「あぶな……ッ!?」
周りが見えていない。直情的な特攻。幾ら幼く未熟な頃と呼べるアイズさんでも、ここまで無謀な攻撃をする人じゃない筈だ。あの鱗の件といい、竜種に対する何かの憎悪が……?
いや、今は考え込んでいる余裕はない。先程は
「離して! 私がっ、私があの怪物を……殺す!」
「……ッ」
明らかにレベル3の力じゃない。風の補助があるとは言え、僕を軽く吹き飛ばせる程の膂力は異常だ。多分、何かしらをトリガーにしてステイタスに補正を齎しているか……或いは風の効果を上昇させる何かがある。
でも、憎悪で思考を失ったら本末転倒だ。同等レベル程度のモンスターなら兎も角、明らかに格上な相手にその攻撃は無謀。
でもどうする? あの暴走を止めるには、アイズさんを気絶させるかモンスターを倒すしか術はない。しかしアイズさんの攻撃は明らかに有力だ。僕が完璧な補助をすればダメージを与えられるだろう。僕の通常攻撃なんかよりもよっぽど効いている。けど暴走状態のアイズさんを補助するなんて、僕一人じゃ流石に無茶だ。いや、人が幾ら居たところで、
ならモンスターを倒す? それが出来なかったのが現状だ。フルチャージの全力一刀。僕の最大火力で尚、倒す事が出来ない。殺す事、なら───
「ハァ……ハァ……ッ」
動悸が早まる。かつて『泣いてる女の子を救う物語』と称した神殺しが蘇る。エレボス様は親しい訳じゃないし、現状を自らの意思で招いた張本人。情けを掛ける理由なんてない。でもここでエレボス様を殺す選択を取れば、もう二度と立ち向かえなくなる。同じ状況になった時、もし神様が取り込まれた時……僕は絶望するしかできない。助ける事が出来ないと諦めてしまう。
だから、もう……。でも僕ではそれが出来ない。どうする、どうする。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
っ、リヴェリアさんの魔法。凍結系統の……いや、でも効いてない。一瞬の行動停止はあったけど、リヴェリアさんの魔法ですらダメージにならないのか。
まずい、アイズさんに攻撃が向かってる。ギリギリ間に合うか。でも避けるのは出来ない───しかし弾ける。5秒のチャージ。真正面から受ける事は出来ないけど、側面から弾けば何とか逸らせるだろう。
「ぅ、ぉおおッ!」
雄叫びを上げ、モンスターの爪を逸らす。爆発的な膂力の上昇。無理矢理攻撃を逸らし、アイズさんが攻撃を当てる。やっぱりダメージは大きい。再生するとは言え、一度全身を吹き飛ばしたんだ。これを続けられれば必ず───
「アイズ、その力を使うな! 憎悪を抑えろ! お前の身体が保たない! 下手すれば死ぬぞ!?」
───保たない?
じゃあ、あの黒い風は自分自身にダメージを与える程の、憎悪をトリガーにした強力過ぎる風という事? そりゃ何の対価もなく強い力を使えるとは思ってなかったけど……あの黒い風は、アイズさんの命を脅かす力。なら止めないと。
……どうやって? アイズさんを気絶させたら、本当に倒す手段なんてなくなる。殺す以外の手段が取れなくなる。どちらかを選ばないと、このままではアイズさんが死んでしまう。
選べ───嫌だ
選べ───嫌だっ
選べ───嫌だっ!
死なせたくないし、殺したくない。でも願望に能力が追いつかない。
エレボス様を覆う外殻の全てを吹き飛ばせる火力が必要となる。理を捻じ曲げるだけの力が。アイズさんの特攻は入る。僕の英雄願望が貫ける。でも外殻全てを吹き飛ばす火力は、ない。
僕にもっと力があれば! アイズさんの心を動かせるだけの信頼があれば!
なんで無い! 救えない結末となるなら、どうして……僕はこの時代に訪れた!?
……選択しよう。アイズさんを気絶させてエレボス様を殺すか、アイズさんを使い潰してモンスターを倒すか。この二択なら僕は、前者を取る。悪よりも身近な誰かを。それが定めだ。
身の丈に似合わない夢を抱いて、勝手に絶望して勝手に諦める。そんな滑稽な物語。
結局、僕には全てを救うなんて───
「ベル君!」
アス、トレア様……? なんでこんな所にっ、いや、ヘルメス様とアスフィさんの姿も見える。アスフィさんだけ何故か凄く身体中ボロボロだけど。神威を発動してないからか、神の存在への認知は働いていない。だから
僕が呆然と立っていると、アスフィさんが背中に背負ってる大剣を投げつけてくる。なんか凄い恨み込められて投げられたのか、避けなかったら僕を貫いてたと思う。……位置的にギリギリ脚に突き刺さるくらいだろうか。どうして。
「恨みますよベル・クラネル……貴方の発言で私がどれだけ振り回されたか……っ」
「ぇ……?」
「だから責任とって倒しなさい! かつての英雄、【
……! じゃあ、あの日の「救える全てを救うのか」って問いは、僕の補助をする為の最後の問い? 自分が用意できる全てを用意するという、意思表明。
僕がアストレア様に視線を移すと、少し隈の出来た顔で笑った。……ああ、凄い泣きたい。僕の全てを救いたいなんていう夢物語を全力で応援してくれる、アストレア様に。神様と似た優しき神格者に、最大限の敬意を。
そして、全てを救う結果を!
「───ッ!」
アイズさんに降り注ぐ爪の攻撃。リヴェリアさんの魔法が大したダメージにならないからか、標的は完全にアイズさんだけとなっている。
アイズさんの動きに合わせた位置へ爪は振り下ろされている。ならアイズさんの動きを止めれば、その攻撃は当たらない。
「う、ぁっ……、ふぅ、ふぅ……!」
「……」
アイズさんの攻撃を大剣で止めて、直ぐには動かさないようにしたからか。邪魔だと言わんばかりの形相で僕を睨みつけてくる。
さあ、どうする
僕は、何を選択出来る。
この絶望を乗り越えて、全てを助ける術は?
一つ、意地を思い出した。
───もう、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられる訳にはいかないんだ!
ただの、男の意地。でもあの意地を、冒険を始めに、僕は強くなれた。格好いい姿を見せれた事は無いかもしれないけど。でも、うん。きっと追いついて、並び立てるくらいには強くなれたと思う。
だからこの時代のアイズさんを、今度は僕が助ける番だ。……なんて格好つけられれば、良かったんだけど。僕一人じゃ無理だから。
「アイズさん」
「ッ……」
「力を貸して下さい」
「……?」
「僕一人ではダメです。情けなくて、格好悪い話だけど……僕一人だとあの怪物を倒せる英雄にはなれない。だから、貴方の力を貸して下さい」
どんな怪物もやっつけて、沢山の人を笑顔にして、悲劇のヒロインなんていない───どれだけ叶えられるかは分からない。でもこの人の闇を少しでも晴らせたらいいと、僕は思う。
だから、先ずはこの物騒な“黒”を、光に変えて輝かせよう。それがこの人の救いになると信じて。
「【ファイアボルト】」
大剣に向けて魔法を放つ。そして収束。炎雷を───そして、黒い風を。
リン、リン。響く鐘の音。燃え上がる炎と鳴る雷、吹き荒れる風。全ては白い光に包まれ、一体化する。
「───」
「憎悪は、否定しません。僕には想像つかない何かがあったのかもしれない。絶望があったのかもしれない」
目を見開くアイズさんに、僕は語る。
「もし、あのモンスターが……それとも別の何かが、その絶望の象徴なのだとしたら───」
リン、リン───小さな鐘楼は奏でられ。
ゴォン……ゴオォォン───と、やがて大鐘楼の音へと、変化を告げた。
「今度は僕とアイズさんで倒しましょう。貴方は、一人じゃない」
「何だ、何なんだっ、この耳障りな鐘の音はァッ!?」
ヴァレッタは叫ぶ。明らかに格上のモンスターを倒し始めたアストレア・ファミリアのメンバーと、突如として聴こえてきた大鐘楼。そしてそれらをキッカケに加速する、モンスターの討伐。
それらに疲弊したところを残った信者や団員を仕掛けて自爆攻撃───する筈だったのに。
「英雄の粋な演出……と言ったところかな?」
第一級冒険者に頼ることもなく多くの冒険者が格上のモンスターを倒し始めた事で、第一級冒険者に余裕が出来た。レベル5を超えてるともなれば、対人戦の慣れも桁外れている。しかも闇派閥の中でも多く戦力を有するアパテー、アレクトのファミリアも敗れ、抑えていたフレイヤ・ファミリアも参入。
そして何よりも───
「テメェ……何でっ、クソ!」
「ガレスは回り込め。決して都市外に行かせるな。恐らく外にも
「何でテメェ、
目が紅くなり、理性を失う狂化魔法を発動しているのがよく分かる。にも関わらず、冷徹な眼で思考するレベル6相当の動きをする最強格の冒険者に、ヴァレッタは思わず叫んだ。
フィンは槍を投擲して脚を貫く。悲鳴を上げ血を撒き散らしながらも止まらないヴァレッタ。しかし一瞬の停止の内にガレスは追いつき、壁にぶつける。フィンはその瞬間に追いつき、二つの槍を交差させて壁に突き刺し、ヴァレッタを拘束。そこまで完了すると、フィンはヴァレッタの問いに首を傾げ、答えた。
「……誰も殺さずこの戦いを終わらせる。その想いを強く抱いたから……かな? どうも感情が神の力で収まるモノで無ければ、スキルの枠で収まる所の
「は……?」
誰も殺さないなら、自分が獣と成り果てる訳には行かない。それを繋いでくれたアーディや正義の姿を見て、『最後まで考え続けろ』と強く思いながら魔法を発動したからだろう。そうやって答えるフィンに、ヴァレッタは呆けた声を洩らす。
その声の正体は明白。誰一人として犠牲者を出さずにこの戦を終わらせる。そんな事、この
それは逆手に突いたとか言える問題では無い。そんなの駆け引きでも何でもないのだから。
「君に気付かれなかったのは幸いかな? 君にバレたらきっと、作戦の成否を問わず死人を出す事だけに執着したと思うから」
「〜〜〜ッ」
「君が
フィンは目を閉じ、瞳の色を戻して、即座にヴァレッタを気絶させた。
槍を引き抜き、息を吐く。
「フィン、ザルドの方はどうする?
「ンー、今手を出したら僕達がオッタルに殺されそうかな」
ヴァレッタの両腕を拘束する魔道具を掛け、近くにいる冒険者に監視を頼みつつ、ガレスとフィンは会話する。未だに響き続ける剣戟。オッタルとザルドの戦いの件を問えば、フィンは苦笑しながら答えた。
そりゃ面倒だとガレスが残念げに呟くと、フィンは慰める様に言葉を紡いだ。
「まあ、君がお酒の事で再戦したい気持ちは分かるけどね。
「ォォオオオオッッ!!」
「ウォォオオオオッッ!!」
ぶつかり合う。一刀を交える度に
魔力を除いた全てのアビリティがカンストに近く、獣化する事でステイタスを補正する獣人特性のスキル【
そして何より───
「ぐぅ……ッ」
ザルドの嫌な攻撃を何度も仕掛けている。最初こそそれを仕掛けた所で、ステイタスの差もあり簡単に防がれた。しかし対等に斬り結ぶ手段を手に入れた今、一瞬の隙を突ける様になり───簡単に言えば、オッタルが優勢を保っている。
無論ほんの少しの差。油断すれば一瞬で押し負かされる程度。だが確かに迫っている。
やがて。
「ォ───」
オッタルは二刀を重ね。
「ォォオ───」
ザルドの大剣の上から叩きつけ。
「ォォオオオオオ────ッッ!!」
「ぐぅ……ッ!?」
壊し、ザルドを打ち負かす。
呻き声を洩らしながら地面に背から叩きつけられるザルド。まだ意識はあるし、身体は動く。だが気力がない。動かそうとすれば猛烈な怠さが身体を襲うのだ。
ザルドが目を閉じて、やがて首を跳ねるだろう剣の感触を想定して待てば───ピチャリ、と。
「……?」
ザルドが疑問を浮かべ目を開くと、真上には何かしらの瓶を傾けるオッタルの姿。
「……何のつもりだ。お前は俺を殺すつもりだったのだろう?」
身体が軽い───とまではいかないが、確かに怠さが消えた。しかし怪我は癒えていない。この感覚は体験した事がある。症状を抑える程度ではあるものの、唯一ザルドの肉体を侵す“毒”に効く解毒剤。
それを察してザルドが睨みつける様に問えば、オッタルは不満げに答えた。
「ああ、無論だ。
「……はっ、そういう事か。全く舐め腐りやがって、糞ガキが」
「俺は元々殺すつもりだった。毒を持ってる貴様が長生きするなど、どの道あり得んと思っていたからな」
オッタルは解毒剤を掛けた後、ザルドが寝っ転がる横に座り、バベルを眺める。
自身の女神に勝利の報告を。そして視線を下へと移し、鳴り響く大鐘楼の発生源。ベルを忌々しく思うように、呟いた。
「悪である貴様を殺すにしても俺の手で、そう思っていたが……結局ベル・クラネルにやられたな。一体何が貴様を晴らした?」
「……思い出だ」
「なら、深くは問うまい。……ああ、そうだ。貴様にはもう一つ伝える事があったな」
「なに?」
「貴様が死の灰の砂漠*1に置いていった愛剣……再度鍛え直し、今の英雄に届けられているだろう」
「……ふはっ、そうか。悪に堕ちた俺を、英雄の架け橋の一つにしてくれたか」
ザルドが嬉々し笑えば、オッタルも「ああ、お人好しにもな」と笑って答えた。
フィンが近づいて来たのを感知したオッタルは立ち上がり、勝利を示すように剣を突き上げる。フィンは笑みを浮かべると、屋根へと飛び乗り、確実な優勢を保つ冒険者達に向けて言葉を放った。
「多くのモンスターは伏し、最強は至り、犠牲なくこの場を迎えた! 聴け! この鐘は勝利の讃歌! この鐘の音が終える時、我々は勝利が約束される! 讃えろ! 誇れ! 我々は最高の英雄譚を紡ぐ一人であると!」
雄叫びを上げて答える冒険者達に、フィンは続きを紡ぐ。
「さあ剣を取れ! ここが最後の正念場! この鐘の音を背中に乗せ、生きる為に抗い続けろ!」
その多くの雄叫びは、オラリオを包み込んだ。
〜今回のアスフィの功績〜
・様々な道具を、製作可能な人達の協力ありきとは言え、オラリオ中の冒険者に配布できる量を製作。
・決行日四日前に突如死の灰に存在するザルドの愛剣と薬草を取りに行けと言われ、時間的に自分の脚だけでは難しいので即興の加速型ブーツ(制御不能)を作成して丸二日半不眠不休で何とか行き来する。
・打ち直しが完了したクッソ重い大剣と神二柱を抱えながら最速でダンジョン下層に向かう為に即興製作した加速ブーツを再使用し、ダンジョンに身体が打ちつけられそうになる度に神を庇い(身体中ボロボロになってた理由)注文通り手遅れになる前に移動を完了させる
尚ヘスティア・ナイフだとアイズの黒い風を収束するにはリーチが足りず、ベル君の腕が切り落とされていました。
最初は没案になり掛けてたけど、もう一つの理由もあってアスフィさんを酷使しました。ありがとう万能者……。