――白玉楼――
過去の異変により幻想郷と繋がってしまい、今もなおそれは変わらない場所、冥界。
本来死者でしかその地に留まる事の許されないその場所は、まるで桃源郷と例えても見劣りしない美しい場所だった。
とてつもなく長い階段を登りきり…もとい幻想郷の住人は空を飛ぶ事ができるので登る人などまずいないが、階段が終わりを告げた周辺には春になれば美しい桜があちらこちらとその場所を彩り、門を潜れば手入れされた日本風の庭園。大きな池にその上を通れるように設備された立派な橋、それを通れば枯山水が見えて、その先には非常に大きな日本家屋のような豪邸が存在している。
その屋敷の主、西行寺幽々子は何時にもなく真面目な表情で庭を歩く、そして剣の素振りをする従者を見つけるなり声をかけた。
「妖夢、ちょっといいかしら?」
剣に集中していた白髪に黒いリボンのついたカチューシャ、緑を基調とした服を着た少女、そしてその周囲を泳ぐひとつの霊魂を含めた半人半霊と呼ばれる存在、魂魄妖夢は主の呼ぶ声に気が付くなり素振りを止め、その愛刀の一本を鞘へと戻す。そして主に恥じなきよう丁寧な様子で、幽々子に身体を向けた。
「お呼びでしょうか?幽々子様」
「お客様が来てるの、悪いけど…お茶を淹れてもらえるかしら?」
妖夢はいつの間に来ていたのかと驚く。それだけ素振りに集中していたのだろうか?それにしても妖夢は内心バツの悪い気持ちになる。この白玉楼で唯一の従者であるにも関わらず、お客様が来ていたことにも気が付かないとは。本来ならお客人が来るものなら、その案内、対応は従者である自分の仕事だ。それを主である御方から教えられるのだからその気持ちは当然とも言える。
やはり自分はまだまだ未熟。これは主にもよく言われるし、自身も否定はしないものの…どんなに贔屓目に見てもそれは決して喜べるものではない、恥じるものだ。
それでもこれ以上主の手を煩わせる訳にもいかないと、妖夢は駆け足でお茶の準備に向かった。
――客間。
畳で敷き詰められた和で統一された部屋。そこの中央には、昔ながらの応接台があり、その周りには座布団が敷かれている。
妖夢がお茶とお茶菓子の準備を終え、それらをお盆に乗せて早足で向かい、まずは襖の前で座り、お盆を通路に置く。
「失礼します」
そう告げてゆっくりと襖を開く。応接台の前に見えた人物は、妖夢にとって知らない顔ではなかった。見た目は少女ながらその姿勢は凛としていて、1部長めの緑髪と青い服、胸の前に出された両手には悔悟の棒が持たれていて、普段被られている独特な帽子は室内だからか横に置かれていた。
「四季映姫様!?」
思わぬ大物の登場に妖夢は素っ頓狂な声をあげてしまう。それもそのはず、彼女は幻想郷を担当する閻魔。直属ではないものの、妖夢や幽々子の上司ににも似たようなものでもある。少し落ち着きを取り戻すなり、妖夢は応接台の上に湯呑みを2つ置くと、急須から緑茶を淹れるとそれを当人達の前に置いた。
「久しぶりですね魂魄妖夢、ですが相変わらず妙な挙動が目立ちますね。そう――貴女は少し、落ち着きが足りない。」
お茶菓子の入った皿を応接台の中央に置いたところで妖夢は身震いをする。また始まるのか?という不安からのものだ。
この閻魔様は他人へのありがたい説法を趣味のようにする傾向がある。言い方は良いのだがようはただのお説教であり、それは人となりによるが1時間や2時間かかったりもするのではっきり言ってしまえばありがた迷惑だ。事実幻想郷の住人からは煙たがられていて、映姫の姿を見るなり逃げ出す者もいる始末。
「ふふっ、映姫様?今日はお説教をしに来た訳ではないでしょう?もっと大事な話があるのではないのかしら?」
「…そうでしたね、私とした事が目的を忘れるところでした」
どうやら主に助けられたようだ。顔に出すとお説教確定になりかねないので妖夢は内心安堵していた。応接台にお茶菓子を置いた状態で停止していた身体を起こすと、主と客人の邪魔にならぬよう妖夢は部屋の端に正座して座り、腰と背中に携えていた2本の刀を自分の真横に置いた。
「その話はまた後日するとしまして、実は相談があるのです」
妖夢は内心発狂した。表情にこそ出していないがどうやらありがたい説法からは逃げられないようだ。下手に寿命が伸びただけである。どうせやるならいっそさっさとして欲しいと妖夢は内心ため息をつくまであった。…そんな妖夢の様子を知ってか知らずか、淡々とした様子で映姫は話を始めた。
「実は最近…いえ、かなり昔からなのですが…外の世界の若い魂が一部、行方不明になっているようなのです」
「外の世界の魂…ですか?」
その話の内容は予想外のものであった。外の世界なら関係ない…と幻想郷の住人なら言いかねないのだが冥界ではそうは行かない場合もある。幻想郷だろうが外の世界だろうが、場所と閻魔は違えど死んだ後の方向性に違いはない。閻魔に裁かれた魂は、転生する為に常世へと行くのだ。天国、地獄とあるものの、その場所に幻想郷も外の世界も区別は存在しない。それが行方不明だと言うのなら、冥界の魂を管理するこの白玉楼としても無関係ではすまない。
「はい、お恥ずかしい話なのですが判明したのは最近なのです、それでお願いがあるのですが…魂魄妖夢、貴方にこの件の調査を依頼したいのです」
「調査…ですか?」
「はい、どうやら行方不明になるのは死んだ瞬間、肉体が死に、魂が離れたところで何者かが攫っているようなのです」
何者かが攫っている。その言葉に浮かぶのはおそらく1人しかいない。実際に幽々子も苦笑している。…幻想郷には神隠しの主犯とも呼ばれる大妖怪が存在する。その名は八雲紫。妖夢の主である西行寺幽々子の友人でもあり、幻想郷の結界のひとつの管理者でもある。
すぐさま思い浮かんだものの、おそらく下手人は違うのだろうと妖夢は考えを改めた。何故なら八雲紫が犯人だとすればこうして映姫が調査など依頼してこないだろう。
「…八雲紫には既に問い詰めましたが、どうやら彼女は白のようです」
思った通り映姫は既に八雲紫とコンタクトをとっていたようだ。しかし一体どうやって調査などするのだろうと思い妖夢は首を傾げた。まさか外の世界に行けとでも言うのだろうか?
「映姫様、その…具体的にはどうすればよろしいのですか?」
「まず貴女には一度16歳ほどの人間になってもらいます。そして外の世界でそのまま死んでもらい、確かめます。ようはおとり捜査ですね、これは半分人間である貴女がやるのが1番適正が高いのです」
相変わらず淡々と話す映姫に妖夢は内心ドン引きしていた。当然のごとく死ぬことといい、その後行方不明になった場合はどうするつもりなのだろうか?
「勿論、無策で挑むつもりはありませんよ、問い詰めた際に興味があるからと協力してくれることになりましたからね」
…なるほどと妖夢は納得した。死ぬこと自体は閻魔様が言っているのだから今の元の姿である半人半霊に戻ることくらいは可能なのだろう。そしてもう1つの不安もある意味解決した。あの幻想郷でも最強の一角、八雲紫がバックアップを果たすのであればこれほど心強いこともないのだから。
「なるほど…そういう事でしたら、分かりました。それで…いつ実行しましょう?」
「勿論…今です」
映姫の無情な言葉が聞こえた瞬間…妖夢の足元の空間が割れて妖夢はえっ?と素っ頓狂な声をあげる。同時に無数の目が存在するその空間に落ちてしまった。
「妖夢ー、頑張ってねー♪」
主ののほほんとした応援が聞こえてきた。妖夢としては従者としてその想いに応えたいと思うものの、流石にそうはならなかった。
♢
こうして妖夢は八雲紫監修の元、作戦を実行に移した。それらは目まぐるしく、その時だけとはいえ完全に人間になれた感動も、外の世界を初めて目にした感動もまったく味わう暇もなく…人間、魂魄妖夢は息を引き取った。
…
ふと妖夢は目を開いた。
そこは薄暗いながらも異様な空間。白と紺色の四角が敷き詰められた床。真っ暗な背景にはわずかに星々のような光。そして妖夢は洋風の椅子に座っていた。
「初めまして、魂魄妖夢さん――」
確かに感じた存在は正面。そこには美しい女性がいた。…だがそれは人間ではない。その背中には鳥のような大きな白い羽根があるのだから。物語に登場する天使のような女性を見るなり、なるほどこいつが下手人かと…妖夢は背中の刀を抜いた。
「え?えぇ!?」
天使はめちゃくちゃ驚いていた。それもそうだろう、連れてきた魂が突然武器を構えて今にも襲ってきそうなのだから。
「貴女がどのような目的で私をここに連れてきたのかは知らない。しかしそれは…斬ればわかる…!」
「ひ、ひぃぃぃ!?!?」
チャキっと刀を両手で握りしめて構えれば、天使は抵抗するどころか恐怖に脅えて腰を抜かしてその場から崩れ落ちてしまった。
流石にここまで無抵抗だと妖夢としてもこのままバッサリしてしまうのは躊躇われた。どうしようかと刀を構えたまま妖夢は悩んでいた。
「はいはい、とりあえずその物騒なものをしまいなさい、それじゃ話もできないわ」
「っ!?」
突然の登場には妖夢だけでなく天使も驚いていた。何も無い空間に亀裂が出現したかと思えば一瞬でそれは開かれて、中からは紫色のドレスと長く美しい金髪の美女、八雲紫がいたのだから。
「安心なさい、話をするだけよ。後…できたらそちらの詳しい事情を把握してる偉い人を連れてきてくれたら助かるわ」
紫がそう言うなり、天使は無言のまま頷くとその場から離れてしまった。その紫はというものの…呆れたような表情のまま妖夢に視線を移した。
「変わらないわねぇ、貴女も。斬ればわかるって一般世間じゃただの辻斬りよ?穏便に事が済めばその方がいいに決まっているのだから、いきなり抜刀するのだけは辞めておきなさい」
「…すみません紫様。目に見えた相手が下手人と思ったら気が昂ってしまいました」
言われてみれば確かにそうだと妖夢は気まずそうに顔を伏せた。昔から思い込みが激しい癖はまったく抜けていない。それは何度も主である西行寺幽々子により咎められたこともあるからか、気まずくなるのも当然だった。同時にこの紫のことだ。今の事はまず間違いなく主や、下手したら映姫との話のネタになってしまうことだろう。そう思うと妖夢は自然と頭を抱えていた。
「すみません、お待たせしました――」
声に振り向けばそこには白のローブのようなドレスのような衣装に身を包み、非常に長い銀の髪をなびかせた美しい女性がいた。美女、美少女が多い幻想郷基準で見ても上位にくい込みそうな容姿の女性は、非常に気まずそうにこちらの様子を伺っていた。
「初めまして、私は八雲紫よ」
「白玉楼の庭師、…魂魄妖夢」
白玉楼の名を出せばこちらの意図を理解するかもしれないと妖夢は睨んだが、残念ながら目の前の女性にその辺の知識はないようだ。ただ妖夢が思うに八雲紫は名前しか言っていない様子を見る限り、これ以上余計なことを言う必要はないだろうとも思っていた。
「私はエリス。女神エリスと申します」
「エリスね、単刀直入に聞くわ、貴方達が日本の若い魂を集めている理由を聞かせて貰えないかしら?」
エリスは紫の言葉を聞くなり状況を理解した。ただの人間がそこまで事情を把握できているはずもないし、元より突然武器を向けられた時点でただの人間の魂とは思っていない。つまりこの人達は魂を扱う、自分達と近しい存在なんだ、と。感じる力はどちらも強い。強さ云々以前に争うつもりは毛頭にないエリスだったが万が一にも怒らせる訳には行かない、とくにこの八雲紫と名乗った女性は。…それはエリスの本能で感じ取れたものだった。
「分かりました説明します。…少し時間がかかりますのでお茶を出しますね」
「あらありがとう、気が利くわね♪」
紫はリラックスした様子でお礼を言うしそれを見た妖夢はピリピリと緊張しているのも馬鹿らしく思えてくる。とはいえこの場所は敵地、何が起こるか分からない以上油断するつもりも毛頭ない。いつでも抜刀できるように気を配りながらも、妖夢は元々あった椅子に腰かけた。
「あの。話す前にひとつだけ質問があるのですが…そちらの方はどのような存在なのですか…?」
この質問をしたエリスの顔はかなり引きつっていた。妖夢としては意味が分からずキョトンとしていたものの、よくよく思えば自身の種族は幻想郷でも中々見かけない希少種だったと思えば軽く納得したようにしていた。
「私ですか?半人半霊ですが」
「……半人半霊…とは一体…?」
「私は半分が人間、半分が霊の存在ですので」
「えぇ!?き、聞いた事ありませんよそんな種族!?」
悪魔やアンデッドを忌み嫌う女神エリスからして見れば目の前の存在は非常に判断に困ることは間違いない。だが仮に完全なアンデッドであったとしても安易に手出しはできない、その時点で非常に厄介なことになるのは目に見えているし自分は『先輩』のようなトラブルメーカーになるつもりもない。そういう意味でその曖昧な状態は、いつもならアンデッドと見るなり敵意を晒す自分としては都合が良かったのかもしれない。エリスがそう考えてると視線を感じ身震いを起こした。八雲紫からの、さっさと話せという無言の催促だった。
「こほん、失礼しました。まず私が管理する世界ですが――」
女神エリスが管理する世界。そこは日々人間と魔王軍が争い続けている。そんな危険な世界で死んだ魂は、来世では別の世界で生きたいと願う人が多くいてしまっていて、世界そのものの人口が減ってしまっている。
今はまだ余裕があるものの、この調子ではいつか人がいなくなり、世界そのものが魔王軍により滅ぼされてしまう。
そこで目をつけたのは異世界の日本と呼ばれる国。その世界の若い人達は、異世界転生、剣と魔法の世界などのワードに食いつきやすく、その魂にひとつひとつ直接交渉してその結果次第ではエリスが管理する世界に転生してもらっているという。
勿論そのまま転生させたところで、平和な日本で育った若者が生きていけるはずがない。なので特典としてひとつだけ神器や特殊能力などを与えることにしている。願わくばかの者が魔王を打ち倒すことを信じて。
「なるほどね、話はわかったわ」
出された紅茶を悠々自適に飲みながら、八雲紫は妖美な笑みを浮かべていた。その笑みにはエリスだけでなく、妖夢もまたヒヤッとすることになる。
妖夢は嫌な予感がしていた。主の友人であることから、八雲紫との面識はかなり深い。そんな妖夢だからこそ、そのろくでもない笑みのもつ意味を予感していた。
「取引しないかしら?」
「取引…ですか?」
「えぇ、この子…魂魄妖夢をその世界に連れて行ってくれて構わないわ。その代わりにこれ以上日本から魂を持っていくのはやめて欲しいの」
どうやら予感が当たってしまったらしい。妖夢は外暗い顔を隠せないでいた。ここで無理です、嫌です、と言う事自体は簡単だった。だがそれをしてこの八雲紫が聞いてくれるわけがない。というより自分が反論した程度でこちらの話を聞いてくれるのなら最初からこんなことを言うはずもない。もはや妖夢の退路は完全に絶たれていた。
「心配しなくて魔王を倒せたらいいんでしょう?妖夢ならそこらの日本の人間の男より強いわよ?」
「ちょ…ちょっと待ってください紫様!?」
そんな妖夢でも完全に諦めた訳でもない。出来るならこんな面倒事は回避すべきだ。大体そんなことになれば一体いつ帰れるようになるのか分からないし白玉楼で待つ幽々子の世話を誰がすると言うのか。
大体その魔王とやらがどれくらい強いのかわからないが紫自ら出向けば妖夢がわざわざ行かなくてもあっさり終わるのではないか、妖夢にはそんな想いを全て吐き出すつもりでいた。…しかしそんな必死な妖夢の足元には、ここに来る前の妙な浮遊感が漂い…そのままストンと落下することになった。いくら空を飛べるとはいえこのようにいきなり足元を無くされたら妖夢としては落ちることしかできない。
「え?え?…今…何をしたんですか?」
「貴女の管理する世界に妖夢を送っただけよ」
「えぇぇぇ!?」
簡単に言ってくれるものだがエリスは混乱していた。自分達のような存在なら可能かもしれないが突然現れた人外がさも当然のように言うのだからエリスの反応は仕方なかった。この目の前の存在は本当に何者なのだと疑問に思いながらもエリスはこちら側のサポートなしにあちらの世界に行く事のデメリットや危険性を思い出した。
「あぁ、心配しなくても貴女の世界については貴女が話している隙に調べておいたから大丈夫よ。そして妖夢にはその世界の言語とかも私が覚えさせたから♪私が行ってさっさと終わらせてもいいのだけどこれもあの子の修行と思えば案外悪くないと思ったのよねー」
「…貴女は一体何者なんですか…?」
エリスの質問は今のエリスが出せる精一杯のものだ。まず八雲紫がエリスの管理する世界に行く…それだけはやめてほしいとエリスは懇願せずにはいられなかったしそんなことになるなら天界規定をやぶってでも自分が女神のまま向かったほうがまだマシな結果になると謎の確信があったのだから。
「私?さっきも言ったでしょ?八雲紫…ちょっと境界を操れる程度の、17歳のお姉さんよ?♪」
「……そうですか…」
納得など出来るわけもないのにエリスは自然とそう返していた。確かに目の前の紫はエリスから見ても絶世の美女と言っても大袈裟にはならない程だが流石に17歳は無理がありすぎた。ひとまず今の自分は落とされた妖夢を全力でサポートしてあげることにしようと同情に似たものを持つのだった。
……To be continued
ちなみに東方キャラをもう1人くらい連れていきたいなぁとか考えてたりします。魔理沙と咲夜のどちらがいいかなぁ…