お泊り会にて   作:羊皮紙に落ちたインクの一滴

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七夕


2019/07/07

 久しぶりに……本当に久しぶりに、私の家へリンリンを呼んだ。

 彼女の家に比べるととても普通の家。とはいえ一軒家ではあるから色々気兼ねないのは評価ポイントだけど、あまりにもな一般家屋にリンリンの眩しさはちょっと……みたいな。

 

「またどうでもいいこと考えてるでしょ」

「どうでも良いかどうでもよくないかで言えば、確かに」

「はぁ……お互い変わらないね」

「今のやり取りでリンリンの何を察せと。変わってないのはわかるけどさ」

「……」

「……え、なにそのジト目」

「何も言わずとも通じ合えてる、って言いたいの?」

「発想の飛躍が過ぎない?」

 

 これまたどうでもいいやり取りの一ページ。

 高校三年生の初夏。取り持たれた仲はちゃんと回復したけれど、色々あって昔みたいにべったりではなくなった私達のお話。

 

 

 ●

 

 

 一か月ほど前から、大学受験を控えるということもあって、リンリンの配信活動はしばらくの縮小ということになっていた。

 それを惜しむ声は多かったけれど、普段からリンリン「勉強、マジ、ヤバい」の状態を知っているリスナーにとっては案外受け入れやすいこと……むしろそうしてくれないと心配、という声が沢山あって、思ったよりの大事にはならなかったとか。

 デビューしてから三年の間、バリバリのバリバリに働き詰めだったリンリン。当然その習慣はすぐには変えられず、気を抜くといつの間にか配信しそうになっているとかいう配信ジャンキーになりかけているらしい彼女だけど、そこはリンリンママがしっかり目を光らせているらしい。

 そんな感じで配信欲が抑えられないままに勉強漬けという……まぁ、ストレスは溜まるんだろうなぁ、なんて環境にあった彼女からの、今日の誘い。

 

 すわストレス発散に殴られるのではないかとびくびくして待っていれば──特にそんなこともなく。

 パジャマと着替えを持ってきた彼女は、なんでもなく泊まるつもりらしかった。 

 

「つーかーれーたー」

「はいはいお疲れ様。あ、お菓子とかジュースは用意してあるから、適当に」

「……これも相変わらずというか。なんで冷えてるの、これ」

「さっき出したからだけど」

「いやだから、何時に行くとか明確に言ってなかったのに……」

「リンリンが明確なんて難しい言葉を……おっと拳をグーにするのはやめようか」

 

 すぐ手が出るの、全然治ってないなぁ、とか。

 まぁ半年そこらで人が変わるわけもないんだけど……勿論私達の間にあった事柄を除く。

 

 けれど、本当にダラダラするだけだというのならこちらも構えを解こう。受験勉強中だからまたぞろスタジオに連れていかれるということもないだろうし、ケータイから配信なんて危ないこともしないだろうし。

 

「青眼鏡ー、カメラって回してもいい?」

「普通に考えてダメだけど」

「ちぇ。友達の家Vlogはダメかー」

「一般家庭になにを求めていらっしゃる?」

 

 怖すぎる。やめなさいそういうことは。

 というか。

 

「今ここにいるのはリンリンなんだから、NYMUちゃんはしまってよ」

「お。……まさか独占欲?」

「久しぶりの友達とのお泊り会。私だって一応楽しみにしてたってだけだっつの」

「……もしかして青眼鏡も結構疲れてる?」

「一切の疲労を感じない超人だとでも思ってたの」

「概ね」

 

 どういう返事だそれは。

 

「よし。じゃあ青眼鏡、寝転がりなさい。うつ伏せに」

「嫌だけど」

「あ、言ったのが私だからってヘンな想像したでしょ」

「当然だけど」

「マッサージしてあげるって言ってるの。いつも青眼鏡を虐めてるこの拳で、青眼鏡の疲労を取り除いてしんぜよー」

「虐めてる自覚あったんだ……」

「早く寝転がれー!」

 

 ベッドから引き摺り下ろされ、組み敷かれる。いやあの、この時点でマッサージからはかけ離れているのですが。

 あー。まぁ、あれか。

 これがおばあちゃんの気持ちなのかな。孫娘が「おばあちゃん、肩揉んであげる!」って言う感じの……。

 

「まーたくだらないこと考えてるセンサーが反応したので痛いとこ突きます」

「いだだだだっ!? ちょ、思い付きマッサージじゃないの、ちゃんと痛いちゃんと痛い!」

「この前ロケ行って、按摩師さんから手解きを受けました」

「じゃあ素人がやるべきじゃないって! そういうのはせめてマニュアル化されたやつじゃないとダメ!」

「お金取って無いから大丈夫」

「そういう問題……ではあるんだけどそういう問題じゃない!」

 

 しかし逃げられない。組み敷かれているし、私の身体は不健康オブ不健康なので、どこ押されても痛い。

 どったんばったんして家族から怒られるルート……も、期待はできない。そうも暴れられるほど自由が利かないというのもあるけど、ウチの母親はリンリンに特別甘い。私への扱いと比べて猫可愛がりもいいところだ。だから多分多少うるさくても怒ってこない。

 

「ぐ……ぶ……ん」

「ほらほら、最初は痛いけど、ほぐれてきたら気持ちいいでしょ。気持ちいいって言え」

「……概ね」

「気持ちいいって言え」

「痛い痛い痛い」

 

 痛い、けど。

 確かにちょっと……気持ちいいような。

 リンリンの天才性がリラクゼーションの才能を開花させたのだろうか。

 

「はい終わり。疲れたし。じゃあ青眼鏡の番ね」

「……。少しだけ感動しかけていた自分を殴ってからでいい?」

「いいよ~」

 

 この子は本当に……。

 

 

 ●

 

 あれだけ言っておいてなんだけど、私も別にリラクゼーション系統の資格を持っているわけではない──勉強はしてあるけど年齢が足りなかったりなんだりで取れない──ため、簡単なものだけを施して終わりにした。特にリンリンは配信頻度を減らしたとはいえ身体を動かす業種。

 たまに呼ばれるらしいスタジオ仕事の時に揉み返しが、なんてことになったら目も当てられない。

 とはいえそんな簡単な施術でも充分だったらしく、彼女は今溶けたスライムになっている。

 

 そんな彼女を背後に少しハサミをジョキジョキジョキ。

 

「あにひへふのー」

「短冊作り。そもそも今日泊まりに来たの、七夕だからでしょ」

「……確かに、思い付きはそうだった気がする」

「うちまでの道のりで忘れたんだ。まぁリンリンらしいけどさ」

「どーゆーことだー」

 

 ほれ、と投げ渡すは青い短冊と筆ペン。

 それを見て、リンリンは渋々と身体を起こし、フローリングの上に短冊を敷いて文字を書き始めた。

 内容何にするかとか悩まないんだな、なんて考えて、すぐに思い至る。

 願い事なんて「早く配信できますように」か「大学受かりますように」くらいしかないだろうから。

 

 ……私は、どうするかな。

 何も決めていなかったけど。

 

「末永く一緒にいられますように……」

「私の心を誘導しようとするな。……まぁ、大学入ったら確かに離れ離れにはなるけどさ。別に今生の別れでもないし、友達をやめるわけでもないんだから」

「一人暮らし、するんだっけ」

「県外でねー。……だからこういう押しかけは、もうできなくなっちゃうかな。ちゃんと日時決めてのじゃないと、忙しいだろうし」

「青眼鏡なら押しかけてもちゃんと対応してくれそう」

「リンリンが気を遣うでしょ、その状況。ちゃんとその辺気にできる子なんだから」

「む」

 

 顔は見えないけど、その顔が憮然と破顔の中間くらいになったことはわかる。

 そして……すりすりと抱き着いてくるリンリン。この子、本当にブレーキがなくなったなぁ。

 

「ペン先がぶれるからやめなさい」

「えーん寂しいよ青眼鏡ー」

「ちゃんと寂しいけどそれを悟られたくないからわざと棒読みに……首を掴むのはやめようよ」

「お腹に腕回してグッがいい?」

「どっちも嫌。というか暑いから離れて」

「青眼鏡冷たい」

「はいはいどうせ私は冷たい女ですよ」

 

 しかし。

 待てど暮らせどアイデアが湧いてこない。昔から自分のことについては文の詰まりがちな私ではあるけれど、こうも出てこないものか。

 白紙は白紙でなんかエモくてよくないかとか考えたけど、リンリンの願い事の隣に並ぶのが白紙なのはちょっと流石に不仲。別に誰に見せるわけでもないんだけどさ。

 

「何事もなく今夜を過ごせますように、とかどうだ」

「誘ってる?」

「今のは確かに私が悪かった。だからウキウキするな」

 

 ……ま。

 適当でいいか。織姫と彦星よろしく年一度しか会えない関係になるわけでもないんだ。

 

「またお泊り会ができますように。これでいいでしょ」

「え……ちょっと感動かも」

「何言ってんだか。で、リンリンのは? 大学の話? 配信関係?」

「んー、教えない。短冊もう一枚切って。重ねちゃうから」

「いやいや、どういう短冊だよそれ」

「いーから」

 

 良くないから言ってるんだけど。

 でもこうなったリンリンは梃子でも動かないことも私は知っている。

 

 それじゃ。

 

「蓋をするのはあんまりよくないから、ほれ。私の短冊」

「……?」

「それを抱き合わせにしておけば見えないでしょ」

「え、誘ってる?」

「だから飛躍し過ぎだっての」

 

 見られたくない願い、なんて。

 どうせこっぱずかしいこと書いてあるんだろうし。

 リンリンが寝た後で見ればいいし。

 

「じゃあ糊付けして、絶対に開かないようにしちゃうね」

「やり過ぎやり過ぎ」

 

 どんだけ見られたくないんだ。

 

 ……でも。

 

「嬉しいよ、リンリン」

「へ──」

「それじゃ、お風呂入ってくるから。……押しかけてきたら裸で放り出すから、そのつもりで」

 

 汗を流して、久しぶりの……勉強をしない夜を過ごして。

 二人川の字で、寝よう。昔みたいにさ。

 

 

 ○

 

 

 シャワーの音を聞きながら、赤面した頬を冷ます。

 青眼鏡はずるい。ああいう不意打ちが一番クるって、あの子は知らないから。

 

「……はぁ。遠いなー」

 

 溜息を吐いて、貰った短冊を自分の短冊に重ねていく。

 糊付けはちゃんとする。ちゃんと恥ずかしいから。

 

「"風音といつまでもお友達でいられますように"……とか。うう、書き直したい……」

 

 彼女の願い。それは、もう当然のように、いつまでも友達でいることが大前提にあった。

 それに比べて私は……いつか自分の行動で縁が切れてしまうんじゃないかって、まだビクビクしているらしい。

 

 シャワーの音がする。

 行きたい。嫌がられても良いから一緒にお風呂入りたい。クリスマスの時は一緒に入ったんだから、いいじゃん、という気持ちがある。

 でも……最近こうしてべったりしている時間が減ってきて、ふとした時に恐怖を覚えるようになった。

 いつの間にか風音がいなくなっている恐怖。実際大学に入ればほとんど会わなくなることが決定していて、その時はあと半年と少しくらいで来てしまって。

 

 毎日のように学校で顔を合わせることができない、なんて……結構、苦痛だ。

 フラれた身でなにを、っていうのはわかってる。でも好きなものは好きなので、どうしようもない。

 

「嫌だなぁ……」

 

 口に出せばどんどん嫌になっていく。

 もっともっとずっと一緒にいたいけど、現時点でお互いに多忙で、一緒にいる時間なんかほとんどない。

 お互い大学受かったら旅行へ行こう、とは言っているけど、……多分それが最後だから。

 それまでにもっともっと風音成分を補給しておかないと、私は本当に押しかけてしまいかねない。

 

 ちらっとケータイを見る。

 カメラを回したいと言ったのは何も動画のためじゃなかったりする。ダメだと言われて思わず茶化してVlogなんて言っただけで、本当にしたかったのは、思い出の保存。

 配信をせずに家にいると、時間が目まぐるしく過ぎていく。スタジオで身体を動かしていたり、知らない人や場所に出会ったりしている間はゆーったりと流れていくのに、勉強漬けだと一瞬だ。

 そうして、その一瞬の生活は……記憶の奥底に折り畳まれて、上手く思い出せなくなる。

 

 いずれは青眼鏡との日々もそうなっちゃうんじゃないか、って。

 良い思い出にはなるんだろうけど、詳しいことはなにも思い出せなくなって……お互い大人になったら、ただの友達になっちゃって。

 

 それが怖い。それが嫌。

 だからカタチに残しておきたかった。アーカイブを見ればその時の記憶が鮮明に思い起こされるみたいに、映像と音声があれば、私はこの高校生活の、大好きな人との生活を……いつでも思い出せる、って。

 

 でも。

 

「──ほれ、ジュース」

「ひゃ、冷たっ!?」

 

 突然頬に当てられた缶ジュースに驚く。……なんで缶ジュースなんて常備してるんだろうこの子。

 

 振り返れば、お風呂上りだから当然なんだけど……かなりラフな格好をした青眼鏡が。み、みえ。

 

「さっきはああ言ったけど、リンリンが気を遣い過ぎて疲れないなら、いつでも泊りにきていいから。そんな泣きそうな顔しないの」

「し……してないけど」

「私本当はとっても寂しいです、って顔に書いてあったよ。……ほら、お風呂入ってきな。血圧上がればまた元気になるでしょ」

 

 濡れた髪にタオルを巻いて、青眼鏡は床へぺったりと座る。

 そのままストレッチを始めた。……きわどい恰好で。

 

「す……ストレッチ、似合わないね青眼鏡」

「ストレッチが似合う人間is誰。……ああいや京子とかちょっと似合うけど。んで、別に習慣ってわけじゃないよ。さっきマッサージされた時全部痛かったから、こりゃ身体凝り固まってんなーって思って、良い機会だから伸ばしておこうと思っただけ」

「さ……誘ってる?」

「頭の中ピンク過ぎない?」

 

 いやだって、好きな子なのです。フラれたけど。好きな子なのですよ。

 その子が、薄着で、目の前で、お風呂上がりで、ストレッチとか。

 毒!

 

「お、おお、お風呂入ってくる!」

「はいよー。パジャマは後で持っていってやるから、ゆっくりしなさいな」

 

 それはもうどもりにどもってお風呂へ直行する。

 廊下で青眼鏡のママさんにばったり出会って、とてつもなくほほえましいものを見る目を向けられたけど……まさか恋心がバレているとか無いよね。青眼鏡はそういう話家族にしないだろうし。

 

 ──その先は案の定というもの。

 私は見事のぼせて、その時分に青眼鏡がふつーにお風呂へ入ってきて……恥ずかしいやら嬉しいやらの気持ちが綯い交ぜになったままパジャマを着せられて。

 

 ぶわーっと扇風機に当たって湯冷ましなう。なうはもう古いってリスナーさんに言われた。春藤さんに言ってほしい。そういう古のネットスラングを私に教え込んでいるのはあの人だから。

 

「高三になって考え事しててお風呂でのぼせるとか、リンリンがちゃんと大学行けるか心配になってきた。一人暮らしを選ばなかったのは英断だよ」

「うるひゃい……」

「もし一人暮らしすることになっても、お金あるんだし、ホームヘルパーさんとか雇うんだよ? リンリン一人だと絶対危ないから」

「うるひゃいー」

「あと」

「だからうるさい。……青眼鏡がお世話しにきてよ。それなら……安心だし」

 

 む。

 今何か、素直な言葉が口から出てしまったような。

 頭くらくらするし気のせいだろう。

 

「一緒にいてよ青眼鏡……風音……。一緒にいたいよ……」

「……」

「離れ離れ、嫌だなぁ。遠くてもいいから風音の家から大学いきたい……」

 

 あー。何を言っているんだろう私。

 意味のある言葉じゃないんだろうけど、余計なことを言っている気がする。

 

 私の本音なんて、青眼鏡に負担をかけるものばかりなのに。

 

「願い事、ってね。待ってるだけだと叶わないんだよ」

「んぃー?」

「叶えるための努力をしなきゃ、って話。お泊り会がまたできますように、って願い事をしたんだ、そうできるように私も調整するし、それに……」

 

 さらりと……髪が撫でられた、気がする。

 

「私だってちゃんと寂しいんだよ、リンリン」

 

 それは、はっきり聞こえて。

 

 

 気が付けば朝だった。

 

「……寝顔逃した」

「のぼせて変顔リンリンとのツーショは撮っといた。いつもの仕返し。スマホに送っといたからそれで我慢して」

「元気になった」

「なったら着替えて。今日普通に学校だからね?」

「そういえばそうだった!!」

 

 平日なので。

 高校三年生といえど、まだ学生は学生。

 お泊り会ほどべったりでなくとも合法的に……もとい誰からの指摘もなく風音と共に過ごせる学生生活。

 あと半年だからなんだ、という話なのだ。

 

 せめてそれを楽しまなきゃ、ね。

 

 

 

 なお。

 想像以上の変顔が撮られていたため、やり直しを要求するためにもう一度のお泊り会を画策するのは……もう少し後のお話。

 

 

 ○

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