今日もまた、あの子に兄さんと呼ばれた。
「私は女だし、あなたのお兄ちゃんでもないよ」
「でも、ゆいちゃんはあたしの兄さんだよね?」
私の親友、ひなは無邪気に問いかけてくる。
ひなの家は私の家の近所で、会ったときから家族ぐるみの付き合いになっていた。
彼女と初めて会ったのは、私が幼稚園に通っていた時だ。ひなが私の通う幼稚園に転入してきた。おどおどしていたひなは気まぐれで声をかけた私にとても懐いたようで、私のことをゆいちゃんと呼んでトコトコと私の後ろを付いてきていた。そんな彼女だったが、いつしか私のことを兄さんと呼ぶようになっていた。そこから十四歳の中学二年生、つまり今に至るまでずっと呼び方は変わっていない。
そんなに男っぽい雰囲気だったりしたのかと髪型や服装に気を使ってみたが、相変わらず兄さんと呼ばれたままだ。それに、今やひなの方が背が高いのだから、私はどちらかというと妹だろう。
彼女の両親も、見ているだけで訂正しようとはしていない。あらあらうふふと笑っているばかりだ。
ひなも私ももう中学生なのだから、私への勘違いは私がなんとかするしかないと少しだけ決意を固める。もしかしたら、こういうところがお兄ちゃんみたいだと思われているのかもしれないけども。
今日もまたひなと勉強をするため、彼女の家に行く。勉強の出来は、私の方が少し上。ひなはどちらかというと体を動かす方が好きだった。部屋を見るとやけに本が少ないから、これも原因の一つなんだろうか。今度、私の家から何冊か持ってこよう。
戸棚からコップを二つ出して、麦茶を注ぐ。ほとんど毎日どちらかの家に行っているのだから、お互いに遠慮はもうなくなっていた。私とひなのどちらの親も共働き夫婦だから、自然とお互いの家に行き来していたのが発端だったと思う。
ノートが広げてあるので、ひなの横にぺたりと座る。長く座るのは少し辛いが、フローリングの床は冷たくて快適だ。少しでもひなに女の子として見られるように髪を肩までのばしているせいで、夏場は汗が辛い。そのぶんクーラーと冷えたお茶が気持ちいいけど、少し割に合わない。
「兄さん、どうかしたの?」
また兄さんって呼ばれた。なんとなくひなの横顔を見ていると彼女と目があって、どうかしたのかと心配されてしまった。別に私とひなは顔立ちが似ているわけでもない。髪だって、私の髪は真っ黒で、ひなほど明るい色合いじゃない。そもそも、私もひなも一人っ子だ。兄もなにもいない。
彼女とはそれこそ毎日会ってるけど、相変わらず激しいスキンシップだ。私も今や中学生として思春期を迎えた身で、女の子どうしだからといってもお風呂で洗いっこというのにはいささか恥じらいを覚える。幼馴染の距離感というのは、このくらいが普通なんだろうか。それに、ひなが私以外の誰かを家に招いたところを見たことがない。一度なぜなのか聞いてみたら、「兄さんがいるんだから問題ないよ」と言われた。私もずっと一緒にいられるかは分からないのだから少しは友達を作ってほしいとたびたび言っているが、心底不思議そうな顔をされる。まあ、私は親友なんだから一生離れるつもりはないけど。
「今日も泊っていくよね」
「そうするよ」
これもいつも通りの会話。わざわざ口に出すまでもないことだけど、なんとなく確認として。顔を合わせて笑いあうまでがなんとなくの流れだ。
気づくと肩と肩がふれ合うくらいに近づいていたから少し離れると、ひなはぴたりと近づいてきた。それがなんとなく面白くって、くすりと笑ってしまった。少し、冷房を強くした。
湯船につかり、ひなの股の間に座る。この年齢になって幼児みたいな座り方をするのはどこかすっきりしない気分になるが、お風呂が狭いのだからしょうがない。
ひなの太ももに手を添える。一度軽く力を入れると、指が柔らかく沈み込んだ。しばらくその感触を楽しんでいると、お返しとばかりにひなが私を抱きしめた。
腕で、太ももで、足で、胸で。私の全身をひなが押し続ける。途端、意識が宙に浮いた。のぼせたのとは違う、外側に霧散する感覚。身体の力が抜けて、ひなにもたれかかる。脱力して口も開きっぱなしだけど、お湯の湿気があるから乾燥はしないだろう。圧迫感を伴った心地よさに身を委ねていると、ひなの声が聞こえた。
「そういえば、兄さんは好きな人っているの?」
ひながなにか言っている。好きな人か。ずっとひなと一緒だったから、考えたこともなかった。
「ひなかな。それ以外にいないでしょ」
私を抱きしめる力が強くなった。きもちいいがふえていく。手や足の力が抜けて、ひなに包まれていなければ、ずっと沈んでいってしまうだろう。
「私はね──」
なんだかぼんやりしてきて、ひながどう答えたかは聞こえなかった。けどたぶん、ひなのことだから、私の名前を言ったんだろう。
気がつくと、私は風呂から上がっていた。ひなが手伝ってくれたんだろう。私一人だったら、もしかしたら溺れていたかもしれない。ひなの分もペットボトルを持ってきて、ひなが髪を乾かしている間に水を飲む。こくこくと喉を通っていく水の感覚がはっきりと感じる。
二人で大きな布団を敷く。初めて泊ってから何回かは別々の布団で寝ていたけど、ひながいつの間にか扉まで転がっていてからは一緒の布団で寝ている。はじめは布団二つをくっつけていたらしいけど、いつの間にかひなの両親が今の私たちが入ってもまだ余るくらいには大きい布団を買っていた。布団に包まって暗い中二人で話すのは、なんだかナイショのことをしているみたいでとってもドキドキする。だからか、今でもたまに、ひなに布団の中に引きずり込まれてしまう。ひなはいつの間にか私よりも力が強くなっていて、抵抗してみても振りほどけたことがない。
深夜、目が覚めた。暗い中でも、12時はとっくに過ぎていることはわかる。ひなが起きないかと心配したが、転がって私に抱きついていたみたいで、軽く身をよじるとうまく振り解けた。私の腰に足を絡めていて、また寝相の悪さが発揮されたのかと呆れる。やけに喉のかわきを覚えた私は、階段を下りて台所に向かった。
「なんの音?水道の閉め忘れかな?」
一階に降りたところで、ぱちゅんぱちゅんという水音。扉の隙間から光の漏れている寝室で、ひなの母の声が聞こえる。
「兄さん、にいさ、ぁ、いい、よ、もっと、してぇ」
寝室から漏れたその声はやけに艶めいていて、家族だからか、やはりひなの声に似ていた。少しだけ見える二つの影は、どちらも激しく絡み合って動いている。
何か見てはいけないものを見てしまった気分になって、音をたてずに急いで部屋に引き返す。なるべく音を立てないように注意を払ったが、足音がしたのに気付いたのか、戻った先にはひなが待っていた。
「起こしちゃったんだ。ごめんね」
どこか焦りながらそう言っても、ひなはいつもどおりに微笑んでいる。
「大丈夫、あたしはいつもこの時間は起きてるから。気にしてないよ、
『
ああ、そうか。彼女は正しいことを言っていたのか。ただし、彼女の常識のなかでは、だけど。
──溜息。周囲に相談できるわけもない。私にとってひなは大切な、たった一人の親友で。ひなの
ただ、私は、せめてもの抵抗として、こう言う。
「私は女だよ」
「でも、ゆいちゃんはあたしの
とすん。手首を掴まれて、私は布団に押し倒された。
R-15なのでここまで。