いつものほのぼのとした空気は一触された鎮守府内、私は走り書きをした報告書を片手に何度目か分からない地下司令部に降りていた。
このような状況になったのは四日前のことだ。沖ノ島沖にて発見された深海棲艦の大群。発見した端島鎮守府連合艦隊が攻撃に向かったが潰走。轟沈艦は出なかったものの、戦闘続行不可能状態にまで追い込まれた艦隊は、旗艦である瑞鶴の判断で撤退した。その後出撃したのは、横須賀鎮守府連合艦隊。端島鎮守府の高練度艦なんて霞む程、経験と知識を蓄えた正真正銘の精鋭艦隊が編成された。訓練等で該当の艦娘たちを見たことがあったが、あれは神業の域に入っている程だった。洗練されすぎた戦闘スタイル、まるで同じ身体が操っているかのような連携。アドミラールが推すだけあって、その強さは別格で破格だった。しかしそんな彼女たちでされ、沖ノ島沖の深海棲艦たちに及ぶことはなかった。黒煙を空に昇らせながら、燻った艤装が湾内に入ってきた時には騒然となったものだ。それほどまでに痛めつけられていたのだ。アドミラールの判断で早期撤退を選んだのにも関わらず。
第一波攻撃と称されたこの攻撃に続くかのように、半日後には陣容を入れ替えた連合艦隊が出撃。しかし同じく迎撃されることとなり、手痛い被害も与えることができずに撤退することとなったのだ。第二波攻撃の際には、深海棲艦の大艦隊の総数は40を超えており、第一波攻撃で轟沈させた11隻は何事もなかったかのように補充されていたのだ。それが昨日のこと。
それまでの間、私を含んだ偵察艦隊は沖ノ島沖への偵察任務で艤装と地下司令部を行き来していた。口で説明できる部分もあるのだが、どうしても目で見たものを口で表現するよりも、図で描いた方が伝わるということもあり、こうして戻ってくる途中で艤装内で報告書を書き上げて、地下司令部に籠もっているアドミラールのところに着くなり持っていき、また出撃するということを繰り返していた。完全に時間間隔と曜日感覚は失われ、フル稼働している工廠の騒音と機関が発する熱と排ガスの臭いの幻を感じるようになってしまっていた。
「報告。沖ノ島沖の深海棲艦は現在、総数42。内のほとんどが大型艦。空母機動部隊で、補給艦も来ているのを確認した」
「ご苦労。偵察情報の共有はどうしている?」
「イムヤが皆に伝えて回ってる。終わり次第、また偵察に行く。そうでしょ?」
「そうだな。頼めるか?」
「愚問。アドミラールのため」
それだけを言い残し、私は地下司令部を出ようとした。本当ならば恥ずかしいのだ。この戦いが始まってから四日間、お風呂に入ることもできていないのだから。潮風にもずっと浴びっぱなしでもある。
逃げるように地下司令部を出ようとした私をアドミラールは引き止めた。
「ちょっと待て」
「どうしたの?」
「度重なる出撃で練度が上がっただろう? ドック妖精から、フリーデリーケの艤装が改装可能になったと報告を受けた。次の出撃前に改装してから行ってくれ」
「……分かった」
それだけかと思ったが、まだあったらしい。
「あと一つ。フリーデリーケをドロップした時に一緒に引き揚げた潜航艇の修理も完了したようで、工廠妖精が改装次いでにフリーデリーケの艤装に戻すと言っていた」
「直ったんだ」
「あぁ」
やっと直った。私の
改装を行なうために工廠と入渠場に向かい、妖精さんたちに声を掛けて改装を始めてもらう。提督は一時的に地下司令部を抜け、改装の立ち会いのために工廠にあるドックへと来た。 慌ただしく作業を始める妖精さんたちを眺めながら、クレーンで釣り上げられた半身を眺める。外から見れば、何の変哲もないUボートXXIIB型だ。しかし船体前部には固定されたワイヤを通す頑強なリングとプラグ差込口がある。地面では長いプラグを運びながら、艦橋後部で作業をしているところへと吸い込まれていく。
作業の様子を見ていると、アドミラールは小さく呟いた。
「あれは結局なんなんだ?」
足元にきた妖精さんが時間だと伝えに来たので、私はアドミラールに一言だけ残して行く。
「あれは私の半身」
改装は終わり、簡単な点検と艤装を身に纏った時に違和感がないかだけチェックを受けると、乾ドックから出るように工廠妖精さんに言われる。
艤装はそのままドックに残して妖精さんたちに任せると、一足先にドックから出ていたアドミラールが、隅にある椅子に腰掛けて書類とにらめっこをしていた。
「アドミラール」
「改装は終わったか」
私が声を掛けると、驚くことなく顔を上げて私を観察した。改装すると容姿や服装が変わることがあるらしいのだが、私の場合は後者に当たる。着ている制服の生地が薄くなったり、露出が増えるだけだが。アドミラールは私の姿を見ても動じることはなく、それがどこか悔しかったが報告をすることにした。
「ここから、私は本気を出す。改装後の初陣でその力を見せよう。"提督"」
「よろしく頼む。……あれ? 今までアドミラールじゃなかったか?」
「改装されて名前が変わった。UF-4から伊号第五○七潜水艦になった。前までは私ではなかったけど、今は全てが揃った。だから私は名乗ろう」
提督が首を傾げながら「伊507?」と言っているが関係ない。
「私はローレライ。伊507のまたの名は【特殊音響兵装実験艦 ローレライ】。"太平洋の魔女"の名、今度は胸を張って誇れるように頑張る」
※※※
目の前で変わらず表情をピクリとも動かすことはなく、そして
艦娘の中には改装後に名前の変わる艦娘が何人もいる。響がヴェールヌイに変わるのと似たようなものだ。そしてフリーデリーケも同じように名乗った。肌色の増えた服装を身に纏い、抑揚のない声で宣言したのだ。
自分の名前は伊507であり、ローレライであると。
刹那、ずっと彼女の一件で分からなかったことが全て繋がったような気がした。彼女が来た次の日、金剛が史実と彼女の証言に食い違いがあることを"ミッシング・リンク"と言ったのだ。
その関係性が俺の中で結びついた。
「……どうしたの? 私、変なこと言った?」
「い、いいや」
俺の顔を見て、そんな風に問いかけてくる彼女。自分のことをローレライと呼んだのなら、俺もこれからはそう呼ぶことにする。
ローレライの今の宣言で俺の中にあったものが全て繋がり、分からなかったもの全てが繋がった。可能性として考えはしたのだ。しかし記憶も曖昧で、確証を得ない限りは保留にしようと思ったのだ。
ローレライ。その名を聞いたのは、この世界に来る前のこと。物語として小説を読んだことがあり、そして映像化もされたフィクション。この世界の前例がある以上、あり得ない話ではなかったからこそ、保留にしていたのだ。
俺の顔を覗き込むローレライに簡単に返事を返してしまうが、すぐさま気を取り直して言葉を続ける。
「改装をしたところで、任務は変わらない。ローレライ」
「うん」
「これからは音紋だけではなく、艦の"形状"まで覚えなくちゃな」
「……提督、どうして」
「知らないんじゃなかったのかって? それはローレライが一番分かっているんじゃないのか?」
「分かってる。でも……」
「自分のことを"魔女"だと繰り返し言っていたことから、想像はできていた。自分の記録がないことも、とうの昔に知っているんだろう?」
「うん」
そう。彼女は自分の史実での働きについて、調べようとしたことがあったのだ。他の艦娘と同じような手段を取ったところで、何一つとして分かることはない。当たり前だ。"この世界に存在していない"のだから。
艦娘たちならば、艤装を見ただけで誰のものなのか分かるという。俺もある程度覚えてはいるが、駆逐艦となると数が多い上に違いがまちまちで艤装を見分けることは難しい。そんな駆逐艦の艤装でさえ見分ける艦娘たちが、ローレライを見ても分からなかった。しかし彼女の名前はローレライであり【伊507】。コマンダン・テストやリシュリューでさえも、彼女を見た時のリアクションは知っている子とよく似た子だったのだ。
「俺は"提督"だ。何でもは知っておいてやりたいが、生憎と知らないことが多いのが悩みの種。しかし、ローレライのことは知っていた」
「でも、ここに資料はスルフクのものしか……」
「あぁ。それでも」
「私は……ここにも居場所がないの……? 記録も残ってない、そんな正体不明の艦娘なんて」
「だから知ってるって言ってるだろう? ローレライ」
俯くローレライの手を取って、移動を始める。そろそろ時間的にも不味いし、彼女の精神衛生的にも不味い。俺の言葉が聞こえてないようにも見える。ならば強引に聞かせるしかない。
彼女が居場所にこだわる理由が何となく分かった。"ローレライ"だからというのもあるかもしれない。しかし、恐らく理由は別にある。彼女は艦娘として生を受けたその時から、知識としてなかったのだ。ローレライの艦名も伊507の存在も。それでも、自分を見失わないために調べた。それでも見つかるのは元になったスルクフのことだけ。
彼女自身、元を辿ればスルクフだ。しかし彼女のアイデンティティであるローレライたるモノが失われていれば、自分がスルクフだと認められなかった。だから自己紹介の時には"魔女"や【UF-4】を名乗った。
ローレライの手を引きながら埠頭まで歩いてくると、第二波攻撃の準備が着々と進められていた。物質見込みのたえにコンテナが並べられ、弾薬箱が弾種毎に山のように積み上げられている。薬嚢は防水用のビニールシートでカバーがされ、中継地になっている高雄への輸送物資も一箇所に固められていた。
妖精たちの間を縫いながら、埠頭にタグボートで接岸されたローレライの艤装の前までやってくる。
「俺はお前を知ってると言っただろう?! 名前はもう残っているんだ。日本皇国海軍横須賀鎮守府艦隊司令部 偵察艦隊所属の伊号第五○七潜水艦。またの名をローレライ!! 初陣は日本近海での実戦訓練。初撃破は駆逐艦イ級。累計撃破数17。そうだろう?」
「わ、私は……」
「誰が信じるんだよ、自分が"魔女"だと触れ回っていたじゃないか。誰も話半分に聞いていた。那珂の言うところの艦隊のアイドルと同じ。だが、俺は信じた。何故信じたか? 知っていたから」
もう一度ローレライの手を取って、艤装に架けられた桟橋を渡って乗り込む。甲板を歩き、203mm連装砲の横を通り過ぎて、艦橋後部に取り付けられた潜航艇の前に立った。
「こいつが特殊音響兵装【PsMB-1 ローレライ・システム】。ローレライの名前の由来だろ? こいつの正式な型番を俺に言ったことはあったか?」
「……ない。なんで知ってるの?」
「ローレライを知っているからだ。史実に存在した記録がなくても、俺が知っている。だからそんな悲観するな」
「……」
潜航艇の前で無理矢理掴んでいた手を離していたが、今度はローレライが俺の手を掴んできた。振り払うことはせず、黙って彼女の顔を見る。
色々な感情が入り混じっているような表情だ。自分でも消化できていなくて、それでも何か伝えようとしている。そんな表情。たどたどしくも、なんとか言葉を絞り出した。
「き、気味悪がったり、いらないとか、か、かいたいとか、しない?」
「何を言ってる? もしローレライの言うことを考えていたなら、とうの昔にそうなっていただろ。春過ぎに来て、今はお盆を控えてる。何ヶ月自分がここで過ごしてると思ってるんだ。追い出そうとか解体するのなら、いつでもよかった筈だ。それこそ毎日一回チャンスがあった。なのに俺は数ヶ月もそうしなかった」
蜃気楼が見える水面を背にしたローレライに、俺は静かに応える。彼女は俺の言葉を聞いてない訳じゃないのだろう。聞こえていないのだとばかり思っていたが、そうじゃない。聞こえていて、理解して、それでも確かめたかったのだ。
「来たその日に歓迎会をしたな。その後はしばらく顔を少し合わせる程度で、次は秘書艦だ。口下手なローレライが頑張って、いつの間にか手に入れていた居場所を見つけた。その後は遊びに誘われて行ったりすると、ローレライがいたりしたな。どこかの勉強会に連れて行かれた時にも、そこで勉強してたな。それに偵察艦隊としての任務は、出撃できる状態の時は全て出撃してもらった。一度被雷したという報告を受けた時、潜水艦の損傷は致命傷になりやすいからと皆に心配されていたな。そして今、沖ノ島沖に発生している異常事態の情報収集。これが俺たちと鎮守府にとってどれほど大きなことか、分からない訳じゃないだろう? それを任せているローレライが艦名が変わって、特別な兵装を使えるようになったからと言って、今後の扱いが悪くなるなんてことはありはしない。名実ともに"魔女"になったとしても、だから何だと、俺は言う」
途中で何が言いたいのか分からなくなり、頭を掻いて大きく息を吐く。
「だから何が言いたいのかというと、心配するな。ローレライは自分で居場所を作った。それをどうこうしようなんて俺は思わない。その居場所に俺がいたりいなかったりするかもしれないが、そこはローレライにとってローレライだけの場所だ。気にするな」
急に恥ずかしくなったので、視線を別の方向に逸らす。203mm連装砲の砲口の向く先を見ながら、言葉を続けた。
「だから、次の偵察情報、ローレライが持って帰って来ることを楽しみにしてる」
艦名:UF-4 → 伊507
艦種:Uボート スルフク → 伊号第507潜水艦
耐久:18
火力:4/12
装甲:4/22
雷装:30/65
回避:55/99
対潜:40/68
速力:低速
索敵:40/92
射程:短
運 :22/63
燃料:15
弾薬:40
装備:①20.3cm連装砲/①UボートXXVIIB改 ②未装備
改造チャート
UF-4 → 伊507(Lv.35)
図鑑説明(UF-4)
フランスか……ドイツ海軍Uボード、UF-4。頭が痛くてクラクラする。
白いお家がなくなって行くところがない。カール・ヤニングス? いい人。
行くところがない私に特別な居場所をくれた。でも、大事なモノ落として来ちゃった。
図鑑説明(伊507)
日本海軍式に改装された、UF-4改め伊507。ローレライって呼ばれてる。
どうして日本名じゃないのかって? じゃあ、魔女って呼べばいいよ。
私は気にしないよ。そう呼ばれても守ることができるのなら。