―アクセルの街・公園―
冒険者ギルドを出てすぐに見える位置には広めの公園がある。広さを見る限りこのくらいなら立ち会いを行っても他所に迷惑はかかりそうにない。
流石に真剣でやるのは危険なので冒険者ギルドより木刀を拝借し、妖夢とダクネスは公園の一角でお互いに見合っていた。
「さぁ遠慮はいらない、どんどん打ち込んでくるがいい!」
両手で木刀を構えるダクネスは意気揚々と声をあげる。傍目から見ればその姿勢だけは立派なものだ。背筋を伸ばし、外の世界の剣道のような構えは無駄がないようにも見える。
…しかし、妖夢から見れば傍目から見た評価とは真逆だった。隙がありすぎる。どこから打っても綺麗に決まりそうだ。…とはいえここは異世界、剣の使い方ひとつとっても自分の知識と違う事もあるかもしれない。
無論相手をするからには負けるつもりは毛頭ないのだが、相手を甘く見るつもりもない。彼女はこの世界の上級職であるクルセイダーだと言う。ならばステータスも高いだろうしこの世界では猛者と言える存在だろう。
異文化コミュニケーション。もとい異文化剣道と言うべきか、妖夢は嫌な顔をしながらも少し期待していた。
と、いうのも妖夢は幻想郷にいて今まで他人と剣同士で戦うなんてことはほとんどした事がない。一応幻想郷にも妖夢以外にも剣を持つ妖怪はいる。白狼天狗の犬走椛や天人の比那名居天子、道教の豊聡耳神子などが頭によぎるが、如何せん幻想郷では弾幕ごっこと呼ばれる決闘法が主流なこともあり、純粋な剣のみの戦いは妖夢にとって珍しいものであり非常に魅力的でもあったのだ。
「では……魂魄妖夢、推して参る…!」
木刀そのものは西洋の剣を型どったようなもの、それを刀を扱うように両手で持ち、構えるとともに走り接近する。
「……っ!」
「…はやっ…!?」
カズマ視点では正に瞬く間。瞬間移動したかのように間合いを詰めた妖夢はがら空きの腰に向けて一閃、更に振るわれる連続の斬撃はダクネスの肩、腕など、様々な箇所を撃ち込んでいく。一応防具の上から狙っているのでその力の入れ具合に遠慮などない。これはカズマとの稽古ではない、言わば相手の実力を推し量る為の模擬戦。
ならば遠慮も手加減も不要、それは同じように剣を構えた相手に対する不敬でしかない。この世界の強者の剣、如何程か試させてもらおう――、妖夢はそんな覚悟で臨んでいたのだから。
カズマは目を見開いたままそれを見ていた。同時に思い知ることとなる、カズマとの稽古での妖夢は全く本気ではなかったのだと。
しかし妖夢には違和感があった。それもそのはず。
「……いいぞ、素晴らしい太刀筋だ……!どうした!私はまだ立っているぞ、もっと打ちこんでこい!!」
ダクネスはそれに対して一切反撃することはない。防御はしているようだが完全にそれに集中しているようにも見える。いや妖夢の違和感はそれだけではない。
「…真面目にやってください、どうして反撃してこない!!」
何故かダクネスは微かに口角をあげ、笑っていた。どことなく嬉しそうにしている姿は不気味にも見える。
今手に持つ武器が訓練用の木刀ではあっても仮にこれがカズマ……いや、この街にいる冒険者の大半の誰かが相手なら今の攻撃でボロ雑巾のようになっているだろう。実際にそれほどの攻撃を妖夢は既に行っている。
確かにそれだけの攻撃をしてなおダクネスに余裕が感じられるのは流石防御専門の上級職であるクルセイダーと言えるのかもしれない。
…ただ忘れてはいけないのはこの街は駆け出し冒険者の街アクセル。そしてサトウカズマのパーティもまた、例え魔王討伐が目標だとしても、上級職が揃っていたとしても、所詮は低レベルの新参パーティである。
明らかに普通の人間よりも剣の修練を詰んだ妖夢が満足する相手などこの世界の強者が集う王都であったとしても難しいのだが、妖夢自身がそれを自覚していない。言わば妖夢が立ちはだかった時点で無理ゲーなのである。
「…貴殿のパーティリーダーには話したが私は力と防御力には自信があるが攻撃が苦手だ。なのでパーティに入れてもらった暁には盾がわりにこき使ってほしい…!」
「……攻撃が苦手……?」
理解不能。妖夢に言わせたらそれに尽きる。ならば何故そのような立派な西洋の大剣を持っているのだろうか、あくまで盾を所望するのなら剣ではなく盾を持てばいいような気もする。
ともあれ妖夢が期待していたような事はもはや起こりそうにない、そう考えれば自然と溜息がでてしまう。
「…一応名目上この戦いは貴女の実力を見るものでもあります、苦手でもなんでも構いませんので攻撃してもらえますか?私は防衛に徹しますので」
「む?…言われてみればそうだったな。では行くぞっ!」
妖夢としてもそれは二の次だったので指摘はできないものの、こちらの強さを計られていたと思ったがどうやら違うようだ。…ではダクネスは何が目的であそこまで防御に徹していたのだろうか。木刀とはいえあれではただ痛いだけでいい事などひとつもないだろうに。そんな考えもあって妖夢に最初のような戦いの熱は冷めていて完全にカズマへの指導をするようなノリになっていた。
そして、肝心のダクネスの剣の腕前だが――。
試合開始時には公園には多くの冒険者がそれを観ていた。だが今はどうだろうか。
一人、また一人と、残念そうにこの場から居なくなっている、あるいは呆れたような目をダクネスに向けている。
いわば公開処刑である、普通の剣士なら自信喪失してしまい剣を捨ててしまいかねないほどの…そんな惨状が繰り広げられていたのだから。
まず当然のような大振りの剣は距離感を掴めていないのか妖夢にかすりすらしない。風圧が僅かに感じられるくらいだ。
それだけなら観客が減るほどではない、それだけ妖夢の実力が上だということなのだから、あくまで妖夢が剣を見切ったうえで避けていれば。
つまりダクネスの攻撃に対して妖夢は何一つ動いてはいない、妖夢ではなくカズマがこの場に立っていても当たる事はないと思われる。これには相手をしている妖夢も唖然としてしまった。
そしてそんな目を向けられたダクネスは。
「…この蔑むような多くの視線…、た、たまりゃん!!もっとだ、皆もっと私を見て…こほん…、苦手とはいえ私の攻撃をここまで捌くとは、流石はソードマスターだな…恐れ入った」
取り繕ってはいるがダクネスの顔は恍惚としていて妖夢が自然と後退りする理由としては充分すぎるものなのは言うまでもなかった――。
……
―冒険者ギルド・酒場―
妖夢とダクネスとの試合が終わり翌日、一同は冒険者ギルドの酒場に戻り、軽食をつまみながら冒険者カードを確認していた。
「俺のレベルは4、スキルポイントは3ポイントあるけど…スキル一覧には特に何も無い。一体どうしたらいいんだ?」
ダクネスのパーティ加入についてはリーダーであるカズマに委ねられ、その結論は保留。聞こえはいいが優柔不断故にしっかり断りきれなかっただけである。
今はカズマ、アクア、めぐみん、そして妖夢の4名で酒場の隅のテーブルを陣取っていた。そしてカズマの疑問についてはめぐみんが説明してくれた。
「冒険者という職業は特殊でして、実際に見て理解したスキルを取得…もとい習得することができます、なんなら爆裂魔法を覚えてみてはどうですか?見た事があるので一覧にあるはずですが」
「…いや俺の魔力であれを使ったとしてもたかがしれてるだろ……それになんだよこのふざけたスキルポイントは!?こんなのいくつレベルをあげたら覚えられるんだよ」
「爆裂魔法自体、アークウィザードの最強のスキルですよ。更に冒険者のカズマが覚えるとなると必要ポイントは更に増えます。冒険者はアークウィザード以外で爆裂魔法を取得できる唯一の職業ですからね、さぁカズマも共に爆裂道を極めようではありませんか!」
「なんだよ爆裂道って、大体今覚えられなきゃ意味が無いだろ」
「そうねぇ、カズマが爆裂魔法を覚えるとなると年単位は容易にかかるわね」
「却下だ却下!もっと少ないスキルポイントで便利なスキルをとらないとな…ちなみに師匠のスキルはどんなのがあるんだ?」
片手で頭を抱えながらもカズマは目線を妖夢に移した。この中でカズマにとって一番有用そうなスキルを持っているのは同じ剣を扱う妖夢だろう。そんな見解だったが、その期待は呆気なく裏切られることになる。
「何も取ってません」
「…え?」
その瞬間、場が静まり返った。主にカズマとめぐみんが唖然としていてアクアだけは無表情のままもくもくとジュースを飲んでいる。
この空気に妖夢は首を傾げる、何かおかしな事を言ったのだろうか?と。
「ですから、何も触っていませんよ。スキルだのなんだのよく分かりませんでしたし、なくても戦えますから」
「あの、師匠?ちょっと冒険者カードを見せてもらっても?」
「…え?構いませんけど…」
服の内ポケットに入れていた冒険者カードをカズマに手渡すと、食い入るようにカズマとめぐみんは注目した。
「…ホントだ、ソードマスターのスキルがズラっと並んでるけどどれも未取得のままだ…」
「驚くべきはそこではありませんよ!なんですか保有スキルポイント60って!?レベルはカズマと変わらず4なのにどうなってるのですか!?」
驚愕に染まるめぐみんだが妖夢としては再び首を傾げることしかできない。スキルポイントについての説明は冒険者になった際にあったが簡潔なものであったのでよく分からない状態だったのだ。説明するまでもないことというのはこの世界では当たり前のことなのかもしれない。
「カズマといい妖夢といい常識がありませんね…、いいですか?初期スキルポイントというのは言わばその人の才能により変わります。ステータスや技術により増えるんです。生まれながらにアークウィザードの適正がある紅魔族でもせいぜい初期スキルポイントは多くて30前後ですよ、妖夢はこれがどれだけ凄い事なのか理解しておくべきです」
「…そうは言われても…」
憶測だがこれはソードマスターという職業と妖夢の持つ固有能力である『剣を扱う程度の能力』が噛み合った結果、そして生まれてずっと剣の鍛錬を行い続けたことによる妖夢の技能の恩恵だと思われる。妖夢は半人半霊、人間よりも寿命は長い、見た目15才前後ではあるが実際には何十年も生きている。種族の違いも理由のひとつなのかもしれない。
そんな結果だがカズマとしては納得もしてしまっていた。初めて出逢った時の妖夢はソードマスターになる前にも関わらず凄まじい剣のスキルのようなものでジャイアントトードを倒していたのだから。同時に思い出しもした。
(…本当に師匠って一体何者なんだ……?)
魂魄妖夢という名前はこの世界では聞き慣れないニュアンスがある。ならば自分と同じ日本人なのか?いやしかし鮮やかな銀髪と強すぎる剣術、どちらも見てもそうとは思えない。更に妖夢のこの世界の知識は現在のカズマと、あまり変わらないように見受けられた。そんな事柄が妖夢という人物を奇妙に思ってしまうのはカズマとしては仕方の無いことだった。
……
「ねぇねぇキミ!話は聞かせてもらったよ。スキルについて悩んでるんでしょ?だったら盗賊スキルはどうかな?」
活発な女の子の声が聞こえ、一同は隣のテーブルに目を向けた。するとそこには2人の女性がいた。ひとりは銀髪の少女、年齢は15歳前後だろうか?小柄で身軽そうな軽装、腰にはナイフを携えた少女が人懐こそうな様子で声をかけてきた。そしてもうひとりは…
「げっ、あんたは昨日の…」
カズマの反応にダクネスはやや気まずそうな様子で小さく頭だけをさげる。流石に昨日の事を引きづっているのだろうか。カズマとしてもはっきり断りきれなかった事もあって若干ながら気まずさがあり、そっと目を逸らした。
「…そ、それでその…盗賊スキルというのは…」
話題を変えるように話を戻したカズマに盗賊らしき少女は何かを察したのかダクネスとカズマを見回していた。
「あぁなるほど、君達のパーティがダクネスが入りたいって言ってたパーティなんだね。自己紹介が遅れたけど、私はクリス。ダクネスの友達だよ。スキルについては冒険に役立つ便利なものが盛りだくさんさ、モンスターなどの敵意を察知する【敵感知スキル】に、ダンジョンの罠を察知する【罠感知スキル】、自身の気配を消すことができる【潜伏】、相手のアイテムをランダムに奪うことのできる【スティール】という窃盗スキルなんかがあるかな」
…とまぁクリスと名乗った少女は得意げな様子でカズマに盗賊スキルについて憂憂と説明を始めた。聞くからに使えそうなスキルでもあり、カズマは興味津々で聞き入っている。
…一方妖夢は全く別の事を考えていた。
(……クリス……?どこかで聞いた事があるような………あっ)
思い出すと同時に妖夢は目立たないように紫から預かったお金が入った袋を取り出し、それに書かれていた名前を見た。そこには確かにクリスと書かれている。まさかこのお金の本来の持ち主なのだろうか?一体紫様はこのお金を何処から入手したのだろうかと思えば、何も悪い事はしていないのに妖夢は冷や汗をかいてしまう。もしこの袋がクリスの目に止まり、それは私のだけどどうして貴女が持っているの?と問い詰められでもしたらなんと言えばいいのか。
妖夢としてはてっきりこのお金は紫があのエリスと名乗った神から受け取ったものだと思っていたがそうではないとしたら非常に不味いことになるかもしれない。この世界でも秩序や法律は存在する。おそらく幻想郷以上に強い法律が。もとより幻想郷に法律など人間の里でくらいしかないのだけれど面倒事は出来る限り避けたいと考えた妖夢は、クリスに心中謝罪しながらもそっと素早くその袋を懐へと戻したのだった――。