盤外の英雄   作:現魅 永純

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英雄と正義

 

 

 ───英雄と正義は別物である。しかし英雄と正義が交わる時はある。英雄が正義を為そうとも、正義が英雄と成る事は無い。正義は理想を目指して実行し、()()()()()()行うもの。英雄は理想を目指して実行し、理想を叶えてしまうもの。正義など詭弁で、英雄は綺麗事だ。それでも正義は存在し、英雄は現れた。

 人々は願う。どうかこの地獄を塗り替える英雄を、と。でもそんなご都合主義は無く、世界の中心は穿たれ『暗黒期』は継続する。やがて終息する頃には、無数の人々と神々は天へと至った。

 

 だから、これもまた理想。ただの夢物語。()()()()()()()()()()()()という、淡い幻想。英雄に憧れた英雄(少年)による、絶望への冒険。

 

 ───では英雄(少年)に切符を渡そう。

 絶望しかなかった暗黒の時代で、君は英雄でいられるかな?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 人々の声はなく、神々の詠みもなく。だが多くの気配と音に、僕の目は醒めた。

 見渡せば、普段と少し変わった風景。でも雰囲気は決して変わらない、『オラリオ』の地。だが活気の無いその地に、酷い違和感がある。人々は哭き、落胆し、項垂れる『絶望』を表す光景。とてもオラリオにいるとは思えない、静寂。

 

 

「……オラリオ、だよね……?」

 

 

 疑問が口から溢れる。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と酷似していた。その違和感と既視感には、疑問を抱かざるを得ない。

 いつもと違うオラリオ───それ以上の確信を、僕は抱けなかった。

 

 少し整理しよう。僕はいま、ダンジョンに向かっている途中だった。整っている装備を見ればそれは一目瞭然。が、覚えているのはホームを出る直前まで。ホームを出た後の記憶はなく。とどのつまり、外にいる現状は明らかにおかしいという事。リリやヴェルフ達は? 居ない。僕も多少の勘が磨かれたと思うが、少なくとも近くにいる気配はない。

 整理は完了した。僕が考えたところで何もわからないという事は理解した。リリか、それ以外に知り合いを探さなければ。

 

 もしリリ達が僕を探してるのだとしたら、動き回るのは下策だけど……。ここはダンジョンじゃない。いつもと違う現状を把握する為にも、今は動き回っていた方がいいだろう。

 イレギュラーが重なり過ぎて、多少のイレギュラーにはもう動揺しなくなってきた自分が怖い。慣れないダンジョン深層での五分とて油断できない事態に比べれば遥かにマシではあるが、イレギュラーには慣れたくないものだ。……戦闘での動揺が抑えられるのは有り難いから、一概には否定できないのだが。

 

 

「……何だろう。少し()()()()というか……年季?」

 

 

 感じる違和感に頭を回しても、思い当たることなんてない。一人になると露呈する頭の弱さ。こればっかりはリリに頼りっぱなしだ。

 やがてふらふらと歩いていれば───突如故意的な肩の当たり、()()()()()()()()()()()感覚。咄嗟に後ろへ手を回し腕を捕まえる。即座に反転して両腕で押さえ───捕まえた人物が冒険者ですらない事に気付いた。

 

 

「あ───……す、すみません! 痛くなかったですか!?」

 

 

 感覚的に、恩恵すら授かっていない状態なのが良く分かった。咄嗟とは言え力を入れて捕まえてしまった。その事実に慌てて謝罪すれば、目の前の男性は苦い顔をしながら悪態吐いた。

 

 

「くそ……()()()()()()()()()からなら盗めると思ってたのに……」

「え」

 

 

 スリについては……まあ自覚はなかったし当初は気付いてすらいなかったが、経験はある。だからそういう人も居るんだろうと理解はしていた。

 だからこそ張り付く違和感。僕の事を見た事がない? 僕は自分で言うのも何だが、良くも悪くもそれなりに有名だと思う。直接的なコミュニケーションでの関わりこそ少ないだろうけど、例の異端児(ゼノス)事件で大分噂は広まっていた筈だ。この目立つ白髪ともなれば尚更に。

 

 見た事がなくても、そんな僕を知らないという違和感。もしやオラリオではない地に飛ばされたのではないか?

 

 

「……あの、一つ訊いてもいいですか?」

「は?」

「答えてくれたら、今回の件は見逃します」

「……」

 

 

 沈黙と訝しむ様な視線。意図の探り、つまり考慮。ならこれはイエスと受け取っていいだろう。

 

 

「ここは、オラリオ……世界の中心、ダンジョン都市。……ですよね?」

「何言ってんだお前、そんなの当たり前だろ。このご時世に外から来たとでも言うつもりか?」

「このご時世……?」

「なんも知らねえのかよ……なら運がなかったな。この暗黒期に来ちまうなんてよ」

「───!」

 

 

 暗黒期……リューさんから聞いた、七年も前の……闇派閥が最も活性化していたという時期。()()()()()()()()()()? まるで今が暗黒期だとでも言っている様な───

 

 

「いやー私たちが捕まえようと思ったけどそんな暇すらなかったね! 何なら私たちよりも迅速だったわ!」

「ええ、盗られた直後に気づいた様にも思えます。反射速度も相当ですね」

 

 

 後ろから聞こえた声に振り返り、聴き慣れた声音に咄嗟に声を出す。

 

 

「リューさ───……ん……?」

「……私の事をご存知ですか?」

「そりゃあリオンは美人だもんね! 私と同じくらい!」

「やめてください、アリーゼ」

「でも、名前の呼び方には確かに違和感があるかな。まるで知り合いみたい。リオン、見覚えは?」

「……いえ、この少年を見て忘れる事はないでしょうから。私の記憶にはありません」

 

 

 髪が長く、僕の知っているものとは違う羽織り(ケープ)。雰囲気そのものは今と大きく変わってる様子はないけど……それでも僕の知っているリューさんと少し違う。

 そしてリューさんが放った『アリーゼ』という名前。彼女は死んだ筈の人物だ。言伝では、この暗黒期の終わりに……。

 まさか、時間が遡った? なら何で僕はここにいる? この時代の僕は7歳そこらの幼子だ。14歳の僕なんて存在する筈がない。───ただの夢? でも意識がある。干渉が出来る。神様が言っていた明晰夢というもの……?

 

 

「……リオン、なんかこの子固まっちゃったわよ。やっぱ知り合いなんじゃない? 忘れられたショックとか。リオンって結構ポンコツだし」

「ポ……! い、いえ。私は決してポンコツなどではありませんが……確かにこの少年の記憶はない」

「うーん、どうしたものかしら」

 

 

 いや、今は答えを考えなくていい。ない頭を振り絞ったって、出てくるのは雀の涙くらいだ。七年前の暗黒期に来てしまっている可能性……それだけ頭に入れておけば、それでいい。

 取り敢えず、この場の全員困惑してる状況をどうにかしないと……。

 

 

「えっと……あー……その、街中で以前見掛けたことがあって! 綺麗なエルフだなぁって、その後名前を知って……!」

 

 

 こういう誤魔化しは得意じゃない。リリやヴェルフ相手ならばあっさりとバレる程度だ。というかリューさん相手に駆け引きなど正気じゃない。

 

 

「良かったねー、リオン。綺麗なエルフだって」

「……何なのですか、貴方()は。褒めなきゃ死ぬ病にでも罹っているのですか……」

 

 

 ……あ、やっぱり僕の知ってるリューさんじゃない。彼女なら澄まし顔で「賛辞は不要です」とか言いそうだ。いや、比較的感情が見え易くなった深層帰還後ならば分からないが。

 

 

「……どうでもいいけど、人の上でくっちゃべってんじゃねえよ」

「あ、すっ、すみません!」

「そういえば居たわね、貴方」

「今まで口を開かなかったのは殊勝な心掛けです。その下賤な口から請われるのは耳が耐えられない」

「正義の派閥が酷いなおい!?」

 

 

 うん、酷い。存在そのものの忘却に、シンプルな罵倒。……神様達は「ほうちぷれい」とか「えむには堪らん」とか言いそうだけど。生憎と僕にそんな感覚はなかった。

 ……正義の派閥。かつてリューさんが所属していたという、アストレア・ファミリア。アイズさんの所のロキ・ファミリアとか、都市最強『猛者』有するフレイヤ・ファミリアに比べれば格は落ちるけど、この最悪とも言われた暗黒期の最前線で戦い続けた偉大なファミリアで───最後には壊滅した───

 

 いや、今は考えるべきじゃない。少なくともこの現状、壊滅していない事実だけを理解しろ。いま僕が「貴方は未来で死んでしまいます」なんて言ったところで信憑性がゼロだ。闇派閥の細かい情報を知ってれば信憑性は芽生えるだろうけど……そもそも「貴方は死ぬ」なんて言葉を放つ相手を信じる気など起きないだろう。それに僕の知識の中にある闇派閥の情報は、本当に少しだけ。暗黒期をどうやって乗り越えたのか、どういう壁があったのか、敵の戦力はどれほどのモノだったのか。その事を僕は知らない。

 『でりかしー』に欠けるモノだからとリューさんには聴かないでいたけど、それが仇になっちゃったな……。

 

 

「ま、取り敢えず貴方は逮捕よ泥棒さん」

「あ、すみません。その人は見逃してくれませんか?」

「……貴方は盗まれた側でしょう。甘さと善はイコールではありません。正しい制裁を行わねば、また同じ事を繰り返すだけです」

「あはは……確かに、間違いに対する罰というのは必要だと思います。ただそれ以前に、『教えてくれたら見逃す約束』をしてしまったので」

 

 

 約束してしまったからにはしょうがない。……で、当然済む話でないことも分かってる。しかし約束事を疎かにする事で信憑性を無くしてしまえば、それこそこの人の信用するべきモノがなくなってしまうだろう。他の人がどうであれ、僕は約束したのならそれを反故にする訳にはいかない。

 

 

()()()()()()()()()()()()()という事で、見逃してあげてくれませんか?」

「……見逃す為の言い訳にしか聞こえません。そんなのただの」

「『偽善者』ですよね」

「……?」

「分かってます。でも、そう生きたい願いを抱いて、そう生きる覚悟を決めてしまいましたから」

 

 

 思わず苦笑が溢れる。自分の意思に殉じる。それは何もこの人生を偽善者で終えるわけじゃなくて、強くなり、また命を掛ける……そんな覚悟。英雄となる為に、あらゆる挫折を乗り越える為に決意した覚悟だ。

 ただの偽善だと分かっていても、少しでも良い方向にいける可能性があるならそれを選んでしまうから、悪くなる可能性があってもそれを見過ごすようなのは所詮偽善。でも信じる以外に方法はないから、つい苦笑してしまった。

 

 

「うんうん、やらない善よりやる偽善ってね! 確かに偽善で見逃して結果悪と化すなら、それはただの偽善。でも結果が善きと化すならば、それは間違いなき善となるのよ!」

「……!」

「あはは……」

 

 

 こういう意図は隠さねば重荷になるから、直接的な言葉は避けるようにしたんだけど……あっさりと踏み抜いてくなこの人。

 

 

「これはプレッシャーねー。まさか助けられた上に更生の期待もされて、これを裏切ればこの子(恩人)の名誉すら奪ってく。うんうん、そうなれば善人になるしかないわね!」

「……勝手に決めんなよ」

「でも悪事への意欲は失われた。違う?」

「……」

「ふふん、やはり正義は最後に勝つのよ! どんな偽善も結果次第ではただの善となるのだから!」

 

 

 でも、この人はこの人なりに純粋なんだ。この人なりの『正義』があって、それを貫き通している。芯がある人は簡単には折れないと身をもって知っているから、引くべき時に引く事を心得ている。だからこそリューさんが肌に触れることを許される数少ない一人に入っているのだろう。

 しかしリューさんに聞いていたけど、締めるべき時に締めず余計な事を言う癖は本当なんだ。……いや、まあ余計なお節介を掛けている僕も同類なのかな。

 

 

「さ、存分にこの子に感謝して行きなさい」

「……チッ」

 

 

 後ろめたい気持ちを秘めた舌打ちだ。この人は、きっと大丈夫。結果的にストーカー紛いになってしまったルヴィスさんとドルムルさんと同じで、根はきっと良い人だ。環境さえ整えれば、悪には染まらない。

 ……分かってる。これはきっと夢だ。でも助けられる人がいるのに、助けない選択をするなんて、僕には出来ない。だから、この暗黒期という僕がいなかった時代で───僕の出来る限りを尽くしたい。

 

 

「さて、兎君」

「………え、兎って僕の事ですか?」

「いやぁ、紅い瞳と白い毛を見るとついそれが連想しちゃうのよね。ね、リオン?」

「いえ、私は……その……」

 

 

 あ、これ思ってた。絶対思ってた。「確かに思ったけど彼にとってはショックなことかもしれないから肯定も否定も難しい」って考えだ。

 二つ名や名前呼びが当たり前だったから戸惑っているだけで、別に兎呼びは気にしてない。というか二つ名に白兎(ラビット)ってあるし。何なら僕、まだ名前教えてなかったから……。

 

 

「ベルです。ベル・クラネル」

 

 

 二つ名は浸透していないし、下手に名乗って『居ない筈の冒険者』の事を探られても困る。でも本名だろうが偽名だろうが知られてない名前を名乗る程度は平気だろう。幸いこの時期の僕は相当田舎に居たし。

 

 

「だってさ、リオン。私はアリーゼ。アリーゼ・ローヴェルよ!」

「……ええ。私はリュー・リオンです。宜しくお願いします、クラネルさん」

「……」

「なにか?」

「い、いえ、なんでもありません」

 

 

 うん、懐かしいってほどじゃないけど……聴き慣れた呼び名だ。何処かホッとする。

 

 

「で、そうそう、兎君」

「あれ、名前……」

「さっきの話、ちょっと聞こえちゃったんだけどね。君外から来たってことは身寄りがないでしょ? それともオラリオ内に知り合いでもいる?」

 

 

 あ、多分名前の修正してくれないな。うん、仕方ない。諦めよう。

 オラリオ内に知り合いがいるかって聞かれたら、当然居る。でもここは僕の知ってるオラリオじゃないだろう。もし時間が遡っているなら、僕の知っている人は全員僕のことを知らない筈。

 

 

「知り合いは、居ません。身寄りはないですね……」

 

 

 一応、なけなしではあるがお金はある。でも稼いでいかなければすぐに尽きてしまう程度だ。となれば、冒険者としてダンジョンに潜るのは必須となる……が、身寄りにできるファミリアが今はない。恐らく今の時代に神様……ヘスティア様は居ないから、僕の背中に刻まれた恩恵が万が一にでも見られる事態でもあれば見覚えのないエンブレムだと怪しまれる。何なら神様がこの時代に居たら居たで、与えた覚えのない恩恵を刻んだ人物がいると大騒ぎになることに間違いない。

 稼ぎが難しくては生きること自体に苦労しかねない。最悪の場合はダンジョンに篭りっぱなし……しかし食に関してはどうしようもできない。

 

 どうしたものかと悩む。

 

 

 

「じゃあさ、私達のファミリアに来ない?」

 

 

 

 

 


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