一週間、お待たせしました。
今回は輝夜の話になります。ロリアイズやロリシルとの話を期待された方には申し訳ありませんが、次話以降となります。
両目に浅い傷、体力・
僕が目を覚ました時に
両目の傷と右腕の骨はやられてから十分と経たない間に
そしてもう一つ、五感のズレ。戦闘中に奪われた視覚、戦闘に必須では無い味覚と嗅覚に回していた神経を無理矢理聴覚・触覚に回していた影響……なのかな。それが原因で、視界が微かにボンヤリと。鼻から感じ取れる匂いは鈍く、食事を摂っても味が薄く感じてしまう。逆に耳はちょっとした音にも反応してしまい、身体中敏感になっている。……変な意味じゃなくて、空気の感じ方だったり、暑さ寒さに対する感覚が別物なのだ。
五感の一部がない代わりに他の感覚が鋭くなる、という例は割と多いらしいんだけど、意図的に一部を無くし他を強化するっていう手段を取るのは事例が少なくて……どうも医療系のファミリアでもどう扱うべきか悩んでいるらしい。
とはいえ、意図的に弱化・強化したなら意図的に戻す事も出来るだろうと結論が出て。実際に何十回と集中して繰り返せば、元に戻った。
眼の傷、右腕の骨、五感に関してはこれで元通りだ。後は───
「すみません、リューさん。折角の休息日にマッサージをやらせてしまって……」
「気にしないで下さい。あの抗争に於いて、貴方は最たる功績を残した。その反動を看病する程度は、苦ではありませんから」
体力が減るにつれて疲労が蓄積していった筋肉……主に脚のマッサージを、現在リューさんにして貰っている。もちろんアストレア・ファミリアとなると働き。フィンさん、及びギルドからの命令は多い。回復も前衛も出来るリューさんばかり休ませるわけにもいかないので、ローテーションで其々が休息を取っている形だ。そして、休息中の人にマッサージを担当して貰っている。
……と言っても、目が覚めてからまだ二日目。初日はディアンケヒト・ファミリアの人が付きっきりで固まった筋肉を解してくれて、今日はちょっとしたケア。後1日もすれば問題なく動けるようになるだろう。
「レベル7を単独で抑えるのは、流石の一言です」
「ある意味、幸運が重なったと言わざるを得ませんが……」
多分あの時に目を失ってなければ、単調な攻撃ではなく読み辛い動きを加えてきて最後の調整が終わらず叩き潰されていただろう。抗争前に闇派閥に対して魔法を放てる状況下があれば、ファイアボルトの情報が相手に伝わっていた。火炎石による都市中爆破という手段を相手が取らなければ、攻防を繰り返しながら
その上でザルドさんが僕に止めを刺さずに逃げたから、今の状況が出来ている。本当に幸運と呼ばなければ何と言うのか。
ただまあ、何と言うべきか……。目が覚めてから、ほぼずっと視線が付き纏っているのだが。いや看病されてるからとかじゃなくて、遠くの方から自分の場所をピンポイントに打ち抜く視線が二つあると言うか。不幸とは言わないけど……なんだろう。監視下に置かれている様な感覚と、獲物として目をつけられている様な感覚。
多分……多分だけど、一つはフェルズさんだ。まあ得体の知れないレベル5がこの時期に急に現れてレベル7を退ける、なんてウラノス様からしたら疑う存在だろうし、まだ分かる。もう一つが未来で僕がオラリオに訪れた時、暫くしてから感じていた視線だ。つまりバベルの塔上層から感じるもので……そうなると、フレイヤ様からの視線……だろうか。
昨日は文字通り一日中見られていたし、今日は多少マシになってるけど……やっぱり見られてる。リューさんが気付いてないという事は、僕にだけ向けてるのだろう。
……美の女神に目をつけられる様な事、したかな……。いや、してる。フレイヤ・ファミリアの方々を悉く一掃した相手を退けてる。よくも面子を潰してくれたなという圧……? いやそれにしては好意的な視線だけど……。
「……そう言えばクラネルさん」
「? はい」
「言い忘れていました。アーディを助けてくれて、ありがとうございます。本人から伝えてくれとの事でしたので」
「……あー、えっと……あの後どうなりました?」
アーディさんは僕の事を応援しに来てくれたけど、よくよく考えてたら戦いの場に一般市民を連れて来た危ない行為だ。都市中の警護に一番当たっているガネーシャ・ファミリアの団員ともなると……。
「シャクティから随分とお叱りを受けた様で、今は謹慎中との事です。幸いと言いますか、不幸にもと言いますか……現在は人手が足りてるので」
「……それだけで済んだんですか? 僕のイメージ的には、シャクティさんってこう……『規律を重んじる!』って、そんな感じでしたが」
「曰く、神ガネーシャの語りと……貴方が示した“結果”が影響した様です」
「あはは……」
喜ぶべきなのだろうか。
「何より、落ち着いたとは言えまだ闇派閥を全員捕まえたわけではない。下手に罰を与えるよりは、余力を残して貰った方がいいとの事で……つまり、完全に平和が訪れた時への貯金……との事です」
「それは……怖いですね」
「ええ、それはもう」
思わずアーディさんに向けて合掌してしまった。アーディさんが怒られる原因を作ってしまった加害者的な気持ちである。
「それと更に一つ、此方は
「フィンさんから……?」
「『ベル、体調が良くなり次第『
「……報酬?」
今回の抗争は、言わば『オラリオの無事』が総員の報酬みたいなモノだ。僕も違わない。なのに報酬……? ……まあ、断ればいいかな。言伝だと失礼だし、会ってから答えよう。
「……そうだ、リューさん。一つ聞きたいんですけど」
「はい?」
「僕、輝夜さんを怒らせる事しましたか?」
「…………」
「…………」
気不味い。それが翌日の感想だった。
腕はほぼ問題ないが、やはり未だ重い僕の脚。それを無言でただ揉み続ける輝夜さん。僕から話し掛けるべきなのだろうか……いやでも下手に会話を振って地雷を踏んでも輝夜さんを困らせるだけだし……。
「……貴様の技は」
「は、はい」
「まだ無駄がある」
「……?」
「戦闘時に於いて視界から外れる行動……特に身体を沈める時は、反動を使うより力を抜く動作の方が良い。筋肉酷使の時間が長いから現在こうなっている」
「いづっ!?」
れ、レクチャーされてる? 僕の脚を叩いたのは、こうなるのは未熟だからという言葉の代わり?
「えっと……輝夜さん、怒ってます?」
「……」
「あの、僕が何かしたなら謝ります」
「………はぁぁああ……」
凄く長い溜め息。表情を整える為なのだろうか。輝夜さんは何処か呆れた様な顔へと変わり、同時に申し訳なさそうな声音で話し始めた。
「すみません。ただの八つ当たりです」
「へ?」
「原因は貴方様に当たりますが、大部分は私の未熟な精神のせい。心配をお掛けしました」
八つ当たり? 僕の行いが原因……。輝夜さんが不機嫌になったタイミングを考えると、あの抗争の時にした何か……?
「……えっと、聴いてもいいですか?」
「相変わらずのお人好しですね。普通八つ当たりなどと言われれば、殿方であれば憤慨でもしそうなものですが」
「そ、そうですか?」
「……まあ、貴方からしたらそれが『当たり前』ですか。ええ、だからこそ話そうとも思える。……聴いてくださいますか?」
「もちろんです!」
輝夜さんの話……この人から話すというのは凄く珍しい。マッサージされながらというのは聴く姿勢としてはちょっとアレだが。
「私は現実主義者です」
「……そう、ですね」
輝夜さんの『正義』は聴いたことがある。あくまで力を振りかざす為の武器だと。大義名分、正当化させる為の武器。言い方は不味いけど、輝夜さんなりに『悪』を倒す為の言葉なのだと知っている。
そして、彼女が目指すのは実行できるか全く不明な全てを救う理想よりも、確実に救える手立てのある現実だ。
「ただ、本心では全てを救う理想を捨てきれないのです」
「……」
「未練、と呼ぶべきでしょう。私は現実に裏切られた。それでも理想を、
……ああ、なるほど。輝夜さんは今回の抗争でも犠牲を前提にしていた。いや、多くの冒険者は犠牲者を覚悟していたのだろう。輝夜さんの様な意思を定めていないだけで。
だからこそ、僕の行動が原因となった。冒険者も、一般人の一人も、ましてや闇派閥すら残さず生存させて抗争を終わらせたから。
「子供の頃に裏切られたからこそ、今更抱いているのでしょうね……」
……あれ。そういえば輝夜さんの名前って、『ゴジョウノ・輝夜』……聞き覚えがある様な……。いや、未来のリューさんから聴いてとかじゃなくて、似ている名前を聴いたことがあるというか。……ゴジョウノ……ジョウノ……サンジョウノ……? 春姫さん?
「あ、あの、輝夜さん。サンジョウノ・春姫って名前を聞いた事は?」
「春姫? その名は知りませんが……サンジョウノという家名は、極東中央政府『朝廷』に仕える神事担当の家系です。もしや極東出身の知り合いというのは」
「あ、いえ。輝夜さんの“技”に関してはまた別の極東の人で……」
「……なるほど。しかしそうでしたか、極東の知識もあるのですね。という事はゴジョウノ家が暗部担当である事も知っているのでしょう」
……え? 暗部担当?
「まあ、予想通りです。極東はそのものがファミリアと呼んでいいほど大きなものです。恐らくファミリア規模で言えば世界的にみても最大級かと。しかしそれ故に島国内での争いが絶えず……私の考えはその頃から確立されていったのです」
すみません知りません予想もしてません知らない事が多いです。
春姫さんがかなり高貴な生まれだって聞いてたし、時折見せる振る舞いは高貴のそれだからこそ輝夜さんも似たような立ち位置なんだなって思ってただけで、極東がどういう状況で輝夜さんがどんな役割だったのかは知らないんです。
「だからこそ妥協していた。ただ……貴方の行動と結果で、私の意思は揺らいでいる。……ああ、考えれば考えるほど苛ついてきた。所詮は男一人でひっくり返る程度の思想を持っていた私に怒りが止まらん。チッ、争いなぞ下らん。なぜ血に塗れるのが楽しいのか。やはり闇派閥なぞ滅ぼすべき……」
「輝夜さん、止まって。あの力入ってて脚がいたたたたたッ!?」
「……申し訳ありません。要は『勇気を出せばひっくり返ったかもしれないのに勇気を出さなかった私に怒りを抱いている』ということです。勇気を出さない正義……そんなものに助けられる存在が、哀れで仕方がない」
……過去から植え付けられた価値観。僕でいう、英雄願望みたいなもの……だろうか。僕のは前向きな憧れだけど、輝夜さんは失望したが故の妥協……って考えるべきかな。
「……じゃあ、これから叶えて行きませんか?」
「は?」
「確かに、昔からの価値観というのは簡単にひっくり返るものじゃないと思いますが……輝夜さんは理想を捨ててない。それを自覚してるなら、きっと叶えられると思うんです」
「……ぶぁあーかめ。叶えられるなら疾うの昔に叶えているわ! だからこそ……私にできる範囲に妥協しているのだろう」
「僕が居ます」
輝夜さんに今必要なのは、成功させた実績による自信だ。なら、実際に救った僕が宣言しよう。……あまり堂々と放つのは照れくさいけど、誇りを以て救って見せたのだ。ならば胸を張っていい。
「この抗争で全員を救った、理想を叶えた僕が居ます。僕一人で叶えられたなら、僕と輝夜さんの二人でならもっと沢山の理想を叶えられると思うんです」
「……貴様という奴は、本当に……!!」
あれ、また怒った……?
「も、もちろん僕と輝夜さんだけじゃなくて! アストレア・ファミリアの皆も、ロキ・ファミリアの人達も一緒にって事で!」
「……ふぅ。そうでした、貴方はそういう人でしたね。本当にお人好しで……しっかりと英雄をしていらっしゃる。ただ時々ポンコツですね。そんなポンコツ英雄様には、寄り添う仲間も必要でしょう」
輝夜さんは顔を真っ赤にして怒ったと思ったけど、直ぐに落ち着いた表情となり、僕もドキッとする様な晴れやかな笑顔で口を開いた。
「言質、頂きます。責任とって下さいね?」
三部始まるまでに少なくとも二話は書きたいところ……。具体的には『アイズたん“ママ”と“父”で葛藤』と『美神の猪人、思い出の言葉』の二つを……!