視点―咲夜―
私の名前は十六夜咲夜。
紅魔館のメイド長にしてレミリア・スカーレットの忠実なる従者。そんな私は……気が付けば見たことも無い街の中に一人佇んでいた。
パステルカラーの屋根、レンガで造られた家々、街歩く人々の服装も見たことは無いが1つ言えることはこの場所が幻想郷ではないこと。それだけは即座に理解した。
私がこんな場所にいる理由は皆目見当もつかない。少なくとも私個人が何かしたことはないと断言できる。よって心当たりを探そうと思えばこのような所業をやってしまえる知人はそう多くはない。
まずは紅魔館に住むパチュリー様、レミリアお嬢様の友人であり様々な魔法の使い手、…とはいえあの方が過去に私に何も断りをいれずにこのようなことをしたことは無いしするメリットがない。
そうなると…あとは一人しかいないだろう。
八雲紫……。
名前を出して私は憎悪の感情に囚われそうになる。あのスキマ妖怪ならこの程度のことは何も造作もなく行えるだろう。だがこちらにも都合という物がある。せめて事情を説明して欲しい、もっとも説明したところで協力するつもりは微塵もないのだが。とはいえ八雲紫が出てこない限りはどうしようもないと、私は即座に気持ちを切り替えた。
さて、どうしたものかと周囲を見渡すと、どうやら私は目立っているようだ。あちらこちらから視線を感じるがこれは敵意ではない。幻想郷の人里でもよく感じるものだ。人里では着物が一般的な中に私のメイド服は確かに目立つのは仕方ないが見て回る限りこの街の人間の服装のジャンルは人里よりも私の服装の世界観に近しい気もするのだけどどうしてここまで見られるのだろうか。
「なぁ姉ちゃん、良かったら俺様と飲まねぇか?勿論奢るぜ?」.
私が振り返るとそこには顔を赤くした金髪の赤い服を来た青年がいた。それを確認すると同時に私の瞳はおそらく紅く染まった。
――時よ止まれ
この瞬間全ての色彩がモノクロに変化する。私の能力『時間を操る程度の能力』により時間を停止させた。
確かに情報は欲しい。誰かに話を聞きたい…だがそれでも人を選ぶ。見る限りガラの悪い酔っ払いだ、相手にするだけ時間の無駄だろう。
私はその場から声をかけてきた男の見えないであろう場所まで移動し…
――時よ動け
「俺はこのアクセルじゃ名の知れた冒険者、ダスト様って…――あ、あれ?あの姉ちゃんはどこ行った??」
酔っ払いは周囲を見回すが私は物陰に隠れている。まず見つかるまい。男は飲みすぎたか?と困惑気味に呟くとどこかへ去っていってしまった。
それにしても時刻はおそらく夕刻だろうにこんな時間から出来上がっているのもどうなのだろうかと呆れるものの、よくよく考えたら自身の知人にも年中酔っ払っている鬼とかいたなと再び溜息が出た。
たったあれだけだが情報は得られた。この街はアクセルと言うらしい。更に冒険者という単語。そして私が理解できる言語。…この言語が一番不可解だ。
ふと私は周囲を見渡す。お店などがあり看板が見える。…そのどの文字も見たことがないはずだ。なのに私は自然と読むことができる。知らないはずのことを知っている、これほど気持ち悪いことはない。
情報を得ると同時に不可解な事柄が増えた。これではイタチごっこにもなりはしない。
そろそろあの男もいなくなったかと私は人通りの多い場所に戻る、あまり期待はできないが何らかの情報を示してくれそうな誰かがいないかと僅かに望みをかけて。
……あれは?
ゆっくりと歩を進める3人…。少年が1人、女の子が2人…。
少年は茶髪で貧相な体付きをした一見普通の少年、そして違和感を感じるが水色の長い髪の女の子…この子は何故か癇癪を起こして泣いている。そのおかげからか周囲から注目を集めていた。
そしてもう1人。…白髪で黒いカチューシャをして緑色の服、2本の刀を背に携えた少女……
魂魄妖夢……!?
思わぬ知人の出現に私は困惑気味になる。いや、もしかしたら私と同じように事情が分からずこの世界に迷い込んだ可能性もあるし何よりあの子の持つ情報は欲しい、知人というのも大きい。なら接触を図るのは私として当然の選択だった。
……
「妖夢!貴女、妖夢よね?」
「……っ!?咲夜さん!?何故貴女がここに!?」
俯いていた妖夢は私の呼ぶ声に気が付くなり驚いていた。…そんなことはいい。私の瞳は再び紅に染まる。
――時よ止まれ
何故貴女がここに?妖夢は今確かにそう言った。
それは事情を把握していないと出ない言葉だ。普通に事情を聞いてもいいけど、憂さ晴らしはさせてもらいたい、この際弾幕ごっこでも構わない。幻想郷ではよくある事だ。
私は1枚のスペルカードを取り出し…そして驚愕した。
「…ひっく……あれ?なんで皆止まってるの?」
私の目は見開かれ、頬には一滴の汗が伝っていた。軽く身体が震えている自覚もある。
「もしもーし?カズマさーん?あとそっちの知らない子ー?」
水色の髪の女の子は少年と妖夢の前に立ち目の前で手を振っていた。…この女はどうして時間を止めた中動けるというの…?はっきり言うと冗談ではない。
幻想郷ですら私の時間停止が効かない存在など片手で数えられるほどしかいない。あの博麗霊夢でさえも時間停止自体は通用した。もっともあの子の場合チートじみた勘の良さでこちらの動きを全て先読みして私に勝つという化け物のようなことをしていたがそれでも時間停止そのものは効果はあった。
私はただ呆気にとられて水色の髪の女を凝視していた。
「…?あのー?貴女は動けるの?その赤い目は…紅魔族かしら?」
困惑気味な様子の女は私に気付くなりそう聞いてきた。そして今なんと言った?紅魔族…?
これはどう反応したらいい?確かに私は紅魔館のメイドだが紅魔族などと呼ばれた事はないし紅魔館の者をそんな風に呼んでいる風潮などない、そう頭に駆け巡るもよく考えてそれは偶然名前が似ているだけではないか?と思うようになってくる。
「…貴女は何者なの…?」
「私?私はアクアよ。アークプリーストね」
アークプリーストというのが何かさっぱりわからないがプリーストとは役職のようにも聞こえる。だが私の聞きたいことはそんなことではなかった。
「聞きたいのはそんな事じゃないわ、貴女、人間じゃないでしょ?」
「あら?わかる人にはわかるのね、なら教えてあげましょう。私はアクシズ教の御神体、水の女神アクアよ!…ところでどうして誰も動かないの?」
アクアの言葉を一方的に聞いて私は情報を整理させていた。水の女神…つまりは神…。なるほど、それが本当なら私の能力が効かないのもなんとなくは頷ける。神に等しい力を持った妖怪、八雲紫にも私の能力は効果はなかったことがあった。
……それにしても、このアクアという子のおかげで戦意は全くなくなってしまった。おかげで冷静になれたとも言えるのだが。これ以上時間を止めていても仕方ないだろう。
――時よ動け
「やっぱり妖夢だったのね、私が此処にいる理由は私が聞きたいくらいよ」
「え?あれ?あれ?どうなってるの??」
「おいアクアいきなり泣き止んだと思ったらなんだよ?とりあえず街には着いたからさっさと風呂行ってこい?」
「……咲夜さん、申し訳ないのですが私もお風呂に行きたくて…話はその後でもいいですか…?」
よく見ると妖夢やアクアからは嗅いだことのない異臭を感じ、私は自然と1歩距離をとった。理由はわからないがこの2人、何かジェル状の液体が体中に付着していた。…確かに話をするにしてもこの状態のままでは私としても勘弁願いたい。とりあえず情報が逃げないのであればなんでもいいと、私はそれに了承することにした。
……
私と少年は冒険者ギルドというらしき場所に入り、そこの中にある食堂のような酒場のような場所で2人を待つことになった。少年はまた気まずそうにこちらを伺いながら挙動不審でいた。一体なんだと言うのか。
「あ、あのー…すみません、俺、カズマって言うんですが貴女は…?」
「名乗る必要性を感じないわ、私は妖夢を待っているだけ」
「……あ、はい、…すみません…」
すると少年は更に気まずそうに俯いてしまったけど私からしたら知った事ではない。同じ待ち人がいるからこうして同じテーブルで待っているにすぎないのだから。すると途端に空気が重苦しく感じ出した。
……何故だろう?カズマと名乗った少年から不可視の負のオーラを感じるような気がした。おかげでこちらまで気まずくなる。
…思えば確かにずっとイライラしていたせいか私はそれを引きづっていたようだ。全くらしくない。完全で瀟酒なメイドとお嬢様に評された私がこんなことではいけないか…。決してこの少年から感じる重苦しく空気に耐えられなかったからではない。こんな少年でもこの世界の情報は持っているだろう。なら聞けるだけそれを聞くべきか。
「……十六夜咲夜よ。貴方は妖夢と一緒にいたようだけど…一体何があってあーなったの?」
「え?…あ、あれはですね…ジャイアントトードに捕食されてしまいまして…その…」
「ジャイアントトード?」
「知らないんですか?とてつもなくでかいカエルです」
でかいカエル…?幻想郷の大蝦蟇みたいなものか…?それに捕食された…?
「ふ、ふふっ……」
……想像した途端に私は吹き出して笑ってしまった。あの妖夢が?まるでチルノみたいに大蝦蟇のような妖怪に丸呑みされたってこと?そんなの笑うなと言う方が無理だ。いくら自他ともに認める未熟者でもそれはちょっとひどすぎる。
「こほん、ごめんなさいね、取り乱したわ。」
「い、いえ、それで咲夜さんは冒険者なんです?」
「…いいえ、見ての通りただのメイドよ」
「メイド……」
カズマは私の服装をまじまじと見ていた。正直あまり気持ちのいい視線ではない。…そういえば先程の酔っ払いも冒険者と名乗っていたのを思い出した。とはいえ私はその冒険者というものの意味を知らない。
「その冒険者って、なんなの?」
「すみません、お待たせしてしまいました」
「ちょっとカズマ、依頼報告はしたんでしょうね?」
声に振り向くとテーブルの傍にまで妖夢とアクアが来ていた。私としたことが気が付かないとは話に集中しすぎたか。だがこれで話を聞ける。
「妖夢、悪いけど2人で話したいわ。少し外せる?」
「…わかりました」
確認を取るなり私は立ち上がり、妖夢を連れて一旦この建物の外へと出ることにした。妖夢は2人に断りを入れるとそのまま私に着いてきた。
「……ねぇカズマ、結局あの二人何者なのよ?」
「俺が知ってるわけないだろ?ただ1つだけ…これは勘なんだけどな」
「…なによ?」
「あの二人…多分この世界の人間じゃないと思う」
神妙な顔でそう語るカズマの言葉を、私達は知るよしもなかった。