以前も言ったように、デュエルアカデミアは学校であり、授業がある。その内容は国語や数学等といった基本教科に始まり、デッキ構築論であったり戦術等、デュエルに関する授業も多くある。
ではその中でも一際異彩を放つ科目は何かと問われれば、ここの生徒は全員こう答えるだろう。
──錬金術──と。
「──このように、古代の錬金術師達は、薬品同士を調合させることで金を生み出していたと言われているんだにゃ」
某日。デュエルアカデミアの教室では、大徳寺が受け持つ錬金術の授業が行われていた。
生徒達の大部分が退屈そうにしている中、大徳寺は手にした薬品入りフラスコにオレンジ色の液体を流し入れ、軽く容器を揺すって中身を混ぜ合わせる。チャプチャプと音を立てて混ざる液体はやがて光を発し始め……
「に゛ゃああああああああ──!?!?」
……科学実験のお約束である爆発を起こした。規模こそ小さいものの、顔の前で起これば怪我の一つでもしてそうなものだが、幸いにも大徳寺の顔を黒くしただけで済んだようだ。
「ケホッ……でも、普通に考えて作れる訳ないんだにゃぁ……!」
そう言って大徳寺が倒れると、試合終了を告げるゴングのようにチャイムが鳴り響く。昼食を求めて、ただでさえ少ない受講者達が続々と席を立っていく中、フラフラと立ち上がった大徳寺は、唯一教室に残っていた昴や十代達にプリントの束を差し出した。
「なんだよこれ、宿題かぁ?」
「違うのにゃ。今度の日曜日に、島に眠る遺跡を訪ねるピクニックを計画してるんだにゃ。希望者は挙って参加して欲しいんだにゃ」
試しに1枚手にとったプリントには、課外授業として島の古代遺跡を見学する旨が書かれていた。どうやら特別単位も出るらしい。
「…ねぇ昴。あなたはどうする?」
「まあ…特に予定は無いが」
「私は行くわ。この遺跡は曰く付きで、闇のデュエルにも関係があると言われてるの」
もしかしたら明日香の兄の手がかりも見つかるかもしれない、ということか。
確かに、かつて廃寮で昴と十代がタイタンとデュエルした石室も、どことなく遺跡めいた雰囲気を漂わせていた。
「そうか…分かった。俺も行こう」
「ありがとう。助かるわ」
そして当日──学園の校舎裏には、主催者である大徳寺の他に5人の姿が見られた。
オシリス・レッドの義理で半ば無理矢理に連れてこられた十代、翔、隼人。そして、兄への手がかりになるかもしれないと参加した明日香に、その付き添いの昴だ。
「さあ皆、出発だにゃー!」
大徳寺を先頭に出発した一同。その中で、翔だけがどこか不安げな表情でトボトボと付いて来た。
今回一同が目指している遺跡は、島の北側に位置する。火山に近い場所にあることから、普段は何人も立ち入り禁止となっている場所であり、一説では古代人の亡骸を埋葬する墓だとされているようだ。
険しい断崖や急流の川を超え、鬱蒼と茂る森の中を歩き続けること数十分──
「おお!着いたのにゃ!」
辿り着いたのは、古代遺跡の入口。目の前では半壊状態のドーナツ型のアーチが口開けて昴達を迎えており、神秘的な空気を漂わせている。
「ここから更に奥へ行くと、古代のデュエル場と言われてる遺跡や、お墓の遺跡もあるんだにゃ」
大徳寺の話もそこそこに、手近な建造物を矯めつ眇めつ見ていると、十代の腹が盛大に音を上げる。
「なぁ先生。本格的に遺跡探検する前に、昼飯にしようぜ!」
「し、しょうがないのにゃ…それじゃ、ここでお昼ご飯にするのにゃ」
遺跡入口の広場にレジャーシートを広げた一同は、各々の昼食を取り出す。十代達レッド組はおにぎり。明日香は上品にサンドイッチ。昴は購買で買ってきた惣菜パンを食べようとしたところ……
「ふっふーん。私はトメさんに作ってもらった特製弁当があるんだにゃー」
シートの外に腰を下ろした大徳寺は、そう言ってウッキウキの表情でリュックの中を探る。耳聡くそれを聞きつけた十代が自分たちにも分けてくれと頼むも、大徳寺はこれを拒否。翔や隼人からもブーブーと言われながら弁当箱を取り出したのだが……
「ファ、ファラオ……ッ!?もしかして、全部食べちゃったのにゃ?!」
楽しみにしていた弁当は、荷物と一緒にリュックの中に入っていた猫のファラオによって一つ残さず平らげられていた。その事実にがっくりと肩を落とした大徳寺は、十代達に擦り寄ってくるのだが……
「嫌なのにゃ!先生に分ける弁当は無いのにゃ!」
と、完璧な意趣返しを食らってしまう。見かねた昴がパンを半分分け与えた時には、
「先生の味方は昴君だけなのにゃ~~~!」
と泣きつかれ、昴も内心で引いていたのは想像に難くない。
そんなこんなで昼食をとっていた一同を他所に、一足先に腹を満たしていたファラオは近くをブラブラと歩いていたのだが……
「───ニャッ!?」
ファラオが何の気なしに掘り返した地面から、突如として緑色の閃光が発せられる。
異変に気づいた昴達も何事かと立ち上がるが、緑の光は足元の石畳の隙間から漏れ出すようにして、あちこちに光芒を引いている。やがてその光が周辺を埋め尽くしたと思えば、次の瞬間、何もなかったかのように光は消え去る。
「い、一体どうしたのにゃ……!?」
戸惑っていられたのも束の間。光が収まった代わりに、今度は上空で光り輝く太陽が3つに分裂した。どのような映像・文献でも目にしたことのない超常現象を目の当たりにした一同は言葉を失う。
更には頭上に広がる青空がシャボン玉のように歪み始め、不気味ながらも幻想的な光景を眺めていると、昴の傍らにエリアルが姿を現す。
『マスター。景色を楽しんでるとこ悪いけど、今すぐ逃げた方がいい』
「…あの現象について何か知ってるのか?」
『いや全然。けど、なんだか嫌な感じがする。危険ってことだけは確かだよ』
エリアルの警告を聞いたと同時に、突然雷が鳴り響く。空のどこにも雷雲はないどころか、曇ってすらいないというのに。
大徳寺の先導で手近な場所にあった遺跡の中に身を隠した一同だが、そもそも遺跡が小さいことと隼人が大柄なこともあり、避難するのは4人が限界のようだ。
頷き合った昴と十代は、こことは別の場所を探して走り出す。背後から明日香の声が聞こえたが、今は振り向いている余裕はない。後ろから虹色の光が押し寄せてくるのを確認する暇もなく、全速力でとにかく走る。
やがて、横手に先程よりも小さい洞穴のような遺跡が目に入った。昴は勢いのまま通り過ぎようとした十代をその中に突き飛ばし、自分も中に入ろうとするが……
「く……っ!」
「昴ッ──!」
一歩間に合わず、昴の体は虹色の光に飲み込まれた───。
「うぅっ、ん──ここは……?」
昴が目を覚ましたのは、ギラギラと光る太陽に照らされた遺跡──先ほどまでいたのと同じ場所、のはずなのだが……
「あのアーチ……俺たちが来た時は間違いなく半壊してたよな?それに、この建物──」
昴が見上げる石造りの建造物は、遺跡の中央に位置していたものと外観はほとんど同じ。違いといえば、昴が最後に見たあの遺跡は所々苔むしたり、ひび割れていたのに対し、この遺跡はそれらが見られない。建てられて間もない新品のような状態であるという点だろう。
上手く状況を飲み込めない昴の元へ、周辺を探索していたらしいエリアルが戻ってくる。
『起きたんだね。無事で良かったよ、マスター』
「エリアル…今、どんな状況だ?」
『僕にもさっぱり。強いて言うなら、ここは僕たちがいた世界とは違う場所だってことくらいかな。その証拠に、ほら──何か気付かない?』
「何か、と言われてもな……全体的にボリューム増したか?」
『そりゃあ今は実寸大の大きさだからねぇ…?ところでマスター?もう少しデリカシーある発言はできなかったのかな?僕一応女子なんだけど。天上院明日香とか藤原雪乃には優しいのに、どうしてかな?もしかして、僕女の子として認識されてない?そりゃそうだよね、こんな地味な格好して怪しい儀式とか使ってる陰キャ女子なんて、女子じゃないよね。というかそもそも人ですらないか。だって僕はモンスターだもんね、二重の意味で。アハハハー』
昴の頬をムンズと掴んで引っ張るエリアルは、自虐的な言葉をつらつらと垂れ流す。
「むぐぐ…
小さく頬を膨らませるエリアルを真剣な目で凝視する昴だが、答えにたどり着けないようだ。見かねたエリアルは小さくため息をつくと、昴の手を取って軽く握る。小さくて柔らかい手の感触に昴もようやく彼女の言わんとしている事に気付いた。
デュエルの精霊は原則、実体のない思念体でしかこの世に現出できない。なのにこうして、エリアルは昴に触れることが出来ている……この事実が、エリアルの推測を何よりも強力に裏付けていた。
ここが具体的にどこなのかはさておき、次なる問題は他の皆がどこにいるかだ。十代を突き飛ばした遺跡は蛻の殻だったし、それは他の4人が避難した場所も同様だった。
どうしたものかと考えていたところへ──
「──あなた達、ここは部外者が立ち入ることを禁じている神聖な場所。早く立ち去りなさい!」
昴達の前に現れたのは、黒装束に身を包んだ美しい褐色肌の女性。その細身の腕からこちらに投げ渡されたのは、隼人が背負っていたリュックだった。
「…学園の関係者…じゃないよな。アンタ何者だ」
思わず身構えた状態で女性に正体を問うた昴だったが、その返答はない。代わりに、エリアル共々女性に肩を掴まれて、近くの壁際に押しやられてしまう。
「あなたも他の者達のように、墓守の衛士に捕まりたいのか……っ!」
「衛士…?捕まったってのは……?」
『マスター、誰か来る…っ!』
エリアルの声とほぼ同時に、どこからか地面を踏みしめる足音が聞こえてくる。数は恐らく3人以上。情報を得るためにも、今は彼女の言うとおりにすべきと判断した昴は、ジッと息を殺して衛士たちが頭上の階段を通過していくのを待った。
「…助けてくれたことは礼を言う。だが俺1人でここを出るわけにも行かない。さっきの言葉を聞く限り、俺の連れは皆捕縛されたってことだろ?詳しく話を聞かせてくれ」
自らをサラと名乗った女性は少し考えた後、一先ず身を隠せる場所へ昴とエリアルを案内しながら、事情を説明し始めた。
ここは神聖なる王家の墓であり、外界から足を踏み入れた者は墓荒らしとして、生きたまま埋葬されてしまうのだという。そして昴以外の5人は既に奴らに捕まっている。
何故彼女が昴達を助けたのかも聞いてみたが、返ってきたのは沈黙のみだった。
やがて、サラに案内されて到着した小部屋で待つように言い渡された昴は、時間が惜しいと感じながらもそれに従う。この墓は思ったよりも広大らしく、土地勘のない昴が歩き回った所で見つかる可能性が高くなるだけだろう。
時折周辺の様子を伺いながら待つこと十数分──風の吹き抜ける音に混じって、
──たすけてにゃあ~~~!──
という間の抜けた声が耳に入る。非常に聞き覚えのあるその声に思わず立ち上がった昴は、小部屋に空いていた窓から外を覗き込んだ。
部屋の外では地面に深く大きい穴が掘られており、その上に──どのような原理か不明だが──5つの柩が浮いていた。蓋こそ完全に閉じられてないものの、中には包帯で簀巻きにされ横たわる面々の姿が。
「マズイな……時間の問題か」
『うん……マズイね。もっとも僕らは時間切れ、ってとこだけど』
昴の後ろで聞こえたエリアルの言葉に疑問符を浮かべた昴は窓から顔を引っ込める。何の気なしに振り向いた先では、5人の衛士達が槍の穂先をこちらに向けていた。背後から一突きにされなかったのは、エリアルが衛士との間に立ち塞がり守っていてくれたからだろう。
『たまたま通りかかったにしては随分物騒なもの持ってるね。この一族はお偉いさんも見回りに参加するわけ?』
緊張の面持ちでそんな軽口を叩いてみせたエリアルに、衛士達の構える槍が一層近く突きつけられる。
「……エリアル、この包囲を突破できるか?」
『残念ながら無理。攻撃系の魔術もあるにはあるけど、攻撃力1000相応の威力だよ』
それならば仕方ない。と、昴はエリアルを下がらせて前に出る。急に動きを見せたことで衛士達が警戒するも、昴は臆することなく気合で平静を保った。
「俺たちは墓荒らしじゃないし、ここには偶然迷い込んだだけだ。あの柩に入れられた5人…と1匹を、元の世界に帰して欲しい」
話し合いによる和解を試みたものの、衛士達がそれに応じる様子はない。
「……まさか、言葉通じてないのか」
衛士達の外見は見たところエジプトやインド系に見えるが、当然その方面の言語は未習得。対話による解決は絶望的かに思われた時、後方で衛士を率いていた男が口を開いた。
「お前の言葉は通じている。お前と、お前の仲間をここから帰す事はできない。この墓に許可なく足を踏み入れた者は、生きたまま石棺の中に埋葬されるのだ」
「こっちの事情はお構いなしか……!」
「……だが過去に1人だけ、処刑を免れた者がいる」
前に進み出ると衛士達が槍を下げたことから、どうやら一族の長であるらしいこの男が言うには、以前にもスバル達と同じようにこの世界に迷い込んだ者がいたらしい。その人物はどうやってか、石棺に閉じ込められることなく生還したというのだ。
「仲間共々生きて帰りたくば、儂と"試練の儀式"を行い、勝利せねばならない」
「儀式、だと?」
昴に答えを示すように長が懐から取り出したのは、カードの束──デュエルモンスターズのデッキだった。
「……アンタとデュエルして勝てれば全員無事に生還出来る。そういう解釈で構わないな?」
条件を確認しながら、昴は足元にある隼人のリュックからデュエルディスクを取り出す。
「ほう、試練に挑むか。勇気ある若者だ。試練に敗北すれば、貴様は生きたまま臓物を抜かれ、ミイラにされるというのに」
長の一言で、腰のケースからデッキを引き抜こうとした昴の動きが止まる。
「それ聞いてないぞ……いや、
こうして、皆の生死をかけた負けられない戦いが幕を開けるのだった。
思いの外長くなったので今回は前後編!