盤外の英雄   作:現魅 永純

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七年前の憧憬

 

 

「さて、先ずは礼を述べるとしよう。ベル、都市防衛への多大な尽力、感謝する」

 

 

 僕がロキ・ファミリアに訪れると、既に話が通っていたのだろう。僕の姿を見た門番の人は二人のうち一人が黄昏の館内に入っていき、もう一人が僕を外で引き止める。まあ僕が来るタイミングを完璧に読むのは……うん、多分無理だと思う。来たら知らせるようにと伝えて、その間はギルドからの要請に対応していたのだろう。

 黄昏の館に来て数分、館内に入って行った一人が戻って来て、中に入って良いと知らされた。一応五日前(抗争前日)まではホームに訪れていた時と同じ対応だ。案内の必要がないとでも言われたのか、門番の人が着いてくる気配はない。

 

 やがてフィンさんの部屋に辿り着くと、挨拶から始まり、そして礼を言われた。

 

 

「すまないね、どれほどの損傷状態かは別ファミリアの僕達には知らされていないんだ。調子は大丈夫かい?」

「少し身体は重いですが……後1日もあれば万全の状態に戻ると思います」

「それは何よりだ。じゃあ報酬の件なんだけど」

「それなんですが、僕としては自分だけ特別扱いされても……他の人には出てないんですよね? だとしたら、報酬は頂けません」

 

 

 全員に行き渡る報酬であれば、アストレア・ファミリアの財産事情も考えて受け取ってはいたけど……リューさんの話し方的に、この報酬は僕だけに渡されるモノと予想できる。皆んなが都市を守っていたのだから、僕個人にだけ充てられる報酬は受け取れない。

 フィンさんは苦笑した。

 

 

「だろうね、君ならそう言うと思った」

「……?」

 

 

 そう言うと思っていたのなら、そもそも報酬を渡そうとしなくても良かったんじゃ……? 一応今回の件はフィンさんからお願いされたモノとはいえ、あくまでファミリア同士都市を守る為に結託しただけだ。事前に約束していたなら兎も角、今回のは報酬がある無しで関係上に亀裂が走るものではない。

 ならフィンさんが態々僕を呼んだ理由は……別件でもあるのだろうか?

 

 

「別件は無いよ」

「……フィンさんって他人の思考でも読めるんですか?」

「あはは、よく言われる。けど僕のはただの推測と勘だよ。君の性格を考えると、()()()()()の考えには行き着かないと思っていたし」

 

 

 そっち方面?

 

 

「ではベル、君の『他人から見た経歴』を逆算で思い返そう。君は都市の全てを救った。アストレア・ファミリアとして動き始めた。これがこの二週間少しの君の動き。さて、ではその前は?」

「……あ」

 

 

 そ、そっか。幾ら実績を作ったからって、僕が一ヶ月すら経たない間に現れたレベル5だというのは変わってない……。つまり今回のこの報酬って、ロキ・ファミリアからの感謝ってよりは、ギルドからの……。

 

 

「うん、ギルドからしたら君は救世主で、同時に未知数な存在だ。急に現れたなら、急に何処かへ行ってしまう危惧がある。だからどうしても繋ぎ止めておきたい……と、そんな裏事情があるんだよね」

「な、なるほど」

「ちなみに支給金は3000万ヴァリス」

「3000万!?」

 

 

 ぼ、僕一人にそれだけの予算を……?

 

 

「……ベル、君はもう少し自分の価値を正しく認識するべきだな」

「へ?」

「正直、この予算は低すぎる。君の戦績、及びこれからの期待値を思えば、この倍は欲しいところだ。バロールクラスを単身で退けた実力を考えれば、その気になれば3000万は一ヶ月としない内に集められる額。……全く、ロイマンには参ったものだな。交渉した結果が3000万だ。リヴェリア(ハイエルフ)から文句の一つでも出れば変わるものか……。後で提言する。すまないね」

「い、いえ充分です!? そんな高予算で欲しいモノって僕にはありませんから!」

 

 

 き、危惧してた『白幻』だって僕の手元に戻って来てた訳だし……。既に直剣を貰っちゃってるのもある。魔法スロットの数を考えれば魔導書を貰えるのが一番だけど、ステイタス更新が出来ないと意味ないし……。

 実際、今の僕が欲しい物というのは中々ない。レベル5となって新調した防具は第一等級にも劣らず、武器は特性を考えて使えば通用する。下手に魔道具を貰っても使う機会がないだろう。3000万を直接貰ったとしても、使い道は装備整備の依頼や食事くらいになる。

 

 

「だが、建前は必要だ。君が要らないと言っても、ギルドからしたら保証が無い。つまり不安な訳だ」

「え……う……ん〜……うぅ……欲しい物……欲しいモノ……」

「娼婦と一晩過ごすかい? 強き者を好むアマゾネスは歓迎してくれるかもね」

「しょっ!?」

「冗談だよ」

 

 

 ふぃ、フィンさんってこんなに下ネタ言う人だったっけ?

 

 

「さて、保証品が無くては僕としても困ったな。ギルドが君への信頼を築けないとなると、組める作戦も狭くなる。全面的信頼が置かなければ重要部分が任せられなくなるからね」

「う、ぐ……? ……あの、フィンさん」

「うん?」

「まさかとは思うんですけど、僕を揶揄ったりしてます?」

「……ははは、まさか?」

「揶揄ってますよね!?」

 

 

 なんか妙に僕を追い詰める会話だと思ったら、意図的かこの人! 苦笑でも満面の笑みでもない、愉悦を感じているかの様な笑みの仕方になってるんだけど!

 

 

「いや、なに。アレだけの実力を持つのに、めっぽう弱い部分を見るとね。はははっ」

「ほ、本当は保証品とか」

「ンー、それはあるべきだね。今までの会話は意図的ではあるけど、決して嘘ではない」

「……こ、壊された建物とか地面とかの修繕費に回すとか」

「それは別途で送られているし、君個人への品ではなくなってしまうかな」

 

 

 ……今度は真面目な顔だ。愉悦とかじゃなくて、実際あるべきなのは確かなのだろう。でも欲しい物って言われても……。

 

 

「……何もないのであれば、僕から一つ提案しようかい?」

「提案?」

「短剣の製作依頼だ」

「……えっと、武器はもう充分に揃って───」

「本当に充分かな?」

 

 

 ……直剣に短剣・ナイフ。流石に槍は使えないけど、長距離に対応できる魔法はあるし、中距離ではゴライアスのマフラーを振り回す武器として利用できる。充分に揃ってるとは思うけど。

 

 

「君との共闘はした事がないから、アストレア・ファミリア程の理解は及んでいないけど……。ベル、君は遊撃向きの戦闘スタイルだ。だからこそその武器構成で満足しているのだと思う」

「はい」

「でも同時に単身で強い能力を持っている。要はどのスタイルにも対応出来る潜在を持ってるんだよ。だから基本戦術を捨てた真正面からの戦闘でザルドにも対抗出来た」

 

 

 ……確かに、一撃必殺を出す為の溜めを作る動作を抜きにしても、イグアスとの戦闘などを思い返せば分かりやすい。一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)じゃなくても、僕は充分にやり合えている。基本戦術はあくまで効率がいいし、連携時もバランスが取れるから行っているだけで、場合によっては他のやり方も出来る……と思う。

 

 

「けど僕の見立てだとね、君はもう少しザルドに優勢な立場を保てたと思う」

「え?」

「短剣やナイフは、相手の武器と離れすぎない性能さえあれば逸らす為の武器としては優秀な装備だ。幅が狭いからこそ精細な動きを可能と出来る。ザルドの攻撃を君が防げた理由だね。だがもう三つほど優秀なところがある。内二つは君が実践済みだ」

「……持ち手が狭いから、自動的に双剣スタイルになる事。後は……投擲、ですか?」

 

 

 小さい武器だからこそ高速且つ精細な動きを可能として、二つある事で選択肢を広げる事が出来る。それ以外の実戦した事となれば、投擲以外はないだろう。

 ……そっか。確かにザルドさんと戦った時は、ナイフ一つで戦っていた。白幻を装備したところで耐久値が足りないと思っていたから頭から離れていたけど、ヘスティア・ナイフで受けるのが基本だと見せれば、相手を白幻の持つ方へと誘導できる。それを先読みしてヘスティア・ナイフで逸らし、直後に白幻を放てば……明らかにナイフ単体で戦うよりも優勢に持っていけた。

 

 

「うん、その通り。もう一つは分かるかい?」

「……フィンさんの提案から察するに、他の武器とは違って多く装備できる事……ですか?」

「そう。短剣やナイフは、刀身が40C以下のものが基本。僕の様な小人族(パルゥム)なら兎も角、ヒューマンである君なら身体の何処にでも装備し放題だ。かさばらないように抑えたとしても、両足両腕一本ずつの四本、腰二本、脇に二本……計8本の装備が出来る。鎧に仕込めば更に装備できるだろう」

 

 

 ……なるほど。僕はきっと読み合いならばフィンさんには勝てない。けど8本の武器を装備すれば、それだけで充分な駆け引きにできる。見せるが故の駆け引き……そんな事もあるのか。秘匿してたから刺さった魔法とは逆の発想だ。

 

 

「さて、どうする? 僕としては君にとっての最善がこれだと思う。しかし魔道具などの補助装備、或いは武器の種類そのものを変えるという選択肢もあるだろう。僕の考えに従う理由は何処にもないけど……」

 

 

 ……ステイタスが更新できない現状で、強くなるという手段が存在するならば、それは技や駆け引きの上達に他ならない。その為に選択肢を広げる手段があるというなら、それこそ乗らない理由はないだろう。

 

 

「是非とも、短剣でお願いします」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「………」

「………」

 

 

 き、気不味い……。これが、アレか。神様が言う『でじゃぶ』っていう奴か。

 昨日の輝夜さんと似たような気不味さ。……目の前に凄く小さなアイズさんがいる故だ。いや、あくまで偶然だ。偶然ダンジョンから帰ってきたアイズさんと会ってしまっただけ……。ふぃ、フィンさんに短剣の形状や刀身サイズの要望は話したから、後は帰るだけ……なんだけど……。動けない。アイズさんが凄く僕を見てくるから全然動けない。

 

 初対面の筈だから、何かをしたって訳でもない。何だろう……。

 

 

「……ねぇ」

「は、はい?」

「戦って、欲しいな」

「はい!?」

「いくよ」

 

 

 あ、今の驚きが肯定に聞こえたのか!? いやでも待って、ここロキ・ファミリアの館内だから無闇に戦闘とか出来ない……!

 い、今すぐに引き抜けるのはヘスティア・ナイフ。館を壊さないように僕の内部で力を受け止めるしかないか?

 

 

「───阿呆」

「あうっ」

 

 

 杖……と、この声は、リヴェリアさん?

 突進の構えを取ってたアイズさんは突然頭に落とされた杖を避けれず頭を押さえている。……杖って、素材によっては鈍器としても扱えるからなぁ。今のアイズさんって確かレベル3だから……そのアイズさんでさえ痛がってるってなると、一体どんな素材を使ってるのだろう。

 先の件でフィンさんに「魔力補正型の魔道具を短剣に加えることって出来ますか?」って聴いたら、「出来るけど凄く高いね」って言われたし、それを付けてる魔導士の杖って……一体どれだけ高いのか。それを容赦なく鈍器として扱ってる事にちょっと怖くなったかもしれない。

 

 

「オラリオを救った者に対する態度ではなかろう、アイズ。彼の事を気に掛けていたのは分かるが、いきなり戦いを挑むな」

「むぅ……」

「えっと……僕、アイズさんと会ったことありましたっけ……?」

 

 

 僕が問うと、リヴェリアさんはほんの少し疑問を覚えたような顔になるが、「ああ」と思い出したように呟いた。

 

 

「確か君は眼をやられていたな。であれば視界に入らなかったのは無理もない。この馬鹿者、主神(ロキ)の命令を無視してあの場に赴いていたのだ」

「なるほど……」

「コイツは強さへの貪欲さがあるからな。大方、レベル7をレベル5の身で退けた実力に興味があるのだろう」

 

 

 ……アイズさんに追い付きたいからです、なんて馬鹿正直に話しても、このアイズさんからしたら「なんのことだ」ってなる。絶対に。

 

 

「違う」

「ん?」

「違わないけど、違う」

 

 

 ……?

 

 

「……取り敢えず、お前は頭を乾かせろ。帰ってくる前に血を流してきたのは成長と見るが、まだ濡れているぞ」

「乾かして」

「お前のそれは甘えなのか、それとも戦闘以外の惰性なのか……。まあ良い、私の部屋に来い」

 

 

 アイズさんの言葉の意味は分からなかったし、多分リヴェリアさんも理解していないだろう。未来でのアイズさんも口数が多かった訳じゃないけど……このアイズさんは、凄く言葉足らずというか。幼いからだろうか……?

 ま、まあいっか。これで気不味い思いはしなくて済む。今のアイズさんに見つめられるのは、色々な意味で気不味過ぎる。

 

 

「リヴェリアじゃない」

「……は?」

「えっと……名前、なんだっけ?」

「ぼ、僕ですか? ベル・クラネルです」

「ベル……うん。ベル。ベルに、して欲しい」

 

 

 ……へ?

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 命さんから聴いたことのある慣用句の一つに、『二度あることは三度ある』という言葉がある。他の言葉は意味を汲み取らないものもあるけれど、これは言葉通りの意味であり。そして事実その通りの事が起こっていた。

 三度目の気不味い場面。アイズ(むすめ)に何をしたと言わんばかりの視線に、僕は眼を逸らすことしか出来ない。怖い。都市最強魔導士の眼圧が怖い。

 

 ……というか、今の状況ってすごく事案な気がする様な……いや、大丈夫大丈夫。僕が憧れてるのは未来のアイズさんであって、このアイズさんに邪な感情を向けるのは……ない……ないと、思いたい……。

 ……そう! 10歳の妹的な存在を膝の上に乗せて髪を乾かしてると思えば大丈夫!!

 

 

「へた」

「ぐっ……」

 

 

 ふ、拭き方が雑だったかな……?

 

 

「髪、梳って」

「はい……」

 

 

 髪はある程度乾いた……。後は未来によく見たサラサラの金髪にするだけ……。

 

 

「……ちょっと痛い」

「ご、ごめんなさい」

 

 

 ……家だとお祖父ちゃんと二人で過ごしてたから髪の手入れをした覚えなんてないし、神様やリリに対しては頭を撫でるくらいが限界で……髪の手入れの経験なんてないから……。

 

 

「……なあアイズ? 無理にベル・クラネルにやらせずとも、いつも通り私がやるぞ?」

「ベルが、いい」

「えっと……アイズさん。僕もリヴェリアさんがやった方が、手慣れてて早く終わると思うんですけど……」

 

 

 何で僕に拘るのだろうか。

 

 

「……確かにリヴェリアの方が上手」

「うぐっ」

「ベルは下手」

「うぅ……」

「……でも、嫌じゃない」

 

 

 情けなく項垂れる。リヴェリアさんのドヤ顔が目の端に映る。……この顔、是非ともリューさんに見せてみたい。

 しかし、最後に放たれたアイズさんの言葉を聴いて、僕は疑問符を浮かべた。リヴェリアさんの方に視線を移すと、何処か驚いた様な顔を見せて、やがて「仕方ないな、世話が焼ける」と言いたげな笑顔で息を吐く。

 

 

「ベル・クラネル。髪を梳る時は、根元からではなく毛先からだ」

「こ、こうですか?」

「ああ。梳る際には髪が少し濡れた状態がいい。無理やりとかすのは髪が痛むからな」

「んぅ……」

 

 

 アイズさんが心地良さそうな声を洩らしてる。なんか、僕も嬉しい。

 いつもアイズさんに膝枕されてたし……奉仕する側に回るのも良いような……。どうしよう、変にハマりそう。凄く癒される。あの時のアイズさんもこんな気持ちだったのかな。

 

 

 

 

 





 三部まであと少し……。三部が配信されたら見てくれる人が増えますかね?
 今までで一番書いてて楽しい作品だから、なんとしても完結させます!

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