第十四次偵察が終わったのは赤城、金剛、鈴谷と会議をしてから六時間後だった。腕時計はアナログ・デジタル両方に対応した時計で、今が朝であることを視覚的に教えてくれる。ここのところ、数時間前の記憶も飛ぶようになりつつある程に、俺は満足な睡眠を取っていないのだ。ちゃんと寝たのはいつが最後だったかなんて思い出せない。
会議中、赤城たちに心配された俺は、仮眠を強制的に取らされたため数時間前の記憶が飛んでいるのは寝不足が原因ではなく、仮眠をしたからだろう。
ボーッとする頭を無理やり起こし、時計を見た時には第十四次偵察から戻ってきた偵察艦隊の皆から報告を受ける時間になっていた。椅子にかけたままになっているシャツを羽織り、その足で地下司令部へと向かう。
「ちゃんとよく寝たー?」
「寝たが……俺の寝ていた間に大事はなかったか? 代わりに見ててもらっていたみたいだけど」
「大丈夫だよ。赤城さんはそろそろ提督が起きてくるだろうから、って朝ご飯取りに行ったよ。というか提督、どんだけ寝てないのさ。三人掛かりで布団に押し込んだと思ったら、数秒もしないうちに寝ちゃってたもん」
「どうだろうな。仮眠はしているんだが。それと鈴谷も代わりありがとう。赤城にも後で言っておく」
「うん。鈴谷もここでご飯食べるから、それまではここに居させてね」
そういった鈴谷は地下司令部の妖精たちが見渡せるところで、椅子に腰掛けながらあくびをした。
数時間席を外していたところへ戻って数分が経つと、司令部に誰かが入ってくる。
「第十四次偵察任務終了。報告書を持ってきた」
「右に同じく」
「でち」
偵察艦隊の艦娘たちだ。最初の内は偵察頻度が高かったが、今では偵察に出ている時間が伸びている。理由としては敵艦隊の動向の調査だが、その分だけ彼女たちに負担を掛けてしまっていることは分かっていた。
服装は見慣れたものではあるのだが、今着ているのは恐らく数日前のものか、帰還中に甲板で自分で洗濯したものだろう。イムヤのセーラー服がシワシワになっているので、確認はしていないがそうだろう。
「ご苦労だった。何か早急に伝えなければならないことは?」
「深海棲艦の増援部隊が来た」
「……頼む」
「前回の第三波攻撃で大型艦の漸減には成功しているけど、今回見に行った当初は数に変わりはなかった。だけど途中で増援部隊が現れて、気付いたら少数の大型艦と二個艦隊分の水雷戦隊が合流した」
「詳細はこっちに書いてあるな?」
「うん。それと補給艦も増援部隊と入れ替わって7隻出て行ったけど、結局7隻合流しているから変わらない。だから今、沖ノ島沖には56隻の深海棲艦がいる」
地下司令部の空気が凍りつく。
「数日ぶりに戻ってきたけど、随分とお疲れ様じゃない?」
「イムヤ……」
「あんまり近寄られると恥ずかしから、遠くからでごめんね、お風呂満足に入れてないから気になるの。……それで、何となく戻ってきて察してるけど」
少し艶の失った赤髪を揺らしたイムヤは、暗い表情をしながら呟く。
「もう、満足に戦える程資源は残ってないのね」
「……あぁ。この困窮っぷりは末期だ」
「笑えない冗談よ、それ……。それで、手は打つんでしょ?」
「無論」
イムヤから報告書を受け取り、報告書を捲って簡単に目を通す。
「提督」
「どうした?」
今度はローレライが声を掛けてきた。
「南西諸島に行こうと思う」
「……目的は?」
「あそこで油を貰ってくる。私は燃料消費が少ないから、収支で言えば黒になる。微々たる量でも、何度も行けば」
「駄目だッ!!」
「っ……」
俺は思わず大きい声を出してしまった。
「済まない。だが許可できない。現状偵察艦隊である三人には負担を強いている。この上、資源採掘に向かわせる訳には行かない。今、作戦艦隊に編成できない駆逐艦たちが交代で南西諸島海域に行っている。目的は分かるだろう?」
「うん」
「それでも足りていない。だが無理をさせる訳にもいかない」
俺は三人との会議で決めていたことを、ここで言うことにした。ローレライに効率を重視した非人道的なモノを提案させてしまったというのもあるが、彼女の後ろにいるイムヤとゴーヤも苦虫を噛み潰したような表情をしていたことが気にかかったのだ。それほどまでに事態は切迫していて、もう後がない状況。
累計100にも届かない深海棲艦に、俺たちはここまで苦しめられているのだ。そしてこの状況を起こしたのは俺でもある。最初に日和っていなければ、こんなことにはならなかった。全力で叩き潰すつもりで作戦を立てなければ、皆に苦しい思いを強いることはなかった。
「提督」
俺にローレライが声を掛ける。
「大丈夫」
「……ローレライ」
「どうにかするんでしょ? 提督は今までだってそうしてきた。皆がそう言ってた。撃たれた時も、鎮守府が焼け野原になった時も、もう助からないってなった時でも。だったら、命令してよ」
ペンだこができた手で、俺の手を握る。
「私はまだ短いから分からない。だけど、皆提督を信じて戦っている。提督の言葉を待ってる。きっと最期の攻撃になる。だから、私は覚悟してる」
覚悟と言われた刹那、俺は引っかかりを覚える。覚悟はできていたつもりだったが、いざ口にするのを躊躇っていたのだ。本当であれば、仮眠から冷めた時には命令を下していなければならなかったのに、俺はここまで引っ張ってしまった。第十四次偵察の結果を見た時、もしかしたら深海棲艦たちは異常行動とも言える大艦隊の形成を解いているかもしれない、等という自分勝手な希望を持っていた。しかしそんな現実はある筈もなく、突きつけられたのは無情な増援の二文字だった。
そしてそんな最悪の事態も想定して、俺の手の内には第四波攻撃の攻勢計画があった。それはあまりに無茶で無謀で、馬鹿な物。結局、そんなものしか提案できなかった。
俺の提案を聞いた赤城たちも、驚きはすれど呆れはしなかった。彼女たちも現状を理解し、俺がどんな命令をするのかも理解した上で支持してくれたからだ。そして自分たちが支持したからと、その攻撃には加わると言って譲ることもなかった。
机の上に置いていた、第四波攻撃攻勢計画の企画紙を手に取った。
今まで持ってきたどんなものよりも"重い"企画紙を、俺は開いて読み上げる。
「第四波攻撃。これまでの攻撃と偵察報告、鎮守府と国内の戦時物資の状況を鑑みて、ここに……本異常事態対応の最終作戦とする」
もう、端島鎮守府にも余力はなく、率先して南西諸島で資源採掘を行っていたが、最低限の近海守備に出せる分だけの資源しかもう余裕はなくなってしまったのだ。
第三波攻撃で消費した資源は、本来であれば支隊として就く予定だった端島鎮守府が戦闘力増強のために自分らは下がって俺たちに託したもので成り立った。
「沖ノ島沖に展開する深海棲艦を撃滅するため、連合艦隊を編成し、これに対応」
既に全館放送のスイッチを入れており、これまで話している内容は鎮守府の誰もが聞いている。
「全ての船団護衛を打ち切り、余剰物資を全てこの一戦に賭ける」
気持ちも入ってしまい、声に力が入る。
「連合艦隊の編成はこれまでの空母機動部隊と護衛艦隊だったが、今回は全て大型艦で編成する。主力は空母機動部隊。旗艦 赤城以下加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴。前衛は水上打撃部隊。旗艦長門以下陸奥、扶桑、山城、金剛、榛名」
静まり返る地下司令部で、俺は覚悟を決めた。
「支援遠征艦隊。旗艦比叡以下霧島、飛鷹、隼鷹、祥鳳、瑞鳳。沖ノ島海域へ遠征。戦闘海域外からの連合艦隊の直接支援戦闘を行うこと。この時、支援遠征艦隊は自身で弾着観測機を出撃させること」
遠征として出撃させる支援遠征艦隊は、直接沖ノ島沖へ乗り込むことはなく、連合艦隊の支援を行うためだけに遠征に出すものだ。
そしてあと一つ、出撃できる艦隊がある。
「しかし連合艦隊並びに支援遠征艦隊が本命ではない。潜水艦のみで編成された艦隊を"作戦艦隊"とし、沖ノ島沖での戦闘の最中、敵艦隊中枢へ侵入し、敵基幹艦隊の撃滅を行う。敵の統率が崩れ次第、連合艦隊並びに支援遠征艦隊二艦隊は、沖ノ島沖深海棲艦群へ全力攻撃を敢行。この時、轟沈する恐れのある損傷を受けていたとしても、進軍すること」
悔しい。
「これは命令だ。第四波攻撃をもってして、この危機を打開する。編成からあぶれたものの志願者は受け付けない。残留艦娘たちは横須賀鎮守府の近海守備並びに桟橋砲台、対空砲台の任を命ずる。出撃の叶わない者は各部署の長の下に就き、我々の帰還を待て」
悔しい。それが俺の心を占める今の気持ちだ。
「俺は作戦艦隊に同行し、直接艦隊の指揮を執る。同乗艦は伊507 ローレライ。彼女の持つ特殊音響兵装による
「わ、私だけでも!!」
ローレライがそれでも止めようとするが、俺は振り払う。
「死に逝く気は毛頭ない。成功率を上げるために往くんだ」
この宣言から数時間後。出撃準備を整えた第四波攻撃は発動し、予定されていた艦隊の全てが出撃する。それはもう夏も終わる頃、早朝ことだった。