「傷ついた者、弱き者を助けると、こんなにも心が満たされる!」
目の前の神は高らかに叫ぶ。
クラネルさんが闇派閥の一員、ヴァレッタを退けた後、
この襲撃を読んでいたからだろう。
私が回復魔法を掛けて回ってはいるが、それでも人手は足りない。焦燥感を抱いていると、以前私に正義の意を問いた男神───エレンと名乗る神が子供を助けているのを見た。
お礼を言えば、神エレンは何処か高揚感を抱くように、演説するように言葉を発する。
「充足するよ、嬉しいね! これは病みつきになってしまう! ごめんね〜君たちの行いを無償の奉仕なんて言って。他者を助ける優越! 感謝される快感! 確かにこれは無償じゃない、ちゃんと代価はあった!」
──ああ、なるほど。神エレンがなぜ私に好意的に接してくれているのかが分かった。
そしてその結果、神は己の解釈を見出した。
「……否定はしません」
「おっ?」
「世の中には、感謝される悦びを求めるからこそ他者を救う者もいるでしょう。……私も、どこか感謝される事に喜びを感じていたかもしれない」
でも。
「しかし、私の信条はあくまでも
結果と過程は違う。私は他者を救う事を目的とし、その結果として救われる者を見て安堵できる。喜びを感じられる。決して代価を求めているからこその結果ではない。
「貴方の考えは否定しない。だが私の信条は貴方の答えと同じではない。……神エレン、一つ覚えておいて下さい。
「……ふーん」
神エレンは、どこかとぼけた表情を引き締めて───そして、
「染まった……というよりは、意志が強固になった感じかな? 不確かなものを確かとした。……ちょっと残念だなぁ。リオンちゃん、それって『他の者が掲げているだろう正義を討ち砕く』って意味になるよ?」
「ええ、その意味で言いました」
「へぇ……強固になったどころか、確立させたんだ。だとしたらガッカリするのは早計だったかな。……うん。
───じゃあ、邪魔したね。
神エレンはそう言って去る。周りの者を助けながら意識を寄せてみたが、先程と変わらず人助けをしている。……何処か対抗心がある、ように見える。神エレンは「どう染まるか楽しみ」と言っていた。まさかとは思うが……いや、馬鹿な推測はやめよう。理由はどうであれ、あの神はあの神なりの正義を見つけ、人助けをしている。
だが、一瞬だけ見えた瞳。最後の言葉を発する時に、神エレンは非常に冷たい眼をしていた。そしてそれを隠すように目を閉じた。……まるで正反対の事を願っているように。
「三日後だ」
───いつも通り、パトロールをこなした後。夕方となった時刻。ロキ・ファミリアに訪れると、フィンさんがそう言い放つ。
三日後……? ……昨日は大規模な派閥、及び中堅層が厚いファミリアの召集があった日。情報を纏めたとなると……。
「『
「ああ。
「……重い、ですね」
「
急激に、脚が重くなる。
フィンさんはじっと僕を見つめる。やがて視線を逸らすと、何処か考える仕草を取り、そして再び僕を真正面から見つめた。
「ベル・クラネル。君は仲間からの期待をどう思う?」
「仲間からの……?」
「そう。君に期待を、信頼を寄せる。それは重圧になっているかい?」
───いいや。リリから、ヴェルフから、春姫さんから、命さんから。頼りにはするし、頼られる事にも当然と受け止める。それぞれが役割を担うのだから、責任感はあっても、それが重荷になることはない。
でもそれとこれとは別だ。あまりにも規模が違いすぎるし、とてつもないプレッシャーがある。
「……僕はこの戦に於いて指揮官として動いているに等しいが、重荷に思ったことは無いよ」
「え……?」
いや、言われてみれば確かにフィンさんの表情に気負いはない。引き締めてはいるが、それを背負う自信のようなもの。
「この極地で
「……!」
「さて、ベル・クラネル。今から言うのは分かってる上で放つ言葉だ。ほんの少しの取り繕いがある事、僕が自分の立場を理解していること、しかし間違いなき本心である事を覚えた上で聞いてくれ」
フィンさんは決して視線を逸らさず、口を開いた。
「僕は君に期待しているよ、ベル・クラネル」
「───ッ!」
背筋が伸びる。高揚感が襲う。かの勇者の言葉に、喉を鳴らした。
重いプレッシャーを掻き消す魔法のような一瞬。
数秒経つ。僕の高揚感が収まったのに気付いてか、フィンさんは再び喋り始めた。
「……さて、昨日の会議で決まったことを伝えよう」
「えっと、
「うん。まあ最悪変更後の決定が内通者に知られるのはそれほど支障ない。要は君の行動が読まれなければいいからね」
そう。フィンさんの指示のお蔭で、僕はただのアストレア・ファミリア一員としか思われていない。なるだけ単独行動は避けて、単独行動時はあくまでもレベルが上だからこその先行と思われるようにしていたから。
「闇派閥の本拠地は三つ。一つは
フィンさんが言葉を溜める。僕は頷いた。
「僕は、この掃討作戦に
「嘆きと絶望の時代は終え、英雄の時代は神時代へと引き継がれ───運命は回帰する」
この声……アーディさん? 詩人のような詩で、そして神様のような神託。落ち着きを孕み、ただ語り掛けるように紡ぎ続けていた。
「嘆きと絶望の時代は再び訪れた。なれば運命は『英雄の時代』を望むだろう」
アーディさんは言葉を切り、ゆっくりと振り返る。
「その最初の英雄は、意外にも盤外から訪れるやもしれない───なんてね」
「えっと……すみません。盗み聞きするつもりはなかったんですが」
「別にいいよ、それよりこんな所に来てどうしたの? 市壁の上なんて滅多に来ない場所だと思うけど」
「……気に入ってる場所なので」
アーディさんの視線は僕を射抜いていた。僕がいるのはバレていたらしい。謝罪して出ていくと、気にしなくていいと首を振られ、そして問われる。
北西の市壁の上。元ヘスティア・ホームに近く、僕とアイズさんが修行していた場所。……かなり一方的にやられていた記憶しかないけど。
でも、ここでの修業がなければ、僕の『冒険』はなかっただろう。だから時折訪れる。
情報は極端に少なく、事実だけを。……誤魔化しが上手くなってきちゃったなぁ。
「アーディさん、今のセリフって『アルゴノゥト』の……?」
「ん、やっぱり知ってた? ……んっん。『嘆きと絶望の時代は終わった! これより始まるは英雄の時代! 人類反撃の狼煙を上げる、その時だ!』ってね」
「運命の回帰、ですか」
「うん。英雄の時代は終わって、
……そうだ。今が暗黒期の最盛期と言われているが、それでも暗黒期自体は八年前……僕が居た時代の十五年前から始まっている。
一体どれだけの命が奪われたんだろう。どれだけの嘆きを与えたのだろう。どれだけの絶望に耐えてきたのだろう。僕が体験した絶望など、きっと比にならない。
「……私は英雄にはなれない。英雄の船として立ち上がって、英雄として在ったアルゴノゥトには」
「そ、そんなことは」
「なれないよ。だってなる気もないから」
「え?」
「アルゴノゥトは英雄に憧れて英雄に至った。でもね、私は英雄に憧れた訳じゃない。アルゴノゥトという物語に憧れたんだ。……まあなりたいからなれる、なんて思うほど驕ってはいないけどね」
アーディさんはハッキリとした笑みで告げて、最後に苦笑気味となる。
「英雄になる気はないけど……でも、英雄達の船にはなりたい」
「英雄の、船に……」
「私はね、ベル。笑顔を届けたい。笑顔で溢れる世界にしたい。英雄になれなくても、アルゴノゥトを喜劇の英雄に駆り立てた『笑顔』の一人にはなれるんだから!」
解釈は、きっと同じだ。でも在り方はまるで違う。僕は英雄に憧れて、アーディさんは英雄の船に憧れた。僕達二人ともアルゴノゥトに憧れている筈なのに、こうして違う願いを抱く。
神様は、きっとこういう所を見て『下界は最高』なんだって言うんだろうな。
「アーディさん」
「ん?」
「僕は英雄に憧れています」
「うん」
「貴方を英雄の船として、僕は英雄になりたいです」
「───うん」
「必ず、護ります」
───7年後にはいないから。死ぬ人を救いたいから。そんな思いは、もうない。今を生きるこの人を。この人達を、僕は護りたい。
「……ず、ズルいな君は」
「へ?」
「そんな真っ直ぐ言われたら照れるよ……」
「そ、それを言ったらアーディさんだって───『君の事が好きだな』なんて、変に勘違いしますよ!」
「私は別にいいよ。意図的だもん」
「尚更悪くないですかっ!?」
「あっははは!」
僕が今まで見てきたアーディさんの笑顔は、何処か達観してるというか……本心ではあるんだけど、どこか意図的な笑顔だった。でも今は子供が無邪気に笑う様に、腹を抱えて笑っていた。……いつかシャクティさんとこうやって笑い合える様にする為にも、必ず護るんだ。
願いを抱こう。願いを増やそう。それこそが背負うプレッシャーを力と出来る。
決戦の刻は、もう近い。