俺の名は比企谷八幡。俺は今地球に向けて降下するHLVの中で恐怖に耐えている。地球連邦軍に対し宣戦布告を行なったスペースコロニーの一つであるサイド3ジオン。俺はその軍隊の内キシリア・ザビ少将が率いる突撃機動軍の伍長となっている。
こうなった理由は分からない。大学の入学式の前日に俺はこの世界に来たのだ。奇妙なことにこの世界でも比企谷家は存在していた。比企谷家はサイド3つまりはジオン系の商人だったのだ。しかしジオンと連邦の仲が悪化し、ジオン系商人は迫害を受けた。
比企谷家は地球から着の身着のまま逃げ出すしかできなかったのだ。しかし比企谷家はジオン系と言ってもジオン国籍を持っているわけではない。ただ、ジオン系というだけだ。地球から追い出された俺たちは縁戚を頼りジオンに身を寄せた。
だが、ジオン国籍を持たない比企谷家はサイド3では白眼視され、国民としての権利を許されなかった。ジオン国籍を得るための手段はいくつかある。金だったりコネクションだったりだ。比企谷家はそのどれも持っていなかった。
最後に残された比企谷家がジオン国籍を得るための手段が、軍への入隊だった。父は年を取りすぎているし、小町を軍には入れたくはなかった。小町を、家族を救うために俺はジオンに入隊したのだ。
入隊後は様々な訓練を受けた。小銃を撃つ方法だったり、格闘術だったり、敵の艦や兵器の識別方法などをだ。俺みたいな生粋のジオン国民では無い奴で構成された部隊は突撃機動軍にはいくつかある。その中でも俺が配属された部隊は荒くれ者が多かった。
この部隊の奴らはまともに文字も書けないやつが多い。この世界で使われている公用語は英語だが、俺だってそれくらいは出来る。というわけで俺は初っ端から部下を持つ立場である伍長に任命されたのだ。UC0079・1・3ジオンはジオン公国を名乗り地球連邦に宣戦布告を行った。
その時には巨大な押しつぶされような恐怖とほんの少しの奇妙な高揚感を覚えたものだ。そうしている間にジオンはコロニーを地球に落下させた。これは紛れもない虐殺だった。日本だったら絶対に見ることのない虐殺だった。
部下たちは興奮していたが、俺はあまりのむごさにトイレで吐いた。あの時の胃液の味は忘れようとしても忘れられない。虐殺行為を行ったジオンは戦争を有利に進めていった。正直俺にとってジオンが戦況を有利に進めていることは嬉しいことではなかった。
コロニーでの虐殺はどうしても俺には許せるものでは無かったのだ。この戦争で何人もの人間が死んだ。それを思うと気が狂いそうだった。だから俺は小町や両親を守るために自分は戦場に立つのだと言い聞かせることで平静を保っていた。
訓練に明け暮れながら日常は過ぎていく。地球でも宇宙でも戦闘が行われているというのに、ジオン本国は呑気なものだ。比企谷家はいつまでも親戚の家には居候してはいられないということでグローヴに家を借りることにしたそうだ。手紙の中の小町や両親は幸せそうだった。
結局はこの笑顔の為にジオンも連邦も戦っているのだ。いや俺が、両者は守るべき大切な者の為に戦っているのだと信じたかったのだろう。決して権力や金の為の戦争ではないのだ。ジオニズムは嫌いだから、そう信じないと友軍を信じられなかったのかもしれない。
そうして俺も戦場へと行く時が来た。行先は極東アジアだそうだ。そこには日本がある。だから俺は千葉に戻れば何か元の世界に戻れる方法が有るはずだと期待を寄せた。この世界の小町や両親を守りたいが俺には戻るべき世界が有るのだ。
きっとその時の俺は死んだことになるのだろう。もしくは行方不明者扱いされるかもしれない。だがそれでも元の世界に戻りたいのだ。俺にはあの世界に残してきたものが多すぎるのだ。
既に地球への降下作戦は終了している。俺たちは広がりすぎた戦場への穴埋めとして送られるらしい。戦力の逐次投入だが、そんなことを指摘したところでどうしようもない。俺は大人しくHLVに入った。HLVはムサイの腹にしっかりと固定されている。
宇宙に放り出されて死亡するなんてことは余程運が悪くなければ起きないはずだ。HLVを抱えたムサイがグラナダを離れる。ムサイ級数隻が艦隊を組んでいるのだ、地球連邦軍の艦隊に狙われる可能性は低かった。
連邦艦隊は武装の貧弱な民間徴用艦や、武装を一切施されていないか最低限でしかない輸送艦であるパプア級やパゾク級を狙うはずだ。だから安心とまではいかないが、すぐに戦闘になって死ぬという可能性は低いはずだった。その時はそう思っていたのだ。
「地球軌道に入ったぞ。てめえら小便ちびるなよ!しっかり構えろ」
この部隊の指揮官である大尉がそう言ったので俺たちは身構えた。久しぶりの地球だ。重力を懐かしく感じるだろう。
「投下スタンバイ。5、4、3、2…………」
1という数字が呼ばれないまま数十秒が過ぎた。
「おいおい、どうしたんだよ?」
「故障かよ?」
俺の隣の席に腰かけた大尉の顔色が変わった。
「まさか……こんな時に……戦闘か?」
大尉が漏らしたのを俺は聞き漏らさなかった。軌道上で戦闘が行われているらしい。窓のないHLVでは外の様子は見えないが、アナウンスが入らない理由としては有力すぎた。
「HLVに告げる。本艦はエンジンブロックに重大な損傷が発生した!それにより…………グァァァァ!!!」
振動がHLVを襲った。アナウンスは雑音を発するだけになった。これはひょっとするとムサイがやられたのかもしれない。大分マズイ事態ではないだろうか……
HLV内にざわめきが広がっていく。
「落ち着け貴様ら!ジオン軍人はうろたえない!」
大尉の一喝にHLV内が静寂に包まれる。
「ムサイは沈んだ。我々は彼らの犠牲によって地球へと降下することが出来たのだ。彼らへの敬意を示せ。貴官らの口は騒ぐためだけについているのではない!」
「ジーク……ジオン」
「ジークジオン!」
「ジークジオン!!!」
大尉の発言は出鱈目だ。それでも兵士たちはその情報を信じた。大尉のカリスマ性というものは俺が持ちえない要素だろう。
「ハチマン伍長。貴官は随分と冷静だな……」
「申し訳ありません大尉」
「いや、俺がお前を買っているのはお前が冷静だからだ。期待しているぞ」
ガキイィィィィンという金属音が艦内に響き、衝撃が俺の身体を襲った。
「一体、何が……」
視界にうつった艦内は凄惨たるものだった。攻撃を受けたのだろう。空気穴が至るところに空いている。システムがそれを懸命に塞いでいるので俺は死なないだろう。俺のように辺りを見ている人間は誰もいなかった。
まともな人間の形を保っている死体は少なく。ほとんどは両断されたり、内臓が飛び出たりしていた。血と尿と糞の異臭が艦内を覆っていた。
「大尉っ!大尉!」
「おお、その声は伍長だな……俺はもうだめらしい。お前の顔も見えないんだわ。すまんな。俺の娘に父ちゃんはかっこよく死んだって……つた…………」
「しんだ……」
「大尉が……死んだ」
ハッハハハハハハハハ!!!どうして俺が助かって大尉が死んだんだ!教えてくれよ!
ショックのせいか俺の股間を中心に湖が広がっていた……無重力だったら酷いことになっただろう。それくらいしか感想は浮かばなかった……
HLVは順調に高度を下げていった。これで着陸に失敗でもして死ねたらどんなに楽だっただろうに……そんなことを考えていた俺をたしなめるように胸ポケットが揺れた。
「小町……そうだったよな。俺は生きて帰る。生きて小町に再び会うんだ!」
胸ポケットには家族の写真が入っていた。小町がその存在を思い浮かべさせてくれることで俺を勇気づけてくれたのだろう。
HLVの破損部分の修復は終わったようで警報音が鳴り響いていないのは幸いだった。冷静になるんだ。俺はこのまま地上に降下して生き残る方法を考えなければならないのだ。捕虜という選択肢が一番に浮かんだが、受諾されずに嬲り殺される可能性にも同時に思い至った。
もしかしたら友軍に遭遇して収容してもらえる可能性もあるのだ。必要以上に悲観的になる可能性は無いだろう。全ては降りてからだ。降下地点が吉と出るか凶と出るか。それはまだ分からない。
そろそろ宇宙から地球の大気圏に入ったのだろう。俺は久しぶりに地球の重力を感じている。ほんの少しの間地球を離れていただけなのに、肉体が宇宙に囚われてしまっているかのようだ。この重力をダイクンは妬んだのかもしれない。
死体だらけのHLVで感傷的になっていても仕方が無い。生き延びるために頭脳を巡らせなければならないのだ。
HLVは着陸態勢に入ったようである。身体に掛かる重力が急に重くなったようで、気持ちが悪い。しかし思った以上にHLVの着陸は静かだった。敵部隊がいて、砲撃を加えられる可能性を考えると一刻も早く外の様子を知らなければならないだろう。
俺はHLVのシャッターを開き。外の様子を伺い。案山子のように動けなくなってしまった。
「こんな……こと、が」
そこは俺の故郷の千葉だった。海岸線が近くなっているし、人の気配もせず、建物も廃墟のようだったが千葉だった。薄情な俺にも望郷の念というものは有ったようで、涙が頬を伝った。
「馬鹿だな……俺は」
こんな感傷に浸っている時間が有ったならすぐに物資を纏め友軍に連絡を取るべきなのだ。このHLVは歩兵とその装備をつんでいるだけでMSは積まれていない。MSが有ったなら敵を必要以上に恐れる必要はなかったかもしれない。
しかし、無い物ねだりをしても仕方が無いのだ。HLV内の物資のほとんどは攻撃の際に宇宙に投げ出されてしまったようでほとんど何も残ってはいなかった。それでも、俺が使うには十分すぎる量だった。生きているワッパが存在していたのでそれに必要であろう物資を乗せて、服も着替えた。
ワッパというイカれたホバーバイクを使わざるを得ない状況になるとは、正直俺は予想だにしていなかった。訓練はしているので乗れるが、出来れば乗りたくない代物だ。本当にコイツの世話になるとは思いたくなかった。俺の運は悪すぎではないだろうか。
連絡を取りたかったが、無線機の類はほとんどが宇宙の藻屑だ。残されたものもミノフスキー粒子が濃いのか、友軍の反応は薄い。救助要請を暗号で打っておいたから、運が良ければ届くかもしれない。
ワッパを始動させ、HLVから離れるとHLVが爆発した。これは俺のせいだろうか?いや、敵か!
ワッパのスロットルを最大にし、全力で廃墟と化した住宅街に身を隠した。少しでも遮蔽物の多い場所へと逃げようとしたとっさの行動だったが、これが凶と出た。見慣れた千葉の街並みとは違っていたが、地形は同じだろうと高を括っていたことが不味ったようだ。
後方からはジープが上部にマウントされた機銃を全力で撃ちまくっている。幸いにして足元をかすめる程度でまだ一発も喰らってはいない。俺は手榴弾を追手を振り返りもせずに、投げた。これで敵がやられていてくれれば世話はないのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。
コロニー落としによって地形が変わっていたことを失念していた俺の行く手には、海しか存在していなかった。このまま海上を逃げればなんとか拾われる可能性もあるかもしれない。一応の手は打っておいたのだが間に合うかどうか。正直に言えばもっと時間を稼ぎたかった。
俺はワッパを停め、白旗を取り出した。降伏を受諾してくれる可能性を敵に見出したからだ。少なくともジープの銃撃は止み。動きも止まっている。
「降伏を申し出る。南極条約に基づいて扱ってもらいたい」
俺がそう言ったのを聞き、敵兵は動揺しているように見えた。全力で逃げていた敵がいきなり降伏したらそうなるだろう。しかし、敵は思ったより規律が行き届いているようだ。これなら手を売っておかなくても逃げられたのかもしれない。
「ジオン兵が今更命乞いか。散々虐殺をしておいて、キサマだけがのうのうと助かろうというのか?殺せ!これは命令だ。殺せェェ!」
上官であろう男が憎悪に満ちた瞳でこちらを見る。ああこれは死んだかもしれない。仕方が無い。間に合えばいいのだが。引き延ばされた時間の中で俺は敵ジープに何かが命中するのを見た。
敵ジープが爆発する。味方の攻撃で有る。どうやら救援は間に合ったらしい。味方のシーランスがこちらを発見したのだ。俺はワッパを始動させ海上に出た。それからワッパを乗り捨てシーランスに乗り込んだ。
「ここは混戦地帯だ。あんたどうしてここへ?」
「ああ、好きで来たんじゃない。墜とされたんだ」
「だろうな。あんたの他に生存者は?」
「残念ながら俺の他にはいないよ」
俺の軍籍は照合され正規のものだということが確認された。ひとまずこのシーランスの母艦で有るユーコン級潜水艦に戻るそうだ。俺が原隊に戻れるかは分からないが、ひとまず生き延びられたことを感謝するべきだろう。
小町の為に俺は生きて帰らなければならないのだから。