盤外の英雄   作:現魅 永純

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 前話にて、現在のステイタスでのベル君が魔法一発でミノタウロスを倒せないのはおかしいとの報告を幾つか頂いたため、少し編集しました。この辺りは自分もどちらにすべきか悩んでいた部分ですので、ご指摘助かります。

-追記-
 日間9位、ありがとうございます!



最速の白兎

 

 

 

 駆ける。1秒でも短くする為に、1秒でも早くたどり着く為に、その足を地に叩きつけ、相手の行動を封じる。被害を出す訳にはいかない。食い止められるものは食い止める。僕の敏捷(あし)は何者よりも疾くあれと。逃げる為ではなく、すべてに追いつく為に。

 ここからは、一歩の遅れが一つの命を落とすと思え。救いたいならば、一歩でも早く辿り着け。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()───!

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

「───はっ……ゲフッ、ガフ……っんぐ」

 

 

 息を吸い息を吐く。短い間での呼吸の繰り返し。頭は酸欠で回らない。流れる汗は脱水症状も引き起こすだろう。無理やり水分を補給する。

 やがて心臓は落ち着きを取り戻していく。鼓動の音は遠くなる。一際大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。

 

 

「お疲れ様、兎君! やー参るなぁ、なんと被害は無し! 君の活躍で、四度目の襲撃は未然に抑えられたよ!」

「い、いえそんな……僕一人では流石に。アリーゼさん達の協力があってこそですよっ」

「うーん素直! 兎君って、『正義』というよりも『英雄』に近いのかな? まあ違いなんて特に気にしないけど!」

「あはは……」

 

 

 ……本当に、僕だけの力じゃ無理だ。フィンさんの“読み”は前提として、アリーゼさんの的確な指示とアストレア・ファミリア全体の対応が無ければ、この襲撃は防げていない。幾ら僕に疾さがあったとしても、僕は一人しかいないんだ。

 もっと頭も磨いていかなきゃ……構造の把握をしっかりと。適当か的確かで効率は段違いに上昇する。今の僕はまだ遅い。

 

 

「団長、逃げようとしていた連中はあらかた気絶させた。一応尋問はしたけど、魔石製品貿易襲撃の理由は知らねぇみたいだ。理由も知らずに襲撃してるこいつらも大概だけど、理由を知らせずに襲撃させる上の連中の徹底っぷりったらありゃしねぇぜ」

 

 

 ライラさんが近付いてきてアリーゼさんに報告する。僕はその情報を頭に入れつつ、自分の近くで倒れている闇派閥の一員に触れた。

 四度に渡る魔石製品工場の襲撃……偶然な筈がない。目的はオラリオの活動停止? でもそれが起こると分かっているなら、魔石製品工場各地に護衛を配置する事で未然に防ぐ事が可能だ。無差別でないなら、そんな事を続ける真似はしないはず。

 とすれば、他の目的……魔石製品で扱うアイテム? でも殆どは生活用品だ。闇派閥という種がそれを目的にするとは思えない。

 

 

「それと、ガネーシャ・ファミリアも到着した様だぜ」

「ぇうっ」

「……どうした、蛙みたいな泣き声出して」

「い、いえ、何でもないです」

 

 

 ガネーシャ・ファミリア……。未来でもこっちに来た時でも関わった機会はそれほど多くないんだけど、少し後ろめたい気持ちがある。というのも戦争遊戯(ウォーゲーム)後に大賭博場(カジノ)へモルドさん達と訪れた(に連れて行かれた)時に、シルさんの意図を汲み取って大暴れして、その場を追い出されてしまったから。

 僕が悪い事に違いはないので、後ろめたい気持ちが存分にある。……同時に異端児(ゼノス)の件で多少の仲間意識もあるけれど。まあ数少ない人にだけ教えていたらしいし、迂闊に話題に出す訳にもいかないだろう。

 

 

「すまないアリーゼ、待たせたな」

「ううん、いいのよ。調べ物をしながら来たんでしょ? 何かわかった?」

「ああ。被害ゼロで済んだから、すんなりとな。闇派閥の一人が胸元に隠し持っていた物と、施設から無くなった物が一致した。奴らが持って行ったのは『撃鉄装置』に間違い無いだろう」

 

 

 

 『撃鉄装置』って……魔石製品の『スイッチ』みたいなモノ、だったっけ。魔石製品に関する何かを作ろうとしている? 闇派閥が作りそうなモノ……。

 

 

「お姉ちゃーん、闇派閥達の捕縛は全員完了したよー。後は連れてくだけ」

「……アーディ、人前ではその呼び方をやめろと言っているだろう?」

 

 

 アーディさん。7年後には存在していなかった、シャクティさんの妹。リューさんから聴いていなかったから最初は名も知らない人物に戸惑ったけど……7年後に居ないという事は、即ち彼女も同じように……殺されたのだろう。

 どうやって、とか。どの時期に、とか。そんな事を全く知らない。でもジャガーノートの件で名前を出さなかったってなると、別の時期に亡くなったのだと推測できる。流石にこれっぽっちの情報で特定は難しいけれど。

 

 

「やあやあ、君がリオンの言っていた『クラネルさん』かな?」

「えっ、あ……べ、ベル・クラネルです」

「うん、じゃあ私はベルと呼ぼうかな」

 

 

 何処かふわふわしてる様な、それでいて芯は通っている様な……。天真爛漫とは違うのかもしれないけど、何処かロキ・ファミリアのティオナさんに似ているモノを感じる。常に笑顔を心掛けている様な、安心感を与える笑み。

 アリーゼさんとシャクティさんが話してる間に、アーディさんは僕に話しかけて来た。

 

 

「ベルはさ、『正義』をどう捉えてるの?」

「正義を、ですか?」

「うん。アストレア・ファミリアに入ってるなら、自分の『正義』は持ってるのだと思うし。アリーゼに認められた君の『正義』が知りたいなって」

 

 

 僕の、正義……。僕がなりたいと願う、なると誓う、『英雄』の理想像。昔はお祖父ちゃんが楽しそうに語ってくれる英雄に憧れを抱いて、なりたいと思っていただけだ。一騎当千の英雄にも、お姫様を助ける様な英雄にもなりたいって。

 でも、僕が積んだ経験。そこから貫く自分の意思は───。

 

 

「……全てを助けられる存在、だと思います」

「悪を裁き、他者に感謝される様な存在ではなく?」

「えっと。悪と言っても、根っからの悪人ってそれほど居ないと思うんです。僕達が語る悪にも、それぞれが経験した何かに囚われているのかもしれないから。時には……」

 

 

 異端児(ゼノス)の件を思い出す。モンスターたる彼らは、世間一般的に悪だ。でも喋り、理性があり、優しさがある。それを信じて彼らを救いたいと願い行動した時は……。

 

 

「───時には、自分が悪と言われるかもしれない。正しさは人が決めるモノで、悪も人が決めるモノだから。それでも自分が信じて貫いて、全てを助けるのを正義と呼ぶ……んだと思ってます」

 

 

 もちろん、絶対悪は必ず存在する。それを倒す『覚悟』も、正義の一つなんだって、僕は思う。

 

 

「ちょべりぐ」

「…………なんて?」

 

 

 唐突にキメ顔で親指を立てながら発せられた言葉に、思わず素の困惑が出てしまった。ちょべりぐ……?

 

 

「神様の言葉なんだって。以前道端で猫に虐められていた神様を助けたら教えてもらった言葉なの」

「言葉より神様のシチュエーションのインパクトの方が大きいんですけど。ね、猫? 猫人(キャットピープル)じゃなくて、普通に猫?」

「意味は『称賛・最高』なんだって。なんか響きがいいんだよね」

 

 

 ごめんなさい、神様のシチュエーションが気になり過ぎて言葉の意味が頭に入ってこないんです。……えっと、「良い解釈だった」という意味でいいのかな?

 

 

「私の解釈を他人に押し付けるつもりはないし、気に入らないからって潰す真似もしない。でも私、君の事が好きだな」

「どうぇっ!?」

 

 

 唐突にストレート過ぎる発言!? そ、そういう意味じゃないのは分かってるんだけど、アーディさんみたいな美人にそんな事言われて動揺しない筈がない! 近頃は「ポンコツピュア」とか「変なヒューマン」とか冷たい目で言われてたから尚更に!

 

 

「兎くーん、後はガネーシャ・ファミリアがやってくれるって! 私たちは帰ろっか!」

「ん、これ以上は引き止めちゃ悪いか。じゃあベル、また話そうね」

「あ、は、はい」

 

 

 ……なるほど、これが“天然”。恐ろしい。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「それじゃ、今日の報告といきましょうか!」

「一悶着起こした後に悪びれもなくよく始められんな、団長よ」

 

 

 ……帰ってきてすぐ、アストレア様の「ご飯にする? お風呂にする?」発言で興奮した団員達を後ろに、アリーゼさんは「お風呂でアストレア様を戴くわ! ついでに兎くんもどう!?」という爆弾発言をかまして一悶着があった。

 理不尽に頬を引っ張られた。痛い。いやまあ満更でもない顔をしてしまった僕も悪いのかもしれないけれど。

 

 

「今日は被害もなし! 一般人も工場も全てが無事だったわ!」

「あら、早速大活躍ね。本当にお風呂で労うべきだったかしら」

「アストレア様が発言すると冗談に聞こえないのでやめて下さい…」

 

 

 アリーゼさんどころかアストレア様まで爆弾発言をしてくる。多分僕の性格を理解して褒められすぎて萎縮しない様に揶揄い混じりで会話を進めているのだろうが、アストレア様が発言してしまうと子供達は真に受けてしまうだろう。実際視線が痛い。

 逃げる様に目を瞑って体を縮ませながら、アストレア様にその発言を止める様に提言した。

 

 

「魔石製品工場を狙っての襲撃は『撃鉄装置』の盗みが目的だったようです。アストレア様はどう思いますか?」

「魔石製品のスイッチよね? カモフラージュの可能性を入れるにしても……作製に必要な部分を盗んだのであれば、何かを作るのは間違い無いわね」

「その『何か』が分からないと、対策のしようも御座いませんが……」

 

 

 ……闇派閥が撃鉄装置を盗んだ理由。魔石製品に盗みに入って、撃鉄装置()()を盗んだのは、既に基となるアイテムを入手しているという事……になる。

 相手が持っていたアイテムで、僕の印象に残っているアイテム……で、最悪の……可能性……っ!

 

 

「あ、あの、アストレア様。過去三回の工場襲撃に於ける火災で、()()()()()()()って判明してますか?」

「……? 工場は爆発の原因となるモノはあるから、それで火が上がっていると判断しているけれど」

 

 

 ───────。

 実際に爆発の原因が工場にあるモノで、使わなかったからこそ()()()()()()()()()()()()()()()としてしかカウントされていないのだとしたら、この四度に渡る襲撃は『撃鉄装置』の盗みを目的にしてるのと同時に心理的誘導も含まれている!

 たまたま僕だけが強い印象を持っている、闇派閥が持つアイテム……『火炎石』を利用しているのだとしたら、スイッチを押すだけで火炎石を暴発させる自爆攻撃が出来てしまう……かもしれない。魔石製品の作りに詳しくないから、僕には判断がつかない。それはアストレア・ファミリアの団員も同じだ。アリーゼさん達は『撃鉄装置』自体が何かを理解していなかった。

 

 これを『可能性』として見るか、『最悪の確実』として見るか、それを判断出来る人物で、都市全体を動かせるだけの権力を有しているのは───ロキ・ファミリアしかいない。

 

 

「す、すみません! 僕ロキ・ファミリアに行ってきます!」

「え、ちょっと」

 

 

 この事は一刻も早く知らせなきゃいけない。自爆攻撃云々を抜きにしても、既に都市を囲うように火炎石が設置されている可能性だってある。直ぐに冒険者達に判断を仰げる人に知らせなければ手遅れになるかもしれない。

 だから、ロキ・ファミリアに。フィンさんに直接知らせなければ。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「だから、僕はフィンさんに話があって……!」

「ギルドを経由して下さいって、言ってるでしょう!」

 

 

 ダメだ、状況は違うけど、戦争遊戯(ウォーゲーム)の時と同じように門番で返されてしまう。名が届いていないんじゃ、ここで押し返されるのも当たり前。

 無理やり飛び越えていくか? 今の自分のステイタスならいけるだろうが、でもそれでフィンさんが話に応じてくれるか……。

 

 

「なんの騒ぎだい?」

 

 

 ……ちょ、直接来るとは思わなかった。でもフィンさんが来てくれたなら都合がいい。

 

 

「あの、フィンさん! 闇派閥について話が……!」

「……なるほど、君か。ライラから報告は受けていたけど……とんだ暴れ馬だね。ああアキ、彼を通してやってくれ。大事な客人だ」

「しかし……」

「闇派閥に関する大事な話を持って()()。有利性が得られるならばそれを活用しない手はない」

「……わかりました。ラウル達にも話は通しておきます」

「うん、よろしく頼むよ」

 

 

 ……断言する様な言葉だ。多分、フィンさん特有の“勘”なのだろう。

 フィンさんの部屋に通された後、僕は火炎石と撃鉄装置についての話をした。暫く考え込む様子でいると、フィンさんは口を開く。

 

 

「君は、これをアストレア・ファミリアの誰かに伝えたかい?」

「い、いえ。爆発の原因について聞いた程度で、火炎石の事は何も」

「うん、偶然ではあるかもしれないが、良い判断だ。ベル・クラネル、この件については誰にも伝えるな」

「な……っ!?」

 

 

 なんっ、で……。

 

 

「火炎石を利用した都市爆発は想定の範囲内だ。そしてそれが仕掛けられていないのは、都市中に巡らせたガネーシャ・ファミリアが確認している。自爆攻撃は予想外だけどね」

「だ、だとしたら尚更……」

「知らせない理由は三つある」

 

 

 理由……?

 

 

「まず一つ。僕は───いや、この都市にいるほぼ全ての神・人は、君を信じていない。信じるに足る“過去”がないからだ」

 

 

 ……!

 そうだ。この四日間、僕がどれだけアストレア・ファミリアに尽力していようが、それより前の過去なんて存在しない。だって7年前にいるのは7歳の僕でしかなく、14歳のベル・クラネルなんて存在するはずもない人物なのだから。

 

 

「そして二つ目だが、これを知らせたところで意味がない」

「い、意味がないって、どうして」

「対策のしようがないからだ。自爆攻撃という手段を持たれた時点で、僕たちは“詰み”に近い。爆発される前に気絶・殺害するか、自爆アイテムを奪うことでしか方法がなくなる」

 

 

 ……対応策が出来たのなら、つまり。

 

 

「そして三つ目。対応策が出来たら、相手は同様に()()()()まで考えてくるだろう。多くの冒険者が知れば自動的に相手にも伝わる。情報という有利性を自ら手放すわけにもいかない」

「で、でも対応策がないなら、結局情報が無いのと変わらないんじゃ」

 

 

 都市に火炎石が仕掛けられていないのは事実を知れたから、落ち着きは取り戻せた。今すぐ対応策を練る焦りが無くなったからだ。だからこそ分かる。そのままだと、結末は変わらない。僕が微かに知る『暗黒期』と同じ道を辿るだけだ。

 

 

「そこで君だ、ベル・クラネル」

「僕……?」

「君は都市外から訪れたレベル5で、情報が全くない……言わば盤外の駒だ。つい最近まで居なかった君の存在は間違いなく相手にとっても想定外。情報が少ない限りは居ても居なくても気にされない人物だ。だから相手の『決定期』に仕掛ける」

 

 

 決定期……つまり、相手が自爆攻撃を仕掛けるだろうタイミング?

 

 

「敢えてこの場で言おう。僕は君を信用していない。裏切られる可能性も想定して今後を組み立てる。が、君のステイタスは信用している。君の活躍によっては、闇派閥の攻略は格段に違いが出るだろう」

 

 

 フィンさんは両肘を机に置いて、右手で左拳を包み込み、冷淡な瞳で僕を射抜いた。

 

 

「ベル・クラネル───敏捷(あし)に自信はあるかい?」

 

 

 

 

 

 

 





 前話の前書きで報告させていただいた追加タグの『独自解釈』ですが、これは今話のアーディにも適応されています。藤ノさんがTwitterで公表していた『アルゴノゥトに隠された正義の行方』についてアーディが気付いたとあったので、ベル君の正義についての考え=アーディの解釈という設定にさせて頂きました。
 ではまた次話で!

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