ふと気が付いたら…私は森の中にいた。
森と言って私が思い浮かべるのは幻想郷の魔法の森。様々な妖怪がそこには住んでおり、広大なその森は奥に行けば行くほど瘴気が強くなり、妖怪であっても危険な領域となる。
しかしこの森はどうだろうかと周囲を見渡すが、とくに瘴気などを感じることもなく、少し薄暗いものの見えないほどではない。空を見上げれば太陽が輝いていて、それは森の中を充分に視認させてくれる。
幻想郷の魔法の森ではこうはいかない。あちらだと基本的に空を見上げても木々の緑が空を覆い隠している場合が多いので、昼間だろうが夜に近い暗さを保っている。だからこそ、夜や闇に生きる妖怪が生活しやすい環境であると言えるのだが。
それにしても困った。
何に困ったとは、当然紫様の気まぐれにだ。
気まぐれ以外のなんでもない、そんなことはすぐにわかる。幽々子様に理由を聞かれたら紫様はかなり高い確率でこう答えるだろう。『面白そうだから』と。
これは紫様に限ったことでもない。幽々子様にもそのような傾向はよくある。妖怪というのは非常に長寿な者が多い、中には死の概念があるのかと疑う者すら珍しくない。
そんな悠久の時を生き続ける妖怪にとって一番の大敵、それは暇なことだ。
暇、退屈、そういうものを少しでも省く事が出来てなおかつ自分が動かないで済むならこれほど面白そうなことはないだろう。巻き込まれるこちらは正直たまったものではないのだが。
一方私は妖怪としてそこまで長くは生きていないので御二方の気持ちは率直に言えば理解しがたい。
…とりあえずこの森に居ても仕方ない。そう考えた私は森から出ようと空を飛ぼうとする。
「はい、ストップー♪」
「うわぁ!?!?」
あまりにも驚いて私は情けなくその場で尻餅をついてしまう。驚くのも無理はない。いざ空を飛ぼうとしたところで突然目の前の空間が割れて紫様の頭だけが飛び出してきたのだから。無理に止めなかったら紫様と額同士をぶつけていたところだ。
「危ないじゃないですか!?」
「あー、はいはいごめんごめん。それより貴女にいくつか注意点と、渡す物があるのよ」
その謝罪には棒読みと呼ぶに相応しい、そんなことはどうでもいいからと言いたげなそんな感情が確かに見て取れた、正直腹が立つがいつものことでもある。しかし注意点と渡す物とはなんだろうか?
私が立ち上がり、首を傾げていると紫様はおもむろに片手で収まる茶色の布袋を手渡してきた。それはジャラジャラとおはじきでもはいっているかのような感覚がした。…もしやこの世界のお金なのだろうか?
「正解ー、エリスって名前のお金らしいわよ、私達の世界だと円になるかしらね」
聞く前に返事が帰ってきた。この心を読まれているような感じはこの人に関わればいつもの事なのだが慣れろと言われると難しいものがある。とりあえずお金がもらえるのは有難いので素直に受け取っておこう。
「後はそうね、この世界は飛べる人ってほぼいないのよ、飛ぶと凄い目立つから控えたほうがいいわよ?」
紫様の忠告に私はぐさりと感じるものがあった。確かに外の世界でも単独で飛ぶことはできないと聞いた事がある、この世界でもそうなのだろう。この忠告は他の観点からも通じる物がある…つまりは幻想郷で当たり前とやっていたことは控えた方が無難ということなのだろう。
「そうそう♪妖夢は理解が早くて助かるわぁ♪」
だから言う前に反応しないで頂きたい。結果的に私は何も言えずに溜息をついていた。
さて、幻想郷で当たり前のようにして来たこととなると弾幕ごっこだろうか。人と妖怪が出来る限り対等に闘えるように博麗の巫女が考案した通称スペルカードルール。それはお互いに枚数を決めて相手を倒す前にそのカードを使い切ったら負けというもの。…もっとも流石の私も魔王とやらを相手にスペルカードルールで戦おうなどとは思っていない。世界が違えば戦い方も変わるが、ようはスペルカードルールが考案される前に戻ったと思えばいい。
とはいえスペルカード自体は使うつもりではある。物によっては複雑な術式をカードをかざすだけで使えるのだから実戦においてもそれは便利なものだ。デメリットと言えばわざわざ技の名前を口に出さなくてはいけないくらいだろう。ルール上宣言しなければならないのでそこは仕方ないのだが。
……そうこう考えている内に紫様はいつの間にか居なくなっていた。忠告を完全に理解したと判断したのだろう。
私はそのまま森を出る為に当てもなく真っ直ぐに歩き出した。最悪迷うようなら飛ぶことも視野に入れて。
♢
なんとか日が出ている内に森を抜けることができ、私としても一安心だ。私は歩きながらもこの世界での目的を整理していた。
この世界で果たすべき目標は魔王とやらの討伐。そうすることで外の世界の若い魂が転生という名目で攫われる必要もなくなるだろう、それこそが私の本来の目標だ。
では魔王を倒す為にどうしたらいいのか、それは情報収集に尽きる。
魔王が何処にいるのか、…それ以前に私はこの世界のことを全く知らない。これらが1日2日で終わるはずがないことを考えると衣食住も確保しなければならない。お金は紫様から貰ったものの、これでどれくらいの期間生活できるかもわからない。分からないことだらけ。…となるとまずはそこから調べなければならない。
思わず頭を抱えたくなる。いや、気が付いたら実際に抱えてしまっていた。これは本当にどれくらいの期間が必要になるのか、と。
「助けてアクアさーん!?助けてくださいーー!!」
そんなことを考えていたら響く叫び声。思わず木陰に身を隠す。状況を確認すると1人の少年が
よく見ると幻想郷の大蝦蟇とは若干違う気もするが似たようなものだろう。
大蝦蟇とは巨大なカエルの妖怪、幻想郷では霧の湖などでまれに見かけ、それはカエルを凍らせて遊ぶ氷の妖精を捕食しようと襲う。
今少年が襲われている光景は私から見ればまさに
これがチルノなら特に気にせず捨て置くのだが人間の少年となると話は変わってくる。助けるべきだろうか?…と思いながらもよく見ると、遠巻きながら私のように少年を見ている水色の髪の女性が見えた。
先程少年が呼んでいたアクアというのはあの人のことだろうか?と思いながらも女性を注視すると…
女性は腹を抱えて笑っていた。
…これはどう判断したらいいのだろう?と私は困惑した。大蝦蟇に襲われる少年は泣きながら女性を呼ぶ、だけどその女性は抱腹絶倒している。
そしてそんな抱腹絶倒している女性は気が付かない。少年を見て笑いを堪えるのに夢中で気が付いていない。
女性の後ろに、少年を追うのとは別の大蝦蟇が口を空けて迫っていることに。
パクンっ
「喰われたぁぁぁ!?!?」
唖然として見ていたら女性は大蝦蟇により頭から丸呑みされてしまい、大蝦蟇の口から両足だけが見えていた。そして少年もそれに気を取られていたからか、すぐ背後にまで大蝦蟇の伸ばす舌が迫ろうとしていた。
私は自然な動作で背中の刀《
「…え?」
何が起こったのかわからなかったのか、少年は呆然としているも、すぐに気が付く。刀を抜いてその場に佇む私の姿に。
「ぼーっとしてる場合ですか?貴方の相方は飲み込まれそうですよ」
「っ!?」
少年は女性を飲み込む大蝦蟇に駆け足で向かう。今見て気が付いたが少年の右手には西洋風の簡素な剣が握られていた。本当にどういう状況だったのだろうか?…そして私は、今のうちに出しっぱなしにしていた半霊を透明化して隠した。
不意に飛び出してしまったが準備を疎かにしていた。この世界が他種族に対してどのような扱いをするかわからない以上は私が半人半霊だと言う事は隠した方がいいだろう。既に半霊を見てしまった少年には後々何か言われる可能性があるがしらばっくれてしまえばいい。
そして少年と女性を飲み込む大蝦蟇の様子を見ると未だに大蝦蟇は女性を飲みこまず両足だけ出している状態で硬直していた。それを少年は必死に剣で殴るように攻撃している…それは私から見るまでもなく剣などまともに振るったことのない素人の動きだったがとりあえず大丈夫そうだ…と私は剣を背中の鞘に戻した。
……そしてその途端に私の視界は真っ暗になった。
生暖かい温度が全身を包み込む、かろうじて両足だけは無事のようだがその他全身はねちゃねちゃしていて非常に気持ち悪い。そしてこの状況を外から見た光景を私は確かに見ていた。
「そっちも食われたぁぁぁぁ!?!?」
どうやら私もまた大蝦蟇に捕食されてしまったらしい。…これは屈辱以外の何物でもない。かっこつけて登場して助けておきながらなんという醜態だろう。穴があったら入りたい。だからと言って大蝦蟇の口に入るのは勘弁してほしい。
結果として、私は先程助けた少年に助けられた。非常に情けなくて合わせる顔がなかった。
……
「だ、大丈夫か…?」
「……ひぐっ…えぐっ……ぐすん…」
水色の髪の女性はずっと泣き続けていた。出来れば私もそうしたかったくらいだ。癇癪を起こすほどではないが涙目になっている自覚はある。
未だに全身に大蝦蟇の粘液がまとわりついてその生暖かさが残っている。どうしてこんなことになったんだ。
「こ、こんな状態で悪いけど、さっきはありがとな、助かったよ」
「……お互い様です…、不甲斐ない。私はやっぱりまだまだ未熟です…」
沈黙が続く。どうも少年は居辛そうな雰囲気を出していた。何気に一番初めに襲われていたのはこの少年なのだが何故か少年は飲み込まれることなく無傷、一方襲われている様子を見ていた私と水色の髪の女性はこの様、何がどうしてこんな事に。
…そんな事を思っていたら、私の目の前にヒラヒラと1枚の和紙が舞い降りてきた。…私はそれを見て絶望を覚えた。
私は2人に見つからないように無言でそれを破り捨てた。
幽々子様は大爆笑などしない、おそらく呆れながら苦笑していたのだろう。なんという体たらく、私は悔しさと羞恥心で歯を食いしばっていた。
「あの。俺カズマって言うんだけど…君は…?」
ずっと無言だったことで少年は気にしたのか、気まずそうにこちらを伺いながら自己紹介してきた。大蝦蟇に飲み込まれるという惨事で忘れていたが私はこの2人のことを何も知らない。当然2人も私のことを何も知らない。
「妖夢です…」
それでも沈んだ気持ちは戻らず、単調な自己紹介になってしまった。どうやら2人はアクセルという街に戻るらしい、街なら私としても向かいたかったしこうして同行しているのだが。…何より気まずいことに変わりはなかった。
次回アンケート結果のキャラを登場させます。アンケートの締切は6/28の22時までです。同点だったら………どうしよう()