【完結】艦隊これくしょん 太平洋の魔女   作:しゅーがく

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第1話 下

 あまり多くは語らないフリーデリーケだったが、潜水艦や海外艦とは早々に打ち解けていた。少し観察して分かっていたが、口数の多い艦娘ではない。様子からも分かる通り、外の艦娘とは容姿も雰囲気も違うことや、彼女自身も積極的にコミュニケーションを取る方ではなかったということもあり、仲のいい艦娘がいなければ基本的に一人で行動している。同室であるイムヤ(伊168)ゴーヤ(伊58)は「物静かだけど、結構感が鋭くていい子だよ」とのこと。海外艦も概ね同じような感想を言っていた。しかしユー(U-511)は違った。

 

『ユーとは少し違う……。何か、Uボートだけど、違うかなって』

 

 と言っていた。その理由はすぐに分かった。フリーデリーケ着任から、ドロップした海域に出撃していた長門からの報告書を読み終え、入渠場と工廠からの報告書を読んでいる時のことだ。

 増産する砲弾や艦載機について書かれているものを読み進めていると、突然毛色の違う物が現れた。それはドロップ艦が着任すると、必ず提出される書類だ。艤装がどういうもので、どういう装備が必要になるのかという調査書でもあった。

 その調査書には組み合わせとして聞き慣れない単語が並んでいたのだ。ドロップ報告の時にも聞いているが、やはり艦橋前部は砲塔になっており、20.3cm連装砲が搭載されていること。その連装砲は主に鎮守府で運用されているものとは違い、50口径の203mm連装砲という表記が成されていたという。その上、水中では水密弁で砲口に栓をし、旋回軸等可動部も密閉して水の流入を押さえてあるという。使用する際には、水上にて水密弁と防水装備を解除する必要がある。

その砲塔のすぐ後ろが艦橋になっており、その内部は見慣れない装備が多いものの特段普通の装備であったという。そして艦橋後部と甲板には窪みが意図的に作られており、何かが収められていたと思われるという。また艤装全体の形状から、日本艦でないことが断定された。工廠の妖精曰く「フランスとドイツと日本の部品が入り混じってる」とのこと。艦歴は長く、鹵獲または戦利艦として二国間を移動して使用されたのではないか、というのが調査書の見解だった。そして艦内には船の名前が刻まれたプレートがあり、そこには【スルクフ】と【UF-4】とあった。

 彼女が頑なに名前を語らなかったのは、鹵獲艦または戦利艦であったという理由があるのだろうか、と考える。だが何にせよ、彼女、フリーデリーケが【スルクフ】であり今は【UF-4】であることが分かったため、しなければならないことは一つに絞られた。

 

※※※

 

 早いタイミングで執務を終わらせた俺は、今日の秘書艦である金剛と、道すがら暇そうにしていた赤城を捕まえて資料室に来ていた。

 

「じゃあ金剛、よろしく」

 

「分かったネー」

 

 金剛には既に執務室で伝えてあるので、この場に残っている赤城にだけ説明をする。

 今から調べるのは【スルクフ】と第二次世界大戦中のドイツ国防海軍の戦利艦一覧とその詳細だ。国が保有する資料のコピーと民間から買い集めた書籍の中から、該当項目の記載がある物を片っ端から集めて行き、ラップトップに整理して纏めていく。

 いつしか関連書籍で山が出来上がり、ラップトップは秘書艦用の物と二台体制になっていた。情報整理のために使っていたホワイトボードは真っ黒になり、まだ東から日差しが差し込んでいた筈なのに、いつしか資料室は薄暗く茜色に染まっていた。

やっとのことで情報収集が終わり、書き上げた資料を三人で読み返す。金剛は出した本を戻しに行ったので、その代わりにたまたま資料室に来ていた夕立が見ている。

 

「なるほど……」

 

「情報の整理はしましたけど、ちゃんと分かりましたか?」

 

「分からん」

 

「分からないんですか……」

 

 分からん。その一言に尽きる。【スルクフ】という潜水艦は確かに存在している。俺も記憶の奥底から引っ張りあげて思い出したが、俺の"元いた世界"でも違いない。

しかしどうだ。どれだけ調べても【スルクフ】であって、フリーデリーケは【スルフク】では"ない"。フランス製であり、所々使われているドイツ製と日本製の部品、装備。明らかに日本人がやったと思われる改装。艦橋後部と甲板にある謎の窪み。そして、フリーデリーケの一部であるという一緒に引き揚げられた潜航艇。潜航艇はUボートXXIIB型というところまで特定は完了しているが、こちらも資料にない何かが搭載されている。ブラックボックス化が成されており、中を見たところで何も分からなかったというのが、調査をした妖精の報告だった。

 文字の羅列を目で追いながら、俺は溜息を吐いた。何も分からない。今までにこんなことはなかった。艦娘が何者か分からないことなんて。

本の返却が終わった金剛が戻って来て、俺の肩を軽く叩いた。

 

「何も分からなかったとも言えマスガ、こうとも言えマス。『少し分かった』。UF-4という名前すら分からなかったデスガ、着実に答えには近づいている手応えはありマシタ」

 

 秘書艦用のラップトップを操作しながら、金剛は囁く。

 

「彼女は鹵獲艦か戦利艦。最初期の名前はスルフク。ドイツ国防海軍籍になってからはUF-4に改名。本当ならばカリブ海で沈んでいた筈の船デース。史実でも相違ないデス。ドイツ国防海軍になっている時点で、彼女はどこかおかしいデス。そう。言うなればこれは、"ミッシングリンク"デース。ドイツ国防海軍籍になった記録がないのに、彼女は当時のドイツ国防海軍の命名規則に則った名前を付けられてマース」

 

 ホワイトボードに書かれている文字、【UF-4とは?】を指差しながら、金剛は目を閉じた。

 

「おかしい点はきっと提督の頭の中を駆け回っている筈デース。ならば答えも自ずと出てくると思いマス」

 

 こちらに振り向いてウインクをした金剛は背伸びをしながら喉を鳴らす。

 

「さーて、もう少しで夕ご飯デース!! お昼は食べるのを忘れてマシタ!! お腹ペコペコネー!!」

 

 夕立は俺のラップトップの文書を読みながら、相変わらずキャラでない喋り方で俺に問いかけた。

 

「私も金剛さんと同意見よ。ここの本を読破した訳でもないし、フリーデリーケのことを調べた訳でもない。でも、私に何か分かることがあるかもしれないから、彼女の艤装を調べてもいい?」

 

「……いいが、フリーデリーケの許可を得てくれよ。彼女の艤装なんだから」

 

「分かってるわ。じゃあ、今夜調べるから、明日にでも報告に行くわ」

 

 そう言った夕立は隣の席から立ち上がり、資料室を出ていってしまう。(※注1 夕立について)

 片付けも金剛がしてしまったので、自分のラップトップを持ってうたた寝している赤城を起こし、資料室を出て行くことにした。考えるのなら、執務室の方がいいだろう。

 

※※※

 

 私はここに居てもいいのだろうか。何かしていて手が止まった時、何もせずにボーッとしている時、寝るために割り当てられた寮室のベッドで寝る時、私はふとそんなことを考える。

私はこの鎮守府で四人目の潜水艦の艦娘らしく、同艦種の少なかったというイムヤとゴーヤからはとてもよくしてもらっている。一日では探険し尽くせない程に広い鎮守府の中、制服であるスーツを着て闊歩した。

明るい日差しを浴びながら、私を両側から挟んでいる二人はニコニコしながら語るのだ。

私たちは運がいい。私たちは幸せだ。と。

 その言葉を聞く度に、私は初めてこの"足"で上がった陸で出会った男性の顔を思い出す。カールとは違う東アジア系の顔。見慣れた筈の日本人の青年。この"目"で見て、この"耳"で聞いて、私は疑うこともなく確信した。私はこの鎮守府の艦娘で、深海棲艦を倒さなければならず、目の前に立つ彼は守らなければならないアドミラールだと。でも守らなければならないのは、アドミラールだから? 分からない。居場所を私にくれるから、気に入ってもらうために? それはどうしようもない。

私はあの青年に"何を見ている"?

 

「そういえばフリーデリーケ」

 

「何?」

 

「着任早々に任務があるよ。海域攻略にはあまり参加しないし、いつも裏方だけど大切な任務なんだ。提督がフリーデリーケと一緒に行って欲しいって言ってたの」

 

 長い赤髪のポニーテールを揺らしながら、イムヤは私の前に立って誇らし気に言う。

 

「偵察任務! 行き先は北方海域!! 端島鎮守府の艦隊が強い深海棲艦を見つけたみたいなの。その偵察よ。私たちの後を追って強行偵察艦隊も向かうから、私たち偵察艦隊(潜水艦隊)はいつも通りの任務。私たちが行かなくちゃ、作戦艦隊が安心して海域に行けないから危険な任務だけど、提督が私たちを頼ってくれるのよ」

 

「そうでち!! ゴーヤたちに求められるのは精度の高い情報と、無傷で帰還することだけ。これから偵察艦隊の仲間としても、一緒に頑張ろうでち!!」

 

「最初は近海で経験を積んでから行くことになる。レベリングもしっかりと猶予を持って期間を設けてくれたから、一緒に頑張ろ?」

 

 ゴーヤもニコッと笑いながらイムヤと並んで私の前に立った。それは意地悪するとかそういうものじゃない。私の手を引っ張って、明るい場所に連れ出してくれる温かい手に見えた。

 ここに拾われてよかった、なんて考える。仲間の艦娘は皆優しいし、仲良くしてくれる。だけど、皆に居場所を提供しているのはアドミラール。アドミラールにいらない子と思われたら、私はここを追い出されるかもしれない。私の半身(潜航艇)がいない今、役に立てるかは分からない。

 

「頑張る」

 

 だから頑張るしかない。半身が直るまで、私は私だけで頑張る。

 




※注1 夕立について

 本作では、設定を踏襲している本編より、夕立の言動や性格がアニメ版やその他二次創作とは大きく違っております。
 簡単に説明しますと、元々は明朗快活で、口癖が「ぽい」でした。ですが、ある事が原因で性格が急変し、口癖も言わなくなりました。不確定で担保もできないのに「ぽい」は言わない、と言った具合に真面目で勤勉。そして、若干冷徹で成長をしたような雰囲気になりまました。
(参照:「艦隊これくしょん 艦娘たちに呼ばれた提督の話」、「艦隊これくしょん 提督を探しに来た姉の話」、「艦隊これくしょん 提督と艦娘たちの話」)

 夕立の他、本文注では性格や言動がアニメ版・その他二次創作とは異なる、独自設定があることをご容赦いただけるようお願いします。

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