盤外の英雄   作:現魅 永純

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ポンコツ英雄兎

 

 

 

「いいかい? 君は今まで通り闇派閥の襲撃を阻止してくれ。ただしこれまでよりも、『勇者(ブレイバー)の読みが当たった』という表向きの理由を曝け出すように」

「フィンさんの…?」

「ああ。君は全アビリティの中でも敏捷が飛び抜けていると報告を受けている。が、それを相手に知られる訳にはいかない。どんな襲撃、どの相手の策略を防いだとしても、()()()()()()()()()()()5()()()()()()と思わせる」

 

 

 フィンさんの言葉の意図は、まだ分からない。でもきっと最後には全てを繋げるだろうから、下手な質問は避けた。

 

 

「それと君には、短剣ではなく両手直剣を主な武器として使用して欲しい。相手には敏捷(あし)よりも膂力(ちから)が長けているレベル5と認識してもらいたいからね。扱いは?」

「だ、大丈夫です。短剣、直剣、両手剣……場合によっては拳までなら」

「わかった。武器は此方で用意しよう。それとベル・クラネル。アストレア・ファミリアでのパトロールが終わった後には毎回ロキ・ファミリアへと訪れてくれ。少しでも確率を上げたい」

「……?」

「正直、この作戦は賭けだ。仮にオッタルが決行したって無理な話として笑われるだろう。プレッシャーを与えるようで悪いけどね」

 

 

 ……と、都市最強ですら『無理』な作戦?

 

 

「君には────」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 ……正直に言って、無茶や無理を通り越して不可能だ。アレは作戦と呼べるのかも怪しい、ただの力押し。フィンさんが立てたとは思えないような荒唐無稽。でも裏を返せば、フィンさんでさえその作戦で行かざるを得ないという事。

 それに、筋は通る。後は僕がそれを遂行できるかどうかが全て。ならば僕は今まで通り、この敏捷(あし)で全てを守るだけ。

 

 

「はぁッ!!」

「むっ……!」

「流石……っ、フィンさん!」

 

 

 ……で、でも、こういう時の褒め方って良く分からない。いや、確かにフィンさんは凄い。まさか18階層でいきなり闇派閥が襲ってくるなんて思わないだろう。適当ではなく確信を以ての判断。そんなの僕……ましてやリリにも出来るかどうか。

 けど意図して褒めようと思った瞬間、言葉に詰まる。普段ならすんなりと口に出るから良いけど、『考えて褒める』という過程に慣れないんだ。こんなとこでボロを出したくないんだけど……。

 

 

「なるほど、勇者(ブレイバー)の読みですか……。それにしても私が吹き飛ばされるとは、大した力ですね。見掛けない顔ですが、随分お強いと見える」

 

 

 大丈夫……かな? 特に疑問は持たれてないみたいだ。元々のフィンさんの凄さが影響しているのだろう。

 死人は出ていない筈だ。この人が武器を取り出した瞬間に押さえた。避難誘導はアリーゼさん達に任せてある。僕はここにいる闇派閥を押さえればいい。……それにしても、短剣やナイフ程の慣れがないとはいえ、僕の一撃を防ぐなんて。あの表情が強がりだとしても、最低でもレベル3以上の力があるのは確実だ。駆け引きの差で負ける可能性もあり得る。決して油断はするな。万全の状態で捕まえるためにも、アリーゼさん達を待たないと……。

 

 

「ヴィトー様」

「……ええ。どうやらアストレア・ファミリアの一員のようですね。貴方だけでも厄介なのですが……正義の連中まで来られたら手に負えません。引きあげましょう」

「まっ……く!」

 

 

 視線の行き先を見られて、僕とアストレア・ファミリアの関係性を察したのだろう。

 僕は阻止する為に地面を踏みしめたが、闇派閥の一員に捨て身で殴り掛かられて一瞬硬直する。明らかに捨て駒。僕が切り捨てられないと確信したうえでの最善手。やられて嫌なことを熟知している。

 一度避けた後にもう一度向かってくる。体勢を整えて剣の柄で気絶させた。ヴィトーと呼ばれた男は───

 

 

「……遠い」

 

 

 今から追いかけても間に合うだろう。でもフィンさんの作戦のこと、そして彼が‟囮”である可能性も頭に入れると、無策に追うのは危険な判断だ。剣を鞘に納める。

 

 

「クラネルさん、ご無事ですか?」

「リューさん……すみません、捉えられませんでした」

「いえ、貴方が無事であることに越したことはありません。しかし、それほどまでに強い相手でしたか?」

「僕の能力を考えれば制圧が可能だったと思います。ただ、闇派閥のやり方にまだ慣れてなくて……」

「……捨て駒ですか。確かに奴らは狡猾だ。貴方のような人物が苦手とするのも理解できる」

 

 

 ある程度の避難誘導は終えたのだろう。リューさんが近づいてくる。

 

 

「私もまだ未熟の身だ。だから偉そうに言えた義理ではないですが……人は一人で出来ることが限られている。もう少し私たちを頼っていい」

「……」

 

 

 この時のリューさんは、随分と表情が豊かだ。正直に言えば、リューさんのコロコロと変わる表情を何度見つめていたか分からない。だから強く思う。このリューさんを守りたいと。

 でも『守る』ことに固執していたかもしれない。今ままでの僕が、全てを一人で成したことがあったか? 否だ。バックアップしてくれる人が居たから成せたのだろう。

 アーディさんとの会話を思い出す。正義は人が決め、悪も人が決める。そして英雄もまた、人々が称えるモノだ。自分の力だけで成せるものではない。

 

 目を瞑り、開き、笑みを浮かべて言葉を放つ。

 

 

「リューさん、僕は英雄に憧れています」

「……?」

「全てを守り、全てを助け、みんなが笑顔でいられるような───そんな英雄に」

「……貴方の理想ですか?」

「はい、理想です。今はまだ、それに憧れるだけ、願望を抱くだけの。でも何時かは叶えると、そう思います。だからリューさん」

 

 

 僕はリューさんの手を両手で包み、重なる視線を逸らさず、言い放つ。

 

 

「僕を支えてください。笑顔でいてください。僕は貴方の笑顔を守り続けます」

「─────た、頼っていいという言葉の返事がそれですか」

「へ、変ですかね?」

「普通はもっと……こう、「分かりました」とか、「頼りにします」とか、そういう返事になるでしょう! なぜ一人で成す覚悟となるのですか!」

「リューさんが笑顔でいることが、僕の力になりますから」

「ニャっ!?」

 

 

 凄い顔が真っ赤だ。というか珍しすぎる驚きの声。……発言を振り替えると僕も恥ずかしくなってきたけど、本心からの言葉だ。訂正はしない。

 

 

「……兎君、公衆の面前でプロポーズって大胆だよね!」

 

 

 へ? プロポーズ……?

 …………………。

 

 

「ち、違いますよッ!? アリーゼさんや輝夜さんの笑顔も守りたいって意図もあって、この場にいる人もっ、オラリオのみんなも守りたいって、そういう意味で……!」

「ふんッ」

「どうぇっ───輝夜さん、なんでまた金的!?」

「今のはどう考えても貴様が悪い! このポンコツ天然人たらし発情兎!」

「なんか以前より属性盛って───待って危なっ、危ないですって輝夜さん!」

 

 

 ───小一時間くらい、ニヤニヤとしたアリーゼさんと男性冒険者に囲まれながら逃げ回っていた。

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

 今日もまた、街の巡回に徹する。今日はライラさんとだ。普段はアリーゼさんかリューさんとなんだけど……曰く、「この者は危険、無事だと確信できる人物と一緒に居させる」とのこと。何が危険で何の無事なのかはさっぱりだけど。

 

 

「……お前、ホントに分かってねーのか? わざととかじゃなくて」

「なにをですか?」

「なるほどこいつはダメだ。フィンは意図して避けてるけど、お前は天然で突っ込んで暴れまくってややこしくするタイプだな」

 

 

 フィンさんが意図して避けてること……あ、お嫁さん探し。小人族(パルゥム)に限定してるから、それ以外の種族の女性からの好意は受け取らない主義だって聞いた。純粋な小人族(パルゥム)の後継者を作るために。

 

 

「……そういえばライラさん、僕のことを褒める時にフィンさんを例に出してましたけど……お二人の関係って?」

「なんだ気になるのか? 流石に私までお前に惚れたりしないぞ?」

「別にそういう訳ではっ、というか“まで”って何ですか!?」

「冗談だよ。つくづく輝夜の『ポンコツピュア』が言い得て妙だと思うぜ」

 

 

 やれやれと言いたげにライラさんは首を振る。

 

 

「んー、強いて言うなら嫁候補か」

 

 

 ───フィンさんが七年後にお嫁さんを探していたのって、最も近かったライラさんを亡くしてしまったから……? 本当ならば一緒に居れた命を失って、その代わりを求めての行動?

 だとしたら、尚更この人達を失う訳にはいかない。

 

 

「……フィンさんの為にも絶対に守って見せますっ」

「おいポンコツすぎるだろお前。自分では言いたかないけど、あたしはフィンから大分避けられてるし、恋仲関係じゃねーよ」

「そ、そうなんですか?」

「真に受けすぎだろ……。なんで嫁になりたい私がフィンに好かれてない事実を話さなきゃならねえんだ」

 

 

 フィンさんが求めていた『最低限の人格』はあるだろうし、何より上級冒険者に至った『冒険への勇気』がある。対象にはなると思ってたからそう判断したんだけど……的外れだった?

 

 

「そーゆーお前はどうなんだ?」

「……憧れてる人がいます。追い付きたいと思う人が居ます。その人の隣に立てるような人物になりたいって、そう思います」

「ベタ惚れかよ」

「べっ……は、はい」

「なのに()()か……呆れて見限られないように気を付けろよ? いつか夜道で背中を刺されるだろうからな」

「ふ、防いでみせます」

「意図を汲み取れ……。言葉のままじゃなくて、間接的な表現だよ」

 

 

 ……?

 

 

「まあいいや。つかその言い分だとお前より強い女って事だよな? レベル6の冒険者って、フレイヤ・ファミリアに居た『小巨人(デミユミル)』くらいなもんだけど……まさか都市外の人物とかか?」

「そ、そうですね」

「マジか、都市外はどうなってんだよ……オラリオ並みの人外魔境じゃねーか。お前のステイタス的に魔法大国(アルテナ)って訳でもねーだろうし」

 

 

 ……実際は僕自身オラリオの冒険者であるし、アイズさん(憧れの人)もオラリオの冒険者だ。でも『白兎の脚(ラビット・フット)』も『レベル6の剣姫』も今の時代にはいないから、都市外だと言い張るしかない。事実を言ったところで「何言ってんだお前」ってなるのがオチだろうし……。

 

 

「……そういやお前、何で直剣にしたんだ?」

「え……あ、えっと……先日ロキ・ファミリアに赴いた時、フィンさんと話してたんです。ええと……ライラさんが伝えた通り、僕はステイタスが全面的に高い……ので、自分の強みを押し出すならこの方が良いと」

 

 

 ただの言い訳だ。フィンさんが「武器について訊かれたならこう答えていい」と教えてもらった言葉を思い出しながら口に出すと、ライラさんは訝しげに僕を見つめている。

 

 

「ほー……まあ短剣やナイフ程じゃないけど扱えてる訳だし、支障は無いけどな。フィンがそう言うって事は、何らかの意図はあんのか」

 

 

 フィンさんへの信頼が凄い。やっぱり“過去”を積み上げてきた人物とそうでない人物とではそれほどまでに違いがあるのだろう。疑わし気ではあるけれど、フィンさんへの信頼が優先された様だ。

 

 

「黒いナイフってどういう原理で刃が付与されてんだ?」

「これはナイフ自体にステイタスが刻まれてて、僕のファミリアの人だけが扱える───」

「じゃあこの防具は?」

「凄く硬い皮が防具を包み込む形で───」

「ならこの───」

「これは───」

 

 

 多分、探究心が強いんだろう。ライラさんが気になった事を問い掛け、僕はそれに答える。都市巡回中ではあるから周りへの警戒は解いていないけど、そんなやりとりを続けているうちに日が暮れていた。

 

 

 

 

 

 


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