疲れた表情を見せていたイムヤとゴーヤと顔を合わせ、気の利いた言葉を交わすことなくそれぞれの艤装に乗り込む。自分の部屋として使っている艦長室には真新しい数日分の着替と日用品を入れたボストンバックが二つ、ベッドの上に放り出されている。私ならこれだけで済んだが、イムヤとゴーヤは他にも物資が積み込まれているらしい。偵察の途中、中継地になっている高雄へ寄港する予定があるのだが、その時に届けなければならない物があるからだ。半分以上が日本皇国政府の物で、残りが香辛料と調味料。高雄基地で艦娘や妖精さんたちに振る舞う食事に使うものだ。そして提督の命令書。高雄にいる日本皇国軍人や妖精さんへの命令が綴られている。私に配分された荷物は、先程改装時に元に戻すことのできた私の
改装が終わった時、私の脳裏に浮かんだのは提督の顔だった。改装してしまうと、元々の名前になってしまう。もう偽ることもできず、はぐらかすこともできない。そんなものは存在しないんだ、と言われると思っていた。
しかし、提督はそんなことを言わなかった。嫌な表情も、複雑な表情もしなかった。ただ、納得したかのような、腑に落ちてスッキリしたような表情をした。それがどうしてなのか分からなかった。何故、そんな顔ができるのか私には理解できなかった。
それでも、提督は私のことを拒絶することはなかった。知っていたと言った。私が感じていたモノを、同じように提督も感じ取っていたかのように、言葉はいつも通りぶっきらぼうだったが、それでも必死に伝えようとしてくれているのは分かった。
「第四次偵察任務に出撃する。皆、連日連夜苦労をかけるけど頑張ってほしい。それに、さっき改装したことによって、これまでよりかは楽ができるかもしれない」
艦橋から潮風を浴びながら、近くに控える航海妖精と見張り妖精に声を掛ける。伝声管を伝って、艦内の妖精たちにも聞こえるだろう。
「だから私は提督に進言した。私は"魔女"。"魔女"は単独行動をしてこそ、その力を発揮する。だから単独行動を許可を得て、第二偵察艦隊として沖ノ島沖へ向かう。第一偵察艦隊はゴーヤとイムヤ。彼女たちも同じく第四次偵察任務に出るけど、別角度からしか確認しない。強行偵察艦隊の離脱援護も私たちは別働隊として参加する。そして、偵察情報は第一・第二の双方を見比べて精度を高めることに用いられる」
少しずつ遠ざかっていく鎮守府に向かって敬礼をして、私は続きを話す。
「これまで以上の働きが求められている。それに私は応えなければならない。だからローレライである私は、"太平洋の魔女"に誇りを持ち、見事任務を遂行してみせよう。だから皆、力を貸して」
誰も返事はしない。だが、伝わっていることを信じている私の艤装妖精さんならば。
手摺から双眼鏡で辺りを見回している航海妖精さんに伝える。
「これよりローレライは単独任務を開始する。このまま大島まで洋上航行を行い、それ以降は敵を発見次第潜航し、高雄を目指す」
※※※
俺が恥ずかしい気持ちに苛まれていると、正面から変わらず抑揚のないローレライの声がぶつけられる。顔が見られないが、真ん中で分けている前髪のおかげて、大きく見える額を見ながら声に耳を傾けた。
「単独行動の許可が欲しい」
「……何を言っているんだ?」
思わず口走ってしまったが、少し考えれば分かることだった。ローレライには俺にローレライの特殊性が理解されていると思われたということだ。ならば、自然と出る言葉はそれになる。
「私が隊伍を組んで偵察を行なうのには無理がある。攻撃のためならばまだしも。だから、単独で偵察に出させて欲しい」
思わず出そうになった「大丈夫か」という言葉を飲み込み、ローレライの瞳を見る。
相変わらずの
その言葉に、俺は真摯に応えなければならない。だからこそ、俺は短く答えた。
「よし」
少しだけ口角を釣り上げたローレライは、そのまま艤装で物資搬入指揮をするようなので、俺はそのまま桟橋を渡ってコンクリートでできた埠頭に立つ。今一度彼女の艤装を見て、魚雷運搬クレーンと使うことのない艦載機クレーンが忙しなく動く様子を少し眺めてから、地下司令部へと戻ることにしたのだ。
道中、酒保で糖分補給するためのお菓子を買うことを忘れずに。
※※※
既に第三波攻撃が決行され、作戦艦隊は帰路についてた。結果から言ってしまえば、敵大艦隊の漸減には成功した。規模の膨れ上がりつつある沖ノ島沖の深海棲艦の大艦隊は、第四次偵察から帰ってきたローレライの報告により、構成艦種が空母から補給艦と駆逐艦に変わりつつあるらしい。それは二度の攻撃によって、守備を固めていた戦闘艦を優先攻撃していたことが理由になるとのことだった。艦隊戦に於いて、最も優先される破壊目標は空母だ。このことから結果は見るまでもなく、空母を中心に第三波攻撃までにそのほとんどを撃破。残すところは少数の空母、戦艦と。小型艦、そして輸送艦になった。それでも尚、総数は37隻と多く残っている。第二波攻撃で半数近くまで減らしたものの、第三波までに少数の大型艦と輸送艦が増えただけに過ぎなかったのだ。
何度目かなんて数える気はないものの、揃っているかだけを見渡して確認を行なう。本来であれば俺のみで行なうことではあるのだが、事態が事態なだけに数名を招集している。時刻的には深夜もいいところなのに、全員が遅刻せずに集合しているということは、皆不規則な生活に慣れてしまったのだろう。斯く言う俺もそれに当てはまっている訳だが。
端島鎮守府からの緊急入電から四週間が過ぎて、もう少しで五週目に入ろうかという今日此頃。招集を掛けた部屋は会議室ではあるのだが、俺が雑に使用しているため汚くなっている。掃除をする暇もないから仕方がない。それに、この場所しか地下司令部に会議室はないのだ。
「あー、こんな時間の招集で悪い。いい加減、沖ノ島沖の件について俺だけでは色々とお手上げになりつつある。だから集めた。互いの面子を見れば、どういう集まりかは何となく分かると思う」
俺が招集した三人は頷く。
「ここに一件で使った第一波から第三波攻撃の攻勢計画と報告書、第十三次偵察報告書が置かれており、ホワイトボード全面には沖ノ島沖の地図が固定されている。何度も水性ペンで書き込めるように加工してもらった海図の上に、落書きのような文字と記号が書き込まれてる。これらを見ながら、現在の最新状況と照らし合わせて、第四派攻撃の攻勢計画を立案しよう」
手に取りながらどういうものかだけを伝える。
その言葉にすぐさま反応したのは、第一波から出ずっぱりの上に走り回って休みなしの赤城だった。そんな状態の癖に、いつもと変わらない様子でこの場に望んでいる。
「遂に提督の手にも負えなくなりましたか」
「負えない訳じゃない。余裕がない」
「……本土侵攻の予兆ですか? 世間では既に沖ノ島沖の深海棲艦の大艦隊は報じられていますし、
「確認している。そろそろ殲滅もしくは潰走させなければ、非常に面倒なことになる」
第十三次偵察報告書乙を捲りながら、次に発言を始めた鈴谷の言葉に耳を傾ける。彼女は第二波攻撃に参加していたが、それ以外は高雄へ物資を運ぶ船団護衛を行ったり、出撃する作戦艦隊のケアで少し忙しかったりする。それでも毎日睡眠の時間を取れるくらいには余裕があるみたいだ。しかし、この時間でも眠そうではないのは、日頃自分が夜型だと豪語していることと因果関係があるのかもしれない。
「余裕がないのは分かるよ。この部屋の様子を見ているとねー。でも提督にしたって、今回の件の対処の手段は他にも持っているんでしょ?」
「ある」
随分と見慣れたローレライの字を追いながら、鈴谷の問に答えた。
今回の件での対処の方法はある。否。正確には"あった"の方が正しい。
「だが無理だ」
「どうして?」
「各方面の哨戒を厳重にし、横須賀と高雄に即応部隊を置いた影響だ」
「……資源がインフレを起こして、生活物資の調達数が落ちたことが理由なんだよね?」
元々国内で化石資源の採掘が望めない日本は、海外からの輸入に頼る他なかった。それはこの世界でも俺のいた世界でも同じ。しかし、深海棲艦が蔓延る現状、大規模な輸入は深海棲艦の通商破壊攻撃に遭う可能性が非常に高く、船団護衛をしなければ輸入もままならない。そして、その船団護衛をする余裕がない。そうすると、国内流入資源量は減少し、消費する物資の補給もままならなくなるという訳だ。今までだって輸入量は少なく、かなり無理をしている状態だったのにも関わらず、このような不測の事態に長期間で対処してしまうと、それこそカツカツになってしまうのだ。
「もう最低限の哨戒と即応部隊の展開は一回が限度だ。次の第四波攻撃がいよいよ最期になる」
瞑想をしていた金剛が目を開き、腕を組んで考える。
「うーん……。確かに鎮守府の備蓄はスッカラカンネー。民間から戦時徴用すればいいかもデスガ、それは……無理な話デショウ」
金剛の言ったことも検討した。しかし、民間から化石資源を徴用してしまうと、かなりの反発が予想される。特に今の沖ノ島沖での戦闘が長引いていることから、反戦派が色めきだしているのだ。資源を無駄遣いする軍隊と横須賀鎮守府を解体しろ、と。
「……しかし第四次偵察報告書から以降は、情報が本当に正確かつ分かりやすくなりましたね」
「そうだねー。それまではおおよその陣形の図くらいしかなくて、あとは艦種だったりしか分からなかったけど、第四次からは船の向いてる角度からどの程度移動しているかについてまで正確に書いてある」
「そして級まで特定していたのに、今では型や武装の状態。果ては艦載機の数まで分かるネー」
全員が偵察報告書乙を見ながら、そんなことを呟く。
偵察報告書乙は、偵察艦隊から独立し第二偵察艦隊となったローレライが提出している報告書だ。自分の力を活用し、偵察情報をより詳細かつ膨大に集めて来るようになった。その上、撤収時には破壊活動も行っているという。強行偵察艦隊の離脱援護については知っていたが、今では戻ってくる際の燃料消費を押さえるためか、積んだ魚雷から4発だけを残して他は全て使って帰ってくるのだ。その御蔭か、偵察情報で分かる深海棲艦の大艦隊は減少傾向にあることが分かっているのだ。
「ローレライが出しているものだ」
「ローレライ。……フリーデリーケさんですか」
「あぁ。改装してローレライになった」
「なるほど? ……彼女もやりますね。この偵察情報の精度は航空偵察以上ですよ」
「そうだろうな。……だが、それがあったとしても、俺たちが反抗できるのは一度が限度だ」
赤城は唸りながら、再度報告書に視線を落とす。
そして、時間だけが刻々と過ぎていった。俺たちに残されている時間は少ないのかもしれない。そんなことを頭の片隅で考えながら、大部分は第四波攻撃のことを考えていた。