盤外の英雄   作:現魅 永純

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英雄に憧れた人間

 

 

 

「陣形を変える! 第二級以下の冒険者は五人組で行動しろ! 今は街の被害よりも命を優先! 住民がいる場所に決して近づけさせるな!」

 

 

 ───これもヴァレッタの作戦の内か? 否である。フィンは一つの可能性を思考し、即座に否定した。幾らヤケクソとは言え、これが予定調和であれば作戦がお粗末すぎる。確かに全モンスターの一斉強化は予想外だった。

 しかし自分であれば、このモンスターの一斉強化に生じて対応が難しくなった冒険者の一瞬の隙を突き、モンスターに自爆装置を装着して混乱を齎すだろう。強化されて急に動きが変化したモンスターだ。そうすれば予想してても止められない。

 

 つまり、ヴァレッタでも予想外の悪神単身の暴走と捉えるべきか。どういう訳か神が送還されていない。現在は理由の追求よりもその事実を認識するべきだ。

 フィンは息を飲み、冷静に場を認識する。

 

 

(だが、作戦がお粗末とは言え、被害が甚大だ。元々対モンスターに備え、基本二人以上での行動が可能な範囲に人を配置していて、その上で勝てないと少しでも思ったら逃げる事を優先させている為に死者は居ないが、それでも何れは……)

 

 

 死者が出る。その可能性は高い。どうする、どう立て直す。そうやって考え続けるフィン。

 自分も戦いの場に出るか? 戦いながらでも十分に指揮は出来る。しかし俯瞰視点から戦場を見ることが出来ず、作戦立てが上手く回らなくなるリスクが大きい。

 

 

「……アパテー、アレクトの方の対応はどうなっている?」

「此方が優勢を保てているっす。ただモンスターの狂乱に巻き込まれて、お互いトドメまで攻め入る事は……」

「フレイヤ・ファミリアの応戦は難しいか……」

 

 

 フィンは俯瞰から多くの戦闘を眺め続け、やがて倒さずにいるパーティーを見つけて、疑問を抱く。本来であれば一体のモンスター相手にする場合、時間が経つほど優勢になるのは冒険者だ。慣れへの適応力は、間違いなく冒険者の方が高いから。

 でもそのパーティーは、時間が経つに連れて苦しんでいる様に思える。一体なぜか。

 

 

「……基礎能力値が上がり続けているのか……?」

 

 

 ───警鐘。指が疼く。ただでさえ厄介な強化種モンスターが更なる強化を重ね、そこから常に強化補正が掛かり続けている状態。フィンはその異常事態を察知すると、バッと上を見上げた。

 

 

「神の権能にしては()()()()()()()()()()が……時間が経つに連れて強化されていく───いや違う、正確には……!」

「せやな、この権能がダンジョンに順応しとっとるんや」

 

 

 背後から聞こえた声に、フィンは一度目を見開くが、「この神なら不思議ではないか」と判断して余計な問答は避ける。本音を言えば何故この場にいるのかと問いたいが、その思いは必死に我慢した。

 

 

「この権能、間違いなくエレボスの奴やな。地下世界の神たるアイツにとっちゃあ、ダンジョンとの相性は最強っちゅー事や。その世界から生まれた生命の無限強化。……まー無限ゆーても、リソースが持たへんし、多分展開されてる()()から分け与えられてるだけやから、精々レベル1の増加が上限になるやろうが」

 

 

 全モンスターのレベルブースト。……モンスターの暴走故か、一体に縛られた強化では無かったのにホッとするべきなのだろう。だが最終的にワンランク上のブーストが掛けられるのは不味い。

 現状でさえギリギリの対応なのに、更に強化されるのは、死者無しで切り抜けるにはあまりに重過ぎる───

 

 

「……んで、ウチがここに来たのはウラノスの考えを伝える為や」

「神ウラノスの……?」

「『下界の子供に判断を任せる。神の力を必要とするのであれば、すぐにでも使おう』やと」

「……ロキ、この場合でも此方側からルールに抵触したと見做されるかな?」

「なるやろな」

「なら保留だ。全モンスターにレベルブーストが掛けられても、最悪僕が動けば20分は保たせられる。神の力を使うのは、誰かが死んだ時だ」

 

 

 ───フィンの意思は揺るがない。やると決めたらやる。この戦はあくまでも『完全無欠の勝利』であって、『犠牲を出しての勝利』ではない。だからこの戦の結末は、誰一人として死なずして終える勝利か、犠牲を出したが故の敗北のどちらかのみ。

 迷いはない。英雄となるのであれば、憧れたのであれば、その理想くらいは叶えて見せよう。

 

 

「なんでそんな信じられるんや?」

「……」

 

 

 この言葉の意図は、なぜベルが神を取り込んだモンスターを倒すと信じる事が出来るのかという事だろう。フィンはベルとの会話を思い出し、その時にベルから問われた事をそのままロキへと伝える。

 

 

「『もし感情や思考などの人間と同じ“心”を持つモンスターが居て、彼らが人類との共存を望んだ時、フィンさんは仲良く出来ますか?』」

「……?」

「ベルから問われた事だよ。ロキ、君ならどうする?」

「そりゃ、()()()()

 

 

 1000年もの間いがみ合い、ましてや現在進行形で人類の脅威となり得ているモンスターとの共存? あり得ない、無理だ。

 ロキが何の躊躇も思考もなく、ただ当たり前の答えとしてそれを口にすれば、フィンは頷いた。

 

 

「だろうね。僕も同じだ」

「それがどうしたんや?」

「ベルはこう答えたよ。『僕は救います、その手を取ります』……って」

「……言葉だけちゃうんか?」

「どうだろうね? まずそんな可能性を浮かべる事自体が異常だ。確かに用意していた答えを出していたのかもしれない。ただ僕には、既にそれを成した事がある眼に見えた」

 

 

 モンスターに感情? 思考? まずそんな事を浮かべる人間なんていないだろう。

 でも考えたこともなかったその可能性を描いて、覚悟を見て、フィンは理解した。

 

 

「全てを救うなんて大それた事を宣言したとしても、モンスターは絶対悪だ。奴らを救う可能性自体除外する。が、彼はそんな存在すらも、分かり合えるなら手を伸ばすと言ってみせた! ……喜べよ、ロキ。彼は本物だ。神々(キミたち)が求める、最高に優しい英雄(にんげん)だよ」

 

 

 あらゆる未知、あらゆる下界の可能性。だが『絶対存在』として確立される存在の内の一つ、『絶対悪』。それすら救って見せると言う、未来の読めない未知の英雄だ。

 フィンが憧れる理由もわかる。嫉妬する気持ちも分かる。何処までも理想の体現者で、叶え続けるお伽話の様な英雄。そんな存在になりたくて勇者(じぶん)を作り出したフィンからしたら、成りたかった人物そのものがベル・クラネルという人間なのだから。

 

 

「フィンが信じる理由は分かった。けどあの子兎一人でどうにかなるもんやないと思うで?」

 

 

 子兎。ベルの事を指しているだろうその呼び名と、その彼の出来る範囲を見極めた言葉を聞き、フィンは苦笑した。

 

 

「誰も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「おいアイズ、待て!」

「いや!」

 

 

 脚の速い冒険者の一人として参加していたアイズと、アレン単身の能力を見て出番がない事を悟ったリヴェリア。現在その二人は、ダイダロスオーブ……Dが刻まれた鍵を手に、扉を開けながら下へと向かっていた。

 正確には、下からの脅威を察知したアイズが、リヴェリアのアイテムポーチに仕舞われていた鍵を盗んで単独で向かおうとしている所を、リヴェリアが追いかけているという事情だが。

 

 リヴェリアは理解している。下へと進む度に、アイズの“風”が強くなっているのを。憎悪の丈による効果向上ではない。アイズ自身が認知していなくてもスキルが反応して自動的に発動されている、対竜種への更なる補正。

 そしてもう一つの理解。

 

 

「恨むぞ、フィン……!」

 

 

 恐らくフィンは想定していただろう。人造迷宮(クノッソス)からダンジョンへと侵入するルートの可能性。リヴェリアもそれは把握していたが、まさか自分とアイズを人造迷宮(クノッソス)に配置した理由がダンジョンに最短で向かわせる為だとは思っていなかった。

 フィンからしてもアイズの暴走は予想外だろうが、万が一単身で動く可能性を想定して一緒にした可能性は否めない。というか間違いなくそれが理由だ。リヴェリアは顔を歪めつつ、アイズの後を追う。

 

 

「ここ」

「……18階層か。特に変わった様子はない。ベル・クラネルは塞き止めていると思っていい───」

 

 

 その瞬間に訪れる、神威。いや、神の力(アルカナム)の気配。明らかに神の威光を示す神威とは位が違う圧に、二人は目を見開いた。

 

 

「……継続している? 神ウラノスは送還させる気がないのか? それとも送還できない理由が……っ、おいアイズ!」

 

 

 リヴェリアが感じる神の力に推測をしていると、アイズはそんな事知らないと言わんばかりに下層へと向かう。リヴェリアはハァっと息を溢し、呟いた。

 

 

「……後でロキから教わった『お尻ぺんぺん』でもしてやろうか」

 

 

 一瞬だけ立ち止まる気配を感じた。

 数分の走行。本来であれば数十分と移動に掛かるだろうが、リヴェリアは兎も角としてアイズは“風”を利用し、ダンジョンの“穴”から降りて最短で道を通る事で短時間の階層間移動を成す。

 やがて下層の巨蒼の滝(グレートフォール)へと辿り着いたアイズは、壁に激突した白い少年に襲い掛かるように前脚を振り被る黒い醜悪な竜を見て───憎悪を募らせる。

 

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 

 吹き荒れる、黒い風。それを纏った剣が前脚を突き刺すと、黒い竜は哭く。

 それはレベル差を無視する、『特攻』故のダメージ。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「くっそ……ッ!」

 

 

 回避、回避。回避回避回避回避回避回避回避。この一瞬で『速さ』すら巨躯に似合わぬ速度となり、その範囲と力が相まって攻撃を仕掛ける事が出来ない。僕に出来ることとすれば、精々が火炎石を口に放り込んで爆発させる事。

 

 

「【ファイアボルト】!」

 

 

 幾ら外殻が化け物染みていると言っても、内部はそれほどではない。爆発という手段は確実にダメージを与えられている。でもその傷は一瞬で再生されるもの。

 思わず歯軋りさせながら思考を加速させていると、アルフィアさんの声が聞こえた。

 

 

「もういい、ベル。()()()()()()()()()()()()()()()()? 下手に分散させず、魔石だけを穿つ収束のさせ方ならば、このモンスターも倒せていただろう?」

「でも、エレボス様は死ぬ! 神の力のリソースを完全に開放したエレボス様は、この場で死んだら再生が出来ずに神としての死を迎える!」

「……絶対悪には、似合いの末路だろう」

 

 

 ……正しい。アルフィアさんは正しい。僕は意固地になっているだけだ。確かに魔石の破壊だけに意識を注げば、他ならぬ“モンスター”である【正体不明(アンノウン)】は例に漏れず消滅していただろう。

 でもその場合、エレボス様も死ぬ。天界に送還されるのではなく、神として。

 

 それは正しいのだろう。エレボス様が導きたい結末なのだろう。僕はそれを裏切って、結果最悪の末路を辿っている。僕の責任だ。

 でも、それでも───もう二度とあんな想いはしたくない! 妥協して、諦めて、従って、ただ運命に導かれるように1万年の時を誓う様な、待ち続ける真似は嫌だ! 泣いてる女の子を救うなんて綺麗事で終わらせるような物語なんて、もう紡ぎたくないから……ここで乗り越える選択を取るしかないだろう!?

 

 何の為の英雄願望。誰一人として犠牲にしたくないと想いながら、結局誰かの死が誰かの力となる───そんなお約束(ぜつぼう)を僕は認めない!

 

 

「僕たちの憧れた英雄は、貴方たちの求める英雄はっ、犠牲を是としたんですか!? 誰かにとっての悪だから、物語として悪に位置していたからと、犠牲にしたんですかっ!?」

「……ッ」

「100を救う英雄と1を救う人間、それが連鎖しあって犠牲なくして終わる喜劇の結末に僕は憧れた! 僕は101を救う英雄となりたい! 1を切り捨てるくらいなら、101全てを切り捨てる悪人にでもなる!」

 

 

 ───けどそうなりたくないから、何としても101を救える英雄になるんだろう!

 

 

「……っ、ベル!」

「ッ!? ぅぐ……ッ!?」

 

 

 気が逸れた。レベル8のポテンシャルを持つモンスターにそれは致命的だ。一瞬にしてこの場に吹き荒れる暴風。振るわれた翼によって僕の動きは止められ、逸れた上半身が地面に叩きつけられる。直撃はしなかったけど、またも壁にぶつけられた。

 ヤバい、エレボス様の時とは違う。あの時はエレボス様の神威に視線が集められていたけど、今回の標的は僕だけ。直ぐに立たないと……っ。衝突した衝撃で崩れた壁が、僕の脚を埋めている。すぐにヘスティア・ナイフで破壊するけど、流石に間に合わな───

 

 

「アイズ、さん……っ!?」

 

 

 振るわれた爪をガードしようと何とかヘスティア・ナイフを構えると、上から降ってきた“風”が脚を突き刺して、その動きを停止させる。

 一体誰だろう。黒い風が晴れると同時に姿が現れる事で、その答えは出る。見たことのある風とは違う、黒色の風。

 

 その雰囲気は、かつて『エダスの村』で感じた事のある、憎悪の塊だった。

 

 

 

 

 

 

 




 1だけを切り捨てるくらいなら101全てを切り捨てる。だからこそ101全てを救う。こういう暴論好き……

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