「じゃあさ、私達のファミリアに来ない?」
「え?」
「な───」
「行き場のない人を保護するのも、また正義! ……いや、それは別の所に届けるのが正しいのかな?」
「ま、待って下さいアリーゼ! 確かに私達のファミリアは女性限定という訳ではない! 訳ではないが……男性は所属していない。其処にこの少年を放り込んで仕舞えば、私達もこの少年も困惑するでしょう!」
「何事も前例は作られるモノよ!」
「それは───そうですが……!」
僕の意見は聞かないのかな。いや、まあ正直に言うと、僕の事を知らないにしてもリューさんと一緒のファミリアに入れるというのはとても助かる。この人には幾度となく助けられたし、かなり心が落ち着く。
「それに、この子もこの子の『正義』がある。どんな経験を積んだかは知らないけどね。後は、オラリオの暗黒期に何か転機を齎してくれるという勘」
「……勘、ですか」
「えっと、僕としても身寄りが出来るのは嬉しいです。他の神様には話しづらい事もありますし……」
僕の知る限り、自分の『面白さへの期待』を隠す神様というのは極端に少ない。それこそギルドにいるウラノス様や、僕の身を案じてくれるヘスティア様。何なら自分から戦闘に出てしまうアルテミス様……後は、どちらかと言えば“後押し”してくれるヘルメス様に、善神と言っていいミアハ様。純粋に子供達を鍛えるタケミカヅチ様と、職人系のファミリアを治めているヘファイストス様・ゴブニュ様。……くらいだろうか。知り合いの神様というのが少ないから、他にもいるのだとは思うけど。
娯楽好きの神様達に『未来から来ました』なんて台詞を放ってしまえば、玩具にされる事に違いない。アポロン様の例もある。……悪神とは言わないけど、神様はそういう種だ。だからこそ善に寄り個を大事としてくれる神様のファミリアに身を寄せられるのは、とても有難い。
「お願いします、入れて下さいませんか……?」
「あ」
「──────」
僕がリューさんの手を掴んで懇願すると、アリーゼさんは思わずといった風に声を洩らし、リューさんは固まる。
何でだろう……って、あ……。
「す、すみません気軽に触れてしまって!」
「………い、いえ」
あぁ……忘れてた……! リューさん……に限らずとも、エルフは他種族との肌の接触を嫌ってる。リューさんは腕まで覆っている手袋を装備しているが、素肌でなくともそれは同じはずだ。幾ら未来で……その、全裸という訳ではないが、裸に近い状態で包み込むような抱き合い方をしていたとは言え、それは未来の話。ギルドのブラックリストにまで載ってしまったリューさんの話で、今のリューさんではない。
慌てて手を離すが、リューさんは暫く手を見つめると、首を振って「謝罪はいらない」と伝えた。
「私も、全般的に否定していた訳ではありません。それに、彼が軽率に邪な感情を抱く人物でない事も分かりましたから」
「え……?」
「うん、じゃあ決まりね! 早速アストレア様の所に行きましょー!」
そういう判断をしてくれるのは嬉しいけど……この一瞬の間で僕の内情を理解した? エルフの事情とかには詳しくないから確信出来ないけど……肌に触れるとそういった気持ちとかわかるものなのかな?
いや、うん。気にしてる場合じゃないな。アストレア・ファミリアに身を置く事を許された。なら今のうちに、アストレア様に伝えるべき事を考えておかないと……。
「ただいまパトロールから戻りました!」
「あら……今日は早かったのね、どうかしたの?」
「用件があったので、済ませれば再びパトロールに戻ります!」
「少しくらいゆっくりしていっても良いのだけれど……そうね、貴方の頑張りを邪魔するわけにもいかないわ。それで用件は……その子かしら?」
「はい!」
神様の中だと非常に珍しい、おっとりとした性格。雰囲気的には今まで出会った神様の中だと……ミアハ様が近い?
「えっと……初めまして」
「はい、初めまして。……ふふ、なるほどね。アリーゼ、内容は分かったわ。パトロールに戻って良いわよ」
「えーと……」
「気にしなくていいわ。この子は
「分かりました! ではお任せします!」
そういう事って……そっか。この暗黒期ってなると、闇派閥の最盛期。つまり、多くの人々と神様達が天に還った時代で……騙し討ちという可能性が考えられる。どれだけ僕が僕らしく振る舞ったところで、今までの僕を知らないこの人たちからしたら『ゼロから僕を知る状態』という事。信頼関係も何もない。
他の神様には話しづらい事……って言葉は、他の人からしたら別の意味としても捉えられる。例え僕が純粋に『未来から来た』事の説明を行おうと思っていても、相手からしたらアストレア様だからこそ……つまり、この暗黒期の最前線で戦うアストレア・ファミリアの主神だからこそやれる事、という考えが出てきてしまうのだ。
そう考えると、ちょっと軽率な思考だったかもしれない。見ず知らずの僕を受け入れてくれるという考えが甘かった。それでも正しく意図を理解して……というよりも信じてくれるこの
……騙し討ちの類の事も頭に入れると、ちょっと無用心だとは思うけど。
「さて、貴方は……」
「ベル・クラネルと言います。えーと……少し失礼します」
相手が信用を見せてくれた。ならば少しでも自分に敵意がない事を示す為にも、装備は外さねばならまい。刃は出さないように鞘ごと武器を取り、ポーションが入っているアイテムポーチを取り、防具を外し、インナーだけの姿となる。
服を引っ張って武器を仕込んでいない事を見せ付ける。これなら、警戒心も多少は薄れるだろう。まあアストレア様は大した警戒はしてないけど。
「……別にそこまで疑ってないわよ?」
「あー、まあ……神様に嘘は吐けませんし、アストレア様の質問一つで証明出来るのは分かってます。ただ、他の人達は別ですから……」
他の人達───今僕がいるアストレア・ファミリアの広間。その入り口からほんの少しだけ視線を向ける人達。詳しい容姿は聴いてないけど、多分刀を腰差ししてる人が“輝夜”って人かな。他の人達はちょっと知らない……かもしれない。名前を聞けば分かるだろうけど。
「あの子達……別にパトロールばかりしていて欲しい訳じゃないけど、私の心配ばかりされても困るわ」
「あはは……慕われているのは良い事だと思いますよ」
「そうね。えっと……ベル君。用件というのは、ここで話してもいい内容か、それとも他の人には聞かせてはいけない内容か……どっちかしら?」
「……他人にも他神にも聞かせられない内容です。人には、恐らく信じてもらえない内容で、神様には信じられてしまうからこそ伝えられない内容。アストレア様だからこそ伝えられる内容です」
アストレア様は僕の瞳をジッと見つめる。僕が逸らさず見つめ返していると、やがて目を閉じた。
「それだけ荒唐無稽な事実、という事ね。確かに他の神に伝えられそうにない……。でも私も他の神々と一緒かもしれないわよ?」
「それも含めて、です」
「分かったわ。私の部屋は鍵付きだから、そちらに移動しましょう」
鍵が閉まる音。足音がなかったし着いてきてる訳じゃないだろう。或いは───
「防音だから聞かれる心配はないわ。時折子供達の悩みを聞くときにも使うから、そういう設計にしてあるの」
「……神様って読心術でも持っていたりするんですか?」
「長年下界にいるとね、子供達の癖を覚えてしまうものなのよ」
意識がドアに向いていたことに気付いたって事か。シチュエーションを考えれば、確かに考えている事は分かるかもしれない。それにしたって頭の回転が早い気はするけど……そこは『流石神様』って事なのかな。
「さて、貴方のお話。聴かせてもらっていい?」
「……えっと、その前に一つだけ良いですか?」
「なに?」
「
「……自分のステイタスを開示する、と?」
「僕の口から説明するよりは、早いし理解しやすいと思います」
僕が知る限りでも、闇派閥に元冒険者が存在していたのは把握している。それを考えれば、最前線で戦うアストレア・ファミリアは相手の身元を暴くために開錠薬はそれなりに保有している筈。勿体ない気はするけど……僕の口からはうまく説明できそうにない。
だからきっと、直接見た方が良い。
「……貴方自身がそうしろというなら、従う他ないわね」
アストレア様は引き出しから一つ、クリスタル状の液体瓶を取り出す。
脱いではいないが、インナーを肩までたくし上げ、背中を露わにする。滴が一つ、背中に落ちる感覚があった。
「……
───モス・ヒュージの強化種討伐に、ジャガーノートとの接戦、深層でのコロシアム、そして直ぐに訪れたオラリオの危機。見たことがなかった無数の
そして、更に一つ。腕が完治した後、18階層のリヴィラの街に用があった僕は、出来るだけ早く地上に戻る為にも単身でダンジョンに潜り。そして僕が初めて中層に潜った時と同じ様に、満身創痍の状態でゴライアスの部屋を通ろうとする四人パーティを見つけた。僕の時と同じように、途中でゴライアスを登場させて。
咄嗟に助けたけど、腰を抜かした彼らは動ける状態じゃなかった。だから倒すしかなくなり───英雄願望のチャージ時間を稼げなかったから時間は掛かったものの────倒す事は出来た。17階層とは言え階層主の単独撃破はかなりの偉業で、アビリティ上昇の為の経験値は十分過ぎるほどに獲得出来た。敏捷SSに、器用・魔力がS、力と耐久がA評価だ。
ともすれば、ランクアップは既にしていい状態で───寧ろ通常の冒険者ならば経験値を貯めすぎなレベルで───レベル5となり、その後レベル5になって初のダンジョン探索に向かうというところで、ここに来た。
獲得した発展アビリティは『精癒』。マインドを使った側から即座に回復していくというレア・アビリティ。「君はレア物でないと気が済まないコレクターなのかい?」と神様に呆れられたほどだ。
「なるほど。レベル5なのに
「その理由は、僕が未来から来たから……だと思います」
「……」
「正直、僕もちょっと困惑してるので確信は出来ないですけど……。この時代の風景が、聴いていた七年前と同じ状況でしたので」
「……一つだけ、聴いていいかしら?」
「はい」
「この『暗黒期』は、終わったの?」
……話さなくてはいけない。例えこれが、アストレア様にどれだけの苦しみを与えるのだと分かっていても。誤魔化してしまえば、それこそ更なる苦痛を与えるだけだ。
「……今から二年後に、暗黒期は終わったと聴いています。ただ、その終息する前に───アストレア・ファミリアは、壊滅します」
「そう……」
アストレア様は目を閉じる。当たり前だ。自分の子供達が殺されると分かっては、穏やかな心境でいられるはずが無い。僕だって、未来から訪れた誰とも分からない人物に『ヘスティア・ファミリアが壊滅する』なんて伝えられたら、焦り散らす。
「なら、貴方という存在は“奇跡”なのかもしれないわ」
たくし上げていた服を着直し、アストレア様から視線を逸らしていると、突如として放たれる言葉。思わず勢いよく顔を向けてしまう。
「それは今の時代に貴方という存在がいなかった未来。……本当は小さな子供にこんなお願いするべきではないのだけれど」
アストレア様は少し後ろめたい気持ちを持っているかのように、目を閉じた。それは直ぐに開き、ゆっくりと頭を下げた。
「どうか、あの子達を守って欲しいの」
「───そ」
アストレア様がわざわざ頭を下げなくても、僕は最初からそのつもりだ。だから「そんな事をしなくても当然」という言葉が出そうになる。でも、アストレア様の放った「小さな子供にお願いするべきではないのだけれど」という言葉が頭の中で反響した。
そうだ。この
「……はい。約束します」
だから、ただ力強く頷いた。アストレア様は祈るように目を閉じて数秒、開くと同時に僕の背中に手を当てた。
「……貴方が開錠薬を使わせたのは、恩恵を更新して欲しい願いもあるのかしら?」
「あ、いえ。今の僕は
「ファミリアを移籍してそんなに経っていないの?」
「……? いえ、初めて恩恵を受けてからまだ半年で」
「は───」
……うん、そうだった。僕の成長速度、周りから見たら“異常”なんだった。時間を逆行している現在の異常性で頭から抜けていたが、身近に存在するイレギュラーの方が驚くに決まってる。
「……なるほど」
アストレア様は僕の背中の一部をなぞる。何処か考え込む仕草で、恐らくスキル欄の一部を。
「えっと、アストレア様……?」
「いえ、何でもないわ。……絶対にフレイヤにバレるような事態は避けないと」
アストレア様は首を振り、開錠薬を引き出しに戻した。
「えっと……それで、教えて欲しい事が幾つかあって」
「敵の構成、現在の抗戦状況、今何をすべきか……ね」
「はい。未来から来たと言っても、僕は殆ど何も知りません。その……」
「気にしないでいいわ。過去を振り返り続けるような暗い未来じゃないと知れただけでも、私としては充分だから」
酷く、申し訳ない。未来から来た人物が持てる絶対的な有利性たる『情報』が全くないのだ。
「判明してる情報は───」
大体の説明は終えた。時間にして20分程の時間を掛けて。……体感的にはもっとあったような気がするが、それは情報の多さ故だろう。少ないよりは断然良いのだろうが、これは困る。僕は頭の要領が良いわけじゃないし、一回聞いただけだと全部は把握しきれなかった。こういう時にこそリリの有り難さが身に染みる……。
「……全部は覚えられないので、また聴いていいですか?」
「あらあら……ちょっと長く喋り過ぎたわね。もちろん構わないわ。でも、取り敢えず広間に戻りましょうか。長くなりすぎると、あの子達も心配するでしょうし」
「分かりました。……ところで僕の部屋って」
「部屋は余っているから、後で案内するわ。あ、でも浴場は一つなのよね……。入る時間にはしっかり注意してね? 覗きも厳禁。まあそんな事をする子には見えないから、大丈夫だとは思うけれど」
肩が跳ねる。意図的ではない。意図的ではないが……結果として覗きになってしまった事例はある。18階層での水辺の件。こっちに関してはリューさんが関与しているから、絶対に二度としないよう注意。そして覗きを回避しようと思ったら覗きになってしまった、アルテミス様の件。
意図的ではないものの、覗いた事はあった。だから少し後ろめたい気持ちが生まれる。
「……ハイ」
ほんの少し、硬い声音で返事をした。
今話は1話投稿時点で半分書き終えていた事もあって直ぐに投稿できましたが、次話以降は遅れると思われます。出来るだけ早く投稿出来るよう努力はしますが、ご了承願います。