「ふ……っ!」
「え───ぉおおっ!?」
「あ、すっ、すみません命さんッ!?」
一刀交える。その瞬間吹き飛んでいく命さんに、僕は慌てて謝罪した。
元アポロン・ファミリア、現ヘスティア・ファミリアホームの部屋で目を覚ました僕は、未来……というか、元の時代に戻ったのだと察する。半日ほど都市を見て回り、一切変わらない現代を見て、あの光景は夢だったのかと疑問を覚えた。
で、その為に命さんを鍛錬に誘って、件の『並列蓄力』をやってみたんだけど……全然出来ない。幸い吹き飛ばされた命さんは壁に当たる事はなく、しっかりと受け身を取っていたので怪我はしてないけど……。
「い、いえ……しかし珍しいですね、ベル殿から鍛錬のお誘いなど」
「えっと……あはは。ちょっと試したい事があったので」
僕は苦笑しつつ、手を握って開く動作を繰り返し行う。……うん。やっぱり感覚のズレが
磨いた筈の技に身体が追いつかず、覚えた筈の技もこうして霧散する。……やっぱり夢だったのだろうか。それにしては随分とリアルだった気がするけど……。
「まだやりますか?」
「いえ、今日は止めておきます」
夢の中での出来事を現実に反映しようとして、失敗する。たった今行われたそれを省みると、今日明日は探索を休みにした方がいい。今日はもう夕方近いのもあるし、鍛錬は止めておくべきだろう。
頭の中での自分と実際の身体能力に差異が生じてる以上、無茶をしてピンチになる可能性がある。取り敢えず明日は鍛錬に専念して、自分が出来ることをしっかりと確認した方がいいだろう。
英雄願望の攻撃時並列蓄力、技術……恐らく磨けば可能になるモノは大半だと思う。でもあの緊張感の中で成長したこれらは、一朝一夕で可能に出来るレベルのものじゃない。あのレベルまで鍛えるには、同じ事をするか、或いは地道に訓練する。それに限られるな。
───どうしてあの夢を見たのか。僕はホームから出たタイミングで記憶を失っていたから、その時に一緒にいたヴェルフに何があったのかを訊いた。返事は「突然倒れるから何かと思ったら寝ただけ」と。
別に疲れていた訳じゃないし、変に疲労が溜まっていた感覚もない。何か日常とは別の何かがあったのではないか。そうやって思い返していると、一つの問題に行き着いた。
鍛錬で怪我をしたから、ポーションを飲んだ。基本的にナァーザさんのお店で買うけど、このポーションはアスフィさんが作成したポーションだ。そうやってヘルメス様に渡されて……。いやしかし、アレは普通にポーションの効力を発揮していた。怪我は癒えていたし、色も普通のモノと変わりはない。
あ、でも……甘くなかったな。普通のポーションは甘くて飲み易く出来てるんだけど、それぞれの舌の好みに合わせた味にしてある……それがアスフィさんがポーションの試作目的だって聴いたけど……。
……うん、それ以外に思い当たる節はない。ヘルメス様の所に行こう。でも何処にいるのかわからないな……取り敢えずギルドに行って、ヘルメス・ファミリアの人達が来るのを待とう。この時間帯だとダンジョンから帰ってくる人も多いだろうし。
「あ」
「ん……」
ギルドに行くと、アイズさん……と、リヴェリアさんが居た。リヴェリアさんは変わりないけど、アイズさんの幼い姿を見ていたから……なんか、凄く違和感がある。
「……装備付けてないの、珍しい……ね?」
「あー、えっと……今日は別の用事が。アイズさんは……依頼ですか?」
「うん……別の用事って……なに?」
「ちょっとヘルメス様がいる場所を───っと、アイズさん。髪乱れてますよ」
互いの用事について話していると、アイズさんの後ろ髪が跳ねているのが見えた。多分ダンジョンを最速で駆けていたのだろう。自分からは見えない位置だから気付かないのも無理はない。
僕が手で軽く解すと、アイズさんは目を見開いている。リヴェリアさんは驚いた様に固まってて……って、あっ!?
「す、すみません! 何というか反射的に───じゃなくて記憶が───でもなくて!?」
どう言い訳する。夢の中でも同じ事しちゃっててつい〜なんて気持ち悪い以外のなんでもない! 夢って人の願望がほにゃららとか神様から聞いた覚えがあるし、そんなの見たって知られたら絶対嫌われる!
僕がバッと離れてグルグル目を回していると、アイズさんは呆けながら頭に触れて考え込み、コテンと首を傾げた。可愛い。
「ベル・クラネル、神ヘルメスならば先程北西の市壁で見掛けた。移動してなければ其処にいる筈だ」
「あ、ありがとうございます!?」
「あ……」
取り敢えずこの失態からは逃げ出したい。リヴェリアさんの言葉に甘えて撤退しよう。元々僕の目的はヘルメス様と最初に伝えた筈だし、不自然ではない筈。……どっからどう考えても不自然だ。
まあでも理由付けは出来るから……大丈夫?
「……びっくりした」
「ああ、私もだ。あの少年がキザな行動をするとは思えなかったからな」
リヴェリアとアイズは、先ほどのベルの行動を振り返って話し合う。アイズはリヴェリアの“キザ”という言葉に首を傾げつつ、「其処じゃなくて」と訂正する言葉を放つ。
リヴェリアが疑問符を浮かべると、アイズは答えた。
「今の、リヴェリアの撫で方にそっくり」
「……私の?」
「髪を梳る時のリヴェリアの撫で方だった」
「ふむ……そうか」
リヴェリアは口下に人差し指の関節部分を当てると、何処か眼を逸らして考え込む。
(……これも、
「一体
「……?」
リヴェリアの呟きに対し、アイズは再度首を傾げた。
「やあやあベル君、どうしたんだい? そんなに息を荒げて……って惚けても無駄か。何が訊きたい?」
「……取り敢えず、あのリアルな夢について」
「ふむ、けど生憎と君が見た夢の内容がオレは分からない。これは本当だ。よければ聴かせてくれないかい?」
「……七年前の、暗黒期を」
「そっか。因みに聞いておきたいんだけど、君は動けていたかい?」
「はい。動いて、感じて、成長出来ました」
「だとしたら予定通りだ。君が訊きたい事を教えてやれる」
ヘルメス様は微笑んで、語り始めた。
「人が睡眠時に見る夢は願望が反映されるって事は知ってるかい?」
「はい」
「正確にはそれは間違っててね。人が夢で見るのは、記憶から作られる仮想の物語なんだ。例えば君は、夢の中で自分の知らない人物と出会った事はあるかい?」
もちろん今回の夢は除いての話だと付け加えるヘルメス様。僕は暫く考え込んで、今まで見たことのある夢を思い返す。殆どはそもそも夢の内容自体を覚えてないけど……少なくとも知らない人物を見た事はない筈だ。
僕が首を横に振ると、ヘルメス様は頷いた。
「だろうね。人の姿形は、記憶にあるものからしか形成されない。……ただ、今回は違った。そうだろう?」
「……はい」
「実はミアハが以前『ユメミール』なんて代物を作った事があってね」
「ゆ、ユメミール……?」
「これは正真正銘、人の願望を夢として形にする薬だ。飲んだ時に強く願いを抱くと、その願いが夢として反映される。で、今回使ったのはこれを弄った薬でね」
唐突に告げられるミアハ様の作った薬の説明に困惑したけど、つまりそれを基にした薬を僕が飲んだ……で、怪我した時のソレがそのポーションだったという事……だろうか。
でも、弄った?
「『ユメミール』は願望が反映されるからリアルさはないけど、今回はもう一つの世界と呼べる程にリアルな願望を映し出していた。名付けて『ユメミール・ツナガール』だ」
「……ふざけてるんですか?」
「いやいや大真面目だよ!? ネーミングに関しては考える時間がなかったんだ、許してくれ。……ただ、本当にそう呼ぶべき代物でね。この薬は飲んだもの同士の記憶を繋げ、一つの脳に集束させる。一人を除けばただの回復も出来る睡眠薬。ただその一人だけは、あらゆる人々の“記憶”と“願望”から映し出される世界を体験するんだ。……『
……! 多くの犠牲者を出した、暗黒期。
そして願望は、その暗黒期に『英雄』が現れる事。英雄を生んだ最大最悪のシナリオだったけど、最初から英雄が居たという事はなかったから。
多分、集束させる場所は指定出来るんだ。人々の記憶と願望を束ねる薬を僕に渡し、授ける為の薬を色々な人に渡した。
「いやー、大変だったぜ? 一般人はもちろん、あの暗黒期を生きた冒険者達にポーションを渡す口実を作るのは。本来なら『
「……感覚とか、成長を体現出来ないのは」
「そりゃタダの夢だからね。直接的に身体を動かしていない以上、体感的なモノを頼りにする動きは出来ない。とは言え、限りなく君をトレースした夢だ。成長は成長、君の潜在的なものに違いはない。君が夢で遂げた成長は、いずれ現実でも出来る様になる」
なるほど。そりゃそうだ。夢の中での成長を現実に反映しようものなら、この薬はあまりに有能すぎる。多分死そのものの反映はされないだろうから、夢の中でいくらでも冒険が可能になってしまう。現実で一歩も動かずランクアップする事すら可能になるだろう。
僕が考え込んでいると、ヘルメス様はその考えの内容を察知したのか。笑いながら言葉を紡いだ。
「ベル君、ヘスティアに頼んで恩恵を更新してみようぜ?」
「え……けど、経験値として反映される事は無いんじゃ……」
「いいからいいから」
ヘルメス様の押しが凄い。
「どうしたんだい、ベル君? 幾ら君が成長期だからって、ダンジョン探索も無しに実感出来るほどのアビリティ変化が訪れる事なんてないぜ?」
「あはは……取り敢えずお願いします」
「……まさかまた
なんで僕の部屋の本の内容を知ってるのだろう。大抵はダンジョンに関するものだったり、英雄譚だったりするから、特別やましいモノはないけど……。
神様はピタリと身体を停止させて数秒。共通語に翻訳したステイタス内容を僕に押し付けてくる。
やっぱり基礎能力値に変化はない。けど───一つのスキルが追加されていた。
……可能性や想い、経験値を基に構築される【スキル】という項目は、意外な所から現れるかもしれない。
ヘルメス様が更新を催促した理由を理解した。夢の中での経験は全くの無駄という訳じゃなくて……想いとして、ちゃんと昇華されていたんだ。
僕が思わず微笑みながらそのスキルを見ていると、横から異様な圧。思わず肩を跳ね上げながら隣を見ると、ニコニコとしながら微かな神威を発揮する神様の姿があった。
「さぁてベ〜ル〜く〜ん〜? 何があったのかをきっぱりと吐いて貰おうかなぁ?」
「ヘルメス様の責任です」
「よぉし準備するぞ! ヘルメスを捕獲しに行く! ヴェルフ君ロープを用意したまえ! 命くん、遠慮なく重力魔法を使用していいぜ! ボ・ク・の! ベル君にちょっかい掛けまくるあの優男風ブラック上司覗き魔ロクでなし神はそろそろ懲らしめてやる!」
……神威に押されて思わず黒幕を言ってしまったけど、まあいいか。今回は僕も被害者だし。……あれ、
よし、僕も捕まえに行こう。
「……さて、ベル君に少し嘘を吐いちゃったなぁ〜」
ヘスティア・ファミリアのホームへと向かったベルの姿を見送り、ヘルメスは市壁の上でポツリと呟いた。基本的には嘘は吐かず誤魔化しを入れながら真実を語らない……それがヘルメスの話術だけど、今回に限ればほんの少しの嘘がある。
『ポーションを渡す口実を作るのは大変だった』。まるっきり嘘だという訳ではないが、これには少し語弊がある。一般人達に渡すのが大変だったのは紛れもなく本当だ。しかし冒険者で言えば、実は全く苦労せずに渡せている。
理由は、
そう、これの提案者は───【
もちろん直接過去に送るなんて真似は出来ない。だから過去にミアハが『ユメミール』なるものを作っていたことを参考にし、アスフィに頼んで作成したものをフィンに預け、多くの冒険者に行き渡った。あのフィンの配布だ、変に疑う者はいない。
一部フレイヤの派閥とリヴェリアやガレスは疑問を浮かべていたけど……リヴェリア、ガレスにはフィンからの説明で、フレイヤの派閥にはヘルメスが直接説明しに行って行き渡らせる事が出来た。フレイヤもその光景を想像して愉しみにしたのもあるだろうが。
「神威すら跳ね除け、恩恵の限界を超越する彼が、かの暗黒期で成し遂げた“想い”。さてさて、どんな形で昇華されているのかな」
【
・常時『器用』の高補正
・戦闘時、周囲に戦意高揚を齎す
───夢は所詮夢だ。誰かの記憶から作られる空想の物語。でもあらゆる人々が浮かべるだろう『もしも』の先に生まれる物語に、終わりはない。終わりがあるとすれば、それは夢を見る誰かがいなくなった時だけ。
目が覚めたら誰かが引き継ぎ、その夢の続きを見るだろう。これは泡沫の夢を見るだけの物語。故に、望む者には願望を叶える権利が与えられる。
あり得ざるIF。そんな泡沫の夢の続きを───貴方は望みますか?
▷はい
もう一周する
Q.なんでエレボス黒のモンスターが神を食って力にできる事知ってんの? 特典小説によればアルテミスが初だしウラノスやヘルメスですら予想すらしてなかったみたいなのに。
A.今回の夢は限りなくリアルに当時の事情を再現し、且つ変化があればそれにしっかりと適応した世界ではありますが、『七年後の記憶』を基に形成されている為、当時に起こらない確証がないものもカウントされます。
穢れた精霊や怪人の登場がないのは、当時では出ないという確かな記憶がある為。例えば怪人なんかは、当時オリヴァスが間違えようもない“人”だったから。穢れた精霊とニーズホッグの使用が無いのは、ディオニュソスが暗黒期七年後で漸く都市全域を破壊出来る供給が済んだ……まあつまり、七年前の時点では使えないと知っている為。
神を喰うことでモンスターが神の力を得る事を知っていたのは、ヘルメスが「エレボスの目的は英雄の誕生であって、下界崩壊ではない。知っていたかもしれないが敢えてやらなかっただけ」という認識をしており、エレボスが知らなかったという確かな記憶がないからです。
くたばっていたと思われていたザルドとアルフィアを見つけ出したからこその疑心暗鬼ですね。この神なら知ってる可能性もある、と。