基幹艦隊に集中砲火を受けた際、どうやら艤装は大破してしまった。砲雷撃戦に巻き込まれるために水中に退避したが、戦闘終了後、電池室の火災が尾を引いたらしく、戦闘海域から離れてすぐに浮上した。そこを狙ってか通りかかった支援遠征艦隊が、曳航して帰ってくれることになったのだ。
数日間も艦内で生活していたということもあり、曳航する瑞鳳の好意で艤装を移ることになった。損傷度合いも激しく、私の状態も悪かったためだ。
瑞鳳の艤装は支援遠征艦隊であったために無傷ではあったのだが、甲板には機銃を食らって燻っている艦載機が並べられていた。修理可能なものは残してあり、直らないものは部品取りを済ませると海水がかけられた。
帰路の殆どはアイランド近くの甲板で過ごし、空を見上げた。
海の中にいる限り、ほとんど見ることのない空。それは青く遠くまで見渡せることができ、遠くには海鳥が海面を泳ぐ魚をついばんでいた。
「ここにいたか」
「……提督」
瑞鳳に渡されたのか、厚焼き玉子と箸を持った提督が来た。
厚焼き玉子は、曰く瑞鳳の得意料理らしい。厚焼き玉子と言っても奥が深く、一般的なだしまき玉子の他にも、甘め、ネギ、生姜、のり、うなぎの蒲焼き等々、味付けや巻くものの種類は多い。それぞれに適したものの研究を欠かせないため、瑞鳳は厚焼き玉子だけが作れるらしい。他の料理にも挑戦しているらしいが、厚焼き玉子程に高レベルなものは作れないという。
提督は箸を1膳私に渡し、自分用のものを口に咥えながら私の隣に腰を下ろした。
甲板には厚焼き玉子が2つ乗せられた皿が置かれ、アイランドを背もたれにしながら海を眺める。
「もう体調はよくなったか?」
「うん」
私の体調を気遣ってか、瑞鳳の艤装に移る前から、戦闘終了後は定期的に様子を見聞きしに来るのだ。昨日、沖縄と端島に立ち寄って、今日横須賀に到着する。昨日までは頭痛が残っており、かなり痛みに悩まされたが、安静にしていたからか回復していったのだ。
【PsMB-1】は使用する際の副作用のようなものに頭痛を伴う。報告はしていなかったが、提督は始めから察していたかのような様子を見せていた。
理由を聞いたところで、恐らく「知っているから」と答えるだろう。何故知っているのかは、私には分からない。
聞いたら教えてくれるのだろうか? そんなことを考えながら、箸を握り直した。
自分の手前にある厚焼き玉子を箸で切り、一口頬張って水平線を眺める。
美味しい。瑞鳳に移ってから、美味しいものを食べられているような気がする。私の艤装では、調理器具があまり揃っていない上に設備自体も整っていない。となると、作れるものも限られてくる。保存できる食材が少ないということもある。本来であれば、帰りはレーション等になっていたところなのだ。それを、こうして温かいものを食べられるなんて思いもしなかった。
「数時間後には着くな」
食べ進めながら、提督は私の顔を見ずに独りごちる。どういう心境で言ったかは分からない。しかし、張り詰めていたあの時とは声色が違う。
沖ノ島での一件が起きる前、私を出迎えてくれた提督と一緒なのだ。
「ねぇ……」
「何だ?」
私も厚焼き玉子を食べ進めながら、提督に問いかけた。
「どうして私のことを知っているの?」
提督の箸先は止まる。
「提督、言ってた。記録がなくても、私のことを知ってるって。他の皆にはあって、私にはなかった筈なのに」
箸を皿に置いた提督は、水平線に遠い目を向けた。
「スルクフ。本来ならばカリブ海に沈んだ筈の潜水艦。それがローレライの大元になった船だ」
そうだ。私は沈んだ記録がある。しかし、艤装にはその"1度"ではない、"2度目"の記録があった。
「そしてドイツ国防海軍に引き揚げられた。UF-4として改装を施され、
「うん」
「……ドイツ国防海軍にはUF-4を保有していたという記録もなければ、PsMB-1を開発したという事実もなく、大日本帝国海軍に接収されたという歴史もなく、第二次世界大戦・太平洋戦争後期は大日本帝国海軍として戦い、そして沖ノ島沖の海溝に沈んだという話もない」
残りの厚焼き玉子を食べ終わった提督は、アイランドに背中を預けながら続きを話す。
「だが、ローレライは存在する。何度も名前を変えて海を渡り歩いたことは、ローレライという存在が証明している。そしてそれ以外にもある。俺が知っていたことは」
私も厚焼き玉子を食べ終えて箸を置くと、提督は皿と箸を脇に寄せた。近くで暇をしていたであろう妖精さんが現れ、皿と箸を片付けると言ってどこかへ行ってしまうのを見送り、甲板でバラされる彗星を眺めた。
「俺のことをどれほど知っているかは分からない。だが、横須賀鎮守府の一員となったのならば嫌でも耳に入っているだろう」
「そう、だね」
「あぁ。ならば皆まで言うことはないな。……ローレライは俺が元の世界で知っていた。元の世界には存在していた記録があるのか? いいや違う。それはここと変わらない。大元になったスルクフはいるが、それ以降はない。ならば、何故? 答えは簡単だ。それ以外の形では存在していたからだ」
日差しを遮るように空に手をかざし、ポツリと呟くように、提督は言った。
「終戦のローレライ」
と。
※※※
4回の攻撃と14回の偵察という、これまでにない大規模な戦闘は国内でも話題となった。深海棲艦の異常行動と現象。そして、消費された資源や資金は、国内消費の1年分以上だったとか。戦闘が終わった今、国内資源量の回復に横須賀鎮守府は全力を尽くしていた。
幸いなことに、作戦参加艦に轟沈した者はいなかった。だが大なり小なり損傷は受けているもので、入渠場に入らない艤装はないという程だった。
どれ程離れていたか分からない日常を感じる。壊れた艤装の修理も終わり、報告書を書き上げたのも数日前のこと。お盆も通り過ぎた8月の下旬は、まだまだ暑さは続いていた。しかしながら、ジメッとした暑さを感じさせない心地よい風を一身に浴びながら、3本の糸を海に吊るす。
「坊主でちー」
「坊主ね」
「坊主……」
3人揃うことは珍しくもない。公私共に仲がいいと私は思っているトリオで、今日は海釣りをしていた。最初はイムヤがやっていたことなのだが、気付けばゴーヤも参加するようになり、私は2人に誘われて始めた。今では趣味になりつつあるものだが、こうして任務もなければ仕事もない日には、皆で揃って埠頭に並んで釣り竿を振っている。
海水を入れたバケツには何も入っていないが、釣りをはじめて3時間が経とうとしていた。
「それにしても、この前の戦闘は生きた心地がしなかったでち」
溜息を吐きながら、ゴーヤは話し始めた。
同じ艦種で艦隊とはいえ、損傷度合いの違いや報告書執筆等々で合うことがなかった私たち。戦闘序盤までは序列を組んでいたものの、戦闘中にそれぞれが孤立したのだ。
ゴーヤは最初に捕捉され、爆雷の集中投下を受けた。遠ざかっていくゴーヤに引き寄せられた対潜装備艦たちに攻撃することなく、提督の一存で囮にしたのだ。
あの後、何とか対潜装備艦から逃げ切ったゴーヤは戦線復帰。私たちのいたところからだいぶ離れてしまったことと、ローレライ・システムが搭載されている訳でもないので、単独で作戦を続行したのだ。それはイムヤも同じことだった。
イムヤは同一目標群を狙った後、逃げる際に別れてしまったのだ。そこからはゴーヤと同じく、作戦続行。しかし、戦闘終盤の提督が艦内を叩いた音を聞いたり、水上で砲撃しているのは潜望鏡で見て確認していたという。
結局のところ、作戦艦隊に編成された私たち全員が、搭載されていた魚雷を全て使い切ったらしい。それでも作戦企画紙的には問題ない動きだったらしく、最上に近い戦果を挙げることができた、と提督からは褒められたのだ。
褒められたとはいえ、帰還する際には皆、かなり損傷を負ってしまっていた。私の艤装は瑞鳳に曳航されたが、ゴーヤもイムヤも別の艦娘に曳航してもらったらしい。そして、3人の中で一番激しい壊れ方をしていたのはゴーヤだった。
艦橋は浸水で封鎖。機関室は何とか動く程度。電気室は使用不可になり、潜望鏡は吹き飛んだという。魚雷発射管も半分は使えなくなっており、発射できなくなった魚雷の処理もできないかった、爆弾を抱えた状態での戦闘を強いられたのだとか。
「敵中に浮上して攻撃し始めたローレライは、どんなことを考えたんだろう?」
手首のスナップを効かせてルアーを泳がせながら、イムヤがそんなことを呟く。
私のあの時の気持ち。あの時、私は頭が痛かった。起動したままになっていたローレライ・システムは、夾叉する砲弾の音を拾っていた。強制的に切断することもできたのだが、浮上した後では遅かったのだ。それに砲撃の精度は、システムを簡易的な射撃指揮装置としても使うことができた。
藻掻き苦しむまでいかないまでも、ハンカチを猿轡代わりに噛み締めて我慢したのだ。頭痛と引き換えに射撃精度を挙げることが、あの時選んだ最善の選択。
きっとそのことが、私の心の中にあったに違いない。
「分からない」
分からない。私の想いはどうであったのか。
答えを聞いたイムヤは、同時に引き始めた竿を力一杯身体に引き寄せる。力みながらリールを回し、海の中の魚と格闘を始めた。それ程強い力で引っ張られている訳ではないようで、緩急をつけて一気に竿を振り上げると、そこそこ大きなカワハギが釣れた。
「そっか。……でも、帰ってきてからのローレライは何か、前とは違うように感じるな」
「どういう意味?」
「いい意味よ。何というか、余裕ができたような……そんな感じ」
それだけを言うと、イムヤは針からカワハギを外してバケツに放り込んだ。
「よっしゃー!! ゴーヤもカワハギー!!」
ピクリとも動かない私の竿を持ちながら、イムヤの作業を見ていると、今度はゴーヤの竿にも掛かったらしい。釣れたのはカワハギだった。
「あ、ローレライ。竿引いてる」
「え?」
ルアーと針の様子を見ていたイムヤに言われて確認すると、私の竿がしなり始めていた。まだ始めて日が浅いが、それでも何匹と釣り上げてきた。なんとなく感覚は掴めている。それを頼りに糸を巻きながら、獲物を逃すまいと抵抗を続けて釣り上げた。
「カワハギ」
私の釣ったのもカワハギだった。なんとなく感触で想像していた通りだった。少しもたつきながら針を外してバケツに放り込むと、ゴーヤが笑顔で言ったのだ。
「今日はカワハギが多いのかな? 肝醤油で食べるでち!!」
「いいわね!」
ゴーヤにつられるように、イムヤも笑う。そして私も答えた。
「いいね。楽しみ」
作者のしゅーがくです。
本作は当話を最終回として終了させていただきます。10日間ありがとうございました。
あらすじにも記載させていただきましたが、本作は作者が執筆しているシリーズの設定等を踏襲して書かれています。初めてご覧になった方々には、何のことだかさっぱり分からない内容も多かったと思いますがご容赦ください。
感想欄にて感想として書かれていたことにも、説明する形で記述しましたので、そちらをご覧になっていただければ幸いです。
また、ご不明な点などございましたら、感想またはDMにてお答えします。
本作から私の作品に興味を持って頂いたは、是非とも本編となったものを読んでいただけると嬉しいです。
作者もまた、こうしてまた小説を投稿していこうと思いますので、その時もよろしくお願いします。
では皆さん。また会える日まで。