遊牧少年、シャンバラを征く   作:土ノ子

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旅の終わりに②

 

 それから程なくしてジュチ達の近くへ着陸したスレンの背からフィーネが飛び降りる。

 そしてジュチの姿を認めると嬉しそうにその頬に笑みを浮かべ、よく懐いた大型犬さながらに勢いよく飛びきつき、遠慮なく抱擁を交わす。

 

「良かったぁ…。《天樹の国》を出る前に追いつけた」

「俺もフィーネと会えてよかったよ。王宮から急いで来てくれたんだな」

 

 フィーネの額にはまだ汗が引いていないし、少し離れた場所で羽を休めるスレンもよく見るといつもの余裕が無いように見える。

 ガルダを倒してからこれまでの時間を考えるとかなり急いで王宮の用事を済ませてきたのだろう。

 

「改めて礼を言わせてくれ。フィーネのお陰で俺達の部族を助ける目途が付いた。本当にありがとう」

 

 少しでも気持ちが伝われ、とお礼の言葉とともに頭を下げる。

 本来騎馬の民は誇り高く、易々とは頭を下げない。下げれば下げるだけ、その意味が軽くなると考えているからだ。

 だがこんな時、真摯に礼を言えないようではそちらの方が価値を下がる行いだとジュチは思う。

 そうしたジュチの振る舞いをフィーネは笑みとともに柔らかく押し留め、こちらの方こそと逆に礼を返した。

 

「ううん。お礼を言うのは私の方。ジュチくん達のお陰できっとアウラは助かる。後でお父様とお母様からすっごく怒られるだろうけど、それは怒られてから考えるの!」

 

 のど元過ぎれば熱さを忘れる、あるいは問題を先送りする現実逃避じみた発言。何とも逞しくなったものだと思わず苦笑する。あるいはジュチの図太さに影響を受けたのかもしれない。

 

「そっか。アウラ…、フィーネの家族を助けられて本当に良かった。それに、こうしてお別れを言うことも出来るしな」

「お別れ…?」

 

 ジュチの言葉を鸚鵡返しに返すフィーネ。何を言っているのかとばかりのキョトンとした顔だ。その顔を見たジュチは何となく腑に落ちないものを感じ取る。

 

「ああ。だって俺達はもう部族の元へ帰るからな。本当に世話になった。フィーネと出逢えたことはきっと俺の人生で一番の幸運だ」

「そんな…。人生で一番の幸運だなんて」

 

 まるで契りを交わす口上みたい、と聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で呟く。頬を真っ赤に染め、愛の告白を受けたかのような反応にジュチも自分が迂闊なことを言ったのではないかと気づき始めていた。

 もしや自分はとんでもないことをしてしまったのでは…? という客観的に見れば、遅すぎる気付きに。

 

「でもまだお別れじゃないの。ここに来たのはお別れを言うためじゃなくて、ジュチくんとの約束を果たすためだから」

「約束?」

 

 本気で心当たりがないジュチはそっくりそのまま問い返した。

 その様子を見てジュチが本心から疑問に思っていると分かり、フィーネは頬を膨らませる。

 

「もうっ、ジュチくんの馬鹿! 今度会った時はきっとスレンに乗せてあげるって言ったのに!」

「あ…。あー、あれか」

 

 正直に言えば国境付近での再会からここまで怒涛の展開が続きすぎてすっかり忘れていた。それどころでは無かったとも言う。

 

「いや、でも」

「いまのジュチくんならスレンも拒まないよ。ね、スレン?」

『…………』

 

 問いかけられたスレンが返したのは沈黙。だが決して拒否では無かった。スレンならば意に添わぬことを強要されれば、例えフィーネが相手だろうと拒否するだろう。

 

「いいのか、スレン?」

『グル、ガァ』

「―――っしゃ!!」

 

 思わずジュチからも問うと、聞くなとばかりにぶっきらぼうな唸り声が返される。その反応からスレンの意を悟ったジュチは思わず拳を握り締めて天へ突き上げ、喜びを全身で表現した。

 私と話す時よりも喜んでる…? と一瞬あらぬ疑念を浮かべたフィーネが暗い視線をスレンに送る。スレンの生存本能が一瞬警鐘を鳴らしたが、幸い続くジュチの言葉にあっというまにお姫様は機嫌を治した。

 

「フィーネもありがとうな! すっげー嬉しいし、楽しみだ!」

「フフッ、背に乗せるだけじゃないよ。ジュチくん達の部族の元まで一気に送ってあげる。スレンなら陸路を行くよりもずっと速く着けるはずだよ」

「それは本当に助かる! あれ、でもそうなるとアゼルは…?」

「俺は構わん。陸路でゆっくりと戻るとするさ。エウェルや騎馬たちの世話もあるしな。スレン殿の背に乗って戻るというならば陸路よりも速いし、道中の危険もほとんど無いだろう。ありがたいくらいだ」

 

 弁えた様子で頷くアゼル。若干申し訳ない思いがないでもないが、アゼルが言う通りスレンとフィーネに頼った方がはるかに速いし、安全だ。時間との勝負であるジュチ達にとって非常にありがたい手助けだった。

 

「あ、アゼルさん。そのことで少しお話が…」

 

 ちょいちょいとアゼルを手招きし、ジュチには聞かれたくない雰囲気を示す。その意を汲んだアゼルは大人しくフィーネの傍に身を寄せ、少女の潜めた言葉に耳を傾ける。

 その様子にジュチも若干の疎外感を感じつつも大人しくその場で待機する。必要ならばアゼルから教えてくれるだろう。教えないということはきっとその必要が無いということなのだ。

 ひそひそ、こしょこしょとしばらくの間続けられた密談。

 やがてアゼルの手に紙片と小さな指輪を預けると、フィーネはひと仕事やりとげたという雰囲気だった。

 

「……何を話したのか聞いてもいいか?」

「いや、この場では聞かない方が良いだろう。次にお前に会えた時に俺が話す。お前もフィーネ殿には聞くな。余計な揉め事になるかもしれんからな」

「分かった」

 

 と、アゼルが言うので大人しく頷く。

 この頼れる兄貴分がこうも言うのなら、弟分としては大人しく従うだけだ。それくらいにはアゼルを信頼していた。

 そしてジュチへ最低限の荷物と、何よりも重要な霊草を包んだ包みが渡された。

 

「話は纏まったね。それじゃあ、行こう! ジュチくん、スレン!」

「ああっ! 頼むぜ、フィーネ、スレン!」

 

 フィーネが声をかけ、ジュチが応じて二人はスレンの背に掛けられた大型の鞍へと飛び乗った。

 スレンが畳んだ翼を広げ、アゼルが少年へ最後に声をかけた。

 

「頼むぞ、ジュチ。部族の皆へ、霊草を届けてくれ。それと土産話を期待しているぞ。飛竜の背に乗る草原の民など聞いたことも無いからな」

「分かった! 次に会った時、真っ先にアゼルに話すよ!」

 

 兄貴分とも一瞥視線を交わし、意を通じ合う。

 ニヤリと互いに不敵な笑みを交わし、それ以上は無粋と言葉は無かった。アゼルと築いた絆もまたこの旅路の中で得難い財産だった。

 

「スレン!」

 

 そして飛竜は飛ぶ。

 その両翼を羽撃(はばた)かせ、風精の力を借りてカザル族の天幕まで一直線に。

 

 ◇

 

 空の旅。その途上にて。

 

「うっひゃーっ! すっ! っげーっ! なーっ!」

 

 スレンの力を借り、天空を舞う経験にジュチは人生でも一番の興奮を得ていた。

 地上を離れてからここまでずっと凄い凄いと騒ぎ続け、フィーネが苦笑し、スレンが鬱陶し気な気配を醸し出すまでそれは続いた。

 しかしそれも無理はない。

 はるか天空から世界を見下ろす絶景。ぐるりと首を回せば視界の全てに広大で果てのない雄大な風景が広がっている。

 スレンの力強い飛翔は雲を突き抜け、眼下にはふわふわとした柔らかい真っ白い羊毛のような雲が連なっている。足を踏み出せばふわりと受け入れてくれそうで、身を任せたくなる誘惑と落下の恐怖が天秤で釣り合う。

 少し見上げれば広がるのは透き通るような蒼天。ただどこまでも純粋で果てのない蒼色に思わず意識が吸い込まれそうになる。

 天の神が見下ろす光景とはきっと()()を指すのだろう。

 

「凄い、な。雲の上に下りて遊んでみたいくらいだ」

「あはは。それは無理だよ。雲は結局霧の塊みたいなものだから、足を踏み出したら真っ逆さまに地面に叩きつけられちゃう」

「だよなー。でも出来たら最高に楽しそう」

「分かるよ! 私も初めてスレンに乗ってこの景色を見た時、同じことを思ったもん」

 

 ジュチも前世の知識からそれを知っていたが、一方で純朴でスレたところのない少年の感性がつい夢見がちな発言を零してしまった。

 フィーネも笑って無理だと否定しつつも、その気持ちには共感を示す。それほどに素晴らしい光景だった。

 

「なんかさ」

「どうしたの?」

「凄いよな、世界って。こんなに広くて、果てが無くて、何だってあるんだぜ」

「うん。分かるよ。だから私は()()が好き…。もしかしたら王宮よりも」

 

 と、応じるフィーネの声には少しだけ力が無かった。その声に少女が抱える孤独の欠片を感じ取り、少年は少女を抱く腕に力を籠める。

 

「きっとさ。世界に比べたら、精霊憑きとか、巫術師とか、魔獣とかみんなちっぽけなもんだよな。大した違いなんて無いんだ、きっと」

「……うん」

「だからさ。また会おうぜ、フィーネ。俺達は離れた場所で暮らしていても友達だ。()()()()()だ」

 

 ジュチもフィーネが高貴の身分だということはとうに理解している。本来なら互いの縁が交わらないほど身分に差があることもだ。

 それでも二人の間にある友情は変わらないと伝えるため、ジュチは不器用に言葉を紡いだ。

 

「……………………」

 

 沈黙が続く。

 少年はそれを、少女がきっと受け止めてくれたのだと信じた。

 が…。

 

(ジュチくん…。そんな、そんなに、私のことを―――)

 

 なお妖精族と交流する上で一点注意点がある。

 妖精族は寿命が人族よりも長い。よって普通よりも()()()()()といった言葉が、人族の感覚よりもはるかに重い意味を持つ。

 文字通りの意味と捉え、()()()()()()のだ。

 よって彼らの前で、軽々にそうした言葉を使ってはならない……のだが。

 

(告白…? もしかして私、告白されちゃった? ダメだよジュチくん。そんな、一生、ずっと、私のそばにいたいなんてぇ…)

 

 手遅れであった。

 どうしようもなく手遅れであった。

 頭の中を桃色の妄想が占める色々と手遅れな闇エルフの王女の誕生だった。

 

「ふ、わぁ…」

 

 一方、少女がただならぬ情動に襲われていることなど気付きもしない朴訥な少年は、何となく良いことを言った満足感から気が抜け、再びの眠気に襲われていた。

 一つ欠伸を零すと、次から次に欠伸の衝動が襲い掛かってくる。

 

「フフッ、眠いの?」

「ああ、正直かなり辛い」

 

 いつも以上に優しいフィーネの声につい見栄も忘れ、頷いてしまう。

 精霊獣を使役した反動か、肉体以上に精神が疲弊した感覚は一寝入りするだけでは到底解消出来ていなかった。

 

「それならいいよ、寝てて。最速で飛ばしてもまだ一日はかかるから」

 

 一日で《天樹の国》とカザル族の天幕の間にある距離を踏破するとはすさまじい話だが、その力強い翼で空を行く飛竜ならば可能なのだろう。

 

「いや、空の上で気を抜いて落ちる訳には」

「大丈夫! 落ちても私が助けるから!」

 

 それでも遠慮の意を示すが、返ってきたのは少女の力強い保証の声だ。

 

「……頼んだ」

 

 実際それが出来るだけの力量があることはこれまでの旅路の中で何度も見ている。少女のそそっかしさに若干の不安を覚えつつも、それ以上の信頼で頷くことに決めた

 

「……ありがとうね、ジュチくん。私もずっと、同じ気持ちだから」

 

 眠りに落ちる直前、風に巻かれて切れ切れとなったフィーネの呟きが聞こえた気がした。

 




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