二部見ました。支障はないのでこのまま続けます
「……別行動、ですか?」
「はい。アリーゼさんにはもう伝えたので、後で知らされるとは思いますけど……」
僕は帰ってきてすぐ、アリーゼさんとアストレア様に『フィンさんの作戦で自分は別行動』だという事を伝えた。レベル5の離脱は穴が大きい。少しは引き止められると思ってたけど……レベル3〜4の冒険者が集っているからだろう。「寧ろ今までが貴方に頼り過ぎだったわ」とアリーゼさんは胸に手を当て、自信満々にこちらは任せろと宣言する。
アストレア様には───うん、見抜かれた。僕の発言は「フィンさんたち最強派閥との行動」と取られるように仕組んだものだったんだけど、そもそも作戦の内に入っていないものなのだと、アストレア様は気付いた。それ自体がフィンさんの策と気付いたからアリーゼさんが離れた後に問われて、内容について答えたら、絶句された。
でも信じてくれた。僕が出来ると信じたものを、アストレア様も信じてくれた。
そして部屋に戻り、何処か疲れた様子のリューさんが部屋に来たので、どうせならと二日後の作戦について語る。リューさんは少し戸惑っていたけど、一息ついて落ち着くと、すぐに笑みを見せる。
「問いは、しないでおきましょう。貴方がいない分の働きは全て私たちがこなします」
「すみません」
「謝る必要はありません。クラネルさんにも役目があるのでしょう。貴方は貴方がすべき事を、私は私がすべき事を。
僕は、苦笑した。あの夜にリューさんから問いかけられた答え。アレが正しいのかは、
でもあの答えがリューさんの力になっているのなら、意思を貫く『正義への想い』を強固にしたのであれば、僕も嬉しい。
「はい」
「……」
「えっと……?」
「………」
リューさんは自分の腰に差す武器に触れた。その意図は……あ、なるほど。
「…… 使命を果たせ。天秤を正せ」
「いつか星となる、その日まで」
「
「
「
「天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る」
「「─── 正義の剣と翼に誓って」」
「……なあ神エレンよ」
「オイオイ、下界の子供は黒歴史を抉るのが大好きなのか?」
「じゃあ邪神エレボスよ。エレンの時に“正義”への問いを繰り返してたのはなんだったんだ?」
「ただの興味」
「……だけとは思えないんだが」
「いいや? 興味である事に変わりはない。それを抱いた意味はお前の思ってるものとは別かもしれないけどな、ヴァレッタ」
薄ら笑いで、邪悪さを隠そうともせず、だがヴァレッタの問いに好意的に答える神───邪神エレボス。かの神は答えはしたが、具体的な所までは話さない。ヴァレッタは肩を竦ませ、「これだから神ってのは」と悪態つく。
「なら、別の質問でもするか。エレボス様よ、この作戦がもしも失敗したらどうするつもりだ?」
「ン、疑ってるのか?」
「まさか。この作戦自体に疑いなんてない。寧ろ手際が良すぎて引くくらいだ。…………」
「え、マジで引いてる?」
「いや、戯れだ。子供の揶揄いくらい受け止めてくれよ、親なら」
「ははは、馬鹿を言うなよ。寝台の上で泣かすぞ」
「あーやだやだ。なんで神ってのは近親相姦に躊躇いがないんだか。自分の子供に躊躇なく手を掛けるのはマジで引くぜ」
「……それで、この作戦が失敗したら……だったか?」
このやり取りを続けていても長引くだけで無駄だと判断したエレボスは、ヴァレッタの『別の質問』を振り返って聞き返す。ヴァレッタももうやり取りには飽きたように、そのエレボスの発言に頷いた。
「万に一つも失敗はない」
「……随分と言い切るんだな」
「当たり前だろう。俺がこの作戦にどれだけの戦力を注ぎ込んでいると思っている。どれだけの信者を集めたと思っている」
「だが、それはこのオラリオにいる面子を考えての作戦だろ? あたしと真正面からやり合ったあの兎野郎……見た事もねぇレベル5がポッと出で湧きやがった。その為の質問なんだが」
「……お前に直接言うのもアレだがな。お前を仕留められない程度の敵が一人二人加わった所で、抵抗される時間が微かに延びるだけだ。最初の前準備を成功させた時点で作戦は必ず果たせる。これは作戦を読んでもどうにかなる問題でもない」
「……なら、前準備を止められた場合は?」
「随分と弱気だな、ヴァレッタ」
ヴァレッタの『億が一への問い』のしつこさに、エレボスも流石に顔を顰めた。ヴァレッタはこの作戦を信頼しているといったし、それが間違いない本心である事は神の瞳を以って理解している。
でもそれ以上に、抱きたくも無い期待感がヴァレッタを貫いていた。それがヴァレッタの問いの理由。
「……チッ。ムカつくんだよ。あの『全てを救って見せる』と
「へぇ……さしもの
「だから答えろ」
「神への態度が横暴すぎるな、ヴァレッタ。……そうか、万が一も無いと言ったところで、お前は億が一の可能性を頭によぎらせるか。ならば答えてやろう」
エレボスは壁に寄り掛かり、薄ら笑いのまま、壮大に両手を広げて言う。
「
「は……?」
「前提から崩されたのであれば、作戦も何もあったもんじゃ無い。ならヤケクソになるしか無いだろう?」
「……真面目に聞いた私が馬鹿だったぜ」
「何を言ってる、これは大真面目だ。作戦が台無しになった。それは全てを読まれた上で対抗されたという事。ならば余計な雑念などいらない。
「ッハ、じゃあ作戦立てた意味がないじゃねーかよ」
「ああ、意味ないとも。これは可能性を上げる為の作戦に過ぎないのだからな。確率上昇のカモフラージュが消えただけだ。絶対悪に飾りは必要ないだろう、この身一つで悪は成せる」
「ハハ、作戦を読んだところで問題ねぇか……」
───流石邪神なだけはある、と。神故の知能、邪悪故の嫌がらせ。邪神故の、絶対者。全てを、この作戦を読んだところで、後手に回ってる時点で作戦の阻止なんて出来るはずがない。そんな作戦を組むエレボスの頭脳と悪辣さに、ヴァレッタは再び関心を持った。
「奴らが巨正を以て正すならば、巨悪を以て押し潰す。悪に誇りはいらない。全ては本能の赴くままに───壊すのみ」
ヴァレッタは口端を吊り上げ、笑みを作る。もはやそこに正義への期待感はない。ただただ悪への信頼だけ。
「ああ、それとヴァレッタ。さっき言っていた『兎野郎』についてだが、特徴を教えろ」
「あ?」
「お前に微かでもカリスマを見せた男の“正義”には興味がある。
「フィン、作戦準備は完了した」
「よし。……彼の様子は?」
「気負いなく、だが集中はしている。間違いなくベストコンディションだ。しかしフィン、あの少年は本当に信じていいのか?」
「………その為の作戦だ」
フィン自身、ベルの事を信じ切った訳ではない。だが親指の疼きはなく、あの瞳を見ていると期待感に包まれる。同時に、嫉妬に似た何かも。
裏切りならば『ベル・クラネルがいなかった今までのまま』で作戦を続行するだけ。だがベルが成し遂げたのであれば、フィンの全面的信頼を預けることが出来るだろう。
都市全体に仕掛けられた人間爆弾───そんなもの、たかだか第一級冒険者の一人が収められるモノでもない。相手の警戒を避ける為に第一級冒険者は全て掃討作戦に繰り出しており、監視兼ベル側の作戦実行者は数人のレベル4、3のみ。
これは如何に犠牲を減らせるかの作戦だ。犠牲は元より覚悟しなければならない。闇派閥を抑えるのは前提として、同時にどれだけの一般人の被害を抑えられるか。
(自分が嫌になるな)
確率を高める為の作戦とは言え、犠牲を前提とした作戦など、ベルはきっと怒るだろう。そういう少年であるとフィンは知っている。そんなベルに犠牲を出す作戦の核として動く事を強要……ああ、嫌にならない筈がない。
が、もう作戦の変更をする時間はない。今更絵空事を言う訳にもいかないだろう。
「さあ───突入だ」
「……ァア?」
突入して十数分か。何十もの闇派閥を切り捨て進めば、フィンはヴァレッタとの対面を果たす。
「どうした、ヴァレッタ? まるで
「……チッ、そういう事か。テメェ、ギルドとは別の場所で再度作戦練ってやがったな」
「ご名答」
フィンは腕を上げて、団員達に手出しの無用を指示する。もちろん今すぐにでも捕らえられるように警戒は解かないが、全員武器を構えながら足を止めた。
「君らの事だ。
「……」
「───そして、白髪の少年への因縁……もあるのかな?」
「ハッ、全部を見通した気でいやがるな。勇者気取りの小人風情が。まあ否定はしねぇよ? 同レベルの癖に私を圧倒したあの兎は気に食わねぇ」
「その君を圧倒した相手に勝てる気でいた、と……。見たところ、ここには君以外に幹部はいない。つまり君単身で勝てる手段があったという事だ。……なあヴァレッタ、
「……ッ」
「ガレス!」
フィンの嘲笑的な笑みと共に放たれた「お喋り」発言に、ヴァレッタは挑発的な態度を即座に引っ込めて退避を選択。しかしフィンの指示と共にガレスが飛び出し、天井を破壊。ヴァレッタが向かっていた出口に瓦礫が落ち、退路を塞いだ。
もちろん、これは逃げ道を塞ぐと同時に別の逃げ道を用意している。が、当然ガレスも考えなしに行った訳じゃない。これもフィンの作戦の内だ。
「天井に空いた穴を通って跳んで逃げても空中にいる間は自由に動けず無防備になる。その状態で僕の槍が避けれるならば、是非とも見せてもらいたいな」
立ち止まるヴァレッタに近寄り、フィンは槍の穂に近い持ち手部分で肩をトントンと叩く。そこで疑問の表情を出し、槍を一振り。苦笑した。
「なるほど、
フィンは更に一振り。槍を担ぐ。
「マジックアイテム……いや、曲がりなりにも味方がいる場所で発動するのは下策だな。任意となれば、君の魔法か?」
「チッ」
「効果範囲内ならば全ての相手に対応。なるほど、強力だな。会話で時間稼ぎを試みた辺り時間経過……もしくは行動数による重ね掛けもあるのかな」
「テメェの頭には神の天啓でも降りてきてんのかよ……ッ!?」
下手に動くのは下策。そう判断したフィンは一定の姿勢から決して身体を動かさないまま、鋭い眼をヴァレッタに向けた。
「さて、ヴァレッタ。君の魔法もあってこちらも時間が惜しくなった。迅速な答えを頼むよ」
「……ハハハっ、投降しろって? バーカ、誰がするかよ。テメェら足元に注意すべきじゃねーか?」
「っ、リヴェリア!」
「【───我が名はアールヴ】」
───辿ってきた道。何十もの闇派閥が倒れている後ろから、一つの光が見える。それは熱を伴い後方にいた全てを襲う……が、もちろん予測の範囲内だ。同時に可能性は確立する。闇派閥は自爆攻撃を仕込んでいた。なら、都市に張った警戒網は決して無駄にはならない。
フィンはリヴェリアに声掛け、即座に防護魔法第三階位『ヴィア・シルヘイム』の展開を指示。既に詠唱完成状態にあった魔法は、爆発する直前に発動され、ロキ・ファミリア全員を覆う結界と化す。結界の外で爆風が競り上がるのを端目に、フィンはヴァレッタを見つめる。
「まーお前らなら防ぐわな。神フレイヤの眷属も各々で対応するだろうよ。けどなぁ、正義の連中はどうだッ!? テメェらは出来るだけ不殺を心がけてるが、場合によっては殺す覚悟もしてる! でも
否定は、出来ない。フィンは都市への警戒を悟らさないためにも、フレイヤの眷属除く他のファミリアは疎か、ロキ・ファミリアの殆どにすら知らせていない。下手な不安を煽らないようにする目的もあったし、それ以上に多少の察知能力はあり、最悪でも重傷で済むように行動できると思っていたから。
が、ここで一つ可能性が降りた。もし
フィンは己の見通しの甘さに唇を噛む。まずい、アストレア・ファミリア達が担う拠点掃討場所で一人でも死人が出れば、彼女達は動揺に足を止める。ライラや輝夜は兎も角として、まず間違いなくリューは折れる。アリーゼも危ない。何よりガネーシャ・ファミリアのアーディこそ、敵の思惑に嵌まってしまう可能性が高い人物だ。多くの仲間から好かれている彼女の死は同じ部隊の者達に致命的な動揺を与えてしまうかもしれない。
ここまで見せていたフィンの神がかった“読み”が外れた。その様子を見て気持ち良くなったのだろう。ヴァレッタは更に邪悪な嗤いを続ける。
───フィンの親指は疼き、その耳に、小さな小さな鐘の音が届いた。