「ベル君、
オッタルさん───及びフレイヤ・ファミリアの何人かの冒険者と訓練を(一部殺されそうになりつつも)終わらせた後、アストレア・ファミリアホームに戻るとアストレア様が居間に居た。
訓練で負った怪我はポーションで治したけど、汚れなどはそう簡単には落ちない。僕の姿を見てビックリしていたアストレア様に断りを入れて先にシャワーを浴び、居間に戻ると、僕に問いが投げられた。
球形の魔道具……?
「『D』という文字が刻まれている……そして眼球の様な形、くらいしか情報はないのだけど」
「! し、知ってます」
そっか、この時代だとまだ判明はしてないのか。僕自身、闇派閥の対応をって思考に持っていかれてたから、すっかり忘れていた。……元々
「えっと、ダンジョンにはもう一つ入り口があるんですけど」
「……え?」
「
「ま、待ってベル君。追いつかない。情報処理が追いつかないわ」
……あ、うん。だよね。基本的にダンジョンへの入り口は一つで、それはバベルから降れる場所。それが絶対であって、神々の知らないもう一つの入り口なんて信じれたモノじゃない。僕としては受け入れた身だからこうして話せてるけど……千年もの間バレなかったもう一つのダンジョン。そんなもの一瞬で受け入れられる筈がない。
「だから、その……闇派閥の拠点が其処という事でして」
「……バベルのダンジョン入り口を見張らせても
僕は肯く。
「だとしたら、今まで話さなかったのも無理ないわ。無知の状態な筈がオラリオの人物達よりもオラリオに詳しい……なんて、それこそ疑われる存在だもの」
「け、けど、この情報はどう伝えるんですか? 僕から聴いたと言っても、抗争の日は監視がついてる様な状態でしたし……見つける暇なんて無かったです」
「……そうね。ベル君、覚悟を決めなさい」
「え、僕ですか?」
「ええ。貴方が未来から来た事、私の子供達全員に話すわ」
「───つまり」
翌日の昼。僕からの言葉ではないが、アストレア様が概ね僕についての出自を伝える。僕から伝えるよりは、アストレア様から伝えた方が信憑性が出るだろう。なによりそれが理由で、
アリーゼさんが口を開く。どんな言葉が飛び出してくるだろう。信じられないか。それとも信じてくれるのか……。
「御伽噺から出てきた様な存在! って事ね!」
変な自己解決にいき着いていた。
「……えっと?」
「アリーゼ、それでは言葉不足です」
「全くだ、団長様。つまりベル、貴様は本来この時代では『あり得ない筈の存在』だという事。御伽噺から人が飛び出るなんてあり得ないだろう? そういう事だ」
「な、なるほど?」
あれ、なんか思ってた反応と違う。もうちょっとビックリするとか、あり得んわと返されると思ってたんだけど……なんか凄く受け入れられてる? 未来人ってそんなポンポン現れるもの?
「……まあ、信じられん気持ちも確かにある。だが事情を聞けば辻褄も合うものだ。都市外から来たよりは遥かに信じられる」
「あら……私ってそんなに嘘下手だったかしら?」
「ってよりかは、単純に知識の差だよ。アストレア様からしてみりゃ都市外の第一級も可能性としてはあり得るんだろうけど、あたしらからしたら外のモンスターなんて雑魚の認識がある。今後騙すなら“認識の差”ってのも頭に入れるべきだぜ?」
あ、ああ……僕からしても、都市外に『
アストレア様も思わず苦笑してる。
「何よりクラネルさん、貴方はダンジョンに対して慣れ過ぎです」
「うぐっ……」
……ですよねー。
「14歳でレベル5ってのも余程の密度がなければ無理だ」
「都市外に凶悪がいるにしても、そんな連続して現れるもんならオラリオに依頼が来ているしな」
もうやめて! わかった、如何に僕が隠すのが下手だったのかが分かったから、やめて!
「それでアストレア様、兎君の事情を話して何をするんですか?」
「ええ、ぶっちゃけると皆に伝えたのはついで。情報共有に過ぎないわ。主にはライラ、貴方よ」
「あたし?」
「貴方は抗争に於いて、拠点を攻め落とした後の行動にアリバイが
「ああ、『
……あ、僕の事か。普段クラネル呼びだから直ぐには反応できなかった。
「お前、拠点殲滅の時にロキ・ファミリアの方で【
「ご、ごめんなさい」
「いや、別にいい。主要幹部一人の行き場所なんざ決まってる。顔無しの奴は捕まえたしな、逃げられたのが分かってる幹部は寧ろ都合がいい」
……なるほど。
「【
「ああ、あたしだったらそうする。あたしはそういう
確かに、それなら一切の違和感なく全てを繋げる事が出来る。……いっそのことフィンさんにも僕の事をバラした方が動きやすいかな? でもアストレア・ファミリアの人達の様に信じてくれるかどうか……。フィンさんは僕の事を信頼するとは言ってくれたけど、僕の言う事を信じてくれるとは限らない。
それに、僕は
……態々言う事はないか。バレそうなら言おう。別に隠す事ではないけど、わざわざ言う必要はないだろうし。元々オラリオには身元不明な人が訪れる事も多いしな。
「……それと、これはベル君だけに訊きたいのだけれど」
「? はい」
「貴方は本当に『救える全てを救いたい』と願っているのよね?」
……? 何で今その質問をするのだろう。ただまあ、正義の派閥内でやりたい事、正義について問うのはよくあることだ。僕は頷いた。
「はい」
「……分かったわ。それじゃあこれは貴方だけへの依頼。ベル君、ガネーシャ・ファミリアへ行ってらっしゃい。
「アーディさんに……?」
「例の
「こんにちは」
「おぉ……これは英雄様ではありませんか! お聞きしましたよ。闇派閥の自爆装置全てを回収した後、なんとあの【
「……どうも」
闇派閥にすらそういった伝わり方になってるのか……。いや、この人が特別なのかな。闇派閥の筈なのに、『英雄』という存在を憧憬しているとか何とか。
「ヴィトーさん、貴方は何で闇派閥に?」
「おや、貴方の隣に居られる少女にある程度は話したと思うのですが……お聞きになっておられないので?」
「知ったかで貴方を説得しても意味がないと思いますので」
「説得……? もしや私を闇派閥から切り離すとでも? ははは、冗談が厳しい。私は“悪”だ。曲がりなりにも“正義”の一員である貴方達に与するとでも?」
……確かに無理だと思う。だからこそ問い続けよう。無理だと諦めるのは、可能な全てを試してからでも遅くはない。
「ふふふ……まさか英雄様に私の身の話を語れる日が来るとは。ええ、ええ。是非ともお聴きください。その結果貴方が何をするのか、大変気になる。……ああ、しかしすみませんね。残念ながら闇派閥の内部について語る事はありません。悪は悪なりの道理がある。成す事を定めた以上、その裏切りになる行為は無理なので」
「構いません。元より僕は貴方の話にしか興味はありませんから」
「……ああ───ああッ! なんと身に余る光栄! 貴方様が私程度の存在だけに興味を示すなど! ふふふ……ええ、是非とも語りましょう。ではお聴きください。私の話を」
そこから先の話は、それほど長くはなかった。自分には生まれついての欠陥があった。視覚、聴覚、嗅覚、味覚……触覚以外の全ての機能に誤りがあったと。
それだけならばただの障害だと乗り越えられた。しかし、他人の流す血は、他人が負の感情を抱いて流した血だけは、色があり、匂いを感じ、“
アストレア様の、「悪にならざるを得なかった人物」という言葉の意味を理解した。生まれながらの欠陥があって、その欠陥を塗り替えられる唯一の手段が“悪”の行いだったのだ。僕には、何も分からない。今の僕は、目も鼻も匂いも味も、人が感じられる全てを感じる事が出来るから。
僕は、彼に何をしてやれるだろう。
「ベル……?」
今まで黙って聞いていたアーディさんは、初めて声を出す。仕方ない。それほど僕の行動は奇妙に映っただろう。これから行う事は、アーディさんの目を汚す行為かもしれない。でも許してほしい。
僕は、ヘスティア・ナイフを鞘から抜き取り───腕を浅く斬る。
「っ……」
「ちょ、何して」
「すみません、アーディさん。暫く見守ってて下さい」
微かな痛みが走る。浅い傷ではあるが、戦闘中ではないと気になる痛みだ。
「……何を」
「ヴィトーさん、この血の色は見えますか?」
「───なるほど、試しているのですね。しかし残念ながら、その血に色は見えません。香りも全く。期待的な気持ちがあるのがいけませんね」
「そうですか……」
血を見れば気が済むのであるなら、幾らでも僕の血を見せてよかった。でも駄目か……。取り敢えずポーションで傷を治そう。
なら次は、
視界の色覚を、聴覚を薄く、味覚を狂わせ、嗅覚を無くす。……単純に弱化させるのではなく、狂わせる。初めてやるけど出来るみたいだ。凄く気持ち悪い。
「アーディさん、あそこにあるランプは何色に光ってますか?」
「え? ……ひ、光は光だよ。明るさで照らしてるだけで……」
「……なるほど。当たり前に見えるものが見えない……声も若干ノイズがあるみたいで阻害されてる。……中々にキツいですね」
「……まさか貴方、意図的に五感を?」
「あはは……ザルドさんと戦った時、眼をやられまして。その時は視覚に回してる神経が余計だなって思って、そしたら他の神経に回す事が出来ました」
「もしや、私の残った触覚を他の神経に回せと?」
「いえ、多分それは無理です。僕は元々の五感が全部あったから出来ただけ……。知らないものを再現するなんて、無理だと思います」
「……おや、英雄様とあろうものがマウントでも取っているのですか? ふふふ……私の憧憬への評価が下がりそうですね」
僕の評価が下がるのは構わないけど……勘違いされたままっていうのは嫌だな。
「確かに、こんな中で初めて見れた色に魅了されるのは分かると思います。何度も見たいと思うのは、仕方ないかもしれない。……でも本当に“負の血”だけですか?」
「……なに?」
「貴方が見れたモノ……いや、見れるものが“負の血”だけと、そう思いますか?」
ヴィトーさんが困惑……してるのかな。この眼の色だと感覚が鈍い。判断するのに少し迷う。
でも言葉に迷いはない。ヴィトーさんが初めて見れたものが“負の血”である事は間違いが無いのだと思うけど、それでも
「自分はこの欠陥を抱えて生きていくしか無いのだと、普通になる時はないのだと、そう諦める方が簡単だからそうしてるだけじゃないですか?」
「……」
「諦めない……っていうのは、確かに口で言うほど簡単じゃない。あるかも分からない“未知”を信じて探すのは、辛く苦しい道かもしれない。でも冒険者は、そんな未知を探して冒険するんだ」
すみません、ベートさん。貴方の“矜恃”を借ります。幾らでも僕を嫌ってくれ。それを礎に、立ち上がってくれる人が居ると信じているから。
「貴方は悪なんかじゃない。
「……ッッ!」
「ただ逃げるだけの弱虫で良いんですか?」
「…………」
「僕は探しますよ。背負います。貴方の欠陥を覆す何かを。他人に背負わせるだけの弱者で良いなら、貴方は其処で黙って見ていて下さい。正真正銘、誰にも託せず諦めた『顔無し』として」
眼を閉じる。五感の神経を集中させて、狂った感覚を全て元に戻す。……脳がグラグラ揺れ、眼を開いたら視界が一瞬ボヤけた。やっぱり、意図的に五感を変化させるのは危険だな。これからは本当に戦闘外で試すのはやめるべきか。
僕はヴィトーさんのいる檻から目を晒して、アーディさんに視線を向ける。もう面会は充分だという意思表示。アーディさんは正しく受け取ってくれたのだろう。歩き始めた僕の隣に着いてくる。
「……君、ドSだね」
「へ?」
「顔無しの人生を全否定する真似をしながら、自分だけは探しますって……依存させる様な言葉だよ、それ。かなりサイテーな発言」
「えぇっ!? いや、僕はただ発破を掛けるつもりで言っただけで、別にそんなつもりは……!」
「天然って怖いなぁ……」
あ、アーディさんにもドン引きされるほど最低な行為だった……? ど、どうしよう。今すぐにヴィトーさんの所にまで戻って、極東出身命さん直伝『土下座』をしながら釈明するしかないかな。
「アハハ、でも最善だと思うな。顔無しは確かに初めて見れたモノに依存してたんだ。それが“悪”に直結してるなら、それ自体を打ち壊すしかない……。他でもない『英雄様』の君がね」
「う、うーん……大丈夫、ですかね?」
「知ーらない」
えぇ……少しくらい安心する言葉を投げ掛けてくれても。いや確かに紛れもなく僕の責任なんだけどさ。
「それよりも!」
「はい?」
「君、躊躇なく自分の腕を斬ったよね?」
「あー……いや、まあ……」
「誰かの為に頑張るのは良い事だと思う。でも誰かを助ける事で自分が傷付いたら、それは自分自身を捨ててるのに等しい。本末転倒だよ」
反論出来ない。
「『全てを救う』の“全て”には、ちゃんと“自分”を含めてね? ボロボロになるだけの英雄になんて、
「……はい」
「守られた一般人達は感謝だけを伝えてると思うから、せめて私だけは君の身を案ずるからね」
「ありがとう、ございます」
……ボロボロになるなって約束を果たせるかは微妙だけど。でも、そうだ。己を賭すのに、賭す己を無くしたら自分は何も為せない。
「うん、説教はここまで! さあ笑顔で出よう!」
「───良い台詞と褒めてやるが、謹慎中にホーム外へ出ようとするのは感心せんな。アーディ」
あ、シャクティさん。……そういえばナチュラルに会話しながら歩いてたけど、もうファミリアの出入り口前まで来てる。アーディさんって今謹慎中だったっけ……。そりゃ外に出ようとすれば止められるか。
「う、お姉ちゃん……や、やっぱりダメ? 久し振りにジャガ丸くん食べたいなぁ……って」
「ほう、なら丁度いい。つい先程ジャガ丸くんを買って来た所だ。外に出る理由は無くなったな」
「あ、小豆クリーム味が……」
「それも買ってある」
「……外に出たい!」
「素直か。しかし駄目だ。後で叱れと言ったのはお前自身だからな?」
「うぅ〜、お姉ちゃんの頑固者!」
……さっきまで凄く大人っぽく感じたけど、やっぱり僕と離れてない歳だから、子供っぽい所もちゃんとあるんだなぁ。
-報告-
今話から暫く、感想への返信を控えます。詳しくは下から飛べる活動報告で。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=244266&uid=182563
活動報告では今日の投稿は無理かもと言ったものの、普通に投稿出来ました。紛らわしくてすみません。