる。それにしても、この雨だと歩いて帰ったりは無謀だな」
「タクシー呼ぶのが賢そうですね」
「あはは! 阿天坊くんその発言がバカッぽひゃぁあ!?」
「人を馬鹿にするから雷がなるんです」
「そんな理論おかしい!」
どんな状況でも賑やかなのはいい事だが、これでは話がなかなか進まない。楽しむのは陽も大賛成だが、これだけの雷雨では帰るだけでも一苦労。下手したら怪我の恐れもある。女性陣を危ない目に合わせるわけにもいかない。
「あ、お姉様だ」
「千花姉から?」
「タクシー呼んだから一緒に帰ろうって」
「それがいいんじゃない? 白銀さんも家の方向が途中までは一緒なんだろ? 乗せてもらえば?」
「え……。私は電車で帰るから」
「今運行止まってますよ」
「しばらく待てば復旧するでしょ」
たしかにタクシーで帰るのも1つの手だ。この雨の中なら最適解とも言える。けれど、圭は余計なお金を使いたくはなかった。電車なら定期を使える。復旧さえしてしまえば余分な出費なく帰れるのだ。
そして、奢ってもらうのもありえない。一緒に乗れば萌葉と千花はそうする。圭はそれも遠慮したい。
「でも白銀先輩。この雨だと傘してても制服濡れますよ」
「雨の中の登下校は今さらな話だよ」
「いえ。これだけ雨風が強いと、腰から上も濡れます。うちの制服でそうなると体のラインがはっきり出てしまいます。女性専用車両を使ったとしても、それ以外の場で手を出されかねません」
「走って逃げるし、声出して周りに助けを求めたらいいじゃん」
「周りに男性しかいなかった場合、それが有効かはわかりませんよ」
「え?」
阿天坊の性犯罪への意識は、友人から聞かされるAV作品のせいでだいぶ偏見が強かった。しかし、今回はそれがうまく効果を出している。たとえAV作品の世界だろうと、人が考えたことならそれが現実となる可能性は捨てきれないのだから。
「決まりだな。白銀さん、今日は車で帰って」
「会長まで。2人とも大袈裟だよ」
「君にもしものことがあったら、ご家族に申し訳が立たない」
「……」
「別にタクシーで帰れとは言ってないしな」
「会長……いいの?」
「今回はやむを得ないから」
萌葉は申し訳なさそうに声をかけたが、陽はもう決めてしまった。やる事としては難しくない。陽が家に電話して、車で迎えに来てもらう。圭もそれで家まで送り届けるだけだ。
小野寺は一応使用人が2人いる。父親が見栄を張って雇ったのだ。家のちょっとした騒動により、使用人も父親派と母親派に別れた。車の運転は父親派の人間の仕事。派閥みたいに言っているが、その2人は毛嫌いとかしてない。どちらの意見を優先しやすいかというだけ。
ただし、陽が使用人たちの力を借りればその事は父親の耳に届く。いらぬ諍いの元を作ってしまう。姉の麗がどっちも馬鹿だと言うように、父親は陽が関わると過敏に反応する。
萌葉は細かいことまでは知らない。以前に、使用人たちの力は極力借りたくないと陽から聞いているだけだ。
「会長の迷惑にかけたくないし、私はいいから」
「よくない。迷惑でもないから」
結局圭が押し切られ、小野寺の車で帰ることに。萌葉は姉の千花からの連絡を受けて先に生徒会を後にし、タクシーを呼んでいた阿天坊もそれで帰る。なぜか姉が乗り込んでいて絶叫したのは誰も知らない。
「……会長は、なんでいつも私にそうするの?」
「鬱陶しかったら言ってくれ。やめるから」
「鬱陶しいわけじゃないけど、過保護だなって思う。同じ年なのに、子供扱いされてる気がする」
「…………過保護、なんだろうな。気をつけるよ」
自覚はしている。阿天坊にも萌葉にも言われているのだから。
圭を守っているつもりはない。それは圭ではなく萌葉にしたいことだ。圭とは友達でいたいだけ。異性の友情を育むだけなんだ。
「質問に答えて、会長。なんで私にそこまでするの?」
気の強さを表すような釣り目。秀知院では珍しいとすら言えるほどに純粋で綺麗な瞳。それが陽の目を真っ直ぐ捉えてくる。
陽はそれから目を逸してスーパーボール三段撃ちを開始。反射能力を鍛えられるし楽しいのだ。それもすぐに圭に没収された。見事な回収劇である。
「答えて会長」
なぜそうするのか。そこにどんな感情があるのか。圭はそれを聞き出そうと思った。
自分と萌葉が睨んでるように、陽の好意が向けられているのか。それとも別の何かか。もし違うのなら。
「生徒総会に向けての資料ってどうなってる?」
「会長! 先に質問してるのは私!」
「……それを答えたとして、何か意味があるの?」
「意味なら……! 意味なら……」
答えを得られる。けれど、知ってもいいのだろうか。
自分のことが好きなのかを確かめたい。それを確かめてどうなる?
合ってたとして、なら付き合おうとなるのか。今現在でそんな気はないのに。
そのはずなのに、違ったとしたら。自分のことを好きじゃないとしたら。そう考えると怖くなる。ならばなぜ過保護なのか。小野寺陽という人間がわからなくなる。
本当に? 怖くなるのはそれだけか?
「今度高等部に行こう。生徒総会でやらかすわけにはいかないから」
「……うん」
答えないことが答え。
圭は無意識のうちにそれに気づくことを避けた。防衛本能の働きか。女の勘か。
なんにせよ、それが無ければこれまでの関係を保てなかっただろう。
高等部にお邪魔するよ!
あの人やあの人も出てくるよ!