その報せは、ある日突然やって来た──
「──学園の買収だって!?」
「うむ……なんとも唐突な話だが、そんな話が先方とオーナーの間で勝手に進められていたらしい」
休日の昼間からデュエルアカデミア校長室に呼び出された万丈目と昴、そして呼び付けついでに付いて来た十代と翔は、突然出てきたとんでもない話に耳を疑う。
「じゃあ、もう買収は決定したってことですか?」
「いえ、流石に変わり者のオーナーとて二つ返事で了承した訳ではありません。我が校の代表生徒と先方のデュエルで、買収の可否を決める事となりました」
鮫島曰く──買収相手にデュエルの条件を持ちかけられた学園のオーナーは、
──よかろう、デュエルアカデミアに貴様ら如きに遅れを取るような決闘者は必要ない。その様な軟弱者しか育てられん学園なら、こちらからくれてやるわ!
「──とかなんとか、好き放題言っちゃったらしいんだにゃ」
「そりゃあなんともまぁ勝手な話で……」
「全くなのにゃ……」
「この学園を買収なんかさせてたまるか……!そのデュエル、俺がやるぜ!」
勝負を買って出た十代だったが、鮫島は首を横に振る。
「そうもいかんのだ。デュエルの相手は、既に先方が指名してきている」
「指名……じゃあ、万丈目と昴が呼び出されたのは──」
「ま、そういう事なのにゃ」
そこへ、備え付けの電話機から着信を告げる電子音が鳴り響く。どうやらテレビ通話らしく、鮫島の了承を得た大徳寺は壁の大型モニターへ映像を飛ばした。
『──暫くぶりだな、準』
「なっ……兄さん達!?」
モニターに映し出された顔は、万丈目の兄達──かつてノース校との交流試合を行った際、弟の活躍を全世界へ広めようと勝手なお膳立てをしてプロ決闘者まで雇った挙句、本校側の完全勝利という形で面目を潰された因縁を持つ相手だった。
「じゃあ、今回の買収の相手は万丈目グループってことォ!?」
「そういう事になるな……」
「でも、何で万丈目の兄ちゃん達が急に買収なんて……?」
もっともな十代の疑問に、長男の長作が答える。
『知っての通り、我ら万丈目グループの野望は政界・財界・カードゲーム界を席巻することだ』
「だが、俺はもう兄さん達の言いなりにはならないと言ったはずだッ!」
『フン!誰がお前のような落ちこぼれに期待などするものか!』
「なんだと……ッ!」
長作の言葉を、次男の正司が引き継ぐ。
『我らは自らの手でその学園を手に入れ、カードゲーム界への足がかりとする事にした!』
「──あんた達の野望とやらは分かった。だが"自らの手で"ってのは、勘違いにも程があると思うが?大方、また金に物を言わせてプロに泣きついたんだろ」
そんな昴の言葉を受け、2人の表情が険しくなる。
『……あまり我々を舐めないでもらおう。万丈目一族たるもの、同じ轍を踏む愚は犯さない。正真正銘、我ら自身の手でお前達を倒し、学園を手に入れる!』
『その通り!準、そして加々美昴!お前達2人には、学園を賭けて我ら兄弟と戦ってもらう。準は兄者と。そして加々美昴、お前の相手はこの私、万丈目正司だ』
「待ってくれ兄さん達!俺達の問題に
『いいや、多いにあるとも。我らの面目を潰してくれたという因縁がな。万丈目グループに泥を塗った事、後悔させてやる!』
万丈目の言葉に聞く耳を持たない2人。こうなればお望み通り、デュエルで彼らを打ち負かす他ない。
「けど無茶だぜ。万丈目の兄ちゃん達はデュエルの素人だ。対して万丈目も昴も、学園じゃ指折りの実力者──勝負になるとは思えねぇ」
『ハッハッハ──当然、ハンデは付けさせて貰うとも。これを見ろ』
万丈目兄弟は画面の前でアタッシュケースを開いてみせる。その中には、大量のカード達がギッシリと詰め込まれていた。
『コレはあの時、準と重村が使うのを拒んだレアカードだ。我々はこいつを使ってデッキを組む。準、お前はハンディとして、
「なに……!?」
『そして加々美昴。仮にもプロデュエリストを破った貴様には、もう1つハンデを追加させてもらう──貴様のデッキに入れられるモンスターカードは3種類だけだ』
「そんなの無茶苦茶だ!」
「ンなあからさまに不利な条件、飲めるかよ!」
当然の反応を見せる十代と翔だが、万丈目兄弟が言うには、このハンデも既にオーナーとの間で許可が出ているとの事。鮫島も同じ話を聞かされているらしく、彼らが嘘を言っているわけでもないようだ。
『最後に、最も重要なルールだ。そちらの2人の内、どちらか一方でも敗北すれば我々の勝ちとさせてもらう。こちらは素人だ、問題あるまい?──デュエルは3日後、楽しみにしているよ』
高笑いを残して通話は終了。校長室に静寂が訪れるなり、
「……用が済んだなら、俺は失礼する」
と、万丈目は1人部屋を出ようとする。その背中を十代と翔は呼び止めた。
「俺達も力を貸すぜ、万丈目!」
「そうだよ!いくらなんでもあんな条件じゃ……!」
「──断る。デュエルをするのは俺だ、部外者の助けは必要無い」
十代達の協力をすげなく蹴った万丈目は、黙って出て行ってしまった。
「……さて、どうしたもんかね」
そう呟く昴もまた、校長室を後にするのだった。
噂とは、得てして広まるのが早いものだ。一体どこから聞きつけたのか、ものの数時間もしない内に学園は買収騒動の話で持ちきりになっていた。
──なぁ、今度の買収の話。
──聞いた聞いた。万丈目兄弟の策略だぜ、きっと。
──じゃあ、万丈目はわざと負けるつもりなのか…!?
──だってここが万丈目グループの物になるって事は…なぁ?
皆口々に根も葉もない憶測を垂れ流す中、渦中の人である万丈目は心底居心地が悪そうにしていた。
──きっとレッドに落ちた腹いせだぜ。
──学園を買収したら、権力使ってブルーに戻るつもりなんだろ。
──マジかよ。元々ブルーだったんだし、自力で戻れるだろ。
──いや、もしかしたら裏金渡してブルーに居ただけかもしれないぜ。
──下手すりゃ中等部の頃からって事か…最低だな。
「っ……!」
所詮は有象無象の妄言だと流してきたが、流石に限界に達したらしい。反論すべく踵を返す──
「──お前達、いい加減にしろッ!」
……が、本人より先に声が飛ぶ。万丈目を心配してついて来ていた十代だ。
「さっきから黙って聞いてりゃ、そんな言い方無いだろ!万丈目はここの生徒だぞ?1回でもデュエルしたことがあれば、そんな事する奴じゃないってわかるはずだ!」
「……でも今回の件、加々美だって巻き込まれてるんだろ?万丈目のせいで」
生徒の1人が昴の名前を出したことで、万丈目は密かに拳を握り締める。少なからず思う所はあったという事なのか。しかしその言葉にも、すぐさま反論の声が上がった──他ならぬ本人の声で。
「確かに、俺は一方的に巻き込まれただけだが──それで万丈目を責めるのはお門違いってもんだろ」
「……全く、揃いも揃って余計な真似を。キサマらの助けは必要無いと言ったろうが」
「お前まだそんな事言ってんのかよ!」
この期に及んで啀み合う万丈目と十代。そこへ昴共々、仲裁に入る者達がいた。
「話は全部聞いた──今は学園の危機だ、喧嘩してる場合じゃないぞ」
「そうよ。私達に出来る事があれば言って?」
三沢と明日香、雪乃も協力を申し出るが、万丈目は頑として譲らない。あくまでも1人で対処すると言う。そこへ、更なる助言が……
「そう尖るな。デュエルに負けるならまだしも、今のままじゃ、そのデュエルすら出来ないんじゃないのか?」
こちらも状況は知っているらしい亮の言葉は図星だったらしく、万丈目は苦い顔をする。
「デュエル出来ないって、どういう事?」
「簡単な話よ──」
翔の質問に、雪乃が答える。
「──条件である攻撃力500未満のモンスターを持っていないんでしょう。昴も、彼もね」
見事に問題点を言い当てた雪乃。それを肯定するように、昴も頷いた。
元々、万丈目のデッキは【アームド・ドラゴン】や【XYZ】を始めとする高火力モンスターで敵を打ち負かすパワー型。採用されているモンスターの平均攻撃力からして高く、最低でも1000前後といった所だ。昴も同様、儀式モンスターで戦う以上、その攻撃力は総じて高い。
唯一、今回の条件に当て嵌っている攻撃力500未満のモンスターといえば……
「──コイツだけだ」
「俺もコレだけ」
そう言って2人が出したのは【おジャマ・イエロー】と【
「そもそもデッキが組めないって事かよ……!」
「まぁ、最悪モンスター無しでもやりようはある。何とかなるさ」
「でも、今回の場合は2人分のデッキを作らないといけないのよ?単純計算でも80枚はカードが必要になるわ」
「どちらか一方でも負ければ終わりな以上、ただカードをよせ集めただけじゃ意味がないぞ」
カードの事も勿論だが、三沢の言う通り、そこがある意味最大のネックだ。
条件を満たすカードをどうにか掻き集めたとしても、どちらかが負ければ向こうの勝ちとなるルールがある以上、それらのカードで「勝てるデッキ」を作らないといけないのだ。それを2つというのだから、難易度は一気に跳ね上がる。
頭を悩ませる一同の元へ、思わぬ助け舟が──
「あくまでも、噂で聞いただけなのですが──この島に一箇所だけ、カードが手に入るかもしれない場所があるのにゃ」
「大徳寺先生……?」
大徳寺が言うには、島に広がる広大な森の奥に古い枯れ井戸がある。その昔、ここの生徒達が余った弱小カードをその井戸の中に捨てていたというのだ。
「──勿論、決闘者としてカードを捨てるような真似は決してしてはいけませんが……今回ばかりは、ありがたく使わせてもらうといいですにゃ」
「早速行こうぜ!その枯れ井戸ってやつに!」
「ただし。井戸に近づく者は、捨てられたカード達の怨念によって呪われる──なんて話もありますよぉ」
「構わん!例え呪われようと、今の俺にはカードが必要なんだ。この学園を、守らねばならんからな!」
「案外、そういう所にいいカードが眠ってたりするもんだしな。ありがたく使わせてもらおう」
善は急げ。手早く準備を済ませた万丈目と昴は、件の枯れ井戸目指して出発するのだった。
大徳寺にもらった地図を頼りに森を進むこと暫く──万丈目と昴は、地面にポッカリと空いた穴を発見する。
「──ここか」
「みたいだな。正に枯れ井戸って感じだ」
「見たままの事を言ってどうする──降りるぞ」
地面に杭を打ち込み、そこに引っ掛けるようにして固定した縄梯子を井戸へ投下。万丈目を先頭にして、
「おお、ここがカードの墓場か……!」
「ふむ……確かに、雑魚としか言いようのないカードばかりだな──というか、何故キサマが付いて来てるんだッ!?」
反響する万丈目の怒号は、ワクワクした目で辺りを見回す十代へ向けられたものだ。このカードの墓場に興味を持って、ここまで付いて来たのだ。
「でもまぁ、結果的に来てくれて正解だったかもしれないぞ?この量を全部回収するのは2人じゃ骨が折れそうだ」
「フン……とにかく、とっととカードを集めて引き上げるぞ。十代、来たからにはお前も働け」
「まかしとけ!」
手分けしてカードを回収する傍ら、万丈目と昴は使えそうなカードがないか逐次目を通していく。
「うーん……悪くないのもあるけど、どれもあと一歩って感じだなぁ」
「仕方あるまい。そうでなければこんな所へ捨てられていないだろうからな」
そんな中──
『──やいやいやい!テメーら何しに来やがったァ!?』
『何しに来やがったァ!?』
突然聞こえた謎の声──昴でも万丈目でも、勿論十代でもない──に、3人が辺りを見回すと……いた。
『まさか、捨てられた俺達の恨みを忘れたわけじゃねーだろうな!?』
『ねーだろうな!?』
「知るか。俺が捨てたわけじゃない。」
鋭い牙を剥き出しにしてこちらを威嚇するずんぐりとした体型の謎の生物と、緑色の体色をした一つ目の生物──昴はこの2体に大いに見覚えがあった。
【おジャマ・ブラック】と【おジャマ・グリーン】──言わずと知れた【おジャマ・トリオ】の2体だ。彼らもまた、使えない雑魚カードとしてこの井戸に投棄されていたらしい。
『馬鹿にしやがって!やろうってんなら相手になるぜィ!』
「来るなら来い。攻撃力0に何が出来る」
万丈目が余裕なのは、この井戸に着く直前に遭遇したカードの怨霊が理由だ。見た目こそ幽霊らしかったが、如何せん元になったモンスターの攻撃力がゼロな為、何かダメージを与えられるわけでもない。そしてこの【ブラック】と【グリーン】もまた攻撃力はゼロ……正真正銘の雑魚モンスターを、万丈目が恐るはずもなかった。
『くっそ~!こんな奴らを脅す事も出来ないなんて、俺達ャやっぱ落ちこぼれよォ~!』
『せめて弟がいれば、もう少し何とかなるかもしれないってのにィ~!』
「だぁ~!泣くな見苦しい!雑魚は雑魚らしく、大人しくしていろ!」
現実を突きつけられ泣き喚く2体。ここが狭い井戸の中ということもあって泣き声は大きく反響し、3人は堪らず耳を塞ぐ。そしてこの2体の泣き声に触発されたのか、ここに捨てられたカード達も同様に自らの非力さを嘆き始める。
カードの精霊──十代の【ハネクリボー】や昴の【リチュア・エリアル】と同様に、このカード達にも意思が宿っていたのだろう。しかしカードを手にした決闘者達と心を通わせるに至らず──そんな暇すらも与えられずに、この井戸へ捨てられてしまった。
そして今、こうして【おジャマ】達と会話をしている万丈目もまた、カードの精霊を認識する力を有しているという事に、昴はつい先程気づいたところだ。思いの外世界は狭いということか。
「……あれ、万丈目。そういえばお前が持ってたカードって──」
『どこにいるんだよォ~!おジャマ・イエロー~~~!』
『──誰かオイラのこと呼んだァ?』
ひょっこり姿を現したのは、【おジャマ・トリオ】最後の1体──万丈目が持つ唯一の攻撃力500未満のカードである【おジャマ・イエロー】の精霊だった。
『お、弟よ~~ッ!』
『兄ちゃ~~ん!』
再会を喜ぶおジャマ三兄弟。一方、「見苦しい再会シーンだ」と呆れ果てた万丈目は、立ち上がるなり梯子へ向かい始めた。
「どこ行くんだよ、万丈目?」
「帰る」
「帰るって、カードはどうするんだよ?まだこんなにあるぜ」
「ひとまずこれだけ集まれば十分だ。少なくともそこの雑魚共よりは使える奴がいるだろう。──拾いたいなら勝手にしろ、二度と地上に上がれなくなってもいいならな」
言外に「梯子を外す」と告げた万丈目に、十代も昴も従わざるを得ない。正直、昴としてはもう少しカードを漁っていたい気分ではあるのだが。
『ほら、兄ちゃん達もお願いしてッ!この人ならここから出してくれるから!』
『マジかッ!?』
『だったらお
『俺達だけでも出してくれ!』
井戸暮らしが長かったせいか、すっかり根性も卑屈になっていた【おジャマ】達。共に暮らしていたカード達への仲間意識は特にないらしい。そんな【おジャマ】達に続いて、他にも助けを求めるカード達の声が──
──頼むよォ!
──出してくれヨォ!
──俺たちを、ここから出して!
──ワイトもそう思います!
「……なぁ、万丈目」
「万丈目"さん"だ──ったく、分かった。コイツらは全部俺が預かる」
精霊達の悲痛な声に根負けした万丈目は、井戸の中のカード達を再び拾い始める。それを見て嬉しそうに笑った十代と昴も手伝い、カードの墓場は1日にして、ただの枯れ井戸へ戻ったのだった。
『ありがとう!万丈目サンダー!』
『ありがとうー!』
──ありがとう!万丈目サンダー!!