盤外の英雄   作:現魅 永純

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役目の終わり

 

 

 

 大きな戦を終えた後は、宴が相場と決まっている。……もちろん開く開かないを選ぶのは自由だけど、一度ダンジョンを潜り終えた後に酒場へ赴く事。遠征後にファミリア単位で宴を開催する事。これらは多くの者達が行う“お約束”みたいなものだ。

 そして、今回もその例には漏れず───。

 

 

「さて、今夜は無礼講と行こう。都市全域で開かれる祭りの様なものだ。各々好きに食べ、飲み、勝利の祝杯を挙げるとする」

 

 

 フィンさんが音頭を取れば、冒険者一般人を問わずして盛り上がりを見せる。やがて「乾杯」の言葉が耳を通り抜ければ、都市全域の者達がその手に持っているカップを掲げた。……なんでこの騒動でフィンさんの声が聞こえるんだろう。フィンさんのスキルの効果だろうか?

 

 

「やー太っ腹ね勇者(ブレイバー)! 今夜の祭りの費用は殆どロキ・ファミリア持ちだって! 遠慮なく飲み食いするわよ……! ささっ、アストレア様も!」

「ええ、折角のお祭りだもの。存分に楽しみましょう」

 

 

 アリーゼさんがアストレア様の腕に抱きつきながら「あっち」「こっち」「そっち」と忙しそうに屋台を巡っている。……何というか、本当に子供と親みたいな関係? でも大丈夫かな。アストレア様の独り占めって、他の人達から反感買いそうな気もするけど。

 

 

「……まー今日の所は譲ろっか」

「うん、地上での戦闘じゃ第一級冒険者並みに働いてたもんね。ランクアップ祝いと考えれば良し」

 

 

 ……レベル3の身で第一級冒険者並みの働き? え、っていうかランクアップって、レベル4になったって事?

 

 

「リューさん、アリーゼさんのランクアップって……」

「ああ、貴方は寝ていましたからね。知らないのは仕方ありません。アリーゼは自分に付与を施して、単身で深層の強化種……の、更に強化された状態の【ペルーダ】を倒したようです」

「……マジです?」

「ええ、私も聴いた時は驚きました。恐らくレベル5級のポテンシャルに匹敵するでしょうから……アリーゼは半ば不意打ちみたいなモノと言っていましたが」

 

 

 ペルーダ。深層の竜種モンスター。背の毒針を飛ばし、灼熱のブレスを吐く……だったかな。深層域のモンスターをテイムしてた事にも驚きだけど、それの単身撃破はそれ以上に驚愕すべき事実だ。

 確かにアリーゼさんは魔法を発動すれば一つ上のレベルに匹敵するって言ってたけど……それでもレベル5級のポテンシャルを持つペルーダを単身撃破って……。

 

 

「ちなみに私と輝夜、ライラも今回の戦いでランクアップしました」

「……おめでとうございます?」

「確かアーディもでしょうか。……今回の戦いで殻を破る者は数多い。恐らく第三級冒険者は前代未聞の数となるでしょう。私としては、神が二つ名に迷って無難なモノを選ぶと思うと、気が休みますが……」

 

 

 あ、リューさんはあまり二つ名に頓着のない人か。……どうしよう、地上での戦闘が凄い気になる。こんなに一斉ランクアップすること自体が前代未聞だろうし、本当に何があったんだろう。

 闇派閥が捕まえていたモンスターが更に強化されて、それを死者0で乗り越えた……って、それだけでも充分偉業であることは理解出来るんだけど、どんなモンスターが居たとか、こんな戦闘があったとか、細かい内容が凄く気になる。

 

 

「ベル……!」

「う、わ……っと、アイズさん?」

「ベル……おはよぉ……?」

「えっと、今は夜ですけど……」

「……随分好かれていますね」

「ひっ、りゅ、リューさん? 何でそんなジリジリと怖い顔で迫ってくるんですか!?」

「こわ……? す、すみません。考え事をしていただけです」

 

 

 ……「甘える方が良いのか甘えられる方が良いのかどちらなのだろう」とブツブツ言ってるのが聞こえる。何に悩んでるの……?

 それよりアイズさんの方……なんか、凄く表情が蕩けているというか……可愛い……じゃなくて、酔ってる様な……? 流石に冒険者とは言え、10歳そこらのアイズさんにお酒を飲ますとは思えないんだけど……。

 

 

「ベル・クラネル、すまない。アイズは此方に……居る様だな」

「えっと……」

「……私も初めてで困惑している。酒など触れさせる機会は無かったからな。だが恐らく、匂いで酔ったのではないかと」

「そんな事、本当にあるんですね」

「ああ、あった」

 

 

 子供でも流石に匂いで酔うまではいかない。多分アイズさん、体質的にお酒の成分に弱いんだ。……こういうのって恩恵の適応外なのかな? でも一応人族(ヒューマン)の部類に入ってるザルドさんがガレスさんにお酒で勝つなんて話も聴いたし……よく分からない。

 

 

「……? リューさん、何で顔を下げて……」

「リヴェリア様の御前です。無礼な態度は取れません」

 

 

 あ……そっか。リヴェリアさんは王族(ハイエルフ)で、リューさんはエルフ。根本的に敬う対象だからか。

 

 

「あまり気にし過ぎるな、【疾風】。フィンも言っただろう? 今夜は無礼講だ。畏まりすぎると、逆に無礼に当たるかもしれんぞ?」

「え、と……敬い……無礼……く、クラネルさん、私はどうすれば……!?」

「あはは……」

 

 

 リューさん、根が真面目だからなぁ……。リヴェリアさんの言葉には従いたい、けどエルフの習性も無視出来ない。そんな状態だから目を回してしまっている。オロオロしている姿は珍しい。もう少し見てたい気持ちもあるけど……折角の祭りを楽しめないのもアレだしな。

 

 

「リヴェリアさん、アイズさんを連れて行きますか?」

「……いや、どうも君に懐いてしまっているからな。よければ一緒に居てやってくれ。私は他に回る所もある」

「分かりました。後で僕が黄昏の館まで連れて行きますね」

「……送り狼には」

「なりませんよッ!?」

 

 

 クククと喉を震わせて笑うリヴェリアさん。天然なのか、意図的なのか……。オラリオに染まったのか……。リューさんの珍しいモノを見たと言わんばかりの表情を見ると、最後者だろうか。

 そうして去っていくリヴェリアさんを見つめて、リューさんは息を吐く。

 

 

「うにゅ……」

「……眠りましたね」

「人肌は暖かいと言いますし、仕方ありません。何処か座れる場所を探しましょう」

 

 

 リューさんの言葉に従い、座れる場所を探そうとするけど……やっぱり人が多い。みんな食べ物や飲み物を手に持っているから、大抵の座れる場所は埋め尽くされてる。

 どうしたモノかと悩むけど、一つ思い当たる所はあった。祭りをやってる今なら、多分それなりに空いてるはず……。

 

 

「リューさん、こっちに行きませんか?」

「西地区……? 大抵の酒場は埋められていると思いますが」

「少し融通を効かせてくれる……かもしれないお店を知っているので」

 

 

 あの時は神様が倒れたから貸してくれただけかもしれないけど……空いてる部屋とかがあれば、ミアさんが貸してくれるかもしれない。取り敢えず探してもない以上、頼りにしよう。

 豊穣の女主人に辿り着くと、アイズさんを背負う僕を見て察したのか。やっぱり酒場の席は埋まっていたけれど、シルさんが空き部屋に案内してくれた。

 

 

「ベルさん、凄くモテるんですね?」

「へ?」

「このお方、剣鬼などと呼ばれるくらい強くなることへの執着が凄いんです。エルフの方にしてもそう。本来であれば肌を触らせる事や、それどころか下手に近い距離を保つのを嫌う種族ですので……そんなお二人の表情をここまで和らげるなんて、流石と思い」

「わ、私は別に……!」

「ふふ、そうでしたか。でも私、貴方と仲良くなれる気がします。今後も会ってくれませんか?」

 

 

 ……この時からシルさんって凄くシルさんって感じだ。なんか馬鹿みたいな感想になるけど、そうとしか言えない。

 シルさんは手を前に差し出す。リューさんが戸惑いながら僕を見たから、ふと微笑んだ。大丈夫だと、僕は知っている。リューさんがそっと手を差し出すと、シルさんは両手で包み込んだ。リューさんは目を見開く。

 

 やがて、戸惑いの表情は消えて、優しい笑みだけを浮かべていた。

 

 

「ふふ、ではベルさん、お料理をお持ちしますね?」

「え? いや、悪いですよ。下にもお客さんがいるでしょうし……」

「少しくらいは平気です。寧ろお客様もベルさんの姿は見たでしょうから、“英雄様”を少しくらい優遇しないと、私の方が怒られちゃいます」

 

 

 ……そういえば、僕の姿を見て席を開けようとしてくれた人達も居た。アイズさんに更にお酒の匂いを嗅がせるわけにはいかないから断ったけど……。うん……そう言われると弱いな。

 

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「はい、お待ち下さい」

 

 

 シルさんがパタパタと下に降りて行き、静寂な時間が訪れる。暫くすると、リューさんは僕の手の甲に指を当てた。

 

 

「リューさん?」

「……クラネルさんは、これからどうするんですか?」

「え?」

「未来から訪れたと貴方は言った。でも来た手段はわからない。……そうなると、突然と帰る日があるかもしれない。それまでの間、貴方はどうするのですか?」

 

 

 ……突然と帰る日。それは当然の疑問だ。ベル・クラネルという同一存在が二人もいるなんて、本当ならあり得るはずがない事象。何がキッカケで帰るかも分からない。今、この瞬間に帰る可能性もあるのだろう。

 帰るまでの間……。

 

 

「……」

「後悔、してませんか?」

 

 

 本来であれば、沢山の人が死んでいた七年前の暗黒期。本来辿っていた筈の未来を切り崩し、あらゆる可能性を排除する行為。暗黒期の先にあったかもしれない誰かにとっての幸せすらも拒絶するその行為を、後悔してないか。

 きっと、そんな質問だろう。でも僕の答えは決まってる。

 

 

「後悔なんてしてません。未来の誰かの幸せを削ることになっても……僕は今死ぬ人を見捨てる事なんて、出来ませんから」

「……ええ、私も同じ選択を取る」

 

 

 ここで後悔してる、なんて言ったら、僕が必死に足掻いた事への侮辱だ。

 

 

「貴方の意思は、私達の正義が引き継いだ。……安心して下さい。英雄の意思は途絶えない。英雄(あなた)が居なくなっても」

「……はい。宜しくお願いします」

 

 

 僕は目を閉じる。祈る様に、願う様に。正義を問い続けるのではなく、自分達の定めた正義を貫く、そんな正義の未来を。

 死者を出さないのは難しい。手の届く範囲にいないかもしれない。僕の脚を知らない人は多いだろう。それでもどうか、正義を巡らせられる様に。そんな思いを抱きながら、やがて目を覚ませば───

 

 僕は、ベッドの上で天井を見上げていた。

 

 

 

 

 

 





 次話、最終話です。
 既に執筆は終了しているのですが、諸事情で今日は投稿できません。恐らく明日には投稿出来ると思いますので、お待ち下さい。

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