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秀知院学園高等部。それは中等部から歩いて5分の場所に位置する。あまりもの近さにコンビニ感覚で立ち寄ってしまう生徒もいるとかいないとか。精神的な成長が男子より早い女子とか、高校生というフィルターによってそこに通う男子生徒が輝いて見えるらしい。白馬の王子様がいると言ったちっこい生徒とか。これってつまりコンビニに出会いを求めているだけでは。コンビニでの運命の出会いとか小説でも稀有じゃん。
それはともかく、真面目にOB訪問をする生徒もいるのだ。距離の近さから、アドバイスを貰いに行くのも気楽なのである。部活動だけでなく、生徒会もそうだ。
この日も、秀知院学園中等部の生徒会会計。白銀圭が高等部の生徒会室に訪れていた。
「あらかわいいお客さん」
多少のあどけなさを残しつつ、子供から大人へと成長し始めている顔。整った容姿と体の線の細さ。人形のようだと言われることも多々ある。
そんな彼女を前に、高等部の生徒会副会長の四宮かぐやは滑るように言葉を発していた。
「初めまして。中等部の生徒会会計、白銀圭と申します」
「高等部で副会長を務めています。四宮かぐやです。よろしくお願いします」
丁寧な挨拶に、かぐやも上品さが染み付いた挨拶で返す。意識しているのではなく、勝手に品が出ている。その事に圭は感服した。
(しろがね……白銀!? 話に聞いてた会長の妹!? 面影あるある!!)
かぐやの内心は品の欠片もなかったが。
「あの、会長の白銀御行は留守でしょうか?」
「会長に御用がおありでしたか。会長は今部活連の会議に出ています」
「部活連の会議って……」
その昔。秀知院学園高等部の生徒会長を外部入学の生徒が務めた時のこと。部活連の会議で少しばかり失礼を働いてしまい、その人の父親の勤務先がカンボジアに飛ばされたのである。この話は多少の尾ひれがついたものの、中等部にまで話が広まっている。一種の伝説として。
「えぇ……大丈夫かなぁ……」
その事を心配する圭を見てかぐやは即断した。ここで好印象を掴んでおけば、御行の外堀から埋めていけると。そのために彼女との仲を深めようと。
圭を使うという点では陽と同じなのだが、かぐやの方が何倍もやり方がうまい。詰め方をしくじった陽もかぐやの爪の垢を煎じて飲めばいい。いや飲め。転生してやり直せ。
「大丈夫ですよ。何かあっても、四宮の名にかけて私が全力で会長を守りますから」
頼りになるアピール!
四宮家の名前は当然圭も知っている。その影響力は、自分の想像もつかないほどのものだとも。その四宮家の人間が兄の味方をする。これほど心強いものはない。
「あ、いえ。そっちじゃないです」
「へ?」
だが圭が懸念しているのは御行のことじゃない。雀の涙程度に心配するものの、兄なら何とかできるだろうとも思っている。圭が心配するのはそれではないのだ。
「うちの会長がそこで何かやらかさないかなって」
「うん!? ま、待ってください。完全部外者ですし、そこに混ざることはないと思うのですが」
「うちの会長はそういう場所にひょっこりいてもおかしくない人なんです」
「いったいどういう人なのですか?」
「バカです」
「はい?」
「会長を簡潔に表すなら、バカなんです」
かぐやは笑顔のまま固まった。冷静に整理がしたい。中等部とはいえ秀知院学園。馬鹿が務められるような役職ではない。けれど圭が嘘をつく必要などない。というか本心で言っているのは読み取れる。余計にわからない。
「会長とここに来るつもりだったんですけど、目を離した途端いなくなってしまって」
「子供ですか!?」
「慣れてない場所だと迷子になるのに。この前も館内放送で呼ばれて」
「じゃあ会長の名前は小野寺陽で合ってる?」
「いたの!?」
妙なタイミングで石上が会話に参加。部屋にいたことを知らなかったかぐやは、一番驚いていた。
今の石上の言葉からして、その館内放送を聞いていたことは明白。圭は恥ずかしさのあまり顔を手で覆い、かぐやの冷酷な視線が石上に刺さる。
「ご、ごめんなさい。忘れます」
「いえ……全部会長が悪いんです……」
「苦労してるんですね」
「はい。子どもっぽいどころか子どもで。いっつも何かで遊んでて、勝手に買い物してきますし。今度の総会でそこを突かれるのは分かってるはずなのに」
「ちょっと資料見てもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
石上が圭から資料を受け取り、パラパラと目を通す。かぐやもそれを横目に見ていた。内容はすべて頭に入り、ひとまず石上の意見を待つ。
「スクリーンに映し出すなら、ここの表記ズレとか直したほうがいい。予算削減を訴えたいなら、各部の予算の前年のデータとかあったほうが効果的。そうなると、たしかに生徒会の予算の使い方を突っ込まれるだろうけど」
「ですよね……」
「生徒会長を務めてる程の人なら、そこもわかってるはず……わかっててやってるなら、クセ者か」
「私は好印象ですけどね」
「四宮副会長?」
石上の意見を聞き届けてからかぐやは口を出した。今の資料から、小野寺陽という人物像を構築。かぐや程の人間であればその精度は高く、実像とのズレも小さくなる。
「彼は実力主義の人間で合ってますよね?」
「あ、はい。合ってます」
「予算のデータ。生徒会は前年のがあったので助かりましたが、予算が少ない中での浪費ですね。私がいた頃より減ってますし、それでいて実績を出している。他を黙らせるには有効でしょう」
次を見据えてのプランニング。資料を見れば明らかだ。それは今期の生徒会が発足した時から作られている。もしかすると、会長に立候補した時からかもしれない。
やはり秀知院学園の生徒会長。子供の性格だとしても、ただのバカではないらしい。
「彼を信じてあげてください。その方は先を見据えて行動できる。そして確かな実力も備えている。周囲が思ってるよりも強い人です」
「……はい。それは……わかってるつもりです」
「そうでしたか。少し差し出がましいことを言ってしまいましたね」
安心させようとしたが、余計なお世話だったか。そう思ったかぐやの言葉を圭を首を振って否定する。そう言ってもらえて嬉しかったと。自分が一緒にいる人が褒められると嬉しい。かぐやや石上にもその気持ちはわかった。
「あれ~? 圭ちゃん! こんにち殺法!」
「こんにち殺法返し!」
シリアスな空気が一瞬で滅んだ。ムスカも笑う。ラピュタの雷並の威力だ。
圭もさすがに胸中が複雑ではあったが。
「遊びに来てくれたの~?」
「ううん。お仕事だよ千花姉ぇ」
「そっか~」
「ねぇ千花姉。うちの会長見なかった?」
「中等部の会長? どんな子?」
「バカな人」
「うーん、見てないなー」
額に指をグリグリ当ててみるも、呼び起こした記憶たちの中にそんな人はいなかった。
「お、お二人は知り合いなの……?」
「はい! うちの妹と圭ちゃんが同い年で、時々家に泊まりにきてくれるんですよ~」
薄汚い女めとかかぐやが心の中で罵詈雑言を浴びせるも、千花はそんな事に気づかない。目が怖いことになっているのも気づかない。幸いにも圭だって気づいていない。ただ石上が1人で戦慄してるだけ。余波で被害が出ているだけ。
「会長くんに電話してみたら?」
「そうだね」
千花に言われた通り、圭は陽へと電話をかけた。家族を除けば異性に電話などしない。慣れないことに心が落ちつかないが、それも電話が繋がると和らいだ。
「会長。今どこ?」
「今ね。なんか鶏小屋にいる」
「なんで!?」
「ちょっと人探してたんだけど、気づいたらここにいた。どうやって出ようか」
「どうやったら鍵かかってるとこの中に入れるの……」
「私の知人に連絡しましたので、彼のことは任せましょう」
かぐやの速やかな采配に従い、圭はその事を陽に伝える。助けてもらったらお礼を言うこと、その人から離れずに生徒会室に案内してもらうことも言い含めた。
「母親みたいなことを言うな……」
「誰かさんが変なとこに行くからでしょ!」
「あはは、いやー高等部って広いな~」
「もう。……ちゃんと来てね」
「わかった。また後で」
通話を切ると、かぐやと千花から生暖かい視線が向けられていることに気づいた。その気はないのだと言っておき、気恥ずかしそうに目を逸らす。石上からは死ね死ねビームが鶏小屋に向けて発射された。翌日に1羽死んだとか。
「圭ちゃんって会長くんのことどう思ってるの?」
「どうって?」
「だって、ただバカなだけだったら萌葉が見限ってるはずだもん。そうなってないから、何か良いとこあるのかなーって」
「……うーん」
そう言われても困る。本当にただの馬鹿なら、そもそも生徒会への誘いも断っていた。そうしなかったのは、陽の人柄に良い点があるから。
圭は千花からのハグを受けながら、少しくらいなら話してもいいかなと思った。ちょっとぐらい、陽の良いところを話してみたい。誰かにそれを伝えるのは初めてだ。
「会長は、私に居場所をくれた人なんだ」
「圭ちゃんの居場所?」
「うん。……秀知院学園って、純院と混院って分け方があるでしょ?」
「……ありますね。白銀会長もそれで苦労されてたと聞いています」
「私は初等部から秀知院に入ってたんですけど、中等部に上がってからその言葉が耳に入るようになって」
幼稚舎から大学まである学園だ。各ステージ毎に外部からの入学がある。幼稚舎からの生徒を純院と呼び、一応初等部からの生徒もそこに含まれる。しかし、中等部や高等部、そして大学。この3つのどれかから秀知院に入った生徒は混院と呼ばれて蔑まされる。御行はこれに辟易していた。
「秀知院学園の生徒って基本的に裕福じゃないですか。でも、うちの家庭はそうじゃない」
「まさか……」
「純院から弾かれて、混院ですらない。私は──」
ところ変わってこちら鶏小屋。陽が今現在いる場所だ。圭からの電話でなければ出ていなかった。今はそんな余裕がないから。
鶏小屋にて、制服が汚れるのもお構いなしに視線を鶏の高さに合わせていた。鳴かれれば鳴き返し、威嚇の応酬。闖入者を追い払わんとする鶏たち。この中での居場所を作るために場所を奪い取らんとする陽。侵略者は陽だった。
「コケー!」
「ココココ!!」
鶏は翼をはためかせた。陽は連続鳴きで応戦。
相殺といったところか。
「
「
両者一歩も譲らない熱き戦い。男には、負けられぬ戦というものがある。命をかけた争い、愛するものを守るための戦い。そして、魂をぶつけ合う戦いだ。
陽と鶏はその第三の戦いをしていた。もはやその先のことは不要。目に映るのは眼前にいる好敵手のみ。それを打ち負かし、己が魂の強さを示すことしか考えていない。
「
「
「うわっなにこれ」
「「コ?」」
四宮かぐやに仕える侍従。早坂愛がそこにいた。
陽はそれを知らない。高等部でも知っている人はいない。一般人として溶け込んでいるし、まず初対面だから。
「どちら様?」
「その姿勢のまま話さないでくれる? キモいし」
「白パンギャルが何を言う」
「なっ!? 変態!!」
「見ようと思ったわけでもなく、あなたが見せてるだけですよ?」
顔を真っ赤にし、バッとスカートの裾を抑えて後退する。ギロッと睨みつけるも、2人を隔てるは小屋。何も怖くはなかった。
ところで客観的に見てどうだろう。鶏並みに低い視線にしている中学男子。スカートの裾を抑えて赤面している女子高生。変態の汚名を被せられても言い逃れはできないのではないだろうか。
「そこから出してあげるために来たのに……!」
「そうですか。でも待ってください。途中なんで」
まだ戦いは終わっていない。ドン鶏との勝負はまだ!
ドン鶏の片翼が陽に向けられる。陽は目を丸くし、ドンの顔を見た。その目は語っている。今は決着をつける時ではないと。こくりと頷き、その翼と握手。
歴史的瞬間だった。男と漢の熱い戦いが、平和的な方法で決着がついたのだから。時間にして実に20分。長きに渡る戦いだった。これはノーベル平和賞ものである。ハリウッド化間違い無し。
「解決しました」
「だからその姿勢のまま話さないでほしいし」
「仕方ないですね。いい太もも見れてたのに」
「よく本人の前でそれ言えるね!?」
「胸で言えば巨乳フェチですけど、どちらかと言えば太もものほうが好きです」
「聞いてないから!」
「自己紹介遅れました。秀知院学園中等部生徒会長の小野寺陽です」
「なんで生徒会長なれたの!?」
「ここから出してください。白パンギャルさん」
「このっ……!!」
正直に言えば早坂は出すのをやめたかった。どうやってこんな状況になってるのかは知らないが、彼ならここでも生きていけそうな気がする。ここに閉じ込めておくほうが世のためな気がする。
「フェチ的には巨乳って言いましたけど、それはエロスの話で好みで言えば美乳です」
「セクハラで訴えていいかな?」
「えぇ……あなたの美乳を褒めようとしてるだけなのに。ところでお名前聞いてもいいですか?」
「なんでウチこんな目に合わないといけないんだろ……。名前も言いたくない……」
「じゃああだ名でもつけて──」
「早坂愛。高校2年」
絶対変なあだ名をつけられる。直感でそう判断した早坂に選択肢などなかった。名前を言う以外に自己防衛手段がなかった。
「早坂さんとお呼びさせてもらいますね。それとも下の名前のほうがいいですか?」
「どっちで…………早坂でお願い」
「わかりました。早白さん」
「おちょくってるよね!? 自分の立場理解してる!?」
1発くらいぶん殴ってやりたい。けれど小屋のフェンスのせいでそれができない。外に出したら覚えてろよと心の中で毒づいた。
「あはははは! すみません、
「は?」
「不思議な目をされてる。白銀さんよりも不思議な目を」
「……まぁ、クォーターだし」
「あ、いえ。生まれ持った身体的特徴ではなくてですね」
「? どういうこと?」
「俺より、あなた自身が知ってるはずですよ。ご自分のことなんですから」
前世の記憶があるからと言って、特にそれをありがたく思ったことはない。生きている時代が違い過ぎるから。現代で参考になるものなんてほとんどなかった。
それでも、1つだけあるとすれば──
四宮家の別邸。早坂はかぐやが就寝する前の僅かな時間。毎晩かぐやと言葉を交わしていた。その多くはかぐやの話を聞く時間だが、それでも数少ない楽しみにして、最大の楽しみだ。
かぐやは天蓋付きベッドに腰掛け、目の前で立っている早坂を見上げる。いつもの形。彼女たちの日常。
「会長の妹さんが可愛かったのよ」
「そうでしたね。少しだけ拝見しましたが、人形のようだと言うしかない少女でした」
「そうよね! ぜひとも妹さんとも仲良くなりたいわ。会長のことを抜きにしても」
「随分と気に入られたのですね」
「ええ。とても好感触だったもの。
「そこには同感できませんね」
「そう? 彼良い子よ?」
「どこが?」
いったいどこに良い子だと言える要素があるのか。下着を見られ、セクハラ発言され、不名誉なあだ名をつけられた。早坂にとって小野寺陽はただの敵だ。殲滅するしかない。
「彼が四宮家に関わることはないと思いますが、近づかないほうがいいかと」
「そもそも関わる機会もないのだから心配ないと思うけれど、早坂は彼をどう見てるの? 失礼な言い方だけど基本バカよ」
「バカなのは重々わかっています」
「早坂? 彼と何があったの?」
「……」
『演じるのなら演じ切った方がいい。いつかボロが出る』
『演じるって何の話? 別に演劇の練習とかでこうしてるとかじゃないし』
『別に聞き出す気もないけど。その本心を演技で塞ぎ切れないのなら、信じられる人を作ったほうがいい。あなたに足りないのは、人を信じて頼る勇気。臆病で寂しがり屋な早坂愛さん』
「早坂?」
「……彼は……」
「……いいわ。さっきも言った通り、会う機会も滅多にないのだし。頭の片隅に留めておく。それぐらいでいいわね?」
「……はい」