【完結】艦隊これくしょん 太平洋の魔女   作:しゅーがく

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第4話 下

 敵の懐まで侵入していた私は、指揮と操艦を託していた提督の号令によって離脱することとなった。乱雑に打たれる探針音をソナー妖精さんは感知していたようで、戦闘に入った直後に対潜装備艦に追われたゴーヤがまだ生存している可能性があることを知らせてくれる。私のことは探知されていなかったことを鑑みても、イムヤが発見されていない限りはその可能性が高いと見て間違いなかった。

 司令室にはおかしな空気が流れる。各妖精さんたちが一番変な空気を出しており、その原因が飄々と海図を睨む提督。彼に対する不審感みたいなものを感じているのだろう。敵を目前にし、自分で立てた作戦目標から退く。何を目的に回頭したのかも言わない。ただ、命令を下しただけ。いつもならば、こんな強引な手を使うことはなかった。それは陸だったから? 実際に乗艦したことは何度かあったと聞いたことがある。しかし、話を聞く限りでは、今日の提督とは違う。陸と同じだったと聞いている。ならば、何故提督はここで退くことを選んだのだろうか。

 外苑艦隊の残存が頭上を通り過ぎ、艦内の気温・湿度計の針が両方とも左に振れてから久しい。

額に浮かぶ汗を拭うこともせず、ずっと静かにソナースコープを覗いて周囲の状況を見続けている。長いことスコープを覗いているからか、目も痛くなってきていた。伝ってきた汗が目に入り、立体映像を凝視していることと相まって痛む。

 

「……周辺に友軍なし」

 

 スコープには何も映らず、戦闘海域から時々伝わる砲弾の着水音を捉えるくらいだ。後は大きな魚やサメが映る程度。

 提督は何も言わない。静かに隣で海図を見ているだけ。何か考えがあっての行動であることは分かるが、目的が分からない。

 

「戦闘海域の様子は?」

 

 調子の変わらない提督の声に、私は素直に答えた。

 

「拮抗しているみたい」

 

 それだけを答えると、スゥっと息を吸う音に続いて提督が続けた。

 

「詳細を頼む。情報量が多くて頭に負担が掛かっているのは分かっている」

 

 確かにPsMB-1を酷使すると頭が痛くなるが、そのことを提督に言ったことがあっただろうか。否。そんな態度をこの場でした記憶がない。確かに戦闘海域に入ってから、頭が割れそうな頭痛に襲われているが、ふらつくこともなかった筈だ。

 

「すまない。それがローレライ(魔女)の力を使った時になることは知っている。だが耐えてくれ」

 

 提督が不意に私の頭に手を置いて撫で始める。急に触られて驚きはするが、大きく硬い手は温かく優しく感じた。硬いのに柔らかい、そんな風に思ったのだ。

 提督の手が私の頭から離れると、さっきよりも力強い声で言った。

 

「詳細を頼む。覚えている範囲でいい。これまでに遭遇した艦も含めて、状況を把握できているだけ伝えて欲しい」

 

 私は必死になってソナースコープを見た。頭がカチ割れそうなほど痛いが、その度に私は痛みを振り切って情報を集めた。

 連合艦隊との戦闘開始から幾時が過ぎ、敵艦隊は徐々に数を減らしていた。しかしそれは外苑艦隊ばかりで、基幹艦隊はほとんど手つかずの状態で残っていた。

連合艦隊の任務は敵艦隊との全力戦闘。指示のほとんどは旗艦の赤城が出しているので、私にはどのような状況になっているのかは皆目検討もつかない。

そのため、提督は情報が欲しかったのだろう。砲撃戦の中の敵艦隊に奇襲を仕掛けるこの作戦には、味方がどこに攻撃しているのかも重要な情報になる。見誤れば流れ弾が直撃する可能性もあるからだ。

 

「……分かった」

 

 できる限りの情報を提督に伝えた。外苑艦隊から離脱している対潜装備艦は小集団から離れて対潜戦闘中であり、ゴーヤが生存していることが確実となった。未だに爆雷の炸裂音が聞こえるということは、海中で息を潜めているということだろう。

その他、輸送艦と小型艦で構成された外苑艦隊は、連合艦隊と支援攻撃によって三分の一が轟沈している。離脱中に何隻か轟沈したようだった。海底に向かっていくノイズの数が増えたことと、ノイズの地位から推察した結果だ。

基幹艦隊護衛の艦隊は、先程攻撃した艦が該当する。私を追って艦隊から離脱してた後に迷走していたので、そろそろ合流する頃だと思われる。

基幹艦隊は健在。恐らく空母や戦艦で構成されているが、数にしても連合艦隊の比ではない。

 それらの情報を詳細に手に入れ、基幹艦隊が序列を返ることなく移動を続けていることを確認した提督は、艦に指示を出す。

 

「90度反転。深度そのまま。再度艦隊の足元を通過し、基幹艦隊に奇襲を仕掛ける」

 

「90度反転ようそろ」

 

「深度そのまま」

 

 妖精さんたちは命令を復唱し、艦首を敵艦隊へと再度向けた。

 

「魚雷の残本は?」

 

「6本」

 

 提督は唸った。何か都合が悪いのだろう。

 何かを躊躇しかけ、それを飲み込んだ提督が私に問いかける。

 

「203mm連装砲は使えるか?」

 

「使える」

 

「……弾種は?」

 

「通常弾、徹甲弾……それと三式弾」

 

 通常弾と徹甲弾は、もともと艦に搭載されていたものだ。それを横須賀鎮守府の工廠でリバースエンジニアリングし、図面を引いて生産されたもの。そして三式弾は、いわゆる焼夷弾だ。私に搭載されている203mm連装砲用に開発されたもので、工廠妖精が『高価な砲弾ですよ』と言っていたのを覚えている。

 

「搭載弾数は聞くまでもないか。よし、方針を伝える」

 

 提督は汗を拭いながら、これからの方針を説明し始めた。

 現在艦に残されている攻撃兵装は魚雷6本と、今は気密閉鎖されている203mm連装砲。砲弾は各種搭載できるだけある。砲身が歪んで使えなくなるまで撃ち続られる。艦尾の400mm四連装魚雷発射管は使用不可だ。取り外されていて、今は即席の増槽になっている。装填されているのが短魚雷ということもあり、あったとしても使い所が少ないということもあった。それこそ、203mm連装砲と同じくらいに。

 これからローレライは敵基幹艦隊に奇襲攻撃を仕掛ける。攻撃を開始するのは、接近することで得られる艦隊の情報に左右される。しかし攻撃することに変わらず、結局搭載魚雷は全て撃ち尽くしてしまうつもりだ。

 魚雷一斉射で基幹艦隊を撃滅することはできるのか。そんな考えが脳裏をチラつく。連合艦隊が全力攻撃をしているとはいえ、50隻を超える大艦隊を相手に、基幹艦隊と戦えているのだろうか。もし無傷だったのなら、たった6本の魚雷でどうにかなるのだろうか。外苑艦隊はどうにかなっているが、基幹艦隊はほとんど無傷な状態なのだ。

 提督は203mm連装砲を使うつもりなのだろう。それは、私に確認してきている時点で、察するなという方が難しい。分かっている筈なのに、私に確認したのは妖精さんたちのためだ。これから浮上して砲撃戦をする可能性がある、ということ。そして、その覚悟をすること。きっと提督には覚悟ができているのだろう。

 

「よりにもよって大博打だ。ギャンブルはやらないつもりだったんだがな」

 

 そんな軽口を叩くものの、司令室の妖精さんは誰1人としてリアクションする者はいない。

 

「……ローレライは基幹艦隊を捉え続けているな? 優先度は分かっているだろうが、一番は空母だ」

 

「うん」

 

 捉えている。ほとんど無傷な基幹艦隊の空母だ。3隻いるが、内1隻は2隻よりも大きい。

 

「だけど、1隻だけ大きいのがいる」

 

「形は?」

 

 形を聞かれるが、覚えた中に該当する深海棲艦はいない。

 

「その巨大な空母を仕留めることだけを考えてくれ。水上の様子までは分からないだろうが、周辺のノイズはどうなっている?」

 

 巨大な空母を狙う意図が分からないが、次に出た指示の返答を返した。

 

「当該空母の周辺に攻撃が集中しているみたい」

 

「やはりか……」

 

 提督にしか分からないことがあるのだろうか。分からないなりに考えつつも、基幹艦隊の様子は引いて見たり注意して見たりを繰り返す。そうしていると、あることに気付いた。

例の空母以外にも、集中攻撃を受けている深海棲艦がいるのだ。戦艦であることは間違いないのだが、こちらも空母と同じように巨大だ。長門型や扶桑型なんて目じゃない大きさだ。見たことはないが、大和型と同レベルの大きさなのだろうか。

 

「あと、戦艦にもいる。巨大な艦。そして、集中攻撃も」

 

 ずっとソナースコープを覗いているから確かめようがないが、きっと提督は苦虫を噛み潰したかのような表情をしているに違いない。

 これまでのことを思い返していると、提督が戦闘に付いてくると言い出したのは、これが理由なのかもしれない。

 

「攻撃目標は大型空母と大型戦艦だ。攻撃優先度は大型戦艦」

 

 手元のホワイトボードに走り書きをする。大型空母が第一目標だと思ったのだが、どうやら戦艦の方が優先度が高いらしい。

 

「連合艦隊との戦闘で敵航空戦力は大きく削れている筈だ。艦載機のない空母なんて、ただのデカイまな板に過ぎない。だが、手数の多い戦艦は砲が壊れない限り攻撃を続けることができる。長期戦はこちらに分が悪い。これまで残っているのも十分に脅威だが、ここらで退場してもらう」

 

 司令室の空気を察知してか、提督は説明口調で目標選定の基準を口にした。それなりに大きな声であったということもあり、近くの区画で待機している妖精たちにも聞こえていた筈だ。

 

「恐らく敵艦隊旗艦は大型空母だ。しかし脅威度の高い大型戦艦を優先し、4門魚雷斉射だ」

 

 相対位置の割り出しを行い、私は報告した。

 

「目標、敵大型空母。距離6750、19ノット。進路、右42度」

 

 フラフラと動くことはなく、大きく舵を切った後ということもあってか、方向転換はしないようだ。増速することも減速することもない筈。

そしてこの距離ならば1本は当てられる。

 

「全発射管魚雷装填。調定深度5」

 

 ある程度深ければ、目標以外のものに接触しそうになっても問題ない。艦底を潜ってくれる筈だ。

ホワイトボードに魚雷残数を2に修正する。

 

「念の為に魚雷を装填後は、水雷妖精さんたちは艦橋へすぐに行けるように準備しておいて」

 

 もしかしたら、203mm連装砲を使うことになるかもしれない。水雷長妖精さんは、何も聞かずに指示を伝声管から出した。

 続けて、私は指示を出す。

 

「ソナー妖精さんは周囲の警戒。ノイズが多いと思うけど、ちゃんと聞き分けて欲しい」

 

「分かってます。攻守両方をやるわけじゃないんですから、守りを専任させていただきますよ」

 

 ハンカチはもう濡れ雑巾のようになっており、汗を汗で拭ったような感覚になりながらも、基幹艦隊と大型戦艦を注視する。

 

「面舵24度」

 

「面舵24度ようそろ」

 

 航海長妖精さんが私の指示で舵を回す。そして、その時が来るのを待った。

 

「全管魚雷発射用意。1番から4番発射管開け」

 

 何度も聞いた魚雷発射管の開閉音。そして、徐々に予測軸線上へと近づいてくる大型戦艦。砲撃をしているのか、時より海面が凹むが、舵を切ることはない。増減速もなし。

 

「1番から4番発射」

 

 最もいいタイミングで、私は発射指示を出した。

 


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