お泊り会にて 作:羊皮紙に落ちたインクの一滴
「ねぇ、青眼鏡」
「何だい」
「暑いから仰いでほしみある」
「脱げばいいよ、全部」
「……」
「あれ、身構えてた痛みが来ない」
「……アリかも」
「まじかー」
そういう、くだらないやり取りがあった。
高校二年の夏。まだ疎遠になりきっていない頃の──ちょっとした、お泊り会の話である。
●
リンリンのチャンネル登録者数は留まる事を知らず──しかし、初期の初期に比べれば、伸び率は多少、下がってきたかな、という頃。その事に危惧しているのかなんなのかはわからないけど、リンリンの方から「お泊り会をしたい」という打診があった。
こちらとしてはまぁ、異論はなかったし。資格取得の趣味や勉強も、別に日を空けたところでどうにかなってしまうようなカツカツさではないので、そういう休暇もありかな、と思った次第。リンリンの毎日配信を途切れさせるわけにはいかないのでその時は黙るとして、久しぶりにゆっくりするかぁ、などと高を括っていたのも束の間桃の間山椒の間。
冷房をつけていようが暑い──という、まぁありきたりな熱帯夜で、リンリンと私は──下着姿になっていた。
別に、ソウイウ話じゃない。死ぬほど暑いから、である。
「しかし」
「何」
「色気の無い下着つけてるなぁ、って」
「なんで青眼鏡といる時に色気のある下着つけないといけないの」
「それはそう」
リンリンは背が低い。多分このまま順当に成長したところで、大学生なのか高校生なのかわからない程度の身長しか得られないだろうし、顔も声も幼いから大人になっても中学生料金でいける、とかが普通に在りそうである。
幼児体型というわけではないから、一応、ちゃんと胸だの尻だのの膨らみはあるんだけど、如何せん……ね?
「青眼鏡こそ……何、それ。なんで下着に文字書いてあるの?」
「見えない所に透けない程度の柄があるっていう今下火のセンスだよ」
「下火なんだ」
「流行ってはいないでしょ」
ちなみに書いてある文字は「
他にも「
「脱いでも暑い」
「アイスでも食べればいい」
「……そうする」
言って、リンリンは下着姿のまま自室を出て行った。
……まぁ家族にならいい、か。私が両親の前で下着姿になったら、「とうとう気が狂ったか、それとも隠す気が無くなったのか」とか言われると思う。余りに辛辣な母親に号泣してしまいそうだ。しないけど。言うとは思うけど。
一分と経たぬ内にリンリンが戻ってくる。手には二本のアイス。所謂パキっと割って半分こにするアレ。味はチョコ。
「欲しい?」
「要らんと言ったら二つ食べるつもりか」
「照れる」
「欲しい」
「はい」
ハンドタオルに包まれたそれを渡される。こういう気遣いが出来る子になったんだ……私ァ感激だよ。そう、こういうアイスって直持ちすると冷たすぎて痛くなっちゃうんだよね。
そういう気遣いが出来るなら、私の横を通り過ぎる瞬間に背中にアイスを入れてくるとかいうThe・子供染みた悪戯はやめてほしかったかな!
流石に驚いて変な声を出してしまった私を笑って、リンリンは自身のゲーミングチェアにどっかりと座る。
「んぁ~……社長椅子きもち~……」
「革は冷たいからね。そして股を開くな女の子らしさが過ぎる」
「胡坐かいてる青眼鏡に言われたくないんだけど」
「それはそう」
蓋を引き抜いて、蓋側の中身を食べて、蓋を捨てて……という最早全人類が手慣れているだろう動作をして、リンリンの方を見る。
「……」
「上手く取れてないのちょっと笑うからやめて」
「交換」
「えー」
しょうがないなぁ。
口を尖らせたリンリンとアイスを交換する。食べ口がささくれみたいになってて、いや余りに下手。リンリンはもう私から受け取ったアイスを美味しそうに食べていて、いや余りに横暴。リンリンからジャイ〇ンに改名してもいいくらい。ジとンしか合ってないけど。
口を切らないよう気を付けつつ、私も一口。
「んー。変わらない美味しさ」
「ソーダ味好き」
「わかる」
別にチョコ味が嫌いなわけじゃないんだけど、あの爽快感は代え難い。
「あーつーいー」
「アイスを体に当てればいい」
「溶けるじゃん」
「食べやすくなるよ」
「……冷たい」
「アイスだからね」
Iceが冷たくなかったらそこは別世界だよ。
「そろそろ配信しようかなって思ってる」
「んー。……下着のままやるんか」
「だって、映らないし」
「……映らなければ……カメラの前で裸にもなるのか!」
「うるさ」
そのまま、特に気にする事も無く配信準備を始めるリンリン。これは普段からやってるな?
「ちょっとまって、服着るから」
「別に青眼鏡は映らないからいいじゃん」
「……羞恥心とか無いのか」
「青眼鏡が恥ずかしがり過ぎなだけじゃ? ストーキング行為とかは普通にやる癖に、そういうとこ初心だよね」
「ストーカーちゃうが?」
失敬な。最近はもうしてないぞ。
「じゃ、始めるから。あ、声は出していいよ。青眼鏡が来るの、周知の事実だし」
「り」
「もしかしたらゲームやるかもだけど、基本は雑談で……私が質問投げたら応えてもらって」
「私出る前提じゃんやめてよ」
「ミュートにするから」
「……じゃあこっちはフリップボードで答えるわ」
「なんで持ってるの」
「生活必需品だからね」
もしまだ発音の怪しい言語の国の旅行者から話しかけられたらどうするのだ。書けるけど話せない、って言葉がまだ結構あるから、そういう時のためにフリップボードは常に持ち歩かなければならない。
「相変わらず頭悪いよね、青眼鏡って」
「ばーか!」
「ばーか!」
ケッ、準備が良いと言え準備が良いと。
兎にも角にも角煮にも、リンリンが配信を始める。
始めた。
●
配信中のリンリンは、まぁ、多少、キャラが変わる。普段のドギツい感じが鳴りを潜めて、元気になる。いや学校でもあんな感じだから、ドギツい感じは恐らく私にだけ出すソレなんだろうけど、やっぱりギャップを覚えてしまうのは仕方のない話だろう。
これは別に自分を偽っているとかじゃなくて、あくまで出力端子を変えているというか、使うチャンネルを変えているというか。どっちもリンリンだけど、学校では元気いっぱいアニーちゃんだし、配信ではみんなのアイドルNYMUちゃんだしで、本質をそのままに出す側面を変えている感じだ。
よって、というべきか、配信中に私の方を向くリンリンは、完全にNYMUちゃんで。けれど容姿はリンリンで。
それはつまり、私の理想たる中学生リンリンにもっとも近い姿なのである。
「A子ちゃんに聞きたい事書いていってー!」
と、なんだか質問コーナー的なのが始まったらしい。
今はリンリンの背後にいるわけでもないから、コメントは見えない。ベッドに座って、冷たい壁を暑苦しい服越しに感じながら、お休み中。スリープモード。
リンリンの雑談は同時接続数が軽く万を超えるのだが、まぁ書き込んでるのは500人から1000人くらいだろう。Vtuberの配信をラジオ感覚に聞いている人も少なくはない。3Dモデルや2Dモデルの表情の変化を楽しむのがVtuberの楽しみ方の一つではあると思うけれど、まぁ、雑談配信だと右下や左下にいるVtuber以外に変化の要素がないから、そういう見方になってしまうのも納得は出来る。
「最近ストーカー行為は順調?」
──"ストーカ-じゃないが?"
「今迄に成功したナンパの数」
──"2件"
「今日のパンツの色は?」
──"ブロックしろ聞いてきた奴"
二度手間だけど、私の書いたことを一つ一つリンリンがリスナーに話していく。
何度か配信に声が乗ってしまった私だけど、やっぱり好き好んで声を出したいとは思えない。どこまで行っても否定されるのが怖いから、とどめたい。
「私の事、どう思ってる?」
──"友達。百合営業な答えの方が良い?"
「私のチャームポイントは?」
──"八重歯とうなじにある黒子かなぁ"
「……」
──"あと、声。リンリンの声は好きだよ、私"
「……ふんだ」
別に。
関係は、戻ったけれど。そこが可愛いと思うのは、変わってないわけで。
私は君の声、好きだよ。
「声を聴かせて」
──"断る"
「マイクに息を吹きかけるだけでいい」
──"断固"
「自分は今、高校一年生なのですが、勉強についていけずに困っています。A子さんの問題集をいただけないでしょうか」
──"金銭が発生する"
「自分は今、36のおっさんなのですが、職場の女の子の話題についていけずに困っています。NYMUさんとA子さんでJKっぽい会話をして、サンプルとしてくださいませんでしょうか」
──"職場の女の子はJKじゃないだろ"
「自分は今、ピチピチのJKなのですが、友達の輪に入れず困っています。友達になってください」
──"好みの主張と好みの押し付けを違えない事。クールを気取らない事。他人から見て、話しかけたいな、と思われるような要素を一つで良いから作って、けれど話しかけられるのを待つんじゃなくて、自分から話しかける事。怯えない。万人に受け入れられるのは無理。友達の輪に入れないのなら、友達の輪を作る事も念頭に置く事。別に友達は一個の輪にしか所属しちゃいけない、なんて決まりはないから、色々な所から同好の士を集めた新しい輪を作る事も択になる。あと、遠慮しない事。スタートラインが遠慮だと、拗れるよ"
「長すぎる。ちょっとボード貸して」
ペン習字の資格は役に立ったと言えるだろう。少ない範囲にこれだけの文字を綺麗な字体で収める……! これは気持ちがいい。
「恋愛相談です。自分は好きな子がいるのですが、どうもその子は腐女子っぽいんです。どうしたらいいですか?」
──"お前の百合好きと何が違う"
「どうしたら強くなれますか?」
──"運はあるんだからひたすら練習しろ"
それ、私に聞くことか? って質問がいっぱい来る。もうちょっとテーマ定めてから質問募集しなよ、とは思う。NYMUちゃんの所に集まるのはやっぱり男子が多いのか、男性目線の質問が多めだ。先のJKは本当にJKかどうかは置いておく。友達の輪に入れない、という所は本当だろうし。
強くなりたい、はもう意味わかんないよね。私は拳闘家かよ。
「ペアルックとか着ますか? あ、今二人とも下着姿だよー!」
横目でニヤっと笑ってくるNYMUちゃん……いや、この表情はリンリンだな。
何を晒してくれているのか。今全国ネットに私達が下着姿であることがばらされたわけだが。下着姿で配信しているNYMUちゃんがバレてしまったわけだが。
「あはは、暑いからねー。勿論! 風邪は引かない様に気を付けるよ! ぃひゃぁ!?」
──"えっ"
──"えっっっっっ"
──"江戸"
──"かわいい"
「ちょ、ちょっと、何、何いきなり……!」
──"これはA子ちゃんの仕業と見た"
──"やっぱり百合はあったんだ……桃源郷は、ここにあったんだ!"
──"下着姿でくんずほぐれつするJK二人。何も起こらないはずも無く……"
「ちょちょっとミュートするね!」
──"そんな、ゴムタイヤ!"
──"セッション!"
──"聞かせろー! 見せろー!"
息も絶え絶えにミュートを押すリンリン。
やはり脇と脇腹は全人類の弱点。下着姿の弱点を思い知ったかね。
「ふざけないでくれない?」
「恥ずかしい事を先にしたのはそっち」
「口答え禁止」
そう言って、リンリンは私の腕を掴んで、ベッドへ押し倒す。……なんという早業。そして離れて欲しい暑い。リンリンは私に馬乗りになった後、ベッドに備え付けの引き出しへと手を伸ばす。ごそごそとやって、出てくるのは──
日本には古来より藪蛇という言葉がある。It is.
「乗ったらさらにイラっとした」
「理不尽すぎる」
「なにこれ……また育ってるじゃん」
「膝を胸に当てるのはやめたまえ」
リンリンは慣れた手つきで私の両手を縛り、両足を縛り、胸を一揉みした後に降りた。それいる?
「……立って」
「難しい事を言う」
「こっち来て」
「せめて縄を解くなど」
縛られたままの足では上手く歩けないから、リンリンの補助ありでなんとかそこ──リンリンのゲーミングチェアの所まで行く。座らされた。
座らされて、座られた。
What? Why?
「うわ、暑い」
「そりゃね?」
「身動ぎしたり息吹きかけたり、余計なことしたりしたらと太腿触るから」
「どういう脅しなんだ……」
私の縛られている両腕をマフラーみたいに……というかジェットコースターの安全バーみたいに首に回して、リンリンは配信を再開する。正確にはずっと続いていたんだけど、ミュートだったから、それを解除したと。
うえー、この格好死ぬほど暑いんだけど……。
「お待たせ!」
──"先ほどはお楽しみでしたね"
──"舌入れた?"
──"NYMUちゃんはぺったんこだけど、A子ちゃんは結構あるの?"
おいおいセクハラコメントしかねぇぞ。
一応NYMUちゃんは年齢不詳とはいえ、問題集をやっていたり学業の話をしたりしているから、学生である事はわかっていると思うんだけど。
学生にそういう事聞くゥ? いやまぁ余計な事した私が一番の悪であることはもうぐうの音も出ない反論不可なんだけどそれはおいておいて捨て置いて。
──"コメ欄キモすぎだろ"
──"おっさん落ち着けよ"
──"非表示推奨"
ああ、ちょっと荒れ気味。自治とセクハラと嫌悪が争っておる。
申し訳の無い事をした。これくらい、容易に想定出来た事なのに。
「今A子ちゃんは、椅子になってまーす!」
えぇ……。火に油を注ぐのか……。
──"えっっっっっっっっ!??!! !!? !??!? !!! !!!?! ?? !??!? !? ?? ?! !!!?! !?!?? ?!?!! ?? !!!?! "
──"え、A子ちゃんとそういう関係だったん?"
──"俺も椅子になりたい"
「あと10分くらいで配信終わるから、その間だけお仕置きなのです! 配信中の私にくすぐりをしかけるなんて、言語道断!」
──"言語道断覚えてて偉い"
──"伝説のゴードンダンダンを忘れるな"
──"お仕置きされたい"
「そしてぺったんこって言ったアカウント! ……覚えたからね!」
──"ぺったんこって言えば覚えてもらえるのか! ぺったんこ! ぺったんこ!"
──"A子ちゃんはヨツンヴァインなのかシートなのか、それが問題だ"
──"A子ちゃんのデビューマダー?"
「あ、ニャンさんからなんかメッセが……膝当てはちゃんとすること? ……なんか勘違いしてない?」
──"つーか、あのゲーミングチェアの代わりになれるとかA子ちゃんデカすぎだろ"
──"じゃあやっぱりシートなんだ! 企画でみたことある!"
──"ブロックが捗るなぁ"
「それじゃ、そろそろ配信終わりまーす! ちなみにA子ちゃんの胸は、……揉めるくらいはあるよ」
──"えっっっ"
──"それはつまり揉んだことが"
──"やっぱり! やっぱり百合の園は、理想郷はあったんだ!"
「それじゃ、おつかれ!」
〇
「ふぅ」
「暑い」
「私も」
「……本気で恥ずかしい」
「だろうね。青眼鏡、こういうの本気で嫌いだもんね」
「暑い」
「顔が?」
「どっちも」
ふぅん? なんて言いながら、けれどまだ降りない。配信も配信ソフトも切って、PCも落として、それでも降りない。暑いし、熱いし、汗もべたべたしてて気持ちが悪いけど、これは嫌がらせなので降りない。
これで青眼鏡が下着姿のままだったら良かったのになぁ、とか思ったり。まぁ薄いパジャマだから、こうして指でツツーと撫でてあげれば、面白いようにビクビクするんだけど。
これはもう一回お風呂入らなきゃだなぁ。
「でも正直こうなるってわかってたでしょ、悪戯してきた時点で」
「縛られて終わりだとばかり」
「じゃ、予想を裏切れたご褒美だねー。いやぁ、快適快適」
首に当たる二つの膨らみ。
京子ちゃんも青眼鏡も、どんどん女の子らしい体になっていく。私はまだ、全然。ずるい。
……柔らかいし、暖かいけど、あっついね。本当に。
青眼鏡は、こういう恥ずかしいのとか、密着とか、それこそさっきの百合っぽい行為とか、全部嫌いだ。苦手で嫌い。やるとドン引きするし、たまに泣きそうになる。
……それが良いんだぁ。
「一緒にお風呂入ろっか」
「狭い」
「じゃあ縛られたまま寝る?」
「選択肢に地獄しかないんだけど」
「私とお風呂入るの、地獄?」
「……何もしないと約束できるなら、いいよ」
こういうことしてくる私の事は、多分、結構苦手に思ってる。嫌いまで行くかはわからないけど、かなり忌避している。その上で、青眼鏡は私といるのが嫌いじゃないから、こうやって押せば簡単に折れてくれる。
一緒にお風呂なんて、中学生ぶりかな。
「ちょっと胸を揉むくらいは許される?」
「許されない」
「えー」
「そっちに揉む胸が無いから公平じゃない」
「ぶっ叩くよ?」
「縛られたまま寝る方が良いまである」
「寝てる時に何もしないとは言ってない」
「地獄しかない……」
ヘッズオアテイルズ、だっけ? 裏か表か。壮一君の彼女さんである志保さんがよくやってる。
「……わかった、入る。入るよ」
「わーい」
「高校生にもなって……いやまぁ、別に年齢は関係ないか」
「じゃ、溜めてくるから」
「解いてはくれんのか」
「うん。そのままでいて」
「ひとのこころがない」
青眼鏡から降りる。んー、暑かったぁ。
「……まぁお風呂から出た後に悪戯しない、とは一言も言ってないんだけどね?」
こういうあくどいのは、青眼鏡譲りである。
〇
お風呂から出た後、私達は隣り合わせに眠った。
暑いのは重々承知で、けど、久しぶりだったから。
特に何の悪戯もする気はなかった。起こすのは悪いし、青眼鏡もゆっくりしに来た、と言っていたし。勉強頑張ってるからなぁ。まぁ、ちょっとくらいの休息はね。
……ただ、その髪の毛をサラサラしたり、その寝顔を眺めたりは、した。
今は青眼鏡を付けていない、素のままの風音の顔。
可愛い。キスしたい。フラれたのは事実だし、友達になってとかよくわからない事言われたけど、まぁ、私が風音にソウイウ感情を持っているのは変わらないわけで。他に好きな人でも出来ない限りは、私はまだ、彼女の事が……その、好きというか、愛しているとか、そういうのじゃなくて、なんだろうな、うーん、愛でたくて、嫌がってるところを見たい、みたいな……。好きな人なんて出来るとは思えないから、もしかしたらずっとずっと、私は風音を虐め続けて……ああ、それもいいなぁ、なんて。
うーん、たまに思うけど、私って怖くない?
「……」
閉じられた口に指を入れてみる。
つぷ、と入っていく指が、閉じられた歯に当たる。そうだよね、普通歯は閉じてるか。
そのまま歯茎を撫でていく。二本目を入れて、三本目。唾液でべたべたになるのも気にせずに、指を増やして、もう片方の指もつかって唇をうにょんうにょんする。
ハッ……。悪戯する気はなかったのに、これって紛う方なき悪戯では? アニーナは訝しんだ。
「汗……かいてる。舐めてみたい、とかは流石に変態だよね……うう、ニャンさんめ、無駄な知識を……」
あの人のせいで、えっちな知識が沢山増えてしまった。前まではなんとも思わなかった風音の部位や仕草にドキっとすることが増えたし、だからこそフラれている事実が私を落ち込ませる。首筋とか舐めたらドン引きされるよね……。
「……ほっぺにキス、くらいなら」
ゆっくり、ゆっくり。
顔を近付けていく。
……悪戯じゃないし。これは、悪戯では、ないし。
一瞬。一瞬だけね。
ちゅ。
──その時、幸か不幸か風音が絶好のタイミングで寝返りを打ったせいで、ほっぺにするはずのキスが唇に──マウストゥマウスになってしまったのは、まぁ、言わないで置くことにする。
いつもやってる嫌がらせのキスとはまた別の──誰も知らない、私しか知らない、暑い熱い夏の一コマ。
私と風音が忙しさよりあんまり会わなくなる前の、とあるお泊り会での秘め事。
思い出として、その時の感触は今でも覚えている。
……好きな人が出来るまで。
この感触は、ずっと取っておこうかな、って。
〇