【完結】艦隊これくしょん 太平洋の魔女   作:しゅーがく

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第1話 上

 

 私は魔女だ。沖ノ島海域というところで目を覚ました私に声を掛けた同胞(艦娘)は、私に日本語で話し掛けてくる。何故か彼女たちが話す言語が日本語だと理解できたが、曳航される私の艤装を見て疑問を零す。

 

「何で潜水艦なのに砲を積んでいるんだ?」

 

 日本人らしい艷やかな長い黒髪に、キリッとした目元。そして露出の多い格好。しかし、彼女をひと目見た時から誰だか分かった。

 

「長門は見たことない?」

 

「ないな。しかし、君の名前をそろそろ教えてもらえると助かるのだが」

 

 名前を聞かれても、何というか答えたくない。どの名前を言えばいいのか私には分からない。

 黙り込んだ私の顔を、長門は覗き込む。プイッと視線を逸したくなるが、そのルビーのような瞳から視線を水平線に向けることはできなかった。

 

「それに艦橋甲部の窪みは何だ? 何か積んでいるのか?」

 

 刹那、強い頭痛が私に襲いかかる。脳内に永遠と響く、十人十色で何度聞かされたか分からない声が。

 

────── We cannot evage that!!(回避できません!!)

 

────── A "WITCH"……!!(魔女め……!!)

 

 ソナーの拾う爆発と船体の軋む音。そして断末魔。深く刻みつけられている、私の記憶。だが同時に思い出すことがある。私には居場所がなかった。居場所をくれる人がいた。そして、そんな私にも守りたいモノができたこと。

 頭痛に苦しむ私の身体を、心配そうに支える長門にお礼を言う。そんな頭痛もすぐに収まり、視線を別のところに移す。

 後部甲板、カタパルトデッキに艦載機用クレーンで揚げられた小さな潜航艇。完全に大破しており、見る影もない姿になっている"それ"は、私にとって半身のような存在。そして、私の名前として一番有名なもの。

 

「これから鎮守府に帰還する。君は沖ノ島海域でのドロップ艦ということになり、所属は拾った我々横須賀鎮守府艦隊司令部となる。艤装清掃・修復・整備後、戦闘可能状態になり次第、提督の指示で戦闘に従事することになるが構わないか?」

 

「……うん」

 

「分かった。提督に君がドロップ艦として仲間入りしたことを伝えよう。それで何だが、やはり名前を教えてくれないか? 君の身なりから察するに、軍艦時代は日本艦ではなかっただろう?」

 

「そう……だね」

 

 まだ、私は日本の海軍の船になっていない。でも、昔の名前を教えるのは好きじゃない。ならば、この名前を教える。

 

「私は……魔女って呼ばれてた」

 

「ま、魔女?」

 

 間抜けな表情になった長門の顔を流し見て、遠ざかる沖ノ島海域を眺める。長門に続く船も全部日本艦だろう。

 私はまた居場所を失ったが、今度も居場所を手に入れることはできるのだろうか。艦橋のデッキの手摺で身体を支えながら、どこまでも続く青い海にそう問いかけた。

 

※※※

 

 沖ノ島海域に出現する深海棲艦漸減のために出撃した長門らから、無事深海棲艦を撃滅したことの報告と、ドロップ艦がいる報告を通信で聞いていた。損傷した艦娘もいるようで、帰還予定時刻までに入渠の準備を進めなければならない。指示を出し入渠場に連絡をする妖精を視界に捉えながら、バインダーの隣に置いていたメモとペンを手に取り、長門の言葉に耳を傾ける。

 長門曰く、ドロップしたのは潜水艦。艤装は特殊な形状をしており、艦橋と一体型になった主砲と、艦橋後部と甲板にある不自然な窪み。そして、一緒に引き上げられた小型潜水艦。長門自身も知らない潜水艦らしく、名前を聞こうにも答えるのを躊躇っているように見えたらしい。しかし、何とか名前を聞き出すことができたらしく、呟くように彼女は『魔女』と言ったらしい。

 

「魔女? 日本艦ではないな」

 

「それは長門も言っている。形状はほとんど典型的な水上船型の艤装。しかし、艦橋と一体型の主砲と不自然な窪みがあると言っていた」

 

「そのような潜水艦があるのか」

 

 日向は俺と一緒に、ドロップ艦について考察をする。現状では情報が少なすぎるということもあり、ある程度調べるにしても絞っていかなければならない。艦種が特定できれば、受け入れの時にも苦労することはないのだ。寮室然り。コミュニケーションも名前が把握できていれば、それなりに取っ掛かりは簡単に掴むことができるのだ。

しかしそれが一切ない。俺は箇条書きをしたメモを眺めながら、地下司令部で頭を捻る。資料室に行けば艦種特定をするのも容易になる。人海戦術を使えば、潜水艦の資料から探すにも時間はそうかからないだろう。

 沖ノ島海域から作戦艦隊が脱した連絡を受け、地下司令部の妖精たちは慌ただしく動き始める。戦域担当妖精たちは、作戦艦隊の動きの記録を清書し始める。作戦艦隊旗艦である長門が提出する報告書と抱き合わせて記録として保存されるものだ。海域での詳細な艦の動きと連動し、報告にある点に印を入れて視覚的に分かりやすくするためのものだ。

通信妖精たちも通信記録を清書する。戦域担当妖精たち程ではないが、これも重要な仕事だ。長門の報告書と一緒には提出しないものの、別で俺に提出されるものだ。結局俺が一緒にしてしまうが、後で見返す時にないよりもあった方がいいものとして用意している。

その他にも直接関わっていなくとも、妖精たちが忙しそうに動き始めた。作戦中は交代以外で動くことのできない妖精たちは、デスクに飲食した残骸を散乱させている。それ以外にも走り書きのメモや、途中で壊れてしまったモノも放置されたりしているのだ。それらを一斉に片付けて、次使う時に気持ちよく使えるように準備しておくのだ。

 妖精たちの動きに呼応するように、俺も動き始める。俺は俺で、自分のデスクに作戦企画紙やら報告書やらメモなんかが散乱している。勿論、コーヒーカップも何個と黒い縁を作ったものが放置されたままだ。時々口にしていたお菓子や、こういう時にしか処分できない賞味期限間近の保存食の残骸なんかも、一応はひとまとめにしているものの片付けなければならない。

カップは地下司令部の給湯室へ一度引き上げて、自分の机の上の整理を始めるのだった。

 地下司令部の整理を終えても、すぐに本部棟に引き揚げる訳ではない。

ちゃんと作戦艦隊が埠頭に接近するまでは、いつ何時何が起きてもいいように待機していなければならないからだ。

 

「順調に帰ってきているのなら、歓迎会の準備でも始めるか? 伊勢が地下司令部に来ると言っていたんだ。連絡を頼めば、夕食には間に合うぞ」

 

 片付けが終わり、静かに作戦艦隊の帰還を待っていると、隣に座る日向がそんなことを言う。言われるまでもなく、今日明日にでも歓迎会を開くつもりではいた。

だから返事は言うまでもなかった。

 

「頼んだ」

 

「分かった。来次第連絡しよう。それとだが、そろそろ帰って来る頃じゃないか?」

 

 時刻は午後四時過ぎ。予定ではもう東京湾に入り、埠頭に近づいてきている頃だ。日向に軽く返事をし、地下司令部の妖精たちに声を掛ける。

 

「ご苦労だった。俺は出迎えに行くから、地下司令部は通常運転に戻ってくれ」

 

 妖精たちの敬礼に答礼で返し、日向を連れて地上に出た。

 埠頭に来ると、既にタグボートが出ており、接岸作業もほどほどに終わりつつあった。縦並びになっている艤装を見上げながら、長門を探すとすぐに見つかる。

 長門は見慣れぬ少女を連れており、その娘がドロップ艦の艦娘であることが分かった。

 

「ただいま帰った。作戦艦隊、全艦帰投。轟沈艦なし」

 

「ご苦労。本作戦の報告書は予定の期日までに提出してくれ」

 

「了解した。そして……」

 

 長門に背中を押され、俺の目の前に少女が押し出される。

 潜水艦の艦娘は水着を制服としている。日本艦の場合は、スクール水着にセーラー服が基本だが、海外艦であればウェットスーツの場合もある。U-511がそれに該当する。

彼女の場合は後者に当たるが、どうもそのウェットスーツがおかしい。節は普通だが、ところどころ先のない途切れたプラグが垂さがっている。

それだけが彼女の異様さを物語っていた訳ではない。

 日本艦であっても日本人離れした顔立ちや容姿をしている者は多い。しかし、海外艦となると完全に日本人から離れたものになっている。しかし彼女はどうだ。黒髪に黒い瞳、肌も色白だが日本人的な色白さで、白人的なものではなかった。ちぐはぐな情報しか入ってこないそして、これが一番の問題だ。

 

「彼女は……"魔女"としか名乗らなかった」

 

 瞳だ。その瞳に輝きはない。瞳孔はまだ明るいのに開いたままで、虚ろな目をしているのだ。その瞳が俺の目を捉えたまま、表情をピクリとも動かさない。

 

「あなたがアドミラール?」

 

「あぁ。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部を預かっている、天色中将だ」

 

「そう。……私は"魔女"」

 

 目を細め、言葉を続ける。

 

「Uボート、UF-4。フリーデリーケ、と呼んで」

 

 不気味に聞こえたその名前が、俺にはどうも偽名に聞こえて仕方なかった。

 

「そうか。じゃあフリーデリーケ、よろしく」

 

「よろしく、アドミラール。頑張るから、私に居場所を頂戴」

 

 そして、発言の端々に何か引っかかりを覚えて仕方がなかった。

 損傷艦を優先的に入渠場に入れることを伝えると、日向は既に歓迎会について伊勢に連絡してくれていた。作戦艦隊の皆とフリーデリーケに歓迎会のことを伝え、俺たちは一同本部棟へと向かうのだった。

そんな集団の後を追うように、フリーデリーケは付いてくる。気になりはしたが、騒ぎ立てる隼鷹を諌めながら彼女に視線を送るのだった。

 


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