盤外の英雄   作:現魅 永純

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最後の英雄は最初の英雄として

 

 

 

「……まさか、ここまでやってくれるとは」

 

 

 リィン───微かに耳へと届く、風鈴に似た鈴の様な鐘の音。一拍と置かずにその場から放たれる、地を蹴る音。その速さは風を切る音すら出さない。空気抵抗を無視してるかの様な身軽さで、ただただ加速し続ける。

 ヴァレッタは嗤いを止めない。顔を俯かせてるフィンに身体を高揚させており、フィンの耳に入る音が聴こえていないのだ。が、もちろん、五感すら強化するステイタスをレベル5に至らせているからこそ届く音。リヴェリアやガレス、また五感に優れる獣系の種族以外はその音が聴こえていない。故に、俯いているフィンの表情を見て驚くものが多数。

 

 

「ハハハハハ!! 都市全域の爆発となれば流石の勇者(テメェ)も絶望するかぁッ!?」

「ン……? ああ、すまない。集中してるのが絶望への期待を抱かせてしまったかな?」

「……ア?」

 

 

 苦笑するかの様な、呆れる様な。そして何処か羨望を見せるフィンの表情に、ヴァレッタは呆気を取られる。そして高揚した身体は平熱に、脳はフラットに。冷静となったヴァレッタの耳へ、フィンと等しく『鐘の音』と『空間を歪ませる様な破裂音』が届いた。

 リィン───ゴォッ───その音は繰り返される。時に一拍置きながら、時に連続して。その音は段々と近くなり、フィンの表情に驚きを覚えていた者達もその音に気付き始める。

 

 

「……ハハ」

 

 

 フィンは思わずと言った風に笑みを零す。嘲笑ではない。子供の様な無邪気な笑み。意図せず、仮面は被らず、ただただ本心からの笑み。

 

 

「ああ、負けた。潔く認めよう。君に感謝を。そして、僕の全面的な信頼を預けよう」

 

 

 フィンの言葉の意味を察したのだろう。この中で事情を知っているロキ・ファミリア幹部、リヴェリアとガレスは、周りとは別の意味で驚きを見せる。

 ああ、まさか───

 

 

「まさか本当に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()───ベル」

 

 

 一際大きく立つ、破裂音。否、()()()()()()()()()。その音が耳に届くと同時に、白い風でも吹いた様に颯爽と現れる少年。

 息切れ、大量の汗。血反吐でも吐きそうな程目を見開き、呼吸を繰り返して必死に息を整えている。不格好かもしれない。でも少年が成した偉業は、あまりにも大きすぎる。それは正に、英雄と呼ばれるに相応しいモノ。

 

 

「……ハッ、随分な姿じゃねーかよ兎野郎。ダッセェ必死な顔面(ツラ)して今更此処に何の用だ?」

 

 

 ヴァレッタは挑発する様な声音と言葉を出すが、その表情に嘲笑はない。彼女は曲がりなりにもレベル5だ。培った経験、磨かれた勘が『まさか』という思考を抱かせてる。それに、フィンが先程放った言葉が更に『まさか』の可能性を引き上げていた。

 ベルは呼吸を繰り返し、鼓動が落ち着いて来たのを感じると、()()()()()()()()()に右手を突っ込んだ。言葉の代わりと言わんばかりの行動。そして袋から出た右手に持っていたのは、簡易的に火炎石と撃鉄装置を繋げているモノ。即ち、爆弾。

 

 袋はその形状を思わせる凹凸を見せている。それはパッと見ただけでも十は余裕で超えるだろう。

 

 

「……おい、まさか」

「ああ、彼には『闇派閥が持つ自爆装置の回収』を命じた」

「っそだろオイ!? 袋に無造作に突っ込むなんざちょっとした扱いて吹っ飛ぶだろうが! そもそも一人から盗るのにどんだけ時間が必要だと思ってんだ!?」

「ベルの情報のお陰で、君達がこの決定期に自爆攻撃を仕掛けて来るのは推測出来ていた。自爆攻撃を仕掛けてくる可能性……意識から逸らす為に、襲撃してくる事もね」

「───ッ」

 

 

 なるほど、と。ベルは六日前の炊き出しの日にヴァレッタが仕掛けてきた理由、そしてフィンがそれを読めた理由を、回らない頭でぼんやりと理解した。

 

 

「となれば、後は簡単だ。掠め盗る『盗みの技術』と『手元を一切揺らさない技術』だけを磨き上げればいい。無数のパターンを必須とする戦闘技術に比べれば遥かに楽だ」

 

 

 フィンは密かに、心の中で「ベルに盗まれる側の感覚があったから更に楽だった」と付け加える。ある意味甘さの露呈、つまり弱点の提示と一緒になるので、それを考慮してだ。

 

 

(ありえねぇ……多少技術を磨いたから、でどうにかなるもんじゃねぇだろ! そもそもの前提、速さが致命的に足りない! ……速さを隠してた? いや、こいつは間違いなくレベル5だ。前回戦った時はいきなり早くなったが、恐らくアレはズレてただけだろ。潜在分合わせたところでどうにかなるもんでもない)

 

 

 つまり、なんらかのレベルを覆すスキルがあるという事。そしてそれは体力……と、精神力(マインド)の消費だ。ヴァレッタはそう推測する。技術を使うからには全速力は避ける筈。その割にはあからさまに体力が削れており、気絶も間近の様子だ。となれば推測は簡単。

 

 

(体力が無い今の内に───ッ)

 

 

 体力がなければスキルも出せないだろう。体力がなければ本気の戦闘は不可能だろう。流石に、前回の時の様な速さは出せないと判断。ヴァレッタは既にベルのスキル無しの最大速度を頭に入れている。

 負ける筈がないとか、今なら勝てるとかよりも、それ以上に()()()()()()()()()()()()()。その意思がヴァレッタを突き動かす。ロキ・ファミリア所属でもレベル2では感知すら出来ない速さ。レベル3でも反応できない速さ。レベル4では防ぎきれない威力を以て、ベルに襲い掛かる。

 

 ベルはもう満身創痍だ。息を整えなければポーションを飲む事すらできない。それを理解しているリヴェリアとガレスは守ろうと動くが、フィンに止められる。

 

 

「おい、フィン───」

「少し()()()

 

 

 この程度は乗り越える。それを前提とした言葉。仮にアビリティが上回ってるとしても、満身創痍の身で同レベルを相手にするのは厳しすぎる事だ。しかも能力下降(ステイタス・ダウン)はまだ発動状態にある。さしものリヴェリアでもフィンの正気を疑った。

 すぐにでも魔法を放てるようにと口を開き、詠唱を唱えようと───()()。眼がベルの姿を収めた直後、その意欲を失わせてしまう。

 

 一瞬だった。瞬く間すらなく、ベルのナイフの持ち手底がヴァレッタの喉に当てて地面押し付けていた。

 

 

「が、ハ……っ」

(あの時より、はえぇ……!?)

 

 

 能力下降。満身創痍。明らかにベストコンディションには程遠い状態───なのに、ヴァレッタとの初めての戦闘。そのズレの修正をそれなりに出来た時、()()()()()

 ありえない、バッドコンディションに等しい状態からベスト以上の動きをするなど。

 ヴァレッタはベルが手に持つナイフを見て、一つの可能性を頭によぎらせた。

 

 

(武器か……。振りが速い短剣に加えて、こっちがやり慣れた本命武器。クッソ、前提から駆け引きが仕込まれてやがったのか)

 

 

 忌々しい、これもフィンの策の内かとヴァレッタは顔を歪ませる。が、まさかそれだけでヴァレッタが一瞬でやられるはずもない。アビリティの差はあれど、あくまで同レベル内。いや、仮にレベルがひとつ上であったとしても、反応すらできずにやられるなどあり得ない。ベストコンディションならば兎も角、最悪に近いコンディションでは。

 それの答えを等しく探っていたフィンは、静かに呟いた。

 

 

「……なるほど、盗みの技術を応用したな」

「盗み?」

「盗みは『如何に相手の意識外から掏るか』が大きく影響する。つまり実際に速くなったのではなく、()()()()()()()()()()()()という事だ。……教えたとはいえ、同レベルを相手に成功させるとは思わなかったけどね」

 

 

 全く大した少年だと、フィンは目を閉じた。

 

 

「……なぁ教えてくれよ、兎野郎。爆弾の全回収、ホントにやったのか? そこにある袋の大きさじゃ明らかに入りきらねえだろ?」

「……溜まり切ったら協力者に渡して、新しい袋に変えて動きました。貴方の耳なら爆発してないことは分かる筈です」

 

 

 そう。ベルは文字通り全ての自爆装置を回収した。正確にはベルが8割、他数名が2割を。

 その記憶は、作戦開始時へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「火炎石に反応するペンダントです。一度認識した物には反応を示さなくなるので、混乱することはないでしょう」

「……ありがとうございます」

「正直、私は勇者(ブレイバー)の正気を疑います。貴方のような少年に都市中の命を預けるなど。……ヘルメス様が悪ノリするから受けましたが、本来であればこちらの作戦を取りやめたいくらいですよ」

 

 

 水色の髪に眼鏡。飛行する靴(タラリア)は装備していないようだけど、七年後とそれほど変化がないアスフィさん。相変わらず疲れた顔をしていた。

 

 

「僕がやめたら、なおさらオラリオの人たちが危なくなるだけです」

「ファミリアを集い止めればいい。闇派閥の捕獲は───」

「後回しにしたら、また同じことの繰り返しになる。……アスフィさん、ありがとうございます」

「……ッ」

 

 

 アスフィさんは信じられないから否定してるんじゃない。もちろんその気持ちも多少はあるのだろうけど、それよりも『僕の心』を守ろうとしてくれている。

 僕本人ですら成し遂げられるか分からない作戦。失敗すれば奪われるのは大量の命。その責任が僕に乗っている。未熟な僕がそれを体験すれば、間違いなく折れるだろう。それを心配してくれる言葉。

 だから、笑顔でお礼を言った。

 

 

「必ずやり遂げて見せますから」

 

 

 不可能を可能にするのが英雄で、その力を与えてくれるものこそが僕の英雄願望(スキル)だ。

 僕は即座にペンダントを付けて、振り向く。都市の端っこ、その屋根。ここから見える全てを把握。現れた黒い影へと迫るため、屋根から飛び降りた。

 それと同時に響く鐘。小さな小さな鐘の音。リン───と、一度鳴る。()()()()()()。足に集まった光を放出させるため、その足を地に叩きつけた。

 

 轟音。加速。レベル5の器には収まらない速さ。そしてもう一度───リン。鐘が鳴る。一歩、また一歩。足を地面に着けるたびに新しい鐘の音として響き続ける。やがて視界に闇派閥の一員が映った。ペンダントは、反応。

 チャージは終了。だが加速した速さは落ちない。やがてすれ違う。その際に懐に手を伸ばし、自爆装置を奪い去る。再びチャージを開始。発動。

 都市中を駆け巡る。本来ならば不可能に近い速度を体現していた。

 

 鐘は鳴る。多くの耳に届く。それは風のように。白く燃え上がる雷鳴のように。

 奮い立て、抗え、希望は在るぞ───僕はそう主張し続けるように、鐘を鳴らし続けた。

 

 

「マジですか───!?」

 

 

 やがて協力者として都市を巡るアスフィさんに近付く。僕は身体を急停止させて、左手に持つ袋をアスフィさんに渡した。

 

 

「新しい──……袋、お願いします!」

 

 

 既に息切れは始まっている。相殺とまではいかないけど、精神力(マインド)は『精癒』で回復出来ているものの、体力回復手段はポーションしかない。僕は重量を可能な限り下げる為にアイテムは最低限しか持ってなくて、体力回復用のポーションは限りがあるし、飲めるタイミングは袋を交換するときだけ。

 アスフィさんが袋を出す前にポーションを口に含む。一気に飲み込み疲労の回復。アスフィさんが袋を出すのを見て受け取り、すぐさま走り出す。

 駆ける。奪う。袋を交換する。ほんの十数分の全力疾走。都市全域を走りぬき───やがて、都市すべてに配置された闇派閥から全ての自爆装置を奪った。

 

 

「アスフィさん! アストレア・ファミリアが担当する拠点はっ!?」

「……西側です!」

「預けた自爆装置、切り離して火炎石だけを持ってきてください!」

「はい───はい!? ちょ、走りながらやるのは流石に無茶で」

「お願いします!」

「……ああもうやってやりますよ! 恥ずかしながら、貴方に当てられている私がいる!」

 

 

 アスフィさんの歓喜を含んだ悲鳴を耳に、僕は西側へと向かう。

 

 拠点に着いた。加速は止めない。倒れている闇派閥の懐から自爆装置を掠め取りつつ、奥の部屋へと向かった。

 やがて見えてきた大広間。その奥では───アーディさんが子供に近付いていた。

 僕側の作戦を誰にも伝えていなかった弊害。でも第二級となればその辺りの警戒はするだろうとフィンさんは言っていた。確かに僕も納得したけど、相手に10歳といかない子供がいるならば別だ。何も知らなかったら、間違いなく僕も手を差し伸べていたから。

 その手が触れかける。子供は懐に手を入れる。

 

 間に合うか──いや間に合わせる。足首から下に集中して集めていたチャージを()()するイメージ。地面を踏みしめる際に一番力を入れるつま先に集め、集束した分を放出。今までよりも飛躍的に上昇した速さに目を見張るが、直ぐに順応させる。これなら、間に合う。

 アーディさんと子供の間に割り込む形で体を差し込み、子供の懐から自爆装置を奪う。加速が収まらないから風圧で子供が飛んでしまったけど、アーディさんが咄嗟に抱えてくれた。助かる。

 

 

「ベル……?」

「クラネルさん、何故ここに⁉」

「話は後で! 僕はフレイヤ・ファミリアとロキ・ファミリアの助けに、幹部は任せます!」

 

 

 叫ぶと咳が出た。微かに体勢が崩れる。関係ない。すぐに英雄願望を発動して地面を踏みしめる。

 

 

「行かせるとお思いですか!」

 

 

 ───! 確か、ヴィトーと呼ばれていた闇派閥の幹部。マズイ。もう地面を踏みしめた。このまま加速するとぶつかる。斬られる。

 短剣を出すのは間に合うか。僕は腰に回す。が、直ぐに引っ込めた。

 

 

「兎君、後でたっぷり訊かせてもらうからね!」

「くっ……貴方たちにとっても予想外だったでしょうに」

「うん、でも信じてるから! 信頼に思考なんていらないわ!」

 

 

 ありがとうございます、アリーゼさん。

 ヴィトーさんが立ちはだかった場所はアリーゼさんが押し出した。躊躇いなく進んでいける。

 

 再び外に出て、フレイヤ・ファミリアの方へと向かった。入口に辿り着くと、僕よりほんの少しだけ身長が低い、槍を持つ猫人族(キャットピープル)の青年が一人。フレイヤ・ファミリアの女神の戦車(ヴァナ・フレイア)……アレンさんだ。立ち止まると話しかけられる。

 

 

「チッ……こっちはもう終わった。自爆装置も取り外してる」

 

 

 というか舌打ちされた。……シルさんから聞いた『可愛い』を暴露しようかな。いや、それは失礼か……。うぅ、仲良く出来ればそれに越したことはないんだけど。

 

 

「わ、分かりました」

 

 

 頭を下げて、直ぐにロキ・ファミリアの方に向かう。……背後で再度舌打ちされたような気がした。

 そしてロキ・ファミリアが担当する拠点に辿り着き───

 

 

 

 

 

 

「アァ、わーってるよ。現実逃避だ畜生が」

 

 

 思考は現在に巻き戻される。ヴァレッタは全身から力を抜いた。

 巨大な溜め息。

 

 

「……」

「フィン?」

「親指の疼きが止まらない」

「なに?」

「ベルが来た時には、てっきり予想外の朗報に対する疼きと思っていた。だが、ヴァレッタとの戦闘を終えて尚、疼きが止まらない」

 

 

 フィンの表情は固まる。先ほどまで見せていた子供のような也は潜め、ただ冷静の仮面を被って思考する。

 そんな冷徹な仮面の耳に、嗤いが届いた。

 

 

「ハハハ……ハハハハハハハハハハハハ……‼」

「ヴァレッタ……まさかまだ何か」

「ねーよチビ勇者。読み合いはテメェらの方が上だった、潔く認めてやるよ。でも勝ち負けは別だ」

 

 

 ヴァレッタは思う。ああ、あの時聞いておいてよかったと。()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 まさか本当に全てを救うなどとは思っていなかった。でも億が一の可能性を信じたおかげで、心の準備は済んだ。

 

 

「覚えておけよフィ~ンッ! こっから起こるのは作戦も何もねぇ、ただのヤケクソだ! 確実性を削いだ悪辣の絶望───教えてくれよ、エレボス様」

 

 

 ───爆発音。いや、破壊音。爆発にも似た強大な音は、震動を伴ってその場へ届く。

 明らかに地上で起きてはいけない揺れ。そう、これは幾度となく体験し、戦場で何度も聞き覚えのある───レベル7の力。

 

 フィンは驚愕の表情を隠すこともなく、破壊音の方角。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の方角へ、顔を向けた。

 

 

 

 




 アーディ救出のシーン、本当は三人称一元(アーディ寄り)視点でやる予定だったんですが……そうすると何度も視点変更をする必要があり、流石にクドいかと思った為、ベル一人称視点で通しました。
 良い感じの文章構成が思い浮かんだら編集しますので、その時はご報告させて頂きます。

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