盤外の英雄   作:現魅 永純

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英雄の一撃

 

 

 

「なん、だ……アレは……!?」

 

 

 リヴェリアさんが驚いているのが耳に届いた。……ダフネさん達も見たことがないモノを見た様な驚きをしていたし、確かに付与魔法とは全くの別種だから、当然と言えば当然なのだろう。

 魔法と斬撃の同時蓄力。ミスリルを素材にした魔力伝導率の高い武器のみ使用できる必殺の一撃。再生されたとは言え、僕単身の魔法だけの二重集束でさえレベル8間近のポテンシャルを保有するモンスターの全身を吹き飛ばせるだけの威力が秘められた必殺技だ。

 

 これ単体で見ても初見なら驚く。今回はその上で更にアイズさんの風を集束していた。

 炎と雷と風。アイズさんが使用していたモンスターへの特攻能力さえも吸収し、それが斬撃と魔法に集束され、英雄願望による蓄力で更なる威力へと変化する。

 

 

「私の、風……?」

「……はい。貴方の風です。貴方の風が、僕に力をくれる。()()()()()()()()()()()、優しくて暖かい風です」

「……っ!」

 

 

 強力さは制御も難しくなる。先程まで以上に神経を使わなければ、一瞬で魔法が吹き荒れ、この集束は解けるだろう。大剣という特性もあり、先程のようなスピード感ある動きは出来ないと考えていい。

 でもこの暖かい風が、加護の様に僕の全身をリラックスさせる。必要な力量を正確に認識させてくれる。

 

 だから、大丈夫。

 

 

「────ッ!」

 

 

 駆ける。完全蓄力(フルチャージ)五分の時を稼ぐため、全力で。

 爪が振るわれる。大剣で薙ぎ払う。翼による暴風が吹き荒れる。大剣で風を斬り裂く。尾を振るわれる。跳躍して尾に飛び乗り、深く切り込む。切断と再生の繰り返し。爪を切断しようとも、腕を斬ろうとも、腹を裂こうとも、目を潰そうとも、無限に再生し続けるモンスターを相手に、何度も何度も。

 

 もう、小細工は使い果たした。僕に出来るのは全力一刀での真っ向勝負での時間稼ぎ。アイズさんが来たタイミングで高等二属性回復薬(ハイ・デュアルポーション)を飲んで回復したからポーションは使い果たし、【聖火の英斬(アルゴウェスタ)】使用までの時間稼ぎでアイテムも使い果たした。

 ならば真っ向勝負をするしかない。大丈夫。アイズさんの風があるお陰で───ザルドさんとの勝負、抗争時の為に学び、輝夜さんからの助言で鍛え上げた技のおかげで、しっかりと渡り合える。

 今までの全て、何も無駄にはならない。

 

 

「ァァアアアッ!」

 

 

 想い浮かべるは【アルゴノゥト】。英雄に憧れた道化の喜劇。

 友人の知恵を借りて、精霊から武器を授かり、なし崩し的に王女様を助け出し───そして、最後には皆を笑顔にした、始まりの英雄。

 初めて読んだ時、お爺ちゃんから大まかな内容を聴いた時、僕はダサいって思った。カッコ悪いと思った。僕が知る英雄は、もっと力強くて、たった一人で全てを切り開ける、敵なんてあっという間に倒してしまう様な最強だったから。

 

 でも違うんだ。この物語には、他にはない『喜劇』があった。僕もここに至り、そう思える様になってる。皆を笑顔にできる様な道化は僕にはなれないし、誰一人として死者を出さないなんて、言葉で言うほど簡単なモノじゃないと実感した。

 だから───

 

 

「うっ、ぐ……ッ!?」

 

 

 モンスターの爪の振るわれるタイミングがズレる。全力を乗せて放つ一刀は空振り、ガラ空きの腹をその爪が貫こうとした。

 

 

「リル・ラファーガ!」

 

 

 その一瞬、凝縮された白い風が爪を破壊する。

 しかしモンスターはそれに終わらず、踏み込んで腕を伸ばし、そこから生えている無数の口で僕に噛みつこうとしてきた。その口から流れる溶解液は、レベル5の僕の身体さえも溶かすだろう。

 腕一本程度は覚悟するつもりでヘスティア・ナイフを構え。

 

 そして、リヴェリアさん以上の強力な魔力を感じた。

 

 

「【福音(ゴスペル)】───【サタナス・ヴェーリオン】!」

 

 

 アルフィアさんの“音”。僕の鐘の音を後押しする様に発動された、超速攻で強力な音の嵐。破壊とまではいかないものの、僕へと向かっていた攻撃を押し出し逸らせる程の高威力。

 僕は、溜まらず笑みを浮かべる。

 

 ───だから、周りに助けられてでも、カッコ悪くても、道化を続け、笑顔で居たあの偉大な英雄はカッコいい!

 助けられていい! 存分に泣き喚け! 騙されてもいい! 信じ続けろ! 其処に善も悪もない。信じたいと思ったその果てに、叶えたいと足掻き続けたその先に、“奇跡”はきっとある! 諦めない所に奇跡は舞い降りる!

 

 

「どうした、年増のハイエルフ。貴様は突っ立って見ているだけか?」

「ッ、悪に堕ちた癖に貫かず、今更寝返る尻軽女は黙れ!」

「……そうだな。全く、自分が嫌になる」

「あ、いやっ、尻軽女は流石に言いすぎた……すまない。……【集え、大地の息吹――我が名はアールヴ】、【ヴェール・ブレス】」

 

 

 リヴェリアさんの防護魔法が僕とアイズさんを包み込む。お陰で多少のミスなら即座にカバー出来るだろう。

 

 

「【ルナ・アルディス】」

 

 

 更に、回復魔法。大剣での薙ぎ払いや暴風を受け止めるときに生じた全身の痛みや硬さが解れる。防護、回復。仮に攻撃が効かないとしても、二種三段階計六つのサポート魔法を的確に放つ。

 これは、動き易い。リヴェリアさん自身に指揮能力があるからか、サポートの判断能力が桁違いに高く、動き易さも相応に上昇していた。これが第一級冒険者との共闘……!

 

 

「アイズさん、カバーお願いします!」

「任せて……!」

 

 

 基本的には僕が前線で張り、隙があればアイズさんが飛び込んでいくスタイル。特攻能力が落ちたのかダメージは先程とまでいかないものの、アイズさんの表情に鬼気迫るモノはない。僕と同じで、何処かリラックスしている。

 僕が言うのもなんだけど、ポテンシャル的に五つもレベルが上の相手によく緊張しないものだ。幾らダメージが通ると言っても、僕の判断が一瞬遅ければ簡単に叩き潰されるだろうに……僕の事を信頼してくれたと思ってもいいのかな。だとしたら、嬉しい。

 

 リヴェリアさんが巧みに魔法でサポートし、アルフィアさんは身体に異常が出ない程度に攻撃を仕掛け、アイズさんが不意打ちにダメージを与え、僕は三種の属性が混合するザルドさんの大剣で真正面から打ち合った。

 気分が高揚する。気持ちが軽くなる。想いが、伝搬する。背中は燃え上がる様に熱くなり、今一度、鐘の音が大きく鳴った。

 

 ───五分

 

 さあ、終わりを告げよう。全てを救ける、聖火を放つ!

 

 

「───ォ」

 

 

 僕が踏み込んだその意図を理解してか、正体不明(アンノウン)はその巨大ながら前へと踏み込み、僕の全身を包み込む様に腕を振るう。この攻撃が自分にトドメを刺せる程の物だと察知したのだろう。これも神を取り込んだが故の勘か。或いはモンスターの反応か。

 このままじゃ放つ直前に抑え込まれる。

 

 ───リヴェリアさんの僕を呼ぶ声が、アイズさんの焦燥の声が、アルフィアさんが魔法を発動しようとして膝を着く音が、聞こえた。

 ヘルメス様も、アスフィさんも焦りの表情を浮かべる中───この戦に於いて真逆の立ち位置に居た二柱の神は、僕に期待を寄せる。正義の女神は「貴方なら出来る」と。悪の男神は「多少はお膳立てしてやる」と。

 

 僕の動きにはまだ無駄がある。単純な技で言えば桁外れている極東の、その中でも僕が見る限りでも洗練された動きが出来る輝夜さんからの助言。技となると、1日2日で磨けるものではない。それこそ極致とも呼んでいいタケミカヅチ様の領域なんて、一生掛けても届くかどうか。

 けどあの言葉を受けた日から、愚直にこの動作を磨き上げた。

 

 膝から力を抜き、身体を落とし、一瞬で地面を踏み締める姿勢に。肩から先の腕全体に余計な力を乗せず、肘を曲げ、反動ではなく全ての力を乗せて加速させる様に───振るう!

 ほんのコンマ数秒の差。だが確実に今までの一刀より速くなったその一撃は、()()()()()()()()()()()()()()正体不明(アンノウン)に直撃する。

 

 

聖火の英斬/吹き荒れろ(アルゴウェスタ・エアリエル)】!!

 

 

 ───それは一瞬にして、神を包み込む外殻のみを消滅させる。再生する余地など与えるはずも無く、外殻は全て塵と化し。落ちていくエレボス様の身体をフラつく身体で受け止めた。

 常人の体重さえ持てないほど体力も精神力も限界か。エレボス様に衝撃を与えることはなかったけど、受け止めた瞬間に膝を着いた。

 

 意識が霞む。

 けどその前に一つ、アルフィアさんに……。

 

 

「アルフィアさん」

「……ああ」

「その病が、先天的なもので……スキルにすら現れる様な、もの……だとしても……諦めないで下さいっ」

「ああ」

「想えば、きっと現れる。人の可能性を、信じて下さい」

「───ああ、確かに魅せて貰った」

 

 

 伝わったなら、良かった。

 僕の意識は───ここで絶える。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「……んぐぇッ」

 

 

 汚い洩れ声。腹を叩かれて目を覚ましたエレボスは、目の前にいる正義の女神の青筋を浮かべた満面の笑みを見て、引きつった表情を浮かべる。

 ほんの少しの思考。エレボスは表情改め、口角を吊り上げ嘲笑する様な悪い笑みとなり、言葉を紡ぐ。

 

 

「ふっ、わざわざ悪を裁きにダンジョンまで来るとは、流石正義の女神と言った所か。どうする? 斬首か? 心臓を抉り取るか? 別にいいぜ、悪への処罰に遠慮なぞ───」

「貴方を天界に帰すことはしないわ」

「……なに?」

「ああ、アストレアの言う通りだぜエレボス。お前の事だ。悪の最後は正義に処される事……なんて言うつもりだったんだろうけど、生憎とそれじゃあ英雄の無駄苦労でね」

 

 

 其処でエレボスはやっと気付いたか。アストレアとヘルメスがナチュラルに話し掛けてきたから意識していなかったが、ここは間違いなく下界。もっと言えば意識がある内に認識していたダンジョンの下層である。

 殺されて天界に還ってるか、或いは神として死んで新しい命として生まれ変わってるのが当たり前だ。自意識がある異常。それを漸く認識し、エレボスは自分の体を見つめ、下半身に目が行くと全身を隠す様に三角座りする。そう、何せ服が溶けていた。神友の前での全裸は流石に羞恥心があったのだろう。

 

 或いは。

 

 

「おやおや、エレボス〜? 人間的な感情に釣られたかい? ()()()()()()()()()()お前は正真正銘人の身だ。神威すら発動出来ないんじゃそれが宿っても仕方ないかなぁ?」

「あー、なるほど。処せんのは俺が神の力を有してないからか。再生できねーもんな、天界待った無しにあの世行きだ」

「それはどうでもいいのだけど」

「……アストレア、なんか厳しくね? 正義の女神様〜? その膝の上で寝たい聖母女神ランキング一位のアストレア……?」

 

 

 天界に還るか神として死ぬかは正直どうでもいい。そう言い切ったアストレアに怯えるエレボスは、思わずヘルメスに視線を移す。ヘルメスは本心からの苦笑を表しつつ、その視線から逃げた。

 

 

(ベル君、君ってば神様キラー過ぎるぜ……? フレイヤ様の時といい、この女神二柱がここまで感情的になるのは珍しい……)

 

 

 まあ俺もだけどと密かに思うヘルメスを横に、アストレアはニコニコと笑顔を崩さず喋る。

 

 

「エレボス、貴方は大罪を犯した。規則に触れてないとは言え、本来で有れば天界に還して労働1万年くらいは必須の大罪を」

「ひえっ……」

「でも今天界へ還せるリソースが残っていないし、このまま死んだとしたら本当に神としての死を迎えてしまう。彼の願いとは違う結末が訪れてしまうから……貴方には、正義の神の下に、別の罰を与えます」

「別の……?」

「歴史に名を刻んだ悪神として、この下界で生きなさい」

 

 

 アストレアは真剣な目つきとなり、神としての意思を交え、エレボスに命じる。今はウラノスが祈祷を捧げているから神威で目覚めるモンスターは居ないだろう。

 その神威を受けたエレボスは息を呑み、引きつった笑みで問う。

 

 

「正気か?」

「ええ。リソースを取り戻したとしても、絶対に天界には還らないよう監視します」

「はは、24時間監視監禁ヤンデレムーブはヘラがゼウスにする分で事足りてるぜ……? そもそも、誰かが俺を殺しかねんだろ」

「あら、大丈夫よ。ベル君の意思は浸透している。誰も殺さない、死なない未来。子供達はもちろん、ベル君の成した偉業に目を見張り、神達も一目置く。ほら、優しい世界でしょう?」

「……冗談厳しいぜ、俺にとっちゃ精神的ベリーハードだ」

「ルナティックな難易度さえ乗り越えたのだから、それくらいの対価は必要よ。何なら『神エレン』として生きていい」

「黒歴史は引っ張り出さないでくれ……」

 

 

 エレボスは長く溜め息を吐くと、参ったと言わんばかりの笑みで了承した。

 視線を移せば、真後ろでアルフィアがベルに膝枕をしている姿。エレボスは立ち上がり、彼女の近くへと寄って行った。

 

 

「さて、お前の願いを叶えたお陰で正義の女神にコテンパンにされた男神に何か一言?」

「邪魔するな」

「うわ辛辣ぅ……。……結局伝えるのか?」

「……いや、コイツには伝えない」

「良いのか? 唯一の肉親だろ?」

「この子は、あくまで私を知らないまま生きたベル・クラネルだ。なら知らない方が良い」

 

 

 アルフィアはベルがメーテリアの、アルフィアの妹の息子である事に気付いている。もちろん最初は半信半疑だった。だからこそ出会った当初に「お前の様な存在(14歳のベル・クラネル)を私は知らない」と告げたのだから。しかし戦う姿を、あの鐘の音を聴き、確信へと至った。それがあの抗争の日。

 ザルドとエレボスにだけはそれを伝えているため、エレボスもそれを知っている。とは言え、周りがそれに気付いているかと言われれば定かではないので、核心に触れる様な言葉は出さないが。

 

 

「神アストレア、大聖樹の枝から煎じた薬……感謝する」

「……ええ。かつての英雄である貴方が、生きる選択を取ってくれるのは、とても嬉しいわ」

「えー、俺の時と全く違う対応じゃんか。コイツも悪だぜ?」

「貴方は反省してない神だもの。反省してる愛しい子供とは別だわ」

 

 

 アルフィアは神同士のやり取りに笑みを浮かべ、視線をベルに移す。

 

 

「英雄譚で例えるならば……そうだな。私はヒロインだった。それだけの話だ、エレボス」

「……甥のヒロインは業が深くないか?」

(おまえ)が言うか」

 

 

 確かに、近親相姦やら眷属との淫行やら、そういった噂の多々ある神が放つ発言ではないかとエレボスは頷いた。エレボス自身、自身の妹と子を成してる訳だ。突っ込める立場ではなかった。

 アルフィアは呆れた様にエレボスに首を振り、ベルに視線を移して微笑むと、ベルの額に唇を触れさせる。

 

 

「ありがとう、英雄(ベル)

 

 

 

 

 





 友人の知恵(技の無駄を無くす方法)を借りて、精霊から武器(風)を授かり、なし崩し的に王女様(エレボス(???))を助け出すような、滑稽な英雄の物語。

 ……アリア的に考えると、最終的には手助けしてる訳だから……王女様はアルフィアの方かな……?

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