【完結】艦隊これくしょん 太平洋の魔女   作:しゅーがく

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第2話 上

 

 フリーデリーケについて、少しずつだが時間を掛ければ分かってきた。【スルフク】であることはさておき、【UF-4】については情報整理の直後に分かった。

あくまで予測の域は出ないが、艦橋後部と甲板にある窪みは【UF-4】になった時に作られたものだ。そして、その窪みにはあの潜航艇が入る。艦橋後部から後方に向かって存在しているワイヤとプラグ。そして潜航艇の船底から前方に向かって存在しているワイヤとプラグ。これが意味することは、窪みは一緒に引き揚げられた潜航艇のもので、恐らく船体とくっつけたり離したりして使用していたものと思われる。

最初は潜航艇がトウドアレイソナー(曳航式水中聴音器)の実験機かと思われたが、史実でも開発されていた記録はないので別だと考えられた。潜航艇内部の装備からソナー類であることは間違いないらしいのだが、結局のところどう使われていたものなのかは分からなかったというのが工廠の白衣妖精の三度目の報告で聞いたものだった。

 そしてそのような改造が成されたUボートは存在していない。俺は出撃の度に報告に来るイムヤたちの顔を見ながら、隣に佇むフリーデリーケを視界の片隅に捉えて考えた。

 

「という訳で、問題なくフリーデリーケも経験を積めてきているわ。練度はそろそろ20と言ったところかしら?」

 

「そうか。フリーデリーケも偵察艦隊の一員として、活躍できるようになってきたか」

 

「えぇ。ただ気になることがあるのよね」

 

 イムヤはそう切り出し、昼下がりの執務室で紅茶の香りを楽しみながら話し始める。

 

「私たちが不明艦を発見するまではいいの。いつも通りだから。だけどフリーデリーケが見つけると、少しテンポが遅れるの」

 

「というと?」

 

「ソナー妖精さんが索敵するのがいつものことなんだけれど、どうやらそれ以外にフリーデリーケには部署があるみたいなの」

 

「……なるほど?」

 

 それはトウドアレイソナーの妖精のことだろうか。それに該当する妖精は既に確認している。

 

「まぁ、それだけ。フリーデリーケのソナー妖精さんも結構慣れてきたみたいだから、そろそろ提督に頼まれていた北方海域に行けると思う」

 

「……分かった」

 

 イムヤが言うなら問題ないだろう。それにこれまでの報告と、時々演習に加えて俺自身の目で確認しているから、もう問題ないと判断できた。後は引き際を俺と艦隊を任せているイムヤが見誤らなければ問題ない。

 すぐさま正式な命令書をしたため、イムヤたちに渡す。これがフリーデリーケにとって、初めての偵察任務になるだろう。

 

※※※

 

 この"目"でも見慣れた艦内で、私は妖精さんたちの声に耳を傾ける。私は今、レベリングのための日本近海でも演習海域でもない、本当の戦場に足を踏み入れていた。

現在地は北方海域、アルフォンシーノ列島南方を潜航中。先程すれ違った端島鎮守府のレベリング艦隊から通信が入り、列島東端に強い深海棲艦を発見したというものだった。現在も巡回をしているのか、巡航で適当に航行しているらしい。

接近しつつあるから、イムヤからの通信でこれからは各艦の位置をソナーで把握しながら、敵艦隊の情報収集を行なうこと。

 私の手元にはイムヤとゴーヤに付きっきりで教えてもらった、深海棲艦各艦種・級の音紋の特徴を纏めた表だ。ソナー妖精さんと一緒になって必死に覚えた。イムヤとゴーヤ、味方の艦娘の艤装の音紋はもっと慎重かつ確実に覚えた。聞き間違えたら、最悪誤射に繋がってしまう。そう教えられた。これまでに誤射の経験はないと二人は言っていたが、それは偵察艦隊の任務で、他の艦と一緒に行動することがなかったからだそうだ。これまではそうだったが、これからは分からない。

 

「未確認の音紋を確認」

 

 十数時間と籠もっている司令室に緊張が走る。もう少しで夜明けという時刻。時間間隔は完全に狂っているが、潜水艦にとってそれは当たり前のことだ。眠気覚ましに飲んでいたコーヒーをデスクの邪魔にならないところへ置き、ソナー妖精さんに視線を送る。

 

「……戦闘用意」

 

 艦内の電灯が落とされる。火災の原因になるものを極限まで減らす為だ。照明は赤色非常灯のみ。暗くなった艦内に響くのは、艦の後方から聞こえるエンジン音のみだ。

 ソナー妖精さんの分析を待ちながら、他の妖精さんたちが戦闘配置に付く。足音は聞こえなくなり、心臓の音だけになる。

 もし未確認艦を発見した場合、先頭を航行する艦が優先的に識別を行なうことになっている。しかし、艦種特定には時間がかかる。波と自艦のノイズに紛れた、遠方から聞こえてくるエンジン音や生活音、スクリューの回転音。それらを聞き分け、本当に敵なのかを、肉眼で見ることなく確認する。そうしたならば、浮上して潜望鏡で確認し、再度潜航。攻撃に移るのだ。それが潜水艦の戦い方。私の脳に刻み込まれた、艦娘としての知識だった。

 ソナー妖精さんが先行するゴーヤのエンジンとモータが止まったことを聞かされ、自分の艦にも対応させる。大きい声ではなく、近くにいる操艦をしている妖精さんに聞こえればいい。後は機関室に伝声管で伝えてくれる。

 

「エンジンとモータを停止させて。潮流はどうなってる?」

 

「無音潜航、了解」

 

「追潮です。岩礁が近くにありますが、航路上にはありません」

 

 何度も経験した緊張感が司令室を包み込む。

 偵察艦隊の任務は、作戦艦隊と強行偵察艦隊に先んじて偵察すること。内容は艦種特定、巡回海域の調査、周辺海域の状況調査等ある。命令書に書かれている命令には、なるべく戦闘を控え、緊急時のみ交戦を許可する旨が書かれている。つまり、よっぽどのことがない限り戦闘にはならない。

とは言っても、毎回偵察艦隊は交戦していた。理由は様々だが、一番大きいものとしては、強行偵察艦隊の離脱援護だ。前回浮上した時点で、既に球磨(強行偵察艦隊 旗艦)から、北方海域中央に到着している知らせは受けている。後は時間を合わせて私たちは、強行偵察艦隊の突入する反対側から可能ならば潜望鏡で確認するだけ。決まった時間しか交戦しないので、時間になる前に潜航、攻撃をする。

 無音潜航したまま、未確認艦隊をやり過ごす。水上を通過した未確認艦隊の特定は済んでおり、ソナー妖精さんが深海棲艦であると断定していた。艦種まで特定し、端島鎮守府から報告のあったもので間違いないと判断する。イムヤとゴーヤが進路変更しないということは、同じく未確認艦隊が深海棲艦であると断定したのだろう。

 先頭を航行するゴーヤの舵が動き、潮流から出て深海棲艦の艦隊後方に出るように旋回を始める。私もそれに続いて潮流を出て、移動を始めた。

 

「……そろそろ時間だね。ソナー妖精さん」

 

「はい。強行偵察艦隊が爆雷を落としました。深度10で炸裂。突入開始10分前です」

 

「航海妖精さん」

 

「現在地は強行偵察艦隊を本艦前方11時半の方向に捉え、線分上に深海棲艦を捉えています。距離およそ8000(8km)。複縦陣」

 

 デスクにあるホワイトボードを手に取り、視線を落とす。

 私に搭載されている魚雷は533mm魚雷。元々550mm魚雷を運用していた艤装だが、改装されて533mmに変更されている。しかし搭載する魚雷はドイツ製のものではなく、日本製の九五式魚雷だ。発射管自体は付け替えられただけらしく、問題なく九五式魚雷も使うことができた。

 残魚雷は16本。満載状態だ。甲板後部に格納式の400mm四連装魚雷発射管もあるが、そちらは取り外されることもなく使用可能である。しかし、潜航中には使うことができないものだ。400mm魚雷の残りも満載状態で8本。

ホワイトボードに【正】の二画目まで書き、司令室で命令を下す。

 

「一番二番魚雷装填。調定深度3」

 

 ソナー妖精さんが同時に報告をする。

 

「伊168、58。魚雷装填音。総数6。同時に浮上」

 

 すぐにさま続くように指示を出し、潜望鏡深度まで上がった。

 

「潜望鏡出して。艦隊の位置を確認する」

 

 潜望鏡を覗き込み、シールドに波が当たるのを鬱陶しく思いながら、周囲を確認する。11時と4時方向に潜望鏡を発見し、倍率を上げて遠くに見える深海棲艦を捉えた。

 

「敵艦隊11時半。面舵15」

 

 航海妖精さんが黙って舵輪を回し、15度左へ向ける。捉えているのは駆逐艦ハ級二隻。イムヤとゴーヤから教わっているのだ。離脱援護時には、なるべく対潜装備を持っている相手を狙うように、と。

 そんなこんな潜望鏡で海面を見ていると、既に強行偵察艦隊が偵察活動(威力偵察)を開始しており、両艦隊の砲撃で靄がかかっているように見える。

深海棲艦の艦隊運動も激しくなることはなく、陣形はそのままで増速しながら砲撃をしている様子だった。

 潜望鏡を出したり下げたりしながら、深海棲艦の様子を確認しながら時が来るのを待つ。

そしてその時が来る。

 

「強行偵察艦隊、離脱時間5分前」

 

「急速潜航、舵そのまま。深度60」

 

 同時と言っていいタイミングでソナー妖精さんがイムヤとゴーヤも潜航を開始したと報告する。

 

「一番二番三隻統制雷撃準備……時間合わせ」

 

 艦が水平になり、時計を見ながら指示を出す。既にモータを動かしながら深海棲艦に接近中だ。進路は変わらず。強行偵察艦隊が砲撃のみを行い、魚雷を発射しなかったからだ。

時間5秒前に右手を挙げる。それと同時に水雷妖精さんが発射ボタンに手を掛けた。

 

「3、2、1、発射」

 

 エアーが漏れたような音と共に、金属が擦れる音が艦内に響く。

 

「一番二番魚雷、速射。不具合なし」

 

「一番二番発射管閉じます。排水開始」

 

 ソナー妖精さんと水雷妖精さんの声が重なる。すぐさま私は指示を出した。

 

「ソナー妖精さんは魚雷と深海棲艦に注意して。まだ動かない、進路そのまま」

 

 ソナー妖精さんは静かに頷き、ヘッドホンから聞こえてくる音に集中する。何も言わないということは、イムヤとゴーヤにも動きがないということ。

 

「敵艦から探針音……!!」

 

 司令室に緊張が走る。慌てるな。狼狽えるな。目を閉じ、考える。しかし、"あれ"は見える訳もない。

 

「小さい声で、状況を」

 

 見えなくても、目を閉じると"見える"気がする。ソナー妖精さんの実況を聞きながら、頭の中で整理する。

 アクティブソナーなんてものは、艦娘になった後でも近海で何度も聞かされた。音が船体を振動させるのは怖い。

 探針音を発したのは一隻だけ。発射した魚雷を探知したらしく、慌てて発射元特定のために使ったらしい。しかし、発見に数十秒の時間を使った。それでは間に合わない。それを踏まえて、魚雷を狙って撃ったのだから。

 いち早く気付いたハ級の一隻はどうやらまだ雷跡を発見できていないらしく、舵を切ったり増減速はしていない様だ。ハ級の慌てようから艦隊に潜水艦の存在が伝播したらしく、深海棲艦の陣形が崩れる。

狙ったのは対潜装備を持っているであろう小型艦だ。回避運動先も読んでの統制雷撃。放った計8本の魚雷が、確実に駆逐艦一隻には命中する。

基本的に慌てれば足を止めるよりも、増速して逃げようとするというのが対潜戦闘で取りがちな手段らしい。しかし既に強行偵察艦隊との戦闘で艦隊速力はほぼ全速を出している筈。そこから小型艦が任意に雷撃回避のために増速したところで、艦隊速度とそう大した差は出ない。だから、ソナー妖精さんのセリフは当然であった。

 

「雷撃3、命中。駆逐艦ハ級1爆沈」

 

 慣性航行中で遠ざかりつつある深海棲艦の艦隊で被害を出す。爆沈した駆逐艦がノイズとなり、水中はかなりの騒音になっている筈だ。

イムヤとゴーヤが取っているであろう指示を私も下す。

 

「機関始動、両舷前進強速」

 

「機関始動!!」

 

「両舷前進強速ーー!!」

 

 ソナー妖精さんの方に視線を向けると、分かっていたかのように報告する。

 

「伊168、58も同じく機関始動。進路そのままで離脱します。それと遅れて魚雷1戦艦に命中。轟沈には至っていないようです」

 

 大きく息を吐き、航海妖精に次の指示を出す。

 

「作戦終了。敵艦隊を左手に捉えながら、現海域を離脱。強行偵察艦隊を見つけたら、換気と外の空気吸おう」

 

 何もなければいつも腰を掛けている椅子に身を投げ、デスクに設置されている"機械"を撫でるように手を乗せる。まだ気は抜けないが、ノイズが多すぎてきっと私たちのことを深海棲艦は発見できないだろう。主機のディーゼルエンジンを回しながら、通常運行で危険な海域を離脱する。

 こうして、私の初任務は成功した。誰も失うことなく、冷や汗を流すこともない。しかし、とても重要で危険な任務。艤装に乗り込んで東京湾を出てから見ていない、私の先輩たちの笑顔が脳裏をチラつき、最後にあの人の顔が浮かぶ。

 

「アドミラール……」

 


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